塾生レポート 一覧へ戻る
1998年11月

丹邱日記(6) 「119」
大串正樹/卒塾生

 
§1.はじめに

 今回は日本の救急医療と消防体制について報告します。多久市での研修の内、市立病院と消防署での研修を報告するものです。

§2.「市立」病院

 多久市では市立病院を経営しています。しかし、その経営は厳しくて、昨年の医療保険の改正により、客(患者)足が遠のいて、その経営環境は年々厳しくなる一方です。その反面、民間では採算に合わないからこそ、市立で経営して住民に医療サービスを提供しなければならないというジレンマがあることも確かです。しかし、経営努力は必要で、市立だからと言って、いつまでも市の一般会計からの繰り入れに頼っている訳にもいきません。
 そこで、多久市が専属医を無くすことにより効率化を図り、その結果、黒字の経営を行っている部門の一例を挙げますと、人工透析があります。患者にとって定期的に行わなければならないこの治療は、ベッド数と患者の数が完全に把握されているので、常にベッドが埋まって、設備の稼働率が高いため経営効率が良いようです。しかし逆に、新たに市内で治療が必要な患者が出ても、すぐに受け入れられる体制は整えることができません。従って、市外の人が多久市立病院で透析を受けながら、市内の人が逆に市外に透析を受けに行くという事態も起こり得ます。
 余談ですが、この人工透析には多量の水が必要で、災害時にはとにかく水の確保が必要です。患者は透析を行わなければ死んでしまうのです。阪神大震災の時もこの水がかなり問題になりました。また、アメリカではこの透析を家庭で手軽に行っているようです。日本の医療は技術的には進んでいても、患者重視の制度作りという点ではまだまだ遅れているようです。

 次に、薬の話に触れてみましょう。
 病院は、薬価差益で儲かっているという話をよく聴きますが、実態は少し違うようです。入院患者に関しては、一番大きい収入は入院管理料です。ついで手術や注射の順です。外来患者に関しては投薬料が圧倒的に高く、ついで処置(例えば骨折などの処置)費や検査費の順です。薬価にしても、抗ガン剤や血液製剤は1万単位以上、ビタミン剤に関しては高々10単位程度です。つまり、外来患者がたくさん増えて、薬を大量に与えるよりも、重傷・重病の患者がたくさん入院してくれる方が経営上は有利となります。しかし、個人病院と異なり、市立病院のような大きい病院では、経営は事務長が、医療は院長がそれぞれ受け持っているようです。従って、医療現場は必ずしも儲けを意識しているとは限らないようです。もっとも、医者の立場ではもっと高い質の医療(じっくり時間をかけた患者本位の診療)とそれに見合った高い技術報酬を、というのが本音のようです。アメリカでは患者数を絞って医療の質を維持していますが、日本では誰でも受け入れる体制です。どちらも、それなりに問題があると思います。

 少し実例をあげると、最近の傾向として高齢化があげられますが、患者も特にお年寄りが多いようです。特に、骨粗鬆症が原因で骨折して入院する女性の老人が増えています。出産をした女性の閉経後に顕著に現れるようです。しかし、悲しいことに、足の骨折が治って、いよいよ退院というときに、また転んで、今度は別の足を骨折してしまう人も珍しくないようです。そんなお年寄りも、さらに高齢化が進んで、リハビリ室にいてもなぜ自分がそこにいるのか理解していないような患者もいます。

§3.救急医療

 今度は日本の救急医療についてお話ししましょう。
 日本の救急体制は消防本部(消防本部と消防署とは違うのですが、多久市では兼務しています)が119番通報を受けると、まず通報者に患者の様子を聞きます。次に、救急車が現場に駆けつけて、救急隊員が状況を判断しながら病院と連絡を取り、患者を車に乗せて病院に運びます。この時、病院は1次、2次、3次と分けられて、1次は最寄りの開業医などを指し、患者の状態にもよりますが、基本的には、初めにここに運ばれます。そして、ここで、処置ができないとなると、次に市立病院などの2次病院に運ばれます。そして、最後が大学病院などの3次病院です。しかし、この体制だと、初めの経験の少ない小さな病院が患者の状態を判断しなければならず、結果として、病院のたらい回しが発生します。
 ここで、アメリカの例を挙げると、患者は全て救命救急センターに運ばれます。24時間体制で、次々と運ばれてくる患者を重傷な者から順に手当をしていきます。そこで、救急の手当をした後、重傷以外の患者はその状態に併せて、相応しい病院に運ぶシステムです。これだと、もっとも、高度で慣れた医療を最初の段階で受けられるので、効率が良いわけです。効率がよいというのは、患者にとって負担が小さいという点で非常に重要なことなのです。
 では、日本にもこの制度をと思いますが、誰しもが医療を受けられるという考え方の日本では難しいようです。経営優先の日本医師会の反対もありますし、国からの補助金も出ません。そして、何よりも、医師の数が違います。
 日本の救急病院は、多久市立病院で病床数105に対して、医師の数は職員も含めて110人。おおよそ日本の病院はベッド数と職員数が同じぐらいなのです。これがアメリカのある救命救急センターだと、110床あたり700人から800人の職員数がいます。日本の医療制度自体は決して全てが悪いわけではありませんが、やはりその延長上に、本当の医療を、効果的な救急医療体制を考えていかなければなりません。

§4.パラメディック、サミュー、そして救急救命士

 もう少し、救急医療を踏み込んでみると最近の変化を見ることができます。
 救急救命士という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これまでは、救急隊員はただ単に現場から病院への運び屋と言われてきましたが、患者、特に心肺停止の患者の場合は救急医療行為が蘇生率に大きく影響を与えることが知られていて(呼吸停止からの蘇生率は、2分以内で90%、5分以内で25%となっている)、緊急時には救急隊員にも医療行為が必要なのではないかという議論が起こりました。そこで、ある程度までの医療行為を認められる資格として救急救命士が誕生しました。といっても、これまでの隊員が行っていた、止血や心臓マッサージ、人工呼吸などに加えて、輸液、気管内挿管および除細動(カウンターショック)などが医師の指示の上で認められたに過ぎません。
 もともと、これはアメリカの蘇生率(心肺停止からの復帰率)が25%もあるのに対して日本は5%しかないことに危機感を抱き、アメリカのパラメディック(準医師)という制度を参考に作られたものでした。パラメディックは救急医療の教育を受けた救急隊員がかなりの医療行為を行って、人命を救っています。但し、別の考え方もあります。フランスのサミューというシステムは、常に医者が救急車に乗り込んで出動するというシステムです。
 確かに、これではかなりの数の医者が必要となりますが、医者が現場で医療行為をするわけですから確実ではあります。日本は結局このパラメディックに倣って、救急救命士という制度を設けたわけでありますが、一部の地域ではこのサミューに似たドクターカー制度を取り入れている自治体もあるようです。

 さて、これで日本も安心と思いきや、実態は、蘇生率にそれほど変化が見られないのです。
 原因の一つは、先の医療行為が行えるための機材を詰め込んだ特別の救急車、いわゆる高規格車(約4000万円也)の導入が遅れていること、さらに、田舎では事故の発生件数が少なくて、救急救命士の技術が向上しないということがあげられます。さらにもう一点は、先にも触れましたが、心肺停止からの蘇生率は3分以内で75%、4分以内で50%、5分以内で25%と手当が遅れれば遅れるほど、蘇生のチャンスがなくなります。しかし、日本の救急車がいくら優秀でも、通報を受けてから現場に到着するまでには、やはり5分ぐらいはかかりますし、通報自体も、心肺停止から時間が経っているのが現状です。つまり、その場で、発見者が適切な蘇生を行うべきであって、救急救命士だけに頼っていてはいけないと言うことです。
 今後は、心臓マッサージや人工呼吸の継続的な教育(一回や二回ではすぐに忘れてしまうので練習の意味で継続することが重要)が必要になってくるでしょう。

§5.消防署の活動

 さて、これまで、救急医療についてお話ししてきましたが、消防署の活動は本来、消火活動がメインだったはずです。従って火災発生時以外は暇でいいと思われている方も多いかと思いますが、ここではあまり知られていない消防署の普段の活動をお話しします。
 救急隊員はもちろん、救助隊員、消防隊員それぞれがいつ通報があっても出動できる体制で待機していなければなりません。従って、昼も夜も関係なく、署内には常に十分に対応できるだけの人がいます。ただそれ以外にも、予防活動や消防団との連携、それに伴う事務的な仕事はもちろん、消防車や救急車のメンテナンス(消防車は毎日磨くのでピカピカです)や市内各地の防火水槽の点検など仕事は様々です。意外にやることが多いのが研修を通じての印象です。もっとも、最近では火災件数も減ってきて、むしろ救急車の出動が多くなっています。ちなみに救急出動のおおよその割合は、急病50%、事故20%、転送(病院から別の病院へ移送)20%、一般負傷10%となっています。

§6.消防と住民参加

 最後に消防団のお話をします。
 行政に対して、おそらく、もっとも積極的な住民参加がなされているのが消防団でしょう。消防署が駆けつけるよりも早く、自分たちの町は自分たちで守るという考え方ですが、実際は、消防署でやってもらえるならそれに越したことはないというのが本音でしょうか。ただし、消防署にしても、全ての地域を行政でカバーするには余りにもコストがかかりすぎる点や、田舎の山奥の道では、大型の消防車では入っていけないなどという理由もあります。
 いずれにせよ、実際に火災が起こって困るのは住民ですから、仕方なく持ち回りで消防団を組織して行政に協力しているというところが現実的な見方でしょう。しかし、これも徐々に成り手が減ってきていて、特に都市部の行政ではあまり消防団に期待せずに、全て消防署で対応しているところもあります。また、田舎でさえもなり手が少なくて困っている状態が続いています。近い将来はこの消防団というのも過去の産物になってしまうのでしょうか。

つづく

1998年11月 執筆
ページの先頭へ