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1999年2月

第2部 新しい行政システム ~ 第3報「言葉について」
大串正樹/卒塾生
 
§1.はじめに

 今回から、再び新しい行政システムについて、お話をしていきたいと思います。第1報から「幸せ」と「愛情」について述べて参りましたが、今回は「言葉」についてお話ししていきましょう。システムにとって重要な「対話」を考えるならば、その前に、言葉について触れておかなければならないからです。そして、ここでは、その言葉が組み合わさることによって生まれてくる情報や知識の概念にも少しだけ触れていきたいと思います。

§2.言葉の難しさ

 言葉というのは、相手に意志を伝える上で重要な道具であります。円滑なコミュニケーションを進めることは社会では重要な課題であります。しかし、よくよく考えてみると、言葉には大きな弱点があります。それは、まず、言語のルールを共有しているかどうかです。外国に行って言葉が通じないと、やはり困ります。そして、ルールを共有していても、現象を表現、すなわち言語化できるかどうかが、大切ではないでしょうか。例えば、新しい不思議なものに出くわしても、それを表現できなければ相手に伝えることはできません。逆に、古くからあるものでも、うまく表現できないものはたくさんあります。「うまみ」という言葉があります。日本人特有の味覚を表しますが、これは食文化を共有しておかなければ、互いに理解不可能です。理屈ではないことはよくわかるかと思います。ワインの味の表現は、もっと面白いです。「ボディが軽い」、「しっかりした骨格」、「奥行きがある」、「男性的な力強さ」、誰が食べたのかわかりませんが「太陽で灼いた石の風味」なんていうものもあります。その世界で経験を共有して、初めて意志の疎通ができるのです。しかし、言葉にできればまだいい方で、言葉にもできないコミュニケーションもあります。一例を挙げると、技術の伝承などがそうではないでしょうか。師匠から弟子に技術が伝わるとき、確かに言葉によるものもありますが、たいていは、失敗を繰り返しながら、そして、師匠の技術をまねながら、体で覚えていくものです。味覚にこだわるわけではありませんが、酒蔵の「杜氏」などはその最たるものでしょう。

§3.目は口ほどにものを言う

 このようにコミュニケーションは言葉だけではないのです。その最も典型的なものに表情があります。目を細める仕草も、心からの笑顔か、皮肉がこもった笑顔か、挨拶だけの何気ない笑顔もあるでしょう。あるいは、元気づけるメッセージがこもったものもあります。皆、それを間違うこともなく、微妙な違いを、敏感に察知します。さらに、表情は受け手にとって、それが感情表現だけでなく、社会的(あるいは政治的)信号を意味する場合もあって、服従や協調、対立といった概念をも与えます。その辺は、自分の周りで、他人(自分の上司や部下、好きな人や嫌いな人)に対してどのような表情をするかを考えてみれば、よくわかることと思います。しかし、ここが重要で、「目は口ほどにものを言う」という言葉に代表されるように、表情によるメッセージは、非合理的でかつ本質的なものであるのに対して、逆に、本来の言葉によるメッセージは、そういった非言語的メッセージを弱めるような働きを示す場合も多々あります。いずれにせよ、ここで言いたいことは、言語、非言語行動によって社会の意思伝達システムが形成されているということですから、これ以上は深入りしないことにします。しかし、先ほどお話ししたように、この意思伝達システムが社会的(政治的)信号を意味することにより、社会構造をも決定していくことはおわかりいただけるでしょうか。支配や服従といった信号が階級を生み出し、絆や協調といった信号が社会集団を形成していきます。ここで歴史的事実を無視するわけではありませんが、概ね、その時々の必要性や環境によって社会構造は変化していくことを忘れてはなりません。社会の多様性や個々の認識に基づく態度の違い、社会的・政治的背景など、様々な要因による複雑な相互作用によって変化が生まれるといえましょう。そして、この変化を最も柔軟に受け入れるのが文化ではないでしょうか。

§4.時空を越えて

 文化は物事に柔軟に対応していくメカニズムを持っていますが、そこに、時間の概念を持ち込んでみましょう。これまで述べてきた、非言語の意思伝達は、当事者同士が、おおよそ同時間に位置しなければ成り立ちません。これが時間や場所を越えるとき、初めて、言語の重要な機能が見いだされます。人類が、この時間と場所を越えて機能する言語を獲得したことにより、社会の多様性が飛躍的に進んで、文化が培われてきたのです。そして、この言語が組み合わさって、初めて、情報という概念も生まれてきます。つまり、情報は社会から生まれるのです。ただし、この情報は、その時点では、有益なものも無益なものも区別なく含まれています。分け隔てなく、情報が生み出されて、社会とは別の次元でシステム化されていきます。そして、この上の次元のシステム(メタシステム)である情報システムが機能した後、新たな社会を構築していきます。これが、情報による社会の自己組織性です。言い換えるならば、社会システムは情報システムを通じて自己組織化していると言うことです。ここでもう一点付け加えておきますと、有益・無益の情報が混在するシステムのさらに上位のシステム(社会システムから見ればメタ・メタシステム)に知識システムが位置づけられるでしょう。知識とは、情報の中から生まれ、有益な概念を構築していきます。やがて、この知識が新たな情報を生み出します。従って、情報のシステムは、社会システムと同様に知識システムを通じて自己組織化しているのです。

つづく

1999年2月 執筆
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