塾生レポート 一覧へ戻る
1998年3月

番外 「蒙古疾風録~風雲編~」
大串正樹/卒塾生

 

 今回は,去る3月20日から31日にかけて行ったモンゴル・スタディーツアーについて報告いたします。モンゴルでの実質調査期間は一週間で,この間,様々な立場の方々から,貴重な意見を頂きました。ここでは,特に,モンゴル人の気質と,私が目下取り組んでいる新しい行政システムの構築との関係について,簡単にお話してみることにします。

 なぜモンゴルか...かつて13世紀後半には東南アジアから遠く地中海までをも征服していたモンゴル帝国。いまはその陰もなく,ロシアと中国という二つの大国に挟まれて地道に民主化の道をたどっている国であります。この様に考えますと,モンゴルは社会主義体制から民主化の道をたどっているごく普通の国のように思えるのですが,それでは,あえてモンゴルを調査する必要はどこにも見あたりません。ここに,モンゴルの特殊性をお話ししなければなりません。

 モンゴルは皆さんのイメージの通り,草原で馬に乗り,羊と共に暮らし,ゲルという布製の簡易家屋に住み,季節と共に移り住むという,世界でも他に類を見ない遊牧民国家です。もちろん近年では,我々と同じように,アパートに定住する人々も増えてきておりまして,昔のままのイメージではありませんが,首都ウランバートルを車で30分ほど離れたところでは,依然,昔のままのスタイルで生活している人々がほとんどです。しかし,そんなモンゴルといえども国家であり,先の民主化運動に伴って,社会主義体制から民主主義体制に移行して,目下,構造改革・市場化の真っ最中であります。従いまして,当然,選挙を通じて民意が政治に反映されるシステムが存在するはずです。遊牧民の民意とは?そして,いかなる方法で民意が汲み上げられるのか?

 蒼く広がる草原の中で,馬にまたがり,羊を追う遊牧民を想像してみて下さい。遊牧とは,そこに生い茂る牧草を家畜に食べさせて,それがなくなれば,また新たな牧草を求めて移動していく牧畜形態を指します。幸いモンゴルという国は,乾燥していながらも非常に良質の牧草地帯が広がる内陸国です。そんな中で遊牧民たちは,自然と共に暮らしているのです。ここで重要なのは,あくまでも自然の循環の中で常にバランスを維持しながら人々が生きていて,自然そのものである大地には一切,手を加えないということです。つまり,クワを持って耕すという農耕の考え方がここにはありません。従って,野菜や穀物を食する習慣もなく,主食は肉,特に羊であります。もちろん,そんな状態ですので栄養のバランスが悪く,平均寿命も60歳程度と短いので,最近では野菜を作る運動や,都市部では穀物を輸入して食する習慣が定着しつつあります。しかしまだまだ,大部分の田舎に暮らす人々は,遊牧生活を送っており,物々交換が残っているような状況ですので,市場化を含めて国民の意識改革は一朝一夕には進まないようです。

 国民の意識改革。市場化にはこの意識改革が必要不可欠なのです。ではどういった意識の改革かと言いますと,先にお話ししたとおり,新たな牧草を求めて移動するという感覚,すなわち,そこにあるものをただ利用するという感覚から,新しいものを生み出すという感覚への意識改革が必要なのです。これは資本主義の概念である,投資をして付加価値のあるものを生産していくことに他なりません。今のモンゴルには世界で競争に耐えうる輸出品は実質的にありません。一番の輸出品である鉱物資源も,それが内陸国であるが故に,鉄道輸送にかかるコストが実質的に競争の妨げになることは自明です。今後,人件費が高騰していく前に,新しい産業を根付かせることが,モンゴルの将来を大きく左右していくことでしょう。

 さて,話が少しそれましたが,本題の,私がモンゴルで見たかったもの,すなわち,新しい行政システムの構築のヒントについてお話しします。人間は,社会を作り,お互いに協力していく生き物です。例えば,遊牧民が新たな土地で定住を試みようとする場合,そこに住む人々が「水」を確保したいと願った場合を考えてみましょう。一人で井戸を掘るとお金がかかります。そこで,みんなで相談して,お金,あるいは人手を出し合って,協力して共有の井戸を掘ろうと考えるでしょう。このとき,お金を出し合うというのが「租税」であり,井戸を掘るという行為が「行政」の役割でありこれが実質的に「公共工事」であります。そして,みんなが井戸を掘ることに合意するために,説得にあたること...これが「政治」に他なりません。つまり政治は説得過程を意味します。しかし最も重要なのは,はじめに水が必要であるとみんなが思うこと,すなわちそこに「民意」があることです。モンゴルが面白いのは,社会主義体制という国家が何でもやってくれるという概念から,民主主義という民意が政策を作っていくという概念に移行している最中であると言うことであります。そして,遊牧民という極めて特異ではあるが原始的な社会では,そのモデルは非常にシンプルなものであるわけです。しかし,残念ながら,まだまだモンゴルはそのようなシステムが定着しているようではありませんでした。おおよそ,社会主義体制下で生活の基盤が整い,原始的ではあるが遊牧生活において,先の意識改革が進むほど逼迫した状況ではないことです。つまり,自然の中でバランスよく暮らしているため,食料は豊富で,餓死する心配がないからです。モンゴルは貧困でありながら,食料(特に肉)が豊富であることが,他の発展途上国と決定的に違うのです。

 このように,モンゴルでは国民の意識改革が遅れているのに対して,民主化・市場化が急ピッチで進んでいます。そして,それに伴って,当然様々な社会問題も発生してきています。今後モンゴルが成功するか否かは,ひとえに国民の意識にかかっていると言っても過言ではありません。そう考えると,アメリカ,すなわちIMF流の民主化政策がこのモンゴルにふさわしいかどうかは,はなはだ疑問であります。アジアにはアジアの,そしてそれぞれの歴史や文化に合った民主化の方法やスピードがあるはずで,そのことを十分に認識しないと,改革が致命的な事態を引き起こす可能性があります。日本の外交に求められるのは,まさにそういったアジア各国にふさわしい経済発展のプログラムを提供していくことではないでしょうか。それは,外交を単にODAによる援助だけで終わらせてはいけないということであり,それだけに本物のリーダーシップが必要なのです。

以 上

1998年3月 執筆
ページの先頭へ