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2017年1月

イスラエル人にとって、なぜ起業は普通のことなのか
岡田吉弘/松下政経塾第35期生

スタートアップ大国と注目されるイスラエルのイノベーション・エコシステムの調査について、また、得られた日本への示唆について報告いたします。

 

はじめに
1. イスラエルは、イノベーションの宝庫?!
2. 「生命を守る」という技術革新力
3. イスラエル社会と日本社会の決定的な違いは何か
4. イノベーションが求められる日本への提言
おわりに

はじめに

 世界を牽引するイノベーションが次々と生み出されている国がある。中東のシリコンバレー・イスラエルである。イスラエルは、年間約1000社のスタートアップが創業されるスタートアップ大国として知られ、世界中がイスラエルのハイテク技術に注目している。
 私は、イスラエルのイノベーション・エコシステムを視察し、起業家、投資家やエンジニアと意見交換させていただいた。なぜイスラエルから革新的なイノベーションが次々と生まれるのか、ということについて調査を行い、それを日本にどのように応用できるかということについて考察を行った。本レポートでは、イスラエルでの学びと、それを踏まえた日本の産業や科学および技術のあり方について述べさせていただく。

イスラエルは、イノベーションの宝庫?!

 イスラエルの人口は約800万人であるが、年間約1000社のスタートアップが創業されている。イスラエルのハイテク技術や、それを支える人材を自社の研究開発に取り込むべく、世界中の企業がこぞって、研究開発拠点を設立している。また、イスラエル発祥の超優良グローバル企業も多く存在し、製薬会社テバ・ファーマシューティカル・インダストリーズ、農業技術のネタフィム社や自動車関連会社のモービルアイなどが知られている。イノベーションをテーマにする人にとって、イスラエルに関心を抱くことは必然と言えるほどの実績がイスラエルにある。
 日本企業とイスラエル企業の結びつきは、近年強まっている。2014年に茂木・経済産業大臣 (当時) がイスラエルを訪問し、日本国経済産業省とイスラエル国経済省の協力覚書(MOC)を締結[i]し、2015年に安倍晋三首相がイスラエルを訪問[ii]するなど、日本の民間企業のイスラエル進出に政治的な後押しがあるという背景がある。また、日本の産業界は、オープンイノベーションによる突破口を見出すべく、シリコンバレーをはじめとするハイテクの集積地との連携を活発化させていることも理由の一つである。さらに、イスラエルも米国との関係が改善されない外交状況で、日本との関係強化が必要であることも理由の一つと分析できる。
 以上のような政治的な動向の後押しもありながら、日本ではここ2~3年はイスラエルのスタートアップやハイテク技術の魅力がやや過熱気味に語られていると言える。このような昨今のムーブメントよりもはるかに前から、ベンチャーキャピタル投資家の間でイスラエルのスタートアップへの投資は注目株であった。私の知る限り、イスラエル人の逆転の発想と世界に比類なきハイテク技術に目を付けた日本人エンジニアは、糸川英夫先生ではないかと思う。日本の宇宙開発の父と呼ばれる糸川先生は、イスラエルから刺激を受け、日本とイスラエルを結び付ける活動を進められた。当時の活動が大きく展開されることはなかったものの、技術に関心が強い人の間では、イスラエルはイノベーションの宝庫として知られていたのである。
 イスラエルを「スタートアップ国家 (Start-up Nation)」として世界に知らしめた著書の一つとして、「アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?」[iii]があげられるが、本書の内容を参考にさせていただき現地調査から見えてきたことの私見を述べる。

「生命を守る」技術革新力

 イスラエルは、1948年の建国以降国家の存続をかけて戦争を繰り返す歴史をたどってきた。2014年にパレスチナ自治区のガザ地区におけるハマースとの紛争が勃発した。それ以降も、田舎町には頻繁にロケットアタックが繰り返されている[iv]。数年に一度の頻度で紛争が勃発するのは、イスラエルに敵対意識を持つ組織が、紛争でイスラエル国防軍 (IDF) に軍事施設を壊滅されたとしても、数年の間に戦闘態勢を持ち直すためである。これがイスラエルの安全保障の現状である。イスラエルでは、「日本はアイランド(島国)、イスラエルもアイランド」と語られる。これが意味するのは、日本は海に囲まれるアイランドであるが、イスラエルは敵国に囲まれ、国境をこえた交流のないアイランドということである。


銃を片手にランチをするイスラエル国防軍の軍人

 イスラエルは上記のような歴史の中で、「国民の生命を守るため」に科学および技術を発展させてきた。イスラエル社会は、「生命を守る」ということが研究開発や事業活動などすべての営為活動の推進力になっているように感じる。例えば、アイロンドームはミサイルの迎撃システムであり、ハイテク技術を結集させたシステムである。敵国からミサイルが発射されると、街中に空襲警報が鳴り響いて動揺とパニックが走るが、アイロンドームが確実にミサイルを迎撃する。紛争が継続し、アイロンドームによる迎撃が日常的に繰り返されれば、多くの国民が慣れていくようである。アイロンドームは国民に安心感を与えるまでに、厳重なシステムなのである。イスラエルのハイテク技術は、軍事関連だけでなく、水[v]や食料の自給確保にもうかがうことができる。海水を淡水に変える技術や雨の少ない砂漠で農業を行う技術など、国民の生命を守るために、世界に稀有な技術を生み出してきたことがイスラエルの技術創出と活用の特徴であろう。


食料自給率90%をこえているイスラエル

 また、イスラエルでは男性は3年女性は2年の兵役が課せられているが、イスラエル社会を支えるエリートの人材育成は軍隊と関係が深い。軍隊のエリート部隊として知られる8200部隊やタルピオットに所属した優秀な人材が最先端の軍事技術を習得し、兵役を終えた後にスタートアップで活躍している。つまり、軍隊がスタートアップのインキュベーターとして機能しているという見方ができるのである。なによりも、兵役期間で培った人のつながりや信頼関係は事業を行う上でも強力であると言える。軍隊は事業活動におけるハイテク技術の民生転用において、ロイヤリティをとることはなく、さらに、政策として税制優遇や規制緩和によって起業しやすい環境が整っている。したがって、ビジネスアイデアを持ち、かつ、リーダーシップを発揮できる人材こそ、社会にインパクトを与える起業家を志す場合が多い環境なのである。
 8200部隊で戦闘機の開発に携わったものづくり系企業のCEOは、「軍事技術産業には国家予算が莫大に使われている。事業を展開する上で、軍隊のハイテク技術とその人材を活用することは効率的だ」と語った。また、イスラエル国防軍 (IDF) の軍人は、「軍隊はハイテクであふれている」と前置きをしたうえで、彼の携わる補給部隊における自動運転技術について話してくれた。機密情報は伏せた内容であったが、世界中が実用化に向けて鎬を削っている自動運転技術において、軍隊で技術に携わったエンジニアが、兵役を終えて事業活動に参画すれば強力な戦力となることは明らかである。言い方を変えれば、イスラエル国防軍 (IDF) には、実践経験豊富なエンジニアがやまほどそろっているのである。
 兵役を免れる方法はないわけではないが、兵役しなければ社会的信用が得られず、進学や就職に不利という側面もあるようである。兵役期間は過度なストレスを抱えるため兵役終了後は、多くのイスラエル人が精神的なリハビリにフリーの一年間をあてるようである。しかし、兵役中の若者に兵役していることについて質問をすると、必ず“honorable”であると答える。家族を守るため、国を守るために兵役をしていることに誇りを持っているのである。以上のように、イスラエルのイノベーション・エコシステムの本質を考察する上で、「国民の生命を守る原動力」は見逃せない。


ガザ地区近くの村(モシャブ)で、ロケットアタックについてお話を聞いた

イスラエル社会と日本社会の決定的な違いは何か

 イスラエル社会と日本社会の違いについて述べたい。イスラエル人起業家が好む言葉で、「フツパー (Hutzpa) 」という言葉がある。これは、図々しく、無礼であったとしても、チャレンジングな姿を表している。この言葉に正しく相当する日本語訳はないようであるが、リスクをとって世界にインパクトを与えようとする起業家のあり方を表す言葉として好まれていた。また、混とん状態を表す「バラガン」という言葉も好まれていた。スタートアップの事業活動は、混とん状態を駆け抜けていくことである。スタートアップが乱立しているイスラエル社会は、日本社会と比較して混とんとした社会なのである。彼らが「バラガン」という言葉を嬉しそうに使うとき、混とん状態こそがイノベーションの源泉であるとすら、イスラエル人は気づいているように思える。
 これとは反対に、日本社会は秩序を重んじる。何事も順序立てて、段取りを整えて物事を進めることを好み、それによって成果をあげていることも事実である。これらを壊して混とん状態をつくることが果たして私たちの幸せな生き方や働き方につながるのだろうか。幸福観をめぐる議論になるが、たとえ混とんとした社会を仮につくったとしても、日本社会のあらゆるところに歪みが生じることは容易に予想ができる。それによって反発力が働き、混とん状態に導いた指導者(経営者や政治家)は長くはそのポストについていられないであろう。
 さまざまな文献[vi][vii][viii][ix]が示しているように、日本人とイスラエル人の精神性や考え方は大きく異なっている。イスラエル人は、失敗を恐れず、果敢なチャレンジを行う、と述べられている文献も多いが、イスラエルと日本では、「失敗の概念」が異なると言える。このような違いはどこからくるのか追求していくと、旧約聖書に秘密があることがわかる。出エジプト記の中に記されている次の言葉を引用させていただく。

「行いなさい、そして、聞きなさい(נעשה ונשמע)」

 この言葉の意味を、エルサレムの敬虔なユダヤ教徒は、「それは、イスラエルを象徴する言葉です」と語り、イスラエル人起業家は、「イスラエルでの起業活動はまさにこの言葉の通りだね」と語った。旧約聖書を学校教育で学ぶイスラエル人にとって、この言葉は常識とも言え、「まず行動してから、人の意見に耳を傾けなさい」という考え方が社会の暗黙知となっているのである。これに対して、日本人は逆で、「聞きなさい、そして、行いなさい」ではなかろうか。事前に多くの人にアドバイスを求めて、入念に準備して、愚かな失敗を避けるのが日本人の特性だと思う。もちろんこれは、一つの見方であるが、社会の暗黙知が異なる日本とイスラエルは、無意識的に埋め込まれている人の行動原理そのものが異なると言える。
 日本では戦後から高度経済成長期において、ソニーやホンダのようなスタートアップが急速に成長し、世界から称賛された。混とんとした社会で、大局的な視野と決断力と実行力を持つ盛田昭夫や本田宗一郎のような偉大な起業家が生まれ、イノベーションを実現した。現代は、組織内の構造的な硬直化が、大企業の意思決定や省庁の政策決定を鈍らせ、決断と行動にブレーキをかけてしまっている。新しいチャレンジに対して、再三に説明が求められるために、知らず知らずのうちに失敗を過剰に恐れるようになっているのである。
 以上本章では、イノベーション・エコシステムを考える上で、イスラエルと日本の違いは、混とんと秩序、失敗の概念の相違であることを述べた。

イノベーションに向かって日本が歩む道

 日本社会に対する認識を踏まえて、以下のような二つの打ち手を提案したい。

①国民の生命を守るために、“災害対応に科学と技術の大型投資”を行う

 南海トラフ巨大地震・首都直下地震は、近い将来必ず発生すると言われている。
 あるイスラエル人が「日本には行きたくない」と語ったので、その理由を聞いてみると、「地震があるから」と答えた。日本に生まれ育った私たちとは、地震に対する恐怖心が異なることに気づかされた。彼らの認識では、「日本は戦争をしてもいないのに、突如として発生する災害によって多くの国民が犠牲になっている」という見方をしているのである。危機管理という視点において、対象は異なるものの、イスラエルも日本も国民がおかれている状況は相違ないという見方ができる。想定される災害に対して、正しく恐れてそれに備えておくことは当然のことである。以上のような考えから、私たち日本人は、国民の生命を守るために、災害対応分野に科学および技術の発展を大型投資することを提案したい。
 幸いにも、わが国は人工知能やロボット技術、また、それを担う人材は豊富にいると言える。しかし、これらの技術を現場で活用するためには、産学官の連携を強化させ、さらなる研究開発と社会実装を加速させていく必要がある。既に革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)[x]において、東北大学・田所諭教授が災害対応のロボット開発をプロジェクトマネージャーとして進めているが、このような事例を増やし、予算確保と人材育成を急ぐことが肝要である。国民の生命を守るために、災害対応分野の研究開発の加速化は待ったなしであるということをそえておきたい。
 災害対応分野は、経済原理によって駆動するとは言い難い。国として、災害にどのように備えるかという指針がなければならず、これは政治の役割であると言える。また、災害対応分野には多くのハイテク技術が求められるが、研究開発の加速化によって新しい技術と人材が育ち、新規の事業が平行して立ち上がっていくというエコシステムを構築することも求められる。つまり、民生転用という形でスタートアップや事業への展開を行っていくことで、災害対応分野のすそ野を広げていくことが求められる。さらに、災害対応技術のユーザーの多くは、消防署や自衛隊などの公的な機関である場合が多い。したがって、政策的にその取り組みを進めていくことが可能な分野であると同時に、世論の後押しも必要であることが課題として挙げられる。いま一度、国民の生命を守る、という観点から、科学と技術のあり方について、議論を展開することは必要なことと考える。

②技術力を競い合う“国際競技会を増やす”

 イスラエル社会と比較して、日本社会はリスクをとることのハードルがきわめて高い。イスラエルと日本では失敗の概念が異なることを述べたが、社会の暗黙知は長い歴史の中で培われたものであり、これを突然変えることはできない。そのために、イスラエル人のように起業のリスクをとることを日本社会で求めることはハードルが高いと考えている。私は、日本社会ではある程度の枠組みの中でのチャレンジを行っていく必要があると考えている。
幸いなことに、技術的に優れたエンジニアは我が国にはたくさんいる。エンジニアがいかんなく持ち味を発揮する場づくりこそが肝要である。そこで、そのような枠組みとして、技術力を競い合う国際競技会を増やしていくことを提言したい。
 災害現場で活動するロボット開発を促すDARPA Robotics Challenge  (DRC)[xi]やロジスティックにおけるピッキング用ロボットを競い合うAMAZON Robotics Challenge (ARC)[xii]など、技術力を競い合う国際競技会がアメリカで開催され、世界の研究者や技術者から注目を集めている。このような国際競技会を日本発祥で行うことで、研究開発の加速化はもちろんのこと、世界中からハイテク技術を集め、それらの活用方法を競い合うことで、優秀なエンジニアの人材育成につながるであろう。さらに、ユーザーが国際競技会に参画することで、エンジニアの優れたアイデアや技術を買収するエコシステムをつくることが可能になる。国際競技会によって、エンジニアが職を辞して自ら起業するリスクを冒すことなく、持ち味を発揮させる環境が整うのである。
 私は、日本のイノベーションのあり方として、産官学連携をよりいっそう強化させ、エンジニアがいかんなく力を発揮できる場づくりが最初の一歩と考えている。そのための方法論として、国際競技大会は有効と言える。ロボットの社会実装と研究開発の加速化を目的としている経済産業省および新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)主催のワールドロボットサミット[xiii]は、日本のロボット業界の将来を左右するほど重要な事業と位置付けられる。このような国際競技大会が、日本のイノベーション・エコシステムを実現する有効な手段であると、私は信じている。

さいごに

 イスラエル社会と日本社会は、前提としていることがあまりに違い過ぎる。そのために、イスラエルのイノベーション・エコシステムを表面的に抜き出して、日本社会に移植したとしても機能しないことは歴然である。本レポートは、イスラエルから学んだことを、日本社会に合わせて考察した。
 現在、私はご紹介させていただいたワールドロボットサミットに関わり、活動をさせていただいている。サミットを通じて、日本のロボット業界が世界から注目を集め、世界に貢献していくイノベーション・エコシステムの起点となるべく注力していきたいと思っている。本レポートの内容について、ぜひ多くの方からご批判とご指導をいただきたいと考えている。

 末筆であるが、サムライインキュベートの榊原さん、寺久保さん、Yonyさんをはじめ、イスラエルで起業したAniwo寺田さん、植野さん、在イスラエル日本大使館の皆さま、元JETRO職員高木さん、イスラエルでは本当に多くの方にお世話になった。日本での情報収集の際には、大西俊明さん、テマサトラベル佐藤さん、奈良先端大三浦明波さんに、心から感謝を申し上げる。

[i] 経済産業省ホームページ http://www.meti.go.jp/press/2014/07/20140707003/20140707003.html
[ii] 外務省ホームページ http://www.mofa.go.jp/mofaj/me_a/me1/il/page4_000911.html
[iii] ダン・セノール、シャウル・シンゲル(2012)「アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?イノベーションが生まれる秘密」ダイヤモンド社
[iv] ミサイル警報アプリによれば、2016年12月25日(イスラエルのハヌカというお祭りの日)にロケットアタックがあった。アプリの履歴を振り返ってみると、一か月に一回の頻度でロケットアタックの警報が出ている。
[v] 山崎雅弘(2001)「中東戦争全史」学研M文庫
[vi] イザヤ・ベンダサン(2013)「日本人とユダヤ人」角川ソフィア文庫
[vii] 内田樹(2010)「私家版・ユダヤ文化論」文春新書
[viii] 石角完爾(2013)「ユダヤの「生き延びる智慧」に学べ 浮かれる日本への警鐘」朝日新聞出版
[ix] 藤田田(1983)「世界経済を動かす ユダヤの商法」KKベストセラーズ
[x] 革新的研究開発推進プログラム http://www.jst.go.jp/impact/program/07.html
[xi] DRCホームページ http://www.darpa.mil/program/darpa-robotics-challenge
[xii] ARCホームページ https://www.amazonrobotics.com/#/
[xiii] 経済産業省主催ワールドロボットサミット http://www.meti.go.jp/press/2016/12/20161202001/20161202001.html
2017年1月 執筆
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