論考

Thesis

八ツ保小学校1年生の子どもたち・その2

1月中旬の1週間、埼玉県川島町立八ツ保小学校に再びお邪魔しました。
 この学校との出会いは、昨年の7月でした。川島町教育委員会での研修中、学校教育課長の学校訪問についていき、そこで生まれて初めて、涙が出るほど感動的な授業を見せていただきました。
 この素晴らしい子どもたちと先生が、日頃どんな学校生活をしているのか、どうしても見たい、と思いました。それを紹介することで日本の教育に希望の風を吹き込むことができるのではないか、とも思いました。
 その場で校長先生にお願いしました。
「是非、改めて一週間くらい、この学校に通わせていただきたいのです。」
 校長先生は、その場でOKをくださいましたが、後から伺ったところ、内心は戸惑っていらっしゃったそうです。松下政経塾の人が来て、へんにこむずかしいことを言われても困るな、と。
「でも、あのレポートを読んで、安心しました。」
 月例報告の6月分のことです。あの感動的な授業についてレポートに書いて送らせていただいたところ、校長先生も、担任の中村先生も、なっちゃんのご両親までもが読んでくださって、とても喜んでくださった、と聞いて、私も心からホッとしました。 こうした経緯があって、一週間、1年生の子どもたちと学校生活をともにすることになりました。

 毎日、毎日が感動の連続でした。
 なんと言っても、先生も子どもたちも、そしてクラスの中心になっているダウン症のなっちゃんも、とってもタフで、ポジティブなのです。
 なっちゃんは、機嫌がいいときは、机に座って絵や字を書いたり、本を読んだりしています。ときには声を出して、なっちゃんにしかわからない言葉で本を読んだり、オルガンを弾きながら大きな声で歌を歌ったりもします。
「ほかの子たちのじゃまにならないのかな?」
と思うでしょう?
 でも、子どもたちは、なっちゃんの歌声をBGMにしながら、涼しい顔で順番に本読みをしているのです。1年生の子どもたちの集中力たるや、それはそれはすごいものです。
 そして、なっちゃんの番がくると、必ず誰かが気づいて、
「なっちゃんの番だよ!」
と声をかけます。
 なっちゃんは、調子がいいときは先生の本をひったくるようにして読みます。
「やだ~」
というときは、
「なっちゃんは今、なっちゃんの勉強をしているんだねえ。」
と、誰かがなっちゃんの代わりに読むのです。

 実際のところ、なっちゃんはものすごい頑張り屋さんです。
 なっちゃんの勉強はたいてい、みんなが勉強をし終わった次の時間に始まります。
 2時間目に音楽でみんなが楽器の練習をしていると、その間なっちゃんはじーっとみんながしていることを見ています。そして、次の3時間目はなっちゃんの音楽の時間。
休み時間にみんながなわとびしていると、次の時間はなっちゃんがなわとびの練習。
 そんな勉強を続けるうちに、なっちゃんはものすごい成長を遂げています。私も去年の7月に出会ったときに比べてコミュニケーション能力が飛躍的に進歩しているのにびっくりしました。
 犬の絵を描いてほしいとき、まず言葉で訴えようとします。それでも伝わらないと、
自分で四つんばいになって、「ワン!ワン!」
 自分が何をしたいのか、何をしてほしいのか、全身を使って必死で訴えるのです。
 そんななっちゃんが一つ進歩を見せるたびに、子ども達は大喜びです。
 算数の時間、
「10が5つ、1が2つ。全部でいくつになりますか?」
 なっちゃんが「はい!」と手をあげて、黒板に「の」「み」と書きました。
「ワーッ!なっちゃん、ひらがなで、のみ、って書いたよ!!すごいっ!!」
 教室中が、拍手の嵐になりました。答えが合っていなくたって、なっちゃんがまた一つ新しいことをできるようになったことが、みんなはとても嬉しいのです。

「なっちゃんの姿を見て、みんなも頑張るんですよ。私の力なんかじゃない。」
あくまでも謙虚な中村先生ですが、私はそんな先生の姿を見ていて、「教育とは感化である」ということを改めて確信しました。
 どんなに
「人にやさしくしなさい」
と口で言ったって、そう言う先生自身が人にやさしくなければ、子どもは敏感に気づくものです。
 先生や周りの大人達の背中を見て、子どもたちは育っているのです。

「かなさんの目はいい目だねえ。ちあきさんは、背中がぴんとして、いい姿勢だねえ。
」 子どもをほめ、みんなの見本とすることで彼ら自身にも自信をつけさせ、力を伸ばす。 自分が一年生のころ通っていたオーストラリアの学校で、姿勢よく座っていたただけで、
「みんな、見てごらん!トモコはすばらしいレディーだよ!ああいうのをウーマンではない、本物のレディーと呼ぶんだよ!」
と先生にほめちぎられて、どんなに誇らしかったか、どんなに自分に自信がついたかを今でも覚えている私は、この先生は本当に子どもの気持ちがわかるんだなあ、と嬉しくなりました。
 こんなことがありました。
 八ツ保小学校のお昼の放送の人気番組は教務主任の深沢先生の英語教室です。研修の最終日、私はゲストに招かれ、出演しました。
 まず最初は、会話の練習から。
「“Thank you”と言われたら、“Itユs my pleasure.”と返すと、喜ばれますよ。では、練習してみましょう。“Itユs my pleasure.”」
 全校の教室から放送室へ、割れんばかりの声で“Itユs my pleasure!!”の大合唱が届きました。私もがぜん、やる気が出てきます。
 そして、全校のみなさんへお別れのメッセージ。
メThank you very much for being kind to me. It was a great pleasure to see youall. As I had expected, Yatsuho Elementary was a very good school, and I enjoyed my stay very much. Good bye, and see you again!モ
「みなさん、親切にしてくださって、ほんとうにありがとうございました。みなさんに会えてとてもよかったです。期待していた通り、八ツ保小学校はとてもいい学校でした。毎日この学校に通うのがとても楽しかったです。さようなら。そして、また会いましょう!」
 これを英語と日本語で言い終えて、ホッとして放送室で給食を食べていたら、中村先生がとんできました。
「一年生の子ども達が、しらい先生を拍手で迎えよう!ってはりきって待ってるんです。しらい先生なかなか帰ってこないけど、どうしよう、ってみんな心配になっちゃって。先生、様子みてきてくれない?って言われて来たんです。」
 先生と二人ですっ飛んで教室に帰ると、みんな、目をキラキラさせて、満面の笑顔で、大拍手で迎えてくれました。
「しらいともこ先生、英語、上手だったよ!!」
「すごい!!すごい!!」
 みんなが私に書いてくれたお別れの手紙も、そんな大げさなくらいのほめ言葉でいっぱいでした。
 1年生といったら、普通は人にほめられたくてしょうがない頃です。この子たちはこんなに人をほめるのが上手なんて、どうしてかな?と思いました。
 きっと、先生の影響です。中村先生にほめてもらって、ほめられることがどんなに嬉しいことか、みんなよく知っているから、私のことだって一生懸命ほめてくれるのです。
 私も、そんなみんなの思いが、本当に本当に嬉しかったです。

 そしてもう一つ、一年生なのに人間ができてるなあ、と感心してしまったのが、子どもたちの我慢強さと、限りなく前向きな姿です。
 自分の図工の作品に、余分なテープをペタッと貼られてしまったみかちゃん。
「なっちゃん、それは貼らないで~」
 ってがんばったけど、やっぱり抵抗しきれなくて、貼られてしまったのです。
 みかちゃん、泣きそうな顔になりながらも、
「ありがとう、なっちゃんのお陰できれいになったよ。」
 あきなりくんは、ちょっと横を向いている間に、自分の名前のらんに大きなマルをつけられました。
「あーっ!!」
でも、顔はニコニコしています。
 寒さが厳しい冬のある日、なっちゃんにうちわでバタバタあおがれたたかだくん。無理して、
「すずしくて気持ちいいよ。」
 そう言われると、みんなもなんだかそんな気になっちゃうから不思議です。
 ときには、なっちゃんにノートいっぱいにペンでいろんな文字を書かれてしまうこともあります。
 いつもは黙ってなっちゃんのやりたいようにやらせてあげているみほちゃんですが、今回はたまらずに先生に言いに行きました。
「こんなに書かれちゃったの・・。」
すると先生は、
「あとでホワイトで消してあげるね。」
 先生は子どもたちが自分のノートにものを書かれて本当はどんなにいやか、ちゃんとわかっているのです。そして、先生にホワイトで消してもらうことが、どんなに嬉しいことかも。
 文部省の人たちに是非このクラスを見てほしい、と思って八ツ保小学校に連れていったのは、偶然そんななっちゃんの機嫌の悪い日でした。どんな感想を言われるかな、と思っていたのですが、
「私もね、この先生は子どもの気持ちがわかるんだな、って思ったんです。」
 文部省のすてきな女性からこんな感想をきいたとき、ああ、来て見ていただいてよかった、と思いました。

 私は、教育とは感化である、ということをこのクラスから改めて学びました。
 ポジティブでタフな担任の先生と、このクラスをやさしい眼で見守っている校長先生、教頭先生、養護の先生をはじめとするたくさんの大人たちがいて、そして何よりもしっかりとした親御さんたちの理解があるからこそ、こんな素晴らしい子どもたちが育っているのです。
 この素晴らしいクラスのことを、たくさんの人に紹介して、感化の輪をひろげたい、と私自身もはりきっています。

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白井智子の論考

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Tomoko Shirai

白井智子

第16期

白井 智子

しらい・ともこ

NPO法人新公益連盟 代表理事

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