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1997年6月

第1部 財政再建序論としての行政改革 ~ 第3報 「郵貯民営化論争(1)~あまねく公平に~」
大串正樹/卒塾生
 
§0.はじめに

 前報までは,日本に必要な新しい行政システムの基本的な考え方を概観してきた。ここからは,現在の行政改革が抱える問題点を各論で分析することにより,より具体的に「第1部 財政再建序論としての行政改革」を考えていく。その第一段として本報より4回に渡り,最も象徴的なテーマである「郵貯民営化論争」を取り上げる。4回の概要(予定)は以下の通りである。

第3報
「郵貯民営化論争(1)~あまねく公平に」
第4報
「郵貯民営化論争(2)~イコールフッティング」
第5報
「郵貯民営化論争(3)~百年論争から金融ビッグバンへ」
第6報
「郵貯民営化論争(4)~郵便局の未来像」
 昨今の論争をふまえて,はじめに,郵政省,全銀協(全国銀行協会連合会)の双方の一方的な立場で「郵貯」を考えて行く(第3報,第4報)。これを受けて「郵貯民営化論争」を整理し問題点を明確にする(第5報)。そして,最後に郵貯を含めた郵政事業,あるいは郵便局が将来に渡ってどのようにあるべきかを提言したい(第6報)。

§1.あまねく公平に

 「郵貯民営化論争」において,郵政省が繰り返し口にするフレーズに「全国あまねく公平なサービスの提供」というのがある。1875年の創業以来,官業としての郵貯にとって最も重要な役割である。また、「個人専門の貯蓄機関」として果たしてきた役割も多大なものである。その郵貯が今,行革の矢面に立たされている。郵貯批判の論点は次報に譲るとして,ここでは,いかに郵貯が国民生活の中で重要な位置を占めているかを報じたい。

 「あまねく公平に」とはどういう状態を指すのか。一般的な解釈では,いかなる離島・山間辺地の住民に対しても,生活基礎サービスの機会を保証する(ユニバーサルサービスの提供)ということである。ここで注意したいのは,郵政省は郵貯単体ではなく,郵便・簡易保険(以下,簡保)を含めた,いわゆる郵政三事業をもって,官業としての必要性を訴えている点である。
 従って,郵貯民営化という問題は銀行サイドの一面的な見方であって,郵政省から見れば,生保業界(対,簡保)や運輸業界(対,郵便)を巻き込んだ郵政事業の民営化問題なのである。当たり前のようであるが,ここを混同しているところに議論が平行線をたどる一因がある。

 すなわち,郵貯は銀行とはまったく異なる思想に基づいたシステムなのである。ユニバーサルサービスの提供であるから,必然的に非採算地域においても店舗を持つことが義務づけられ,結果として,銀行の店舗配置が都市中心部に集中するのに対して,郵便局の局舎(その約9割が借入による)はまんべんなく住宅地の中にまで分散して配置されている(表1)。

表1.店舗設置数の比較
  過疎地における設置数 全国設置数
郵便局 4,689(74.7%) 24,564(46.0%)
銀行等 1,586(25.3%) 28,838(54.0%)

 逆に言うと,国民にとって,とりわけ,お年寄りや体の不自由な人たちにとっては,最も身近な公的拠点として非常に利便性に優れているのである。この論理の延長線上には,たとえば,社会的インフラ,すなわち,交通網の整備はもちろん,将来的には,各家庭において,端末による金融のオンラインサービスの充実(電子マネーの普及なども考えられる)等が進めば,郵貯の必要性がなくなる可能性を示唆している。

§2.民間以上のサービスと健全経営

 郵貯の民営化の議論は今に始まったことではない。百年論争といわれるぐらいにその創設以来一貫して存在する。もちろんその間,郵貯は「戦費調達」の手段や「財政投融資の原資」として,その(資金出口としての)社会的役割は変化させてはきている。
 では,民営化はおろか,なぜかくも肥大化してしまったか。その理由の一つに,個人の預金に対してきめ細かなサービスと魅力的な商品開発を行ってきた結果といえる。
 ご承知の通り,郵便局の窓口は国営企業とは思えないほどの顧客意識を持っている。ここが,国鉄の民営化と違うところである。庶民の不満どころか,そのサービスに十分な信頼を得ているために,民営化の必要性に対する国民的コンセンサスは得られないのである。
 その反面,民間の各銀行はこの低金利の中,軒並み最高益をあげており,個人預金者に対しては,利益還元はもちろんのこと,サービスの向上努力さえも怠ってきた。護送船団方式による横並び経営の結果が,バブル崩壊による不良債権問題の表面化や,昨今の金融不祥事なのである。これでは銀行に郵貯を批判する資格はない。

 そして,もう一点,忘れてはならないのが経営の健全性である。郵貯はその会計を他の事業(郵便・簡保)とは区別した上で,税金や補助金といった一切の補填を受けずに経営を行っている。補填どころか,郵貯事業の平成7年の損益は1兆1,238億円の黒字となっている。国営にして優良企業なのである。

§3.民業圧迫のウソ

 そもそも,220兆円を超える預金が集まる背景はなぜか。1993年に定額貯金の金利は民間との整合性をとるように改められたし,バックにある「国家信用」といっても,1000万円までは民間でも預金保険機構で保証されており,定額貯金の上限はこれも1000万円であるから,条件はほぼ互角である。もちろん税制の優遇という,民間金融機関にはない得点があるにはせよ,この集金力はその範囲をはるかに越えている。おそらく「国家信用」というイメージが大きいと同時に,相対的な民間金融機関の信用失墜がさらに拍車をかけている。問われるべきは,昨今の不良債権問題や,小口預金者を軽視する経営姿勢,さらには,大手都銀幹部の不祥事に代表される民間金融機関の経営姿勢やそのモラルであろう。
 また,仮に民業圧迫しているとして,郵貯の民営化が実現された場合,その資金が民間に流れたとしても,昨今のように資金がダブついている状況でどのように運用していくのか。困るのは民間金融機関の方ではないだろうか。

§4.財政投融資の改革議論のすりかえ

 郵貯民営化論争で最も乱暴と思われる意見に,財政投融資(財投)の原資を断つ,すなわち,郵貯を民営化することによって,財投のシステム改革を進めるというのがある。
 確かに財投には多くの問題があるし,その原資として最も多くの資金(大蔵省資金運用部資金の平成7年度末残高374兆円のうち212兆円を占める)を供給しているのは,まぎれもなく郵貯である。しかしこの議論には以下のような視点が欠落している。

  1. 郵貯資金の自主運用

     昭和62年度以降,平成8年度までの大蔵省資金運用部からの借入による郵貯の自主運用額累計は40兆円を超えている。もちろんその資金の性格上,確実有利な運用を図る観点から国債・地方債などの債権を中心に運用を行っている。結果としては,良好な成績を収めており,完全自主運用の可能性も十分に考えられる。つまり,財投の原資を断つというなら,「郵貯民営化」ではなく「完全自主運用」を議論するのが筋である。

  2. 財投本来の役割

     社会資本整備など,まだまだ一般会計資金(租税)を投入するよりは,財投を財源とする方が適している分野は多い。特殊法人や政府系企業の経営効率など改善されるべき問題は多分にあるが,財投そのものの役割は決してなくなることはない(最も,規模の縮小・見直し等は十分議論の対象となるが)。
     その意味でも,国の信用の下に集められる郵貯(公的資金)の公的目的のための活用はその必要性を失わない。付け加えるならば,財投原資としての問題は,郵貯ではなく,むしろ,破綻しつつある国民年金・厚生年金の運用の方が喫緊の課題であるはずである。
     財投には,これ以外にも多くの問題があり,ここで触れるにはいささか本報の目的を逸脱するのでここまででとどめるが,いずれにせよ,「財投改革」と「郵貯民営化」では問題の所在が明らかに異なることを十分に理解した上で議論すべきである。

§5.評価すべき努力

 最後に所見を少し付け加えておく。確かに,郵貯,あるいは郵政省に問題がないわけではない。むしろ,本報で触れていない様々な部分で多くの問題を抱えている。しかし,少なくとも,生き残りをかけた郵政省の対応は,後手後手にまわることはあっても,一歩ずつ改善の努力が感じられる。昨今の金融業界の状況に比べれば,はるかに取り組みの姿勢は前向きである。にもかかわらず,ここ最近の論争における,風当たりの強さは,ひとえに,論点が整理されていない現状と,本質的な議論よりイメージが先行する風潮にあるように思える。この状況では,郵政省がいくら議論を呼びかけても,「官の論理」や「省庁の保身」で片付けられるのも無理はない。
 今一度,冷静な議論が望まれると共に,次報以降を含めて本報が,その一助となることを切に願う。

§6.おわりに

 本報では,一方的に郵政省の論点を総括した。本文の中には明らかに民営化反対論に有利に解釈された内容も含まれているが,あえてそのまま記載した。次報の全銀協の論点と比較して,いかに議論がかみ合っていないかを明確にするためである。従って,本報だけをいたずらに取り上げて,民営化無用と解釈されることは避けていただきたい。
 また,ここでは触れなかった,郵便事業や簡易保険事業に関する論争,さらに,郵便局が行っている新しい試み(ひまわりシステムやワンストップ行政サービス等)についても,次報以降で触れていきたいと考えている。

次回,第4報は全銀協の論点を総括する。

1997年6月 執筆
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