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1997年9月

第1部 財政再建序論としての行政改革 ~ 第7報 「郵貯民営化論争(5)~補稿:簡易保険事業の民営化問題」
大串正樹/卒塾生
 
§0.はじめに

 前報までシリーズで,郵貯民営化問題を概観してきた。その中で,郵貯はいずれ民営化するにしてもその前に解決すべき問題が多々あることを指摘した上で,本来郵便局が利用者にとってどのようにあるべきか,その未来像を含めて論じてきた。本報では,これまであまり触れてこなかった簡易保険事業(以下,簡保)の民営化問題について,郵貯の民営化問題の補稿として,また,郵政三事業の民営化問題の重要な論点の一つとして取り上げる。

§1.官業としての簡易保険事業

 簡保の意義とは「国民が誰でも手軽に加入でき,万一の際に迅速な保証を提供する」ことにある。従って,そのサービス内容として以下の特徴があげられる。まず,郵貯と同様に,全国2万4千の郵便局を通じて全国あまねくサービスを提供している。さらに,無診査,職業制限なし,保険金の即時払い等,冒頭に記した意義そのままのサービスを提供している。民間生保はというと,これとは対照的に,全町村の72%には店舗を持たず,有診査が主で,職業による加入制限があり,即時払いもない。これだけを見ても明らかに簡保は民間生保よりはるかに魅力的な商品を提供しているといえる。しかし,果たして,ここまでして官業を維持していく必要があるのだろうか。
 確かに,簡保は郵政省の言うように,経営自体は健全で,しかも,郵貯と違ってその積立金は全て「確実・有利・公共の利益」という三原則に乗っ取った自主運用がなされている。国民にとってその存在自体は,決して不利益なものではない。しかし,保険を商品としてみた場合,もはや民間で十分に供給できる事は明らかである。従って,昨今叫ばれる簡保の肥大化は,民間生保が言うように,「官業は民業の補完に徹する」という原則を大きく逸脱しているというのも一理ある。

§2.簡保の圧倒的な強さ

 しかし,ここで民営化にまつわる論点を整理して見ていきたい。まず,その商品構成についてであるが,簡保の主力商品は「養老保険」であり,その割合は簡保全体の6割にも及ぶ。つまり個人を対象とした貯蓄性の高い商品を取り扱うことに特徴がある。一方,民間生保は定期保険などの保障性の高い商品をその主力としている。つまり,単純に総資産で比較すれば,明らかに簡保の額が大きくなるのはこのためである。平成6年度末で,簡保の総資産は84兆円。民間生保一位である日本生命の総資産の26兆円を遙かに上回る額である。しかし,保有保険金額で見た場合はどうであろうか。簡保のシェアは1割前後で193兆円である。方や民間生保は8割近い1,469兆円である。これらの数字をどう見るかは議論の分かれるところであるが,少なくとも扱う商品構成が全く異なることを十分に理解した上で考えなければならないと言う点だけは確かである。
 次に,優遇措置であるが,簡保は国営であるが故に,法人税などの税制上の優遇措置を受けている他,国による保険金・年金等の支払保証という絶大なる国家信用を背後に持つ。ただ,郵政省の言い分では,その分,資金の運用対象やサービスに法的制限を加えられており,何よりも,保険の加入限度額に1,000万円,初年度年金額も90万円という大きな制約が設けられている。ビジネスとして利用者へのサービスという観点から見れば,この制約は極めて大きい。
 しかし,最も特徴的なのは,簡保は三事業兼営という形で,郵便局という利用者に極めて身近な店舗を,全国にあまねく展開している点である。民間生保において,顧客が店舗に訪れるという光景はほとんど見られない。セールスマン(レディー)による加入が9割近いのである。このことは逆に,民間生保が一般の個人顧客を獲得することの難しさを物語っている。ちなみに,簡保の場合,店頭加入が約半数を占めている。しかも,郵便局は郵貯と簡保という異なる貯蓄商品を提供できるという大きなメリットまである。郵貯・簡保それぞれの限度額をにらみながら,利用者の資産運用に柔軟に対応しているという現状がある。

§3.打つ手のない民間生保

 さて,ここまで見ると,民業圧迫という民間生保の言い分は妥当なものといえそうである。従って,先の行革会議で簡保が真っ先に民営化されることが決定したのもうなづける気がする。しかし,ここで考えなければならない点がある。簡保は民営化されれば,当然,今まで設けられてきた限度額という制約がはずれ,利用者のニーズに応じた商品を提供していくことは止められない。事実,簡易保険局でも世論を意識して限度額(1,000万円)のアップは敢えて要求していないが,利用者からすれば,この限度額では死後の保障として十分なものでないことは誰の目から見ても明らかである。さらに加えて,今の郵便局という国民に最も身近な店舗形態を維持するのであれば,もはや民営簡保の拡大を止められるものはなくなるであろう。
 一方,民間生保の対応はというと,実は簡保対策以前に,昨今増え続ける加入者の解約に対してさえなすすべがない。また,ある意味で消費者に十分行き渡った飽和(成熟)商品である保険は,今後飛躍的な成長は望めない。生命保険協会(民間生保会社の業界団体)によれば簡保対策はまだこれからであるが,昨今の「郵政三事業の民営化」という財界の声に足並みをそろえなければならないという,いわば「おつきあい」の構図が見て取れる。これに対して,郵政省の簡易保険局は民営化の是非はともかく,仮に民営化されても,簡保の優位性はゆるぎないものと自信のほどを示している。これが実体である。従って,先の日産生命の破綻に代表されるように,バブルの後遺症の中で民間生保の信用が失墜している今,簡保の民営化をむやみに焦ることは,結果として,おびただしい数の民間生保の破綻を招くことであると容易に想像できる。民間生保もそのことを真剣に考えて,将来の簡保民営化に向けて,差別化やサービスの質の向上,そして何よりも,不透明と言われる商品や経営に関してもっと利用者にわかりやすく公開していく努力が望まれる。

§4.郵政三事業民営化,最大の難問

 郵便事業の民営化に関しては次報で述べるとして,先に触れてきた郵貯民営化とあわせても,この簡易保険事業の民営化問題は郵政三事業民営化の中では最大の難問である。何を持って最大というかであるが,これは官業と民業の体力の差であるといえる。余りにも差がついていること。さらに,成長が期待される簡保に対して,途中解約や破綻など減速中の民間生保では,その差は開くことはあっても縮まることはない。しかもその力の差の要因が,構造的なもので,簡単に改善される性格のものでないことが致命的でさえある。簡保民営化以前に民間生保の経営は深刻なのである。他方,郵貯はというと民間の銀行との体力差は大きいとはいえ,この簡保と民間生保との差ほどはない。郵貯を分割することにより,銀行との共存の道も残されているからである。また逆に,郵便事業のように,明らかに,そのすべてに民間が参入する可能性が薄い場合とも明らかに異なる。この構図は,議論がまだまだ十分でないことの証である。民営化の可能性の順位は行革会議の結論で出された簡保・郵貯・郵便ではなく,郵便・郵貯・簡保の順番であることは,もっと公平で真剣な議論が進まないと見えてこないのである。

§5.おわりに

 行革会議としては,郵政三事業の改革にメスを入れることができないとなると,昨今の政治不信にますます拍車がかかることを懸念しての決断といえるが,結果的にその実現は議論の結果としてではなく,政治の力学として見送られそうである。しかし,本当にやるべき改革はそんなに大きな風呂敷を広げることではなく,小さくとも出来ることから確実に進めていくことではないだろうか。従って,簡保民営化云々の前に生保業界の経営あるいは,大蔵省の保険行政について考え直す必要がある。情報の公開,横並びの廃止,サービスに対して市場原理の導入など,常識的に取りかかるべきことは多々あるはずである。被害を被るのは,いつの時代も利用者であることを改めて認識してもらいたい。

次回,第8報は補稿として「郵便事業の民営化問題」について記す。
1997年9月 執筆
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