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1997年7月

第1部 財政再建序論としての行政改革 ~ 第5報 「郵貯民営化論争(3)~百年論争から金融ビッグバンへ」
大串正樹/卒塾生
 
§0.はじめに

 第3報,第4報とそれぞれ郵政省,全銀協の論点を概観してきた。いよいよ本報で,そのかみ合わない議論を総括し,何が本当の問題で,どのように解決していくべきかを論じていく。そしてこの「郵貯民営化論争」を総括するに当たり,これまでのような一方的な郵政省や全銀協(民間金融機関)の立場とは一線を画し,また識者の意見にありがちな無責任な第三者的立場でもない,純然たる利用者の立場(もちろん国の財政的な考慮は行うべきであるが)で考えていきたい。

§1.郵貯民営化の是非

 初めに立場を明確にする上で,「郵貯民営化」の是非について述べる。
 純粋に利用者にとっては郵貯が民営であろうが国営であろうが関係がない。形態はどうあれ,一つの金融機関としてサービスの質が良ければそれでいいのである。ただ何度も繰り返してきたが,官業としての必要性を考えた場合,いわゆる「市場の失敗」がない以上,民間でできるものは民間にゆだねるべきであるという考え方は正しい。
 従って,結論として郵貯はしかるべき時期に民営化すべきである。但し,民営化するためには,その障害となる種々の問題が解決されることが前提となるはずで,議論すべき点もここにある。よって,この一連の報告が目指す点は,ひとえに,その論点整理と問題解決の方向性の明示であって,このことにより,はじめて郵貯本来のあるべき姿が見えてくると考える。

§2.国民(利用者)不在の議論

 ひところ様々な研究機関や団体あるいは識者から,幾つもの郵貯分割案が提示されてきた。具体的に12に分割すべきであるとか,はたまた,その資金を地域で活用するとか。マスコミ各社もその経済波及効果と共に具体的数字(信憑性は別として)が出てくると,こぞって取り上げた。
 しかし,様々な議論に共通して言えることは,利用者不在の議論であること。
 本当に,過疎の地域で郵便局がどのような役割を果たしているのか,また利用者はどのように感じているのか。残念ながら表には出ないが,そのことを一番考えているのは,郵政省である。保身を図るための結果といわれればそれまでであるが,少なくとも,サービス業としての自覚は(お役所とは思えないほど)しっかりと持っている。

 一方,世論の動きは,郵政省の反発から,民営化が難しいとなると,議論の矛先は財政投融資改革(主には出口の改革)に向けられ,郵貯民営化の議論もその一部として取り上げられるようになった。最近の論調でも郵貯の民営化はやはり難しいので,ひとまず,資金運用部への全額預託から郵貯の自主運用に切り替えるべきであるというのが主流になりつつある。

 話はそれるが,昨今の行革論議における「省庁再編」に関しても同様な傾向がある。すなわち,本来ならば日本をどのように設計していくか,あるいは,国民にとってどのような国たるべきかというビジョンが初めにあってしかるべきなのに,いきなり,省庁の数の議論である。理想を実現するために,どのような行政システムが必要かで,はじめて省庁の形態が決まるべきなのに,今の議論は,明らかに政争の道具にすぎない。

 本テーマを取り上げた最大の理由は,郵貯民営化が利用者を無視した形で,政治的決着を迎えることに危惧の念を抱いたためである。つまり,本来必要なのは,利用者にとって郵貯が将来どのような姿であるべきかの議論なのであり,分割数や財投原資の問題はあくまでも,各論に過ぎないことを念頭におく必要がある。

§3.論点整理

 さて,本報の目的は,前二報の論点を整理して,郵貯民営化論争の真の問題を明らかにすることにある。くどいようであるが郵貯はしかるべき時期に民営化されるべきであるが,そのためには以下の問題をきちんと解決していくことが前提となる。

(1)あまねく公平なサービス
 郵政省の最大の論点である,ユニバーサルサービスの提供。議論は専ら,郵便局と金融機関の店舗数とその配置にある。郵政省ははじめ山間辺地にまでおよぶネットワークを強調するも,農漁協系の金融機関を考慮すれば,前報どおり日本に民間金融機関が存在しない地域は9村のみである。
 この9村のために本当に官業としての郵貯が必要かと言えば,いささか説得力に欠ける。そこで郵政省は,一つの町や村での配置形態に議論をうつした。確かに,民間金融機関が市街地中心の配置に対して郵貯はかなりへんぴな住宅地にまでおよんでいる(田舎の町や村はかなり面積が大きい,あるいは交通の便が悪いことを想起してほしい)。
 高齢化が進む中,採算の合わない僻地の郵便局を民営化によって失うことにより,お年寄りが困るのではないか...この問題に対する答えは本報後半で述べる。

(2)イコールフッティング(税制の優遇)
 前報でも触れたが,国営である郵貯は多額の税制優遇措置を受けている。明らかに競争上不公平ではないか。この問題に対しては郵貯も敢えて真摯に受けて立つべきである。
 民間も論点が少ないせいかこの点をことさらついてくるが,はっきり言って,今の郵貯の強大さからして,この程度(失礼ではあるが)の負担増は十分に消化できるはずである。もちろん,地域の利便性を考えれば不採算地域への店舗設置義務も当然維持していく必要がある。そこまでやって,(経営努力を行うことはもちろんとして)万が一赤字にでもなるようなことがあった場合,改めて考え直しても良いのではないか。しかし,取材を進める中,世の中の論調は郵貯の経営能力をかなり過小評価しているきらいがある。郵貯の本当の強さは,官業というタガがはずれたときはじめて明らかになるであろう。

(3)商品としての定額貯金
 ここでは,論点が二つある。
 一つは通常預金を含めた金利の問題。もう一つは定額貯金そのものの商品性の問題である。はじめの金利の問題は簡単である。遅かれ早かれ自由化するのであるから郵貯が民間の低い金利にあわせる必要などない。大いに競争してもらいたい。逆に言うと,速く金利を自由化するべきなのである。
 問題は次の,定額貯金の商品性である。郵貯の全預金の87%が定額貯金で文字どおり主力商品であるが,この定額貯金とは最長10年の預入期間で,半年複利の固定金利,6ヶ月据え置き後は解約が自由という商品である。長期貯蓄性と流動性の相反する性質を兼ね備えた,民間からすると採算を無視した金融商品である。
 平たく解説すると,金利が高い時期に預け入れをした場合は,金利が下がっても固定金利であるから,そのまま預けっぱなしにしておけば預金者にとっては得である。また金利が低いときに預け入れした場合は,金利の上昇に応じて適宜解約して預け直せば,これまた預金者にとってお得なのである。つまり,利用者にとって得することはあっても,損することのない夢の商品である。民間が手を出せない理由はここにある。しかし,実態はそうはならない。民間の論理は,利用

(4)三事業の兼営
 おそらく,民営化後も残る最も厄介な問題はこれであろう。三事業民営化後の営業コストや利用者の利便性を考えるとやはり,今の局舎で三事業の兼営という形態は維持すべきである。
 全銀協もこのことを鑑み,業務委託などで代理店方式をとることが考えられると述べている。本報の補稿として簡易保険事業の民営化問題について改めて述べるが,三事業,特に貯蓄商品という意味で金融(郵貯)と保険(簡保)が同一店舗で取り扱われることのメリットは計り知れない。もちろん,金融の自由化に伴い銀行・証券・保険の相互参入が認められれば,一応条件は揃うのであるが,実態として,多用なサービスを提供できる民間機関は少ないと予想される(自由化の波の中でそれぞれの個性を生かして得意分野に特化していくと考えられる)。

(5)ATM提携
 利用者の立場から見れば,郵貯であろうと,民間金融機関であろうと,ひいては,証券や外資系銀行に至るまで,一枚のカードでどこでも自由に預け入れや引き出しができるに越したことはない。制度上の問題(金利や手数料の違い)はあるにせよ,不可能なことではない。早急にすべてのATMが提携することが望まれる(考えてみれば当たり前のことである)。
 民間はそのデメリットばかりをことさらに強調するが,実は郵貯が執拗に唱える「あまねく公平なサービスの提供」という論争がこれにより形骸化することは自明の理である。利用者不在の典型的な例と言えよう。

(6)財政投融資改革との関連
 本来,原資がどのような形態で集まろうとも,国民の利益になるように有効に資金が使われれば財投そのものは合理的な財政システムのはずである。そしてその必要性も依然として認められる。願わくば,出口の改革がつつがなく進み,おびただしい資金が国民の利益に直結する形での運用がなされることが期待される。しかし,悲しいかな,もはや今の行政や政治にこの願いは完全に打ち砕かれてしまっている。
 郵貯民営化により財投原資を断つという一見荒っぽい議論は,行政に対する失望と受けとめられる。従って,この財投の問題は本報を含む一連のテーマである「財政再建序論としての行政改革」の中で,取り上げるべき重要テーマであることは紛れもない事実である。しかし,この財投と郵貯という互いに大きな問題をいたずらに一緒に取り扱うことは,丁寧な議論とは言えない(むしろ無責任と言える)。
 郵貯に関しては,これまで触れた問題解決を急ぐとして,財投の問題はやはり行政システム全体の問題として切り放して考えるべきである。そのなかで,別途,叫ばれている財投債や財投機関債発行の問題や,特殊法人改革,ひいては,公的年金の資金運用の問題などを議論して行くべきである。ではどうや

 ここで郵政省から,「郵貯の資金を失った財投はどうなる」と言われるかも知れないが,簡単に言うと,各財投機関は情報公開をすることによって市場から資金を集める(財投機関債の発行)。それでも資金調達ができない場合で,どうしても政策的に必要と認められれば,これはもはや一般会計に組み入れるべきである(財投債の発行という考え方もあるが,これは国債発行とほぼ同義である)。基本的には,このように予算構造を国民に見えやすい形で単純化していく必要がある。これについては,まだまだ議論の余地が残されており,いずれ,行政システム改革の議論の中で詳細に報じていく。

 ただ確実に言えることに,郵貯の自主運用は,いきなりには難しいことである。なぜなら財投機関に行き渡った,財投資金が流動化されるのはかなり時間がかかることが予想される。従って,今ささやかれている,財投機関が抱える巨額の不良債権の処理が喫緊の課題となろう。

§4.百年論争から金融ビッグバンへ

 さて,以上どれ一つ取っても頭の痛い問題であるが,解決には,やはりそれぞれの当事者の意識改革が必要ではないだろうか。

(1)利用者の立場に立って
 はじめに,金融という業種は,もはや純粋な民間の営利団体とは言いにくく,かなり(社会的責任という意味で)公的な性格の強いビジネスである。とはいえ,純然たるサービス業であることも確かである。
 繰り返しになるが,もっと利用者の立場に立った議論が,郵政省,民間金融機関双方に必要である。その点では,残念ながら官業であるはずの郵政省に若干分がある。シティバンクの行っているサービスなども大いに見習ってもらいたい。
 自由化の波はもうそこまで迫っているというのに,いまだに危機感が感じられない。いずれにせよ,考えても見れば,民間企業が国営企業にここまで惨敗すること自体が情けない話である。

(2)郵政省が反省すべき点
 はっきり言って,政治的に動きすぎる。本来ならばこれだけのネットワークを持っているのであるから,もっと積極的に行革に向けて提言ができるはずである。次報で述べるが,これから日本が直面する高齢化社会に向けても,2万4千の郵便局はもっと重要な役割を担えるはずである。にもかかわらず,世論がこれだけ不利に展開しているのは,ひとえに,ただただ保身に走り選挙を通じた政治力を駆使しようとする態度にある。また,付け加えるなら,民営化すると赤字局を閉鎖するなどという,脅しにも似た言葉は,公的な金融サービス業の立場で言うべきセリフではない。これでは,企業努力を放棄すると取られても仕方がない。

(3)民間金融機関が反省すべき点
 数え上げればきりはないが,護送船団方式に守られながら,小口預金者を軽視し,サービス業としての努力を怠ってきた点。定額貯金を恐れること自体がその証である。何よりこれだけの低金利時代に最も恩恵を被っているのに,相次ぐ不祥事やバブルにうかれて抱え込んだ不良債権の問題。金融業という自身の社会的役割を改めて見なしてもらいたい。

(4)金融ビッグバンに向けて
 郵政省曰く,民間金融機関の敵は郵貯ではなく外資系の金融機関のはずである。これはもっともな意見である。民間金融機関はことさらに郵貯を恐れるが,金利が自由化して,自主運用を迫られれば郵貯といえども,かくも巨大な預金を抱えながら,今の金利と集金量を維持するとはとうてい考えられない。前述した条件が整い,競争が進めば,あとは市場のメカニズムに委ねればよい。そして,残される本質的課題は金融機関としての「信用」に他ならない。日本の金融機関(郵貯も含めて)はそのことを十分に認識し,自らの「信用」回復に務める必要がある。もちろん,利用者の側も,行政に保証を求めるばかりではなく,自らの判断で金融機関を選んでいく努力を怠ってはならない。真のサービスの向上とは双方の努力によってはじめて実現する。

 さて,最後に,本来もっと議論されなければならないにもかかわらず,先述した論争の陰に隠れておろそかにされている問題についてもいくつか触れておきたい。

(1)簡易保険事業の民営化問題
 郵貯民営化にともない簡易保険事業がこのまま一緒に民営化されれば,最も大きなダメージを受けるのは,郵貯でも銀行でもなく生保業界なのである。銀行と郵貯の力の差以上に,民間生保と簡保の力の差は開いている。この件に関しては,補稿という形で改めて報じるが,このことを問題視している記事はあまり見受けられない。しかし,郵政事業民営化問題の鍵となることは確かである。

(2)郵便事業の民営化問題
 議論としてはこれからの問題であろうが,論点は比較的判りやすい。「信書」を国営で独占するか否かである。今の通常郵便物が切手を貼ってポストに投函できるというシステムは全国均一料金制があってはじめて成り立つのである。しかし,国営による独占をやめ民間に自由に参入を認めると,競争激化によってこの全国均一料金が崩れる。独占によって成り立っている不採算地域への配送コストに対する内部補助をどのように取り扱うかが焦点である。この点についても稿を改めて報じたい。

(3)大蔵省の大罪
 結局誰が悪いのか。今更,真犯人を突き止めても仕方ないのであるが,責任の所在は明確にすべきである。それは明らかに大蔵省の金融政策にある。本来ならば,郵貯はとっくに民間金融機関に淘汰されていなければならない(あるいは赤字経営に追い込まれている)はずなのに,実際は,この強さである。さらに,今行われているのは,郵貯の利便性を民間金融機関の低いレベルにまで引き下げようとしている議論ばかりである。今後ビッグバンを迎えて,金融業界に混乱が予想される中で,その罪深さが露顕することは間違いない。

(4)行政に求めるサービス
 論点整理のはじめに記した,あまねく公平なサービスの項で,「高齢化が進む中,採算の合わない僻地の郵便局を民営化によって失うことにより,お年寄りが困るのではないか...」についての答えである。郵政事業とは極めて身近な行政サービスの提供である。従って,国民は,逆に,どこまで行政にサービスを求めるかという合意形成が必要なのである。多くを求めればそれだけコストもかかり,市場に歪みも生じる。国鉄にしても「全国あまねく」までは不可能であったように,郵政事業もそのコストと利便性について国民的議論がもっと必要なのではないか。行政が国民の零細な預金を守るという発想から,国民が行政にどこまで守ってもらいたいかというニーズ先行の発想が求められる。

§6.おわりに

 以上,3報にわたって郵貯民営化論争を当事者各々の立場からの論点提示と,利用者の立場に立った論点総括とによって概観してきた。少なくとも可能な限り客観的に一利用者の立場で論点整理を行ってきたつもりである。従って,快く取材に応じていただいた関係者各位には,申し訳ないが不本意な内容も当然含まれている。それでも,再三の取材・質問に対して,誠意を持って答えていただいたことに,改めて感謝の意を述べたい。

 さて,次報はこれまでの論点整理からさらに発展して,本来郵便局がどのようにあるべきか,また,どのような利用の方法があるかを展望していく。最終的に,地方分権や本格的な高齢化社会を迎える地域の行政サービスのあり方にまで踏み込めれば,本報告もその本来の目的を達することになろう。

次回,第6報「郵便局の未来像」に続く。
1997年7月 執筆
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