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1997年7月

第1部 財政再建序論としての行政改革 ~ 第4報 「郵貯民営化論争(2) ~イコールフッティング~」
大串正樹/卒塾生
 
§1.百年論争

 「官業は民業を補完しつつ適切な役割を果たしていくこと」。論争の主役である「郵便貯金」は,官業であるが故に,この原則を超えてはならない。そして,この「民業の補完」を超えた場合を「肥大化」という。郵貯は創設以来,時に戦費の調達,また,財投資金として業務の拡大を続けてきた。安全性と有利性を武器に民間金融機関を寄せ付けない成長ぶりを見せた。山間僻地のみならず都市部にもその勢力を広げ,圧倒的な数のCD・ATMの普及によりその強さは絶対的なものとなった。明らかに官業の範囲を逸脱した経営規模である。1875年の創設以来,百年を超えて繰り広げられてきた官と民の論争の主旨である。

§2.イコールフッティング

 そもそも,なぜこのように郵貯が肥大化したかというと,国営であるが故の優位性,あるいは不公平な優遇措置にある。そのいくつかをたどってみる。

  1. 有利な金利
     近年の郵貯批判の中で1993年,郵政省は郵貯の主力商品である定額貯金(郵貯における預金全体の約87%を占める)の金利を市場と連動し,かつその金利の0.95とすることにより,民間金利との整合を図った。しかし依然として,その他の通常貯金は民間より高めの金利設定が続いている。
     また,定額貯金という民間では扱えないリスクの大きな商品を持つことによる,国民負担の増大の可能性もはらんでいることも付け加えておく。

  2. 税制の優遇
     国営であるが故に,法人税,事業税,印紙税が免除されている。さらに免除されている預金保険料(預金保険機構への保険料支払い)をも含めると7,391億円にものぼる。郵政事業が税金の補填は受けていないものの,これでは事実上補填されているのと同じである。すなわち,民営化による税収の増加と株式売却による利益が財政再建に大きく寄与するというのは明らかな事実である。

  3. 三事業兼営
     現在,民間では認められていない,金融,郵便,保険の三事業が兼営されていることのメリットは多大なものがある。経費率を見ても単純に郵貯は銀行の1/3である。さらに,金融(郵貯)と保険(簡保)という庶民の二大貯蓄商品を揃えることには計り知れない,更なるメリットがある。これについては次報以降,簡保の民営化問題を扱う場面で言及する。

  4. 全額預託
     郵貯には集めた資金を大蔵省理財局の資金運用部に全額預託するという義務がある。財投(財政投融資)資金として運用されるからである。一見制約のように聞こえるが,実は,これは郵貯が一切の資金運用を行わないでも済むということである(運用コストもかからないし,運用リスクも負担しないで済む)。換言すれば,運用を気にせずひたすら預金を集めればいいということである。これは民間の金融機関の常識でもある「運用可能額に見合う資金の調達」というALM(資産負債総合管理)の基本概念からは,ほど遠い。

 以上見てきたように,民間の常識とはまったく異なる,郵貯の国営企業としての特典や経営形態そのものが初めから民間金融機関との競争の土台に乗っていないのは明らかで,様々な論争を行う前にお互いの競争の条件を整えようと言う考え方が,イコールフッティングである。

§3.民業圧迫と金融ビッグバン

 さて,それでは,この不公平な優遇措置によってもたらされる民間への被害,すなわち民業圧迫とは,実際どのようなものがあるだろう。正直言って,今のところ被害は見られない。銀行はもともと,資金を集めて,貸し付けるのが仕事である。貸し付ける分には,郵貯が資金運用部への全額預託であることから民間の市場に対して圧迫という関係はない(但し,財投を公的金融システムと捉えて財投機関まで考えるときはその限りではない)。問題は集金の側にある。
 「国家信用」と先に触れた様々な金利や経営形態の優位性をフルに使い,なりふり構わず資金を集めまくっているのが実状である。ただ繰り返し述べるが,今のところ,それでも被害は見られない。これは市場に資金があふれているからで,銀行としてもこれ以上資金を集めても運用に困るだけである。勢い,全銀協(全国銀行協会連合会:民間銀行の業界団体)の言い分も,業界の利益よりも,官業のあり方や競争の公正さを維持するという方向に論点が移行し,保身を図る郵政省よりも(正論を述べるという意味において)極めて紳士的な対応に終始している。

 以上,被害はないと言い切ったが,これはあくまでも現状を見る限りである。問題はこれから行われる金融の自由化,いわゆる日本版ビッグバンの影響である。既に叫ばれているように,かなりの金融機関がその洗礼を受け淘汰されようとする中,昨今の民間金融業界の不祥事や生保業界の安全神話の崩壊が拍車をかけて,金融不安を引き起こしている。その時,もし郵貯が今のまま存続していたら,あるいは,将来的にもその存続が明らかになっていたらどうなるであろうか。安全性を求めておびただしい資金の郵貯シフトが起こることは容易に想像される。そうなれば民間の金融機関の破綻にますます拍車がかかり,民業圧迫どころか民業淘汰が一気に進む恐れもある。全銀協曰く,「郵貯の民営化が一気に進むとは考えにくいが,少なくともビッグバンの時点で,民営化の方向性が見えていることが重要である」。

 このような世論をよそに(十分な議論は欠いているが),郵政省は民間(シティバンクなど)とのATM提携を目指すなど,ますますの業務の拡大を進めようとしている。一時は大蔵省に却下された,この民間とのATM提携も97年度予算では4億9900万円のシステム開発費が復活折衝で認められた。今後注視していく必要がある重要なポイントであることは間違いない。

§4.「あまねく公平なサービス」の実態

 もう一つ忘れてはならないのが,郵政省が繰り返し唱える「あまねく公平なサービス」という観点である。前報で示したように郵便局は山間辺地にもまんべんなく配置されている。ただし,前報の数字はあくまで郵政省が一方的に発表した数字で,気をつけなければならない点が一つある。
 それは,数字の中に農協系(漁協を含む)金融機関が加味されていない点である。これらを考慮した実態はというと,実は,全国3,255市町村のうち,かなり僻地の9村以外はすべて民間金融機関が存在している。0.3%に満たない(人口も極めて少ない)地域のために,かくも巨大な官業を維持する意味がはたしてあるのだろうか。「大きな政府」か「小さな政府」かという議論を含めて,国(行政)にどこまでサービスを要求するかという問題は,改めて国民が議論をして合意形成を行っていくべき課題であろう。その詳細は次報の論点整理で明らかにするが,少なくとも,このことは世にでている数字を鵜呑みにしてはならない好例と言えよう。

§5.財政投融資の改革

 先にも触れたように,全銀協の論点は業界の利益よりは,むしろ官業としての郵貯そのもののあり方に傾注している。従って民間金融の業界団体としては,めずらしく財投のあり方にまで言及している(私見ながらこの態度は他の業界団体も見習ってもらいたい)。
 その主旨は,政府系金融機関や財投機関の見直しである。無責任な議論であれば,郵貯の民営化のみを提言すれば良いのであるが,明らかに,その場合は財投機関の資金不足の問題に直面する。政府系金融機関の見直しに関しては,(1)規模の縮小,(2)民間金融機関の直接投資,(3)民営化などをあげている。さらに,財投機関に関しても,(1)(民営化後の)郵貯の一部預託の義務付け,(2)民間金融機関からの借入,(3)財投債,財投機関債の発行などがあげられる。いずれも財投の改革議論で触れられていることであり,それぞれがさらに詳細に議論されるべき内容であるため,ここでは深く触れないが,肝要なのは,郵貯民営化問題を議論する場合は,システム全体の問題として財投改革の問題が避けては通れないということである。

§6.三事業の分離と分割民営化

 以上の全銀協の論点を総括して,それでは郵貯はどのように改革して行くべきかを最後にまとめる。但し,あくまでも,これは一つの検討対象としての議論であることに留意してもらいたい。

  1. 郵政三事業の分離
     既に述べたように,民間金融機関との公正な競争条件確保の点を考慮すると,郵貯は他の二事業(郵便,簡保)から,分離して民営化する必要がある。但し,その場合小規模局の人員採用・新局舎の手当の問題や,何よりも利用者の利便性を考えると,代理店方式(それぞれに民営化された三業務を業務委託という形で一局舎で取り扱う方法)を採り入れることが考えられる。

  2. 郵貯の分割民営化
     郵貯はその巨大な資金量を考えると,一体で民営化することは考えられない。分割の規模は議論の余地を残すが,金融機関相互の適正な競争が促進される単位で地域分割されなければならないことは確かである。
     例としては,郵政局単位や都道府県単位が考えられる。この場合は,一部都心部で,依然として巨大な金融機関が残るという問題がある。他方,これ以上の細分化は逆に分割コストがかさみ,現実的ではなくなる(ライバルの民間銀行にとっては小さい分割に越したことはないのであるが)。

次回,第5報は「郵貯民営化論争」の論点を整理する。
1997年7月 執筆
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