塾生レポート 一覧へ戻る
1999年6月

第2部 新しい行政システム ~ 第7報「Have Blue」
大串正樹/卒塾生

 
§0.はじめに

 明治維新が起こった原因として様々な要因が挙げられると思いますが、黒船という軍事技術力の大きな差がきっかけになったとも言えるのではないでしょうか。今回は、システムの話から少し離れて、軍事を中心とした技術にまつわるお話をしたいと思います。技術を一つのキーとして歴史を眺めてみることも悪くはないと思います。

§1.三種の神器

 神話にも語られるように、日本には三種の神器というものが、歴代天皇に受け継いできたとされています。しかし、なぜ、鏡、刀、勾玉でなければならなかったのでしょうか。確かに、解釈によっては宗教的な意味合いを見いだすこともできるでしょう。しかし、現実として、これらのモノはある特定の技術がなければ、存在しないモノであります。まず、八咒鏡(ヤタノカガミ)でありますが、鏡というのは、まず、鉄の鋳造技術があって、初めて製造可能であります。その次に重要なのが、平面加工の技術です。モノが映し出されるレベルにまで平坦度を上げることはかなり大変であります。さらに、表面を研磨するのであれば、研磨剤(おそらく最終仕上げには粘土質の土を使ったと思われますが)の粒子を均一にそろえる技術も必要です。鏡には機械加工の技術が詰まっていると言えるでしょう。
 次に、天敢雲剣(アメノムラクモノツルギ、あるいは草薙剣:クサナギノツルギ)に関してでありますが、これは、鏡と同様に鋳造技術も必要でありますが、鋼を作るという点で、冶金技術が必要であります。さらに、焼き入れをしなければならないことから、熱処理技術が非常に重要であります。
 それでは、最後の八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)はいったいどのような技術でしょうか。これはおそらく、原料の翡翠(ひすい)が貴重なことから、権力の象徴と捉えるのが一般的ではありますが、技術の点から言えば、いくつか見るべきものがあります。まず、翡翠は硬度が6.5~7と水晶に近い固い鉱物であります。ダイヤモンドを産しない我が国において、貴重な鉱物であったことは容易に想像できます。さらに、これを加工する技術はかなり大変だと思います。特に、勾玉にあけられた、小さな孔は非常に加工が困難だったと想像できます。(竹であけたという説があります。)したがって、穿孔技術が第一に挙げられるでしょう。しかし、本質的には、この石をどのように掘り出すかという点に着目すべきでしょう。つまり、地下に眠る鉱物の探査技術とそれを掘り出す、掘削技術であります。石油から温泉に至るまで、穴を掘るという作業は非常にコストのかかる作業であります。従って、いかに失敗を無くすかと言う点で、地下構造を知る技術は重要であります。具体的には、周辺の地形や、断層面、火山帯の分布、周辺で産出する石の性質などから、下部構造を予想することができます。もちろん、近年では、電気や磁気あるいは衝撃波といった技術で調査することが主流ではあります。またこれらのモノ以外にも、様々な儀式(宗教的なものも含めるがそれはここでは問題ではない)を通じて、木工加工を中心とした建築技術も伝承されていると言えましょう。いずれにせよ、モノが伝わると言うことは、それに伴って、技術も伝わると言うことであります。それだけ、大切であったと言うことでしょう。

§2.技術と歴史の転換点

 伝承されるべき技術も時代によって変わってきています。正確には、その時代にもっとも必要とされる技術が変わってきていると言うことでしょう。例えば、蒸気機関の発明により、物流の世界が大きく変わり、活版印刷の発明により情報の伝達が飛躍的に効率化しました。もちろんこの情報に関しては、電話やインターネットと現代まで進化が続いていることは言うまでもありません。結果的には、新しい革新的な技術によって、一国がその時代を大きくリードして国力を付けていくという事実は変わりないようです。このような技術による覇権争いは、東西冷戦の頃までは、主に軍事的技術開発にその精力が注がれて、冷戦以降は、金融工学やバイオテクノロジーといった主戦場を市場に移した争いに変わってきています。いずれにしても、新しい技術の台頭と、歴史の転換点はたいていはリンクしているといって良いでしょう。ただ今回は、冷戦以降の軍事技術に着目してお話をしたいと思っていますので、その他のお話はまた、回を改めて考えてみます。

§3.Have Blue

 冷戦が終わりを告げてからは、軍事技術を巡る環境も少し変わってきたようです。アメリカの戦闘機を例に考えてみましょう。まさに冷戦時に開発されたF-14からF/A-18あたりの戦闘機は、主にロシアのミグやスホイと言った戦闘機との空中戦(ドッグファイト)を想定したものであります。つまり、動力性能や運動性能が重視されていました。もちろんそのころは、時代の雰囲気もあって、かなり高価な戦闘機が配備されてきました。しかし、その一方で新たな動きがありました。湾岸戦争の活躍やコソボでの撃墜で一躍有名になった、ステルス戦闘機です。正確には、F-117A、コードネームを「ナイトホーク」という戦闘機です。「F」を冠していますが、正確には戦闘機(fighter)ではありませんで、先制攻撃機という位置づけで、敵に見つからない(ステルス性)で、相手の軍事施設をピンポイントで攻撃するのがその主な役目です。従って、ステルス性を優先したため、爆撃性能は、それほど高くはありません。この戦闘機はまさに、最新鋭と言いたいところでありますが、実は、開発は1974年頃(有名なAREA-51で試験が行われていました)から始まっています。もちろん開発は極秘に行われ(どのように予算をとったのかは不思議なのですが)、その開発コードは、Have Blue(ネーミングがいかにもアメリカ的でしゃれています)と言われていました。アメリカは、この時代に既に攻撃の手段として、ステルス技術やピンポイント爆撃の重要性を意識していた訳ですから、本当に戦略的であります。日本のF2(F-16の改良型次期支援戦闘機、FSXの正式名称)に見られる戦略性の無さとは比較になりません。
 このF-117Aですが、コソボで初めて撃墜され、その性能が疑問視されました。偶然、流れ弾に当たっただけなのか、あるいは攻撃時、格納庫を開いたときに(ステルス性を高めるためにF-117Aは弾薬をすべて機体内に格納してある)レーダーに映ってしまったとも言われていますが、ステルス性は健在であると思います。このステルス性は次期主力戦闘機であるF-22ラプターに引き継がれ、やがて、配備されるようになるでしょう。しかしかなり先に(2008年以降か)なりますが、その後継機に関しては、さすがに、米国の予算の制約が厳しくなってきて、JSF(Joint Strike Fighter:統合攻撃戦闘機)と呼ばれる、米3軍と英海軍が共用で用いられる戦闘機を開発しています。もちろんステルス機でありますが、さらにS/VTOL(短距離滑走あるいは垂直離着陸機)性能をも持たせて、多様性を意識し機種を統一しようとしています。これは、米英および陸海空軍で共用することにより、機体製造数を増やして量産効果によりコストダウンをはかるというものです。また、この計画により、アメリカの航空機産業界も再編を余儀なくされました。しかし、改めて、世界一高価な日本のF2に思いやられる気持ちです。いずれにせよ、アメリカの軍事的優位性は、このような戦略的技術開発によって裏付けられ、これからも、その優位性を維持していくことは間違いないでしょう。

§4.B61-11

 あまり大きくは報道されていませんが、アメリカはB61-11というミサイルを開発して97年から実戦配備しています。これは、CTBT(包括的核実験禁止条約)調印後に開発された、新型の核兵器です。通常の核爆弾は地表で爆発して、地上表面を広範囲に破壊し、大量の放射能をまき散らすものでした。しかし、このB61-11は地表貫通型の核爆弾で、劣化ウランのケースに収められた核弾頭が、地中深くにつき刺さり、地下に向かって破壊作用が及ぶものです。そもそも、なぜこのような核兵器が開発されたかというと、湾岸戦争時にアメリカはイラクの軍事施設を十分に破壊できずに欲求不満になっていました。通常の核兵器を使えば放射能汚染により修復作業がすぐにはできずに効果的ではありましたが、あまりにも威力が大きすぎてその使用は否定されました。そこで、地下軍事施設にも効果的なコンパクトな核兵器の開発が望まれました。つまり、核兵器は、冷戦終結後に抑止力としての存在から、実用的な兵器としての存在に生まれ変わったのです。事実、国防総省は開発後直ちに、リビアの化学兵器工場の攻撃に、この新型核爆弾B61-11を使用すると発表しました。もちろん、実際には議会の反発で、使用には至りませんでした。今後も、核弾頭の小型化が進み、より実用的な技術開発が行われることでしょう。ここでもやはりアメリカの技術的優位性は揺るぎませんが、なにより、被爆国である我々と、核に対する考え方の違いがあまりにも大きいことに驚いてしまいます。もちろん、ことさらに核がいけないと強調するあまり、その他の兵器を容認する姿勢にも問題があると思います。

§5.国防にまつわる知の所在

 軍事にまつわる技術的な話を始めると、きりがないのですが、問題は、誰が開発を決め、誰がそれを使うかと言うことではないでしょうか。このような軍事的な技術や戦略的な知識は、もちろん、かなり専門的で、一般庶民とは全く縁のない話ですから、政策決定においても、民意の及ぶ話ではありません。すなわち、政策決定にまつわる知の循環は自ずと、国家のレベルでごく限られた場での議論となるでしょう。それが、国防という国民の生死に関わる大きな問題であるにも関わらずです。まさに、メタレベルで十分な知の循環が必要であるということを示す典型的な例と言えるでしょう。

つづく

1999年6月 執筆
ページの先頭へ