論考

Thesis

北方領土問題と外国人受入れについて

北方領土について、私は他の人達とは異なる考え方を持っている。これまで、それを発表する機会がなかったので今回それについて書いてみたい。結論から先に言えば、北方領土はあきらめたほうが日本の国益になると思う。歴史的に見てもほとんどすべての国家に領土拡張欲があるが、かならずしも領土の拡大が国益に結びつく訳ではない。特にそれによって、異民族を抱えることになる場合は、マイナスになることのほうが多い。
 まず、歴史的な分析からしてみる。サンフランシスコ講和条約で日本は、千島列島の放棄を明確にうたっている。北方領土は、北海道に付属していると見るよりも、千島列島の一部であるとみなすのが、客観的な見方ではなかろうか。米国で、北方領土関係の資料をいくつか調べてみたが、すべて、北方領土は「南クリル諸島」という表記になっている。

 また、北方領土は、日本固有の領土であるというのが日本政府の主張であるが、歴史的に固有の領土であったから領有権があるという考え方は、国境線が度々変更された、ヨーロッパ諸国には――つまり、その一部であるロシアにも――適応出来ない。例えば、同じ第二次大戦の敗戦国であるドイツは、東プロシア(旧ドイツ騎士団領、現在のロシア領カリーニングラード)やオーデル川・ナイセ川以東の旧ブランデンブルグ辺境伯領を放棄している。これらの地域は、ドイツ統一の基となったプロシアの発祥の地とでもいうべき地域であり(プロシアはブランデンブルグ辺境伯領とドイツ騎士団領が合併して出来た国である)、日本でいえば邪馬台国にあたる。つまり、現在の国境を定めている国際条約の条文を越えてまで、歴史的に固有の領土であったからといって領有権は主張出来ない。

 次に、仮に北方領土が返還された場合のわが国への利害について考えてみたい。最大の利点は、北方領土海域における豊富な漁業資源である。この他には、領土拡大欲を満たすという精神的な満足感以外はないのではないだろうか。
 返還された場合の最大のデメリットは、住民(ロシア人)をそのまま受け入れなければならないことである。彼らへの日本語教育を含めた教育費用、生活保護に掛かる費用は少なくない。また、日本国籍を取得した後、彼らがより良い生活を求めて北方領土を離れ日本本土に移住することは十分予測出来ることであり、治安維持などさまざまな問題点が出て来る。これは大量の移民を一度に受け入れることと同じである。日本は単一民族であることを前提に社会を構成しているので、このデメリットは計り知れない。また、ロシア政府が仮に返還を認めた場合、現状を遥かに超える経済援助を求めて来ることは明白である。これは、ますます日本の財政赤字を拡大させることになる。

 さて、私の結論である。「北方領土をあきらめる代わりに北方領土域内における漁業権を獲得する。」というのが最善であると思う。これは、明治8年の千島・樺太交換条約(日本は樺太の領有権を放棄する代わりに千島全島を領有する。また、この条約は日本に不利なため、その代償としてオホーツク海における漁業権を獲得することを定めた条約)を参考にしとものであるが、この案であれば、ロシアも国内外に対しプライドを保つことが出来(ソ連崩壊以後、政治経済的な混乱が続く中で、かつての超大国のプライドを保つことがロシアにとって最重要課題の一つである)、また日本にとっては実質的に北方領土返還におけるメリットを取得することになる。

 「四島一括返還を目指す」という現在の日本政府の方針を続けていけば、おそらく永遠に北方領土問題は解決しないであろう。それどころか、ロシアが「北方領土カード」をちらつかせる度に日本は莫大な経済援助を約束させられ続けるだろう。帰ってこない北方領土のために経済援助をし続けるというのは最悪のシナリオではないだろうか。

 ここで筆を止めると、他民族受け入れに対する私の考え方について誤解を与える恐れがあれので蛇足ながら、少し付け加えておく。

 現在は、あるいは明治維新や終戦を上回る日本史上最大の転換点でと私は思う。日本は、遣随使・遣唐使の時代から、一部の人が外国文化を吸収し、それを選択し日本的に解釈し直し社会に適応する、あるいは国民に普及するといった方法で外国文化を取り入れていた。つまり、国民一人一人は直接外国や外国人と接触することなく、いわば自国と外国を強烈に区別することで社会は成り立っていた。海外に関する情報はすべて日本的に加工されたものだったのである。それが、現在では、年間1600万人が海外に渡航する時代になった。計算上、あくまで数字の上だが、約7.5年で国民全員が出国することになる。また、IT(インフォーメーション・テクノロジー)の驚異的な進歩によって、インターネット・Eメールを通じ、だれでも容易に安価に海外の未加工の情報を一次的に取得出来、また発信できるようになった。繰り返すが、これは日本が経験したことがない変化である。島国・単一民族単一言語という条件のため、日本は、二千年以上外国との間に厚いバリヤを保ってきたが、ITや他の科学技術(特にこの場合は航空機利用の普及)の進歩により、その特殊な地理的条件が取り除かれようとしている。

 この情勢下で、ごく近い将来、国内に外国人が相当数暮らすことになると思う。しかし、これは、仮に北方領土返還となった場合のロシア人の大量受入れ(しかも日本国籍取得者として)とは、根本的に異なる。つまり、北方領土返還となった場合、ある一つの地域(北方四島)で日本人よりも他民族のほうが多い地域が国内に誕生する事、彼らに一度に日本国籍を与えなければいけない事などが基本的に、外国人居住者受入れとは異なるのである。以上、外国人排斥者と受け取られないために、あえて蛇足を付け加えた。

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籠山裕二の論考

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Yuji Kagoyama

松下政経塾 本館

第18期

籠山 裕二

かごやま・ゆうじ

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