論考

Thesis

政治家に読んでほしいこの一冊(2)

3『晴れた日には希望が見える ~全盲の大臣と4頭の盲導犬~』
デイビット・ブランケット 著,  高橋佳奈子 訳  朝日新聞社


 紹介しておいてのっけから悪口を言うのもなんであるが、この題名のセンスなんとかして欲しい。
 原題が「On a Clear Day」だから何か他に訳しようがあるような気がするし、訳者がつけている副題の「~全盲の大臣と4頭の盲導犬~」もいかにも売りが福祉っぽくて鼻につく。
 現実の著者デイビット・ブランケットは、この副題からは想像もつかないほど毅然とした人物で、自分の障害を「売り」にするのをことごとく嫌い、点字の手紙すら拒否する程だそうだ。
 この本は、著者自身が本の中で述べている通り、政治家の自伝なのか、ブランケットという人間について書かれたものなのか、彼の飼っている盲導犬の話なのか最後の最後まで釈然としない。
 そのどれもが中途半端で、一体何を書きたかったのかわからないと言ってもけして言い過ぎではないだろう。
 途中途中に出てくるブランケット自作の詩もその下手さ加減に読み手の方が恥ずかしくなるほどだ。
 それでもこの本をあえて取り上げ一読を奨めるのは、自身の障害を乗り越えた人間のみが放つある種の光彩を行間から強く読み取ることができる著作だからである。

 デイビット・ブランケット、 53歳。イギリスのシェフィールド生まれ。イギリス議会政治史上初めて全盲という重度の障害を負った人間として教育雇用大臣の重職についた人物である。
 教育雇用省は日本の文部省と労働省をあわせた省庁であるが、その重要性は日本の比ではない。特に雇用省は慢性的な失業率に悩む欧州諸国にとって、マクロ政策のかなめの役所でもある。
 また、ブレア政権は目下、教育改革を政権の最大の眼目に掲げており、繰り返すまでもなくその重要度を考えればブランケットの教育雇用大臣登用がブレア労働党の単なる目玉作りではないことがはっきりと伺える。
 生まれながら遺伝子の不適合で視神経が正常に発達しない、まさに数万人に一人という確率の障害をその人生のスタートから負っていた。家はシェフィールドの貧困区域にあり、両親とも貧しかった。 寄宿制の盲学校で辛酸をなめた後、苦学を重ね地元のシェフィールド大学で政治学を修める。
 しかし読んでいてすこしも湿っぽくないのは、書き手の気質によるものであろう。
 また盲人に対する我々の常識(というか偏見)から見ればきわめて不思議ことに著者はサッカーやクリケットを楽しみ、試合に観戦に行ってはおおはしゃぎし、美術館に出かけたがり、風光明媚(?)な季節だといっては同じく盲学校の友人と二人で北海の孤島を探検する。
 もちろん周囲の障害者に対する偏見に傷つくこともある。
 ブランケットの場合、特に「盲人だから」という理由で何か特別扱いされたり、逆に参加を拒まれたりすることが、元来の負けず嫌いな性格のため普通の障害者の何倍も応えるようである。
 特にのち下院議員となり、影の内閣の閣僚として与党保守党との政策協議のディナーで自分だけフィンガーボウル(指を洗う水の入ったボウル)を出された時のことや(ホストは気を遣ってであるが)、対立する労働組合との会合の席で、苦労して打った点字メモを捨てられた時など数えきれない苦渋の体験の一端がこの本でも随所に出てくる。
 そういうブランケットを支えてきたのは、この本のもう一つの主人公である盲導犬たちである。初代のルビーから4代目のルシーまで30年近くに渡り氏の政治生活を支えてきた彼ら盲導犬は今ではウェストミンスター議会の風物詩になっている。

 余談ながら現在、イギリスのマスコミはブレア首相、ブラウン蔵相ら若手改革派に加えて、プレスコット副首相、クック外相らを現政権のビッグ4と呼ぶ。
 その政権を支えるビッグ4の間もかなり歪みができてきている。
 福祉改革をめぐる騒動もその証左であろう。 これはブレア・ブラウン・コンビが推進する保守党ばりの福祉改革に他のビッグ4の二人、クックとプレスコットが待ったをかけ、その戦列にブランケットが参加するという構図になっている。
 福祉予算、とりわけ障害者や母子家庭に対する給付金の大幅カットは断じて認めるわけにはいかない、という信念がブランケットには強い。彼が「英国政府の良心」と呼ばれる所以であろう。
 このブラウン予算は本会議裁決において労働党議員の大量造反を招き、チェシルム・スコットランド担当閣外相が抗議してブレア首相に辞表を出すなど、政権発足以来最大の危機に見舞われる事態になったほどである。
 ブランケットもブラウン蔵相当てに、事態を極めて憂慮している旨の書簡を送り、自分の半生の経験に照らして障害者の生活給付は彼らの生活のきわめて重要な部分を占めていることなど、情理をつくして訴えた。
 予算は成立したが、この福祉改革が政権内部に生んだ亀裂は深く、今後のブランケットの行動が注目されている。もしブランケットが閣外に去るようなことになれば、彼が全力を傾注して取り組んできた教育改革が大きく後退することは明らかである。

 トニー・ブレアは政権奪取に向けてかつて有権者に熱く訴えた。
 「我々の最優先課題は3つある。それは教育と、教育と、教育だ。」
 そこまで力説しなければならないほど、イギリスの教育は、医療や失業と並んで大きな社会問題になっており、特に初等中等教育の低下と職業訓練教育の不足が問題となっている。
 学力低下の著しい問題校は記者会見で名指し、問題の改善がない場合は廃校を命じると宣言している。もちろん教職員組合は激怒し教育雇用相非難の大合唱であるが、一般の国民はブランケットの教育改革を好意的に見ている。

 「心配などしていたら、普通に生活を送ることができなくなり、人生は生きるに値しなくなってしまう。さまざまな挑戦をすることで自分が他人と何ら変わらない人間であり、他の人にできることは、自分にもできると身を持って証明したい」
 自立への信念あるところに道は拓ける。この本は一冊で、その一言を語っている。
 目が見えてるすべての政治家に是非とも読んで欲しい一冊である。

                              以上

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第15期

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