論考

Thesis

カジノ導入の功罪

1 研究の動機

 私はある外交政策通を自認する若手衆議院議員(塾の先輩ではない)の発行しているメールマガジンを購読している。彼は先日そのメールマガジンの中で、沖縄を視察した際、経済振興の必要性を痛感して、カジノを沖縄に作れとのアイデアを披露していた。

 最近他にもカジノ導入論が政治家の口から発せられることが多くなってきている。実際、世界中の観光地でカジノは合法的に行われており、日本人も国内ではカジノを含む換金性の賭博行為は違法でも、観光地ではカジノを簡単に楽しむことが出来るので、カジノ愛好者は年々増加の一途をたどっている。
 しかし、果たして安易にカジノを導入して、観光振興上本当に有効なのだろうか。ここで、世界的なカジノの現状、経済的側面とともに、日本では殆ど研究の事例がないサスティナブルツーリズムの観点からカジノの導入の功罪を考えてみたい。

2 カジノの現状

 ここ数年における世界のカジノの動向を見てみると2つ注目すべき点が挙げられる。まず、ひとつの動きとして、世界でカジノを合法化する国が年毎に増えていっている点がある。カジノのグローバル化がハイスピードで進んでいるのである。これは他デスティネーションとの競合上導入するという外国人観光客誘致のための積極的導入の場合と、マスツーリズムが盛んになり、誰でも海外旅行を経験出来るようになると、国内でいくら規制しても自国民が海外に渡ってカジノをすることにより大量の自国通貨が流出するのを防御するという消極的導入の2側面が考えられる。

 もうひとつの動きは、世界のカジノ都市が結果的にカジノ離れを引き起こしていることである。世界でカジノといえばラスベガスだが、ラスベガスは現在では家族で楽しめる一大テーマパーク都市に変貌した。また、東洋のカジノの殿堂であるマカオは矢板先輩の塾報レポートにもある通り、最近カジノ利権をめぐる暴力団抗争で観光客に敬遠されはじめている。中国に返還され、確かに一国ニ制度を維持すると当局は発表しているが、マカオのカジノは縮小されることはあってもこれ以上拡大することはないであろう。

3 カジノの立地からみるカジノに対する見方の変遷

 世界のカジノのある観光都市を大別すると、2種類に分けられる。フェレンスタインとフリーマンの研究によると、(1998年)古くから存在するカジノ都市は殆ど国境近くに立地しているのである。アメリカ国境近くに位置するカナダのウインザー、イスラエルおよびヨルダンとの国境近くにあるエジプトのタバのほか、マカオ、モンテカルロも挙げられる。隣国韓国においても釜山がこのカテゴリーに分類される。これはヨーロッパの歴史的なカジノにみられる、富裕層だけに顧客を特化、選別する効果だけでなく、戦後発展したカジノにみられる、隣国からの顧客を呼びやすくするという理由とともに、自国の大都市から離れたところにカジノを立地させることにより、犯罪の増加、マフィアの関与等、賭博にまつわる負の側面を自国中心部に蔓延させないための措置であるといえる。いわゆるリスク回避が主たる要因である。(4章参照)
 しかし一方で、最近の特徴的な傾向として大都市でのカジノも増加している。ニュージーランドは1992年にクライストチャーチ、1994年にオークランドと代表的ニ都市に相次いでカジノをオープンさせた。オーストラリアもメルボルンにオープンさせるなど、益々大都市の観光地、ナイトスポットとしてカジノが導入される傾向にある。

 ホーティセールは2000年2月発行のツーリズムマネジメント誌の中で、現在アメリカ人は1年間で延べ1億7700万人がスポーツイベントに参加しているのと比較して、1億5400万人のアメリカ人がカジノに行ったという事例を紹介した上で、Gamblingはblを取り払ってGamingと同義語である、すなわち、カジノを訪れることは最早悪徳行為ではなくなったとしている。

 先に述べた立地の変化からもわかるように、カジノは富裕層のための旅行先での娯楽からより庶民の日常の娯楽に変貌を遂げているといえる。カジノの「パチンコ屋化」と名付けてもいいだろう。

4 カジノの功罪

ピアースはツーリズムエコノミクス誌の99年5月号でカジノ導入の社会的影響を以下のように述べている。

肯定的影響
  • 新規の訪問客が獲得できる
  • 既存の顧客から更に支出を促す

否定的影響
  • 今まで贔屓にしていた顧客を失う可能性がある
  • 既存のアトラクションに費やされていた時間と支出がカジノに流れ打撃を受ける

 また、経済的影響も考えられる。カジノの経済効果については李と郭の二人の韓国人研究者が研究している。それによると、韓国においてカジノ導入による経済効果は19,736人のフルタイムの雇用を新たに創出し、1億2400万米ドル分が賃金として地域の住民の収入になり、税金として国家に4800万米ドル支払われたということである。

 ただ、この経済的効果も疑わしい。今回は〆切りに間に合わなかったため資料を取り寄せることが出来なかったが、韓国で言えば、例えばロッテワールドやエバーランドなどのテーマパークはどれだけ貢献しているか、比較材料が欲しいものである。しかも、韓国のカジノはシェラトンウォーカーヒルなど外資系ホテルである分、貢献利益は勿論韓国内に全て留まっていないはずである。先月の月例報告で紹介したセックスツーリズムと同様、本当にローカルの経済振興に利益が還元されていないのではないだろうか。(この点は更に詳しく調査して、修士論文のテーマにするつもりである。)
 しかし、最大の問題点は経済的側面ではない。日本を含め、なぜカジノが今なお合法化されない国が多数を占めるのか、理由は勤労意欲の低下、犯罪の増加等モラルの問題である。

 フェレンスタインとフリーマンはイスラエルを例にとって、カジノと犯罪の関係を研究している。イスラエルは今なおカジノを非合法扱いにしているが、イスラエル人が合法カジノがあるエジプト、キプロス、トルコに毎年20万人以上が賭博目的で旅行し、5億米ドル分が海外へと消えている現状を何とか食いとめるために、Eilatという町に船上カジノを承認した。そこで2人はこのEilatと同規模な都市と犯罪発生率を比較したところ、人口1000人当たりの犯罪発生率はNaharia市が45.3 Tiberas市が70.1なのに対して、Eilatは121.2にも跳ね上がる事実が判明した。犯罪が増加すれば、勿論警察力を増強しなければいけないので、結局GDPは相乗効果で上がるものの、住民の暮らしは決してよくはならない。

 韓国のカジノは一部例外を除いてほぼ韓国人はみなカジノ入場を禁じられている。外国人観光客と在韓米軍のみがターゲットにされているのである。しかし、逆に禁止された場合、余計にやってみたいという意欲が沸くのが人情であり、賭博目的に外国を訪れる韓国人観光客は年々増加し、先述したオーストラリアやニュージーランドは韓国人のカジノ目的の代表的デスティネーションになっている。
 しかも、カジノにマフィアは付き物である。彼らは極めて巧妙に取り入って来るのは明白である。民間経営ではなく国家で統制すればよいとの意見もあるが、そうなっても官吏の腐敗が起こるのは目に見えているし、収益の不透明性から、経営者の乱脈経営だけでなく、政治家の裏金づくりの温床になりかねない。そうなればまたマフィアの付け入る隙は拡大するのである。マカオのようにマフィア間の抗争で本来の観光客をも失う可能性も十分に念頭に置かなければならない。

5 サスティナブルツーリズムの視点から

 ここで話題をカジノから少し離れて観光と国家の関わり合いを見てみたい。当初国家は観光にはノータッチであった。しかし、70年代頃から観光は有効な外貨獲得手段であることが認知され始め、プランテーション農業しか貿易手段のない発展途上国を中心に国家が積極的に観光を振興し始めた。
 ただ、観光振興により、数々の問題が発生することになる。受入国のことを顧みない乱開発によって生じる自然破壊、観光客の出すゴミ問題、売春などのモラルの低下など、観光開発がもとで引き起こされた問題ははかりしれない。そこで現在、国家は観光をいかにコントロールするか、振興と抑制をいかにバランスをとってやっていくかということが議論の対象になっている。
 しかし、ここで議論が終わっては観光は発展しないし、根本的解決にならない。逆にインモラルツーリズムがアングラで蔓延ることになるのは目に見えている。そこで私は観光と国家の関わりを「観光を国家のアイデンティティ表現手段として振興する」というもう一段新しいステージを設定すべきであると主張したい。ホスト国はアイデンティティの表現手段として観光客を迎える。そして観光客は、(私は特に西洋人に対して声を大にして言いたいのだが)ホスト国の文化を尊重し、尊敬する念を忘れてはならないということである。名実ともにホストとゲストの関係になるのである。そうなれば、現在叫ばれている観光の問題は改善される。本当にホスト国を尊敬していれば必要以上のゴミは出さないし、文化遺産を傷つけもしない。まして、文化のコンフリクトがあった場合、自国の文化を押し付けるのではなく、違いを違いとして受け入れ、学ぶという発想も生まれてくる。ホスト国もゲストの欲求を充足するサーバントに成り下がらず、堂々と自国の文化をアピールするべきである。なにも覇権国家の文化に迎合する必要はない。この境地に至らなければ永遠に観光は問題をはらんだままになってしまうのである。

 この新しい第3の境地からカジノを見るとどうなるか。賭博目的で訪れた観光客は文化の違いなどどうでもよい問題である。一攫千金を求めてくるが、カジノで儲けて帰る人は少なく出来ている。その点を観光客は表面では理解しているものの、やはり大金をすられたあとの気持ちはよくない。ソウルとプサンではプサンの方が出がいいといってプサンのカジノを好む私の知り合いがいるが、果たしてそれでプサンファンになっているかといえば全くそうではない。韓国人に対する偏見は全く直っていない。アイデンティティのアピールという側面で見るとカジノは観光振興上全く有効ではない。
 加えて、自国民の入場規制をする方法もアイデンティティアピールという観点から見ると問題がある。自国民に規制しているインモラルなものを外国人観光客に開放している国家の行動を訪問客が心から尊敬できる筈がない。

6 まとめ

 冒頭に紹介した沖縄をカジノで振興せよとの意見は経済的には有効かもしれない。国境近くで、賭博好きの中国人マーケットを近隣に擁し、宿泊施設も充実している。マーケティング的には最高の立地である。
 しかし、カジノで経済振興した場合、セックスツーリズムと同じで、表面上の収益に目が眩み、カジノに依存し始めて観光デスティネーションとしての工夫が全くおろそかになる。ひとたび依存すると足を洗うのは容易ではない。

 賭博行為が禁止されている条文には、「健全な勤労意欲の低下」という文言があるが、これは、ばくち打ちに対してだけでなく、胴元に対しての警告でもあると私は読む。カジノに赤字はあり得ない。必ず収益を産む。(これも本当はおかしな話なのだが)だからこそ、むしろ胴元側の健全な勤労意欲が低下するのである。
 その意味で、ラスベガスのカジノ離れは象徴的といえる。今まで犯罪の代名詞だったラスベガスが逆に家族で楽しめる観光地になり、人々に夢を与える街へと変貌させるには並々ならぬ努力があったに違いない。(これも今年11月に実際にラスベガスに渡ってインタビューしてきたい)「沖縄をカジノで観光振興をせよ」との政治家の道徳心と安易な見識を私は真っ向から疑いたい。

 カジノに頼らずとも、沖縄には最高のビーチやさんご礁などのハードだけでなく、エンターテイメントのソフトが豊富にある点にもっと注目すべきである。このソフトを武器にすることが、今後のサスティナブルツーリズム振興の鍵になる。11月の月例報告「たざわこ芸術村・わらび座の展開」でもソフトの重要性を主張したが、観光を安易に外貨獲得の手段と位置付けず、いかに国家のアイデンティティを世界にアピールし、世界のより多くの人々の心に共感してもらえるかという観点で観光を振興してもらいたいものである。

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島川崇の論考

Thesis

Takashi Shimakawa

島川崇

第19期

島川 崇

しまかわ・たかし

神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科観光文化コース教授、日本国際観光学会会長

Mission

観光政策(サステナブル・ツーリズム、インバウンド振興

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