論考

Thesis

松下政経塾・塾生研究レポート ~2045年エネルギー融通国に向けた私の挑戦~

私の志は「2045年エネルギー融通国ニッポン」の実現である。エネルギー融通国とは文字通りエネルギーを海外と分かち合う国であり、具体的には電気やガスなどのエネルギー媒体を隣国と融通することを目指す。本論ではその実現に向けた計画について述べる。

1.はじめに ~日本のエネルギー政策の整理と課題~

 筆者は今からおよそ2年前の2014年(平成26年)4月、公益財団法人松下政経塾に入塾した。動機はエネルギー資源を「奪い合う物資」から「分かち合う物資」にするべく、その一歩を踏み出そうと決意したからである。そして、最終的にはわが国のエネルギー政策にその理念を加え、実現するための働きを一生涯かけて行おうと思っている。

 エネルギーについて議論する際、現在、政府が行っているエネルギー政策を無視できない。エネルギーを消費・使用する主体は私たちひとり一人である。しかし、生産・分配する機能、例えば、電力会社やガス会社などの「エネルギー生産・分配企業」は法の規制下にあり、民間企業であっても国の政策に拘束されているからである。そこで、本章では、現在のエネルギー政策がどのような過程で作られ実行され、また課題があるかについて述べる。

1.1 わが国のエネルギー政策

 2016年(平成28年)時点の日本のエネルギー政策は2014年(平成26年)4月に閣議決定された第四次エネルギー基本計画によって進められている。わが国でエネルギー基本計画が作られるようになったのは2003年(平成15年)10月からである。根拠法は、前年(平成14年)に制定された「エネルギー政策基本法(平成十四年六月十四日法律第七十一号)」である。法制定以前は日本のエネルギー政策には明文化された理念がなかったのである。

 エネルギー政策基本法成立後は、法で定められた理念に基づきエネルギー基本計画が策定され、その上で、閣議決定されたエネルギー基本計画を元とし経済産業大臣の諮問機関である総合資源エネルギー調査会が「長期エネルギー需給見通し」を作成する。なお、エネルギー基本計画では大枠としての目標値程度が述べられ、具体的な定量目標値を含んだ将来の姿は「長期エネルギー需給見通し」で定められる。

 エネルギー政策基本法には3つの基本理念が掲げられている。安定供給の確保(第二条)、環境への適合(第三条)、市場原理の活用(第四条)である。エネルギー基本計画はこの理念のもと内外の状況を加味し大方針となる項目が挙げられる。なお、第四次エネルギー基本計画の項目は以下12項目が挙げられている[1]。

 (1) 安定的な資源確保のための総合的な政策の推進

 (2) 徹底した省エネルギー社会の実現と、スマートで柔軟な消費活動の実現

 (3) 再生可能エネルギーの導入加速

 (4) 原子力政策の再構築

 (5) 化石燃料の効率的・安定的な利用のための環境の整備

 (6) 市場の垣根を外していく供給構造改革等の推進

 (7) 国内エネルギー供給網の強靱化

 (8) 安定供給と地球温暖化対策に貢献する水素等の新たな二次エネルギー構造への変革

 (9) 市場の統合を通じた総合エネルギー企業等の創出と、エネルギーを軸とした成長戦略の実現

 (10) 総合的なエネルギー国際協力の展開

 (11) 戦略的な技術開発の推進

 (12) 国民各層とのコミュニケーションとエネルギーに関する理解の深化

 エネルギー基本計画を礎として作成される「長期エネルギー需給見通し(平成27年7月)」では具体的な2030年のわが国の一次エネルギー供給量が示されている。図1図2に示す。ここでポイントとなるは、エネルギー基本計画ならびに長期エネルギー需給見通しのいずれも原子力技術への信頼が失われていることへの反省が書かれ、その上で再生可能エネルギーも含めた電源開発を進め、エネルギー自給率を25%程度まで回復する事を目指している点である。

図1.2030年おける一次エネルギー需給バランスのあるべき姿[2]

図2.2030年おける電力需給バランスのあるべき姿[2]

1.2 わが国のエネルギー政策の課題

 さて、エネルギー基本計画および長期エネルギー需給見通しの作成過程や内容を概観する限りでは、日本政府は広く国民の意見を聞き、また国内外の多様な情勢変化も踏まえた上で計画やビジョンを作ってきた。エネルギー計画と長期エネルギー需給見通しの作成と実行は、これまで上手くいっていたかのようだ。実際、私自身も東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故まで、政府のやり方は良いと思っていた。一例として第三次エネルギー基本計画に関連して挙げる。

 第三次エネルギー基本計画(2010年(平成22年)6月18日閣議決定)が発表される前の2008年(平成20年)頃、当時私が勤めていた会社でもエネルギーの将来に関する議論が行われていた。これは国の目標が提示されたこと、そして社会的要請が高まったことの二つの理由が挙げられる。

 国の目標は2007年(平成21年)に第一次安倍内閣によって提唱され、翌年(平成22年)に福田内閣が定めた「Cool Earth -エネルギー革新技術計画」[3]において、重点技術開発分野の長期的目標が示された。続く2009年(平成23年)には「新成長戦略(基本方針)」が示され、その第1番目の戦略はグリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略であった[4]。このように、2007年から2010年頃は政府より相次いでエネルギーに関する目標や方針が示された時期であった。

 社会的要請としては2008年(平成20年)から2012年(平成24年)は気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書(以下、京都議定書)の削減目標年であり、また、洞爺湖サミットが行われ、温室効果ガス低減の機運が高まった期間であった。

 このような時代背景のもと、第三次エネルギー基本計画では以下5点を2030年の目標[5]が定められた。

 

(1) エネルギー自給率(当時・約18%)及び化石燃料の自主開発比率 (当時・約26%) をそれぞれ倍増。これらにより、自主エネルギー比率を 約 70%(当時・約 38%)とする。

(2) 電源構成に占めるゼロ・エミッション電源(原子力及び再生可能エネルギ ー由来)の比率を約 70%(2020 年には約 50%以上)とする。(当時34%)

(3) 「暮らし」(家庭部門)のエネルギー消費から発生する二酸化炭素を半減させる。

(4) 産業部門では、世界最高のエネルギー利用効率の維持・強化を図る。

(5) 我が国に優位性があり、かつ、今後も市場拡大が見込まれるエネルギー関連の製品・システムの国際市場において、我が国企業群が最高水準のシェアを 維持・獲得する。

 第三次エネルギー基本計画以降の技術発展・導入状況を見ると、政府が示した目標に向かい着実に発展を続けている。例えば、天然ガスコンバインドサイクル発電技術において、「Cool Earth -エネルギー革新技術計画」において2020年に1700℃まで上げることが示された(図3)。実際には2011年に1600℃級タービンの試運転[6]、2013年には商用運転が開始され、さらなる高温化に向けた開発が着実に進んでいる。燃料電池自動車(FCV)技術においてもCool Earthの中で2010年代中盤からの導入が明記された。現実には2015年よりトヨタ、ホンダが相次ぎFCVの発売を開始している。

 他技術分野も同様であることを考えると、エネルギー基本計画を練り上げる過程において多くの議論や人々の想いが包含されてきたことがうかがい知れる。そして、結果的にエネルギー基本計画に書かれたことが一つずつ着実に実現している。

図3.Cool Earth -エネルギー革新技術計画の一例[3]

 ところが、福島第一原子力発電所事故は、日本のエネルギー政策の前提について幾つかの疑問を抱かせることになった。一つは原子力技術への信頼であり、他に日本のエネルギー供給体制への疑問である。原子力技術については言うまでもないが、エネルギー供給体制についても、事故による大規模な計画停電・節電要請を契機として、電力10社による地域独占体制や総括原価方式などへの疑問が発せられるようになる。すなわち、これまで長年に亘ってわが国が培ってきたエネルギー供給体制が、危機時におけるエネルギー供給を制限したわけである。

 さらに、事故後に導入された「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(平成二十三年法律第百八号)」は、太陽光発電の大量導入を促したが、一方で既存のエネルギー供給体制では再生可能エネルギー(再エネ)の導入には限界があることを示した。太陽光発電の接続申し込みが殺到した九州電力では2014年(平成26年)9月に再エネの接続申込みに対する回答を保留するに至る[7]。接続申し込みされた太陽光発電による電力の全量が系統に流れた場合、需要を上回る状況になったことは理解できるが、一方で、それまで原子力発電による電力貯蔵用として用途が限られていた揚水発電所を再エネ貯蔵のために活用し、再エネ導入量を増やそうというような動きは強くは起こらなかった。すなわち、あくまでも既存のエネルギー供給体制を前提として議論が行なわれていることがわかる。

 つまり、福島第一原子力発電所事故は日本のエネルギー政策において、①技術に対する信頼、②地域独占主義の弊害、③エネルギー供給システムを当初設定された用途以外へ応用することの困難さ、の課題を突き付けた。

 第四次エネルギー基本計画以降、①については原子力発電に限らず安全性を担保することを基本とする点が強調されるようになった。②については、電力の自由化やネットワークの強化、同時にガスシステムにおいても議論が行われるようになる[8]。③についてはNEDOを中心に2015年から一部で検討が始まった[9]。これらのように、福島第一原子力発電所事故によって露呈した課題は一つずつ解決に向けて進んでいる。

 しかし、それでもなお、これらの課題解決は部分的なものに留まっているのではないかと私は考える。本来、今回の福島での事故を契機として議論すべき点は、根本的にエネルギー政策はどのようにあるべきか、ということである。それを議論するためには、表面からは見えない根本的な部分まで踏み込んで考えなければならない。例えば、福島第一原子力発電所事故を引き起こした原因も、地震や津波に対する想定云々はあくまでも直接的な原因であり、その奥に真の原因、暗黙の前提の部分があり、そこまで議論することが必要である。

 真の原因、暗黙の前提が何かを考察するため、今回、明文化されたエネルギー政策の基本理念であるエネルギー政策基本法から探ることにした。なぜなら、基本理念を議論する過程において、何らかのヒント・本音が見つかると考えたからである。そこで、法案審議過程の衆議院、参議院の議事録[10-12]を調べてみたところ、例えば、以下のような発言がみられた。

【第百五十四回国会 衆議院経済産業委員会(平成十四年五月一七日)における、議案提出者・甘利明議員の発言】

(前略)エネルギーセキュリティーをどう図るかといいますと、いろいろな方法がありますけれども、その一つに、エネルギー自給率を高めるということも当然でございます。(後略)

(前略)地球環境保全ということと、それからエネルギーのセキュリティーということは、やはり何にも増して大事であるということで、それを犠牲にして経済合理性というのを追求するということではなくて、それを視野にしっかりと置いた上で、できるだけ規制改革をし、経済合理性で低廉なエネルギーを調達していくと言う関係にある(後略)

【第百五十四回国会 参議院経済産業委員会(平成十四年六月六日)における、内閣府大臣官房審議官・浦島将年さんの発言】

(前略)資源の乏しい我が国としましては、エネルギーの安定確保、放射性廃棄物への負荷の観点から、(後略)

 同様の発言は政府関係者、エネルギー政策基本法案の提案議員からもあり、それらを総合すると、次の2点を暗黙の前提条件としてエネルギー政策が議論、構築されている事が読み取れる。それは、①エネルギー安全保障は国単位で確保しなければならない、②わが国はエネルギー資源小国である、の2点である。言い換えると、資源の乏しいわが国は資源の豊富な国からエネルギー資源を調達し、国内にエネルギーを供給しなければならない、ということが根本に置かれていると言えよう。例えば、資源が乏しければ知恵を出して資源国になるように努力し、その上で、不足分を他国との融通(貿易)によって補おうというような発想は少なくともないということがわかる。

 つまり、わが国のエネルギー政策は、これらの前提の上に、基本法、基本計画などが構築され、一人一人の国民生活においてエネルギー供給や消費が行われているのである。この関係を図示したものが図4である。すなわち議論すべきは、この前提が果たして正しいのかについて今一度問うことである。

 私が松下政経塾への入塾を決意したのは、この暗黙の前提条件自体を考え直し、その上で日本のエネルギー政策に導入するために一生涯、注力したいと考えたからである。それでは、どのような前提条件なら良いのか、そしてどう変えていけば良いのかについて、次章以降で述べることとする。

図4.日本のエネルギー政策の概念構造

2.わが国のエネルギー調達状況と今後の見通し

 本章では、1章で述べたエネルギー政策の前提となる考え方をあるべきものにするために考慮しておくべき視点を整理する。それは3点挙げられる。1つ目は、わが国のエネルギー調達費用は増大し続けており、今後も増加すると予想されること、2つ目は、わが国には十分なエネルギー資源があること、3つ目は、日本以外の国では既に他国との協調によりエネルギー安全保障を確保しているということである。

2.1 わが国のエネルギー調達費用の推移と見通し

 本節では今後わが国のエネルギー調達が益々厳しくなることをデータを用いて示す。図5は1990年以降のわが国のエネルギー調達額の推移である。また、図6は同時期のわが国の最終エネルギー消費量である。過去20年間、最終エネルギー消費量はおよそ20EJ(Eエクサ:10の18乗、Jジュール)前後で推移してきた。内訳をみると石油が天然ガスに徐々に以降している。一方でエネルギー調達額は2004年ごろを境に上昇し、2013年は総額28兆円となった。内訳は石油が18.6兆円、天然ガスが6.2兆円、石炭が2.3兆円、ウラン等の原子燃料が0.1兆円である[3]。つまり、得られる便益が大きく変わっていないにも関わらず、エネルギー資源価格が上昇したことにより輸入額のみが増加した。とりわけ東日本大震災後は天然ガスを中心に調達額が増加した。

図5.わが国のエネルギー輸入額の推移([13][14]より作成)

図6.わが国の最終エネルギー消費量の推移([13][15]より作成)

 それではこの傾向は今後も続くのであろうか。結論を言えば、長期的にはエネルギー資源価格は上昇し続けると予測されている。図7は世界エネルギー機関が予測した各種シナリオ別の今後の資源価格見通しであるが、長期的には石油ならびに天然ガス価格は上昇すると推定されている。要因としては新興国によるエネルギー消費量の増加、既存油田、ガス田の生産減少に伴う高コスト化であり、同様の指摘は欧米石油メジャーなどのレポートでも行われている。すなわち、日本が省エネ対策などによりエネルギー消費量を多少減らしたとしても、それ以上に長期的に資源価格が上昇すれば、輸入額は著しく膨らむ可能性があり、わが国のエネルギー安定調達に影響を与える可能性がある。

図7.世界のエネルギー価格の予測([16]より作成)

2.2 わが国の再生可能エネルギーポテンシャル

 本節では、わが国には十分なエネルギー資源がある事を示す。私自身、これまで日本は資源小国であると教わり、よって海外からエネルギーを調達する以外に方法がないと信じてきた。しかし、技術の進歩や制度の発達により活用できるエネルギー資源が大幅に増え、その常識は変わりつつある。表1は一定の経済性を担保した場合のわが国のエネルギー資源量を整理したものであるが、風力発電のポテンシャルは洋上、陸上を合わせるとわが国の全エネルギー消費をも賄える程度賦存していることがわかる。とりわけ洋上風力による導入ポテンシャルはあらゆる再生可能エネルギー資源の中で群を抜いて大きい。すなわち、わが国は開発し得るエネルギー資源が多量に賦存しており、あとはそれを環境等にも配慮しながら経済性をもって開発するかどうかである。これまでわが国はエネルギー資源が無いという前提に立っていた事から、経済性やリスクの面から大規模集中型の電源開発を優先してきた経緯があるが、数値としてエネルギー資源量が整理されると、あとはそれをいかに開発するかと言うことが具体的な議論となる。

表1.日本のエネルギー消費量と再生可能エネルギーポテンシャル[13]

2.3 海外におけるエネルギー協調体制

 本節では、海外では国境を跨いだエネルギー協調が長年行われていることを示す。図8は欧州の電力網における周波数連携の時系列推移であるが、系統だけではなく、欧州では送電会社間、国家間を越え、電力システムとしての共通基盤を築いてきた。デンマークやドイツ、スペインなどにおいて再生可能エネルギーの導入が拡大している報道や論文を目にすることもあるが、その背景にはエネルギーネットワークを相互依存体制とし、お互いが融通し合うことで、エネルギーの安定供給を図ってきたことがわかる。例えば、イギリスとフランス間には直流送電線があるが、1990年代のイギリス国内の電力会社分割民営化に伴い石炭発電所の淘汰が起こり、2000年代初頭まではイギリスの電力のおよそ6%はフランスから輸入していた[17]。なお、現在のイギリスの輸入率は1%程度である。つまり、各国は自国の状況によってエネルギーネットワークをうまく使っているわけである。このように、国をまたいでの広域的なエネルギー協調は世界的には長年行われており、それが地域のエネルギー安定供給に貢献してきた。同時に、近年の再生可能エネルギーの導入拡大も促している。このような事をわが国でも考えない手はないのである。

図8.欧州におけるエネルギー融通の歴史[17]

3.私が考える国のかたち「エネルギー融通国ニッポン」

 本章では、1章で述べたエネルギー政策におある「暗黙の前提条件」を変えるための手法を示す。結論を言うと、大目標としてエネルギー融通国を目指すビジョンを定め、そのために、(1)海外とのエネルギー連系、(2)わが国のエネルギー資源を活用したエネルギーの完全自給化を中目標として定めることを提案する。概念を図9に示す。また、その時のエネルギー国際連系のイメージを図10に示す。

 エネルギー融通国において重要な点は、外国からエネルギー供給を受けるためだけにエネルギーの国際連系を行うのではないという点である。経済性が担保された中で技術的に許される範囲で積極的に融通しあい、一方で、緊急時にはお互いを助けあう体制とする。そのためには、まず他国への一方的な依存とならないための国内自給率向上が必要となる。現在の第四次エネルギー基本計画とそれに基づく2030年のエネルギー需給見通しでは原子力を含めて24%程度のエネルギー自給率を目標としているが、2045年に完全自給によるエネルギー融通国を目指すのであれば、少なくとも2030年時点では50%程度の目標値を掲げる必要がある。これは比較的国産エネルギーでまかない易い電力(全エネルギー需要の半分)を先に全て国産化することを意味する。一方で、輸送用燃料やガス燃料などの電力以外のエネルギーは水素や合成ガスなども含めてさらなる技術開発が必要であり、長期的な取り組みが必要となる。この意味で、2030年時点で50%程度の目標が求められる。

 では何故、大目標としてエネルギー融通国の実現をビジョンとして掲げるのかという点であるが、このような強烈な目標を置かない限りエネルギー政策の根本にある前提条件、①国単位でエネルギー安全保障を確保しなければならない、②わが国はエネルギー資源小国である、を変えることが容易ではないと考えるからである。エネルギー融通国の実現を掲げることで、エネルギー政策において、多国間もしくは地域でのエネルギー安全保障と、資源小国から資源大国への概念転換が可能になるという仮説に基づくわけである。仮にこのようなビジョン、大目標が無い場合、2.2節で述べたように現状の延長から演繹的に目標が定められ、それに向かって徐々に進むという行動様式が想定される。これは原発事故前と同じ行動様式であり、根本的な考え方が変わっていないことを意味する。つまり、1章で述べた通り、福島第一原子力発電所時を起こした真の原因に切り込まず、部分的な解決を図ったに過ぎないのである。だからこそ、エネルギー政策を新たにするためにはその前提を揺さぶるビジョンが必要であり、エネルギー融通国の実現がその一つとなると考える。なお、エネルギー融通体制を構築できない場合、2.1節で述べた通りエネルギーの国際価格の上昇に伴って、いずれわが国がエネルギーを十分調達できない可能性があることも同時に認識することが必要である。

図9.「エネルギー融通国ニッポン」のための目標

図10.「エネルギー融通国ニッポン」におけるエネルギー国際連系(イメージ)

4.実現に向けた具体的方策

 本章ではエネルギー融通国をどのように作っていくかの具体的方策の一部を述べる。結論から述べると、エネルギー融通国のミニチュア版となるエネルギー融通地域をつくる。図11はその有力な実証地である五島列島を示したものである。五島列島と九州本土との間には66kVの海中連系線が2回線、50kmを越えて敷設されており、これによって理論上は最大およそ80MWの電力を融通できる能力を有している。また、五島列島周辺は平均風速が7-8m/s以上の地域が広がっており、洋上風力発電の適地となる場所が多数存在する[18]。洋上風力は表1で示した通り、わが国全体のエネルギー自給率を高める時に最も量的寄与が多いエネルギー資源であり、これに取り組むことは重要である。なお、五島以外で同様の条件(本土と電力で連系し、海洋エネルギーが豊富)は北海道くらいである。

 ここで五島列島の認可発電容量が84MWであることをふまえ、設備の予備率を50%として半分の40MW程度の電力需要が島内であるとすれば、およそ五島周辺だけで130MW程度の風力発電設備の開発が可能となる。なお、現在国内外で主力の2MWの風車を立てるとすれば65本、開発が進められている5MW級の風車であれば27本となる。つまり、この程度の本数の風車があれば五島列島の全ての電力を賄い、また、九州本土側にエネルギーを融通することが可能となるのである。さらに、北部九州には玄海原子力発電所が立地していることに伴い500kVの送電網が整備され、佐賀県の天山には600MWの揚水発電所が既に立地している。ここは定速式揚水発電所であるが、仮に可変速型に変更する事ができれば風力発電の変動調整力として活用できる可能性もある。すなわち、五島列島は洋上風力などの海洋エネルギーを用いたエネルギー自給化が行える有力な場所であり、エネルギー融通国のミニチュア版となるエネルギー融通地域の最有力候補の一つである。

 しかし、重要となるのが電力以外のエネルギー、つまり、ガソリンや軽油、重油などの輸送用燃料、灯油やLPGなどの熱源のエネルギーをどのように転換していくかということである。そこでポイントとなるのが、水素エネルギーなどの電力より発生させうるエネルギー媒体である。既に五島列島では環境省による浮体式洋上風力の実証試験が2010年度より行われ、この風車によって得られた電力を用いた水素燃料電池船の実証が行われている(図12)。しかし現状では、法規制などにより経済性の確保が難しく、将来的に経済性も考慮した上で輸送用燃料などの自給化も進め、その結果として真のエネルギー融通地域となることができる。このようなプロジェクトを補助金などに頼らず進め、同様のモデルを九州全体、全国に広げていくことで、最終的にエネルギー融通国に至ることが出来ると考える。

図11.五島列島における海洋エネルギーによるエネルギー融通(イメージ)

図12.五島市で実証試験が行われている2MW浮体式洋上風車(左)と水素船(右)[19]

5.まとめと今後の私の取組み

 本論ではわが国のエネルギー政策を整理した上で課題を抽出し、その解決に向けたビジョンと具体的な方策を示した。その際、わが国が現在置かれているエネルギー調達状況と今後の見通しを考慮した。現在の日本のエネルギー政策の根本的課題が、①国単位でのエネルギー安全保障を前提として考えていること、②わが国はエネルギー資源小国であると認識していることを示し、それを払しょくするためにエネルギー融通国が有用な手段であることを述べた。また、エネルギー融通のような取組みを行わない場合、将来的にエネルギー調達が難しくなる可能性も示した。

 エネルギー融通国ニッポンに至るための取組みとして五島列島をエネルギー融通地域とする案を示し、五島列島に豊富に賦存する海洋エネルギーを活用、既に敷設されている連系線によってエネルギーを融通することを挙げた。さらに、島内でエネルギー自給率を高めるため、経済性を確保した上で水素などによってエネルギー供給することの重要性についても触れた。五島においてエネルギー融通地域が実現した場合、それを九州全土、また全国に広げることで、エネルギー融通国になることが可能になると考える。

 筆者は2016年4月より五島に拠点を写し、本プロジェクトに主体的に関わっていく予定である。とりわけ、既に開発が始まった洋上風力ならびに潮流発電のプロジェクトを五島に住む方々と共に、地域の資産となるよう作り上げ、その上で、水素などを活用して完全自給化への見通しを立てたいと考えている。

 エネルギー融通国となる事は大きな可能性を秘めている。それはエネルギー資源を「奪い合う資源」から「分かち合う資源」に変えられる可能性である。人類のエネルギー資源に係る歴史を振り返ったとき、木材から始まり、石炭、石油、天然ガスなど、局在する資源を巡った争いが長い間繰り返されてきた。先の大戦においても1941年12月8日の真珠湾攻撃の同時期、日本陸軍は南方作戦において東南アジアで石油資源獲得を目指した。しかし、エネルギーの完全自給化が出来るほどエネルギー資源の開発が進み、電気や水素などのエネルギー資源が水のように溢れるように生み出されるならば、その時、エネルギーを奪い合う必要は無くなり、分かち合うことが自然に出来るのではないだろうか。エネルギーを巡った1945年の終戦から100年の2045年をターゲットとして設定し、エネルギーを分かち合えるエネルギー融通国を目指すための活動を開始する。

参考文献

[1] 資源エネルギー庁,”エネルギー基本計画(平成26年4月)”,2014

[2] 資源エネルギー庁,”長期エネルギー需給見通し(平成27年7月)”,2015

[3] 資源エネルギー庁,”Cool Earth -エネルギー革新技術計画について”,  http://www.enecho.meti.go.jp/category/others/for_energy_technology/001.html (アクセス日:2016,02,01)

[4] 首相官邸,”新成長戦略(基本方針) ~輝きのある日本へ~”, http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2009/1230sinseichousenryaku.pdf (アクセス日:2016,02,01)

[5] 資源エネルギー庁,”エネルギー基本計画(平成22年6月)”,2010

[6] 羽田 哲, 塚越 敬三, 正田 淳一郎, 伊藤 栄作,”世界初の1600℃級J形ガスタービンの実証発電設備における検証試験結果”,三菱重工技法,第49巻,第1号,2012

[7] 九州電力株式会社プレスリリース,”九州本土の再生可能エネルギー発電設備に対する接続申込みの回答保留について”,http://www.kyuden.co.jp/press_h140924-1.html (アクセス日:2016,02,01)

[8] 木村誠一郎,”エネルギーを届ける・貯める エネルギーのインフラと貯蔵・輸送技術”,化学工学,Vol.80,No.1,2016

[9] 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構,”再生可能エネルギー連系拡大に資する需給調整用の揚水発電等の水力発電所に関する技術動向調査の公募について”,http://www.nedo.go.jp/koubo/FF2_100147.html (アクセス日:2016,02,01)

[10] 衆議院,”第153回国会衆議院経済産業委員会議録・第六号”,2001

[11] 衆議院,”第154回国会衆議院経済産業委員会議録・第一五号~第一七号”,2002

[12] 参議院,”第154回国会参議院経済産業委員会議録・第一七号~第一八号”,2002

[13] Michihisa Koyama, Seiichiro Kimura, Yasunori Kikuchi, Takao Nakagaki, Kenshi Itaoka, “Present Status and Points of Discussion for Future Energy Systems in Japan from the Aspects of Technology Options”, JOURNAL OF CHEMICAL ENGINEERING OF JAPAN Vol. 47 (2014) No. 7 p. 499-513

[14] 財務省税関,貿易統計

[15] 資源エネルギー庁,総合エネルギー統計

[16] 世界エネルギー機関,World Energy Outlook 2011

[17] 一般財団法人日本エネルギー経済研究所,”平成24年度エネルギー環境総合戦略調査(国際連系に関する調査・研究)報告書”,2013

[18] 環境省,”平成22年度 再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査報告書”,2011

[19] 五島市ウェブサイト,http://www.city.goto.nagasaki.jp/ (アクセス日:2016,02,01)

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木村誠一郎の論考

Thesis

Seiichiro Kimura

木村誠一郎

第35期

木村 誠一郎

きむら・せいいちろう

(一社)離島エネルギー研究所 代表理事/(公財)自然エネルギー財団 上級研究員

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