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1997年10月

第1部 財政再建序論としての行政改革 ~ 第8報 「郵貯民営化論争(6)~補稿:郵便事業の民営化問題」
大串正樹/卒塾生
 
§0.はじめに

 これまで郵便貯金事業の民営化問題,そして前回の補稿としての簡易保険事業の民営化問題について概観してきた。本報ではさらに補稿として郵政三事業最後の郵便事業について取り扱う。その位置付けから,昨今の議論に至るまで論点整理を行うことによって,郵便事業の民営化問題の論点を明らかにしていく。しかし,郵便事業の民営化に対する声はほとんどなく,現実の問題は郵便事業への民間の参入を認めるか否かである。本稿ではその点を中心に論じていく。

§1.郵便事業

 郵便法第1条にあるように,郵便事業は「郵便の役務をなるべく安い料金であまねく,公平に提供することによって,公共の福祉を増進する事」を目的とする。公共の福祉はさておき,重要なポイントは①なるべく安い料金で②あまねく公平に提供するという二点に絞られるようである。二つ目の「あまねく公平に」という点については,これまで再三述べてきた郵貯や簡保の意義と,ほとんど同義であるためここでは敢えて触れない。従って,郵便事業に限っての論点は「なるべく安い料金」という一点であると言っても過言ではない。

§2.切手とポスト

 ハガキなら50円,封書なら80円。一般に郵便物を出そうと思えば,所定の「切手」を貼って「ポスト」に投函すれば,後は,ほぼ間違いなく目的の送り先に届けられる。定形外や規定重量を越えるものも所定の料金の切手を追加すれば,同様に送り届けられる。この便利な切手とポストというシステムは全国均一料金という前提があって初めて成り立つ。逆に,全国均一料金が崩れると宅配便のように,郵便局で重量と宛先の地域を確認して,地域別の料金を支払ってから,送付する手はずとなる。この切手とポストの利便性は,おそらく誰もが維持してもらいたいシステムであることは間違いない。つまり,先述の論点「なるべく安い料金」にはこの「全国均一料金」という概念が表裏一体で存在している。そこで,全国均一料金を維持しつつさらに安くするにはどうすればよいか。郵便局の独占事業に対して,民間の参入を促し競争原理を働かせ,コストダウンを計ることは極めて素直な議論である。

§3.クリームスキミング

 それでは,郵便事業に民間がどこまで参入できるかについて考える。郵便事業のうち小型物品すなわち小包や書籍・カタログ類の郵送は既に民間が参入しており,競争も活発になされている。問題は「信書」と呼ばれる手紙やハガキである。郵便法第5条にあるように,信書の配達は郵便局の独占事業(郵便局以外に信書の配達を委託すると罰金が課せられる)であり,民間の参入は認められていない。先述の全国均一料金を維持するためというのがその大義名分であるが,ここでその論点を整理してみる。
①郵政省の言い分
 郵政省の試算によると,採算の合う大都市・大口利用のサービスに対して民間が参入すると競争の激化により,全国均一料金が崩れる。大都市あての大口利用は半額となり,逆に地域あての一般郵便は3倍に膨れ上がる。つまり,これで切手とポストというシステムは機能しなくなる。逆に見ると,現在の郵便事業は,全国均一料金制を維持するがために,不採算の地域あて郵便の赤字を大都市あて大口利用の郵便の黒字で穴埋めする,いわゆる,内部補填がその根底にある。また,競争原理が働かないとの指摘に対しても,郵政省は,郵便は電話,FAX,電子メールなどと競合しており十分に価格競争にさらされているとしている。ただ現実として,毎度の郵便料金の値上げによってその赤字を埋めるという体質は相変わらずで,経営自体は見直すべき点が多分にある。また一方で,世界的に見ても手紙・ハガキのサービスは国営,公社,特殊会社を含めて郵便局が独占的に行っているというのも事実である。
②民間宅配業者の言い分
 郵政省がことさらに恐れるのは,先に触れた,採算の合う地域だけに民間が参入する,いわゆるクリームスキミング(いいとこ取り)である。確かに,民間企業が郵便事業に参入して,山奥まで一枚のハガキを50円で配達しても採算が合うはずがない。参入できるのは極めて近距離の大口配達に限られる。民間(ヤマト福祉財団,小倉氏)の試算によると,他府県あての引受物数割合はおおむね20%程度の配送量であるが,特に,都市近郊の衛星都市ではその割合は50%近い。採算を考えると,ダイレクトメールなどの大口で,自府県内あての近距離で,かつ,緊急を要さない配送に限られるが,この点において,実は,民間の参入の余地は郵便局を脅かすには至らないのである。先の郵政省の試算は,全国に民間が展開した場合(シェア5割を仮定)のケースであって,まったく現実的でない数字である。このように,民間の言い分を見ると,特に郵便事業の民営化を求めているわけではない。一部地域の信書の配達に参入したい,すなわち,郵便法第5条の法改正のみである。

§4.日本の郵便料金は高いか

 さて,民間が参入する大義名分に,日本の郵便料金が割高であるという理屈がある。民間が現状より安い郵便料金で提供できなければ,この論争も意味がない。しかし,日本の郵便料金は本当に高いものであろうか。ハガキ(手紙)の料金50円(80円)であるが,これを購買力平価で各国比較するとアメリカ34円(55円),イギリス67円(67円),フランス78円(78円),ドイツ67円(84円)と日本だけが際だって高いわけではない。ここで,アメリカは突出して郵便物数(主にダイレクトメール)が多いため相対的に安くなっているが,それ以外の先進国と比較した場合,問題視されるほど高価ではない。ただ特徴として日本は手紙が割高になっているということがあげられる。これは,全国均一料金を算出する場合,価格設定を手紙とハガキでどのように割り振るかで決まってくる。回収,輸送コストは手紙もハガキも,それほど大差ないことは容易に想像されよう。従って,後は大口の顧客に対する割引制度の問題となる。但し,これは民間がどのような分野に参入して,どのような価格設定を行うかによって大きく変わるものであるし,逆に,コスト計算をするためには,民間の信書への参入がある程度認められなければ具体的な数字は出てこないと考えられる。また,一方で郵便局もきちんとした会計がなされておらず,発表される数字にも問題がある。赤字地域を平然と赤字ですと開き直るのではなく,企業なみのきちんとした会計を公開することが必要である。

§5.改革の方向

 郵便事業民営化と題したが,実際は,信書の配達に民間が参入できるかどうかが争点であることは冒頭に述べたとおりである。その意味では,郵便局と民間企業の,経営判断と企業努力に委ねられるという点で不透明な部分を残し,歯切れの悪い内容となった。しかし,明らかに実行していくべきことはいくつかある。まず,郵便法5条の改正。結局,民間が参入してもそれほど競争優位と考えられない。従って,これは郵便局の意識を変える意味で民間と競争させるべきである。むしろマスが大きな郵便局が価格設定(割引制度)の上ではかなり優位にある。逆に,民間の圧倒的優位な点は意外にも取り扱い店舗である。ヤマト運輸の宅急便取り扱い店舗は28万店に対して,ポストの設置数は16万本でしかない。いずれにせよ競争はそれ自体意味がある。次に,民間の活用である。実は郵便局も大規模なトラックによる輸送は既に民間委託されているのである。コスト削減のためなら,大都市間の郵便物輸送を宅急便に委託してもまったく問題はないはずである。そして最後に,先にも触れた郵便コストにまつわる情報公開である。ただ,それ以前に郵便局内できちんとした会計方法を採ることが先決である。特に,混同されている切手収入と郵便収入はきちんと区別されるべきである。

§6.おわりに

 結果として,郵便事業はその利便性から国営(公社,特殊会社も含めて)が望ましい。ただし,信書独占の必要は敢えて認められない。郵政省が言うほど全国均一料金は簡単には崩れないと考えられるからである。郵政省は今後12年間は郵便料金を値上げしないと言っているが,これまでの赤字を埋め合わせるだけの安易な郵便料金の値上げが,昨今の郵便料金不信につながっている。信頼を取り戻すには,やはり情報公開が必須である。一方で,日に日に骨抜きになってきている橋本行革であるが,その中で郵政省の生き残りをかけた改革姿勢やサービス向上への取り組みは,十分評価できる。橋本行革の意外な成果であるといえよう。

次回,第9報からは財政投融資について触れる。
1997年10月 執筆
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