論考

Thesis

97年5月 就学ビザの申請をめぐって


「あーっ、やっと入管に書類を提出し終えたぞ。」

 5月末日、アジア学生文化協会の日本語コースで研修をはじめて、ちょうど3週。繰日も繰る日も入管(入国管理局)に在留資格認定証明書交付申請の手続きの作業をしてきた。これは、10月から日本語の勉強をはじめる学生の在留資格(就学ビザ)を得るために、申請手続きを日本語学校が代行するのである。


時間のかかる申請作業

 職員の人たちは、4月から10月期生募集・手続きの作業にかかりっきりだという。それもそのはずである。申込みを受けるだけなら早い。国にもよるが、入管に申請すれば、ほぼまちがいなくビザが発行される韓国、台湾ですら、2回は書類の不備、不足などで出願者とやりとりする。

 ビザが交付されにくい中国やヴェトナムの場合になると、やりとりが最低でも4回にもおよぶ。窓口申込みのときは、仲介者を何度も呼び出すことになるし、直接郵送による申込みに対しては、電話、FAXを利用して何度も連絡をとりあう。


手間暇プラス費用がかさむ入管申請

 どうして何度もやりとりするのだろうか。

 ここで、入管申請に必要な書類をざっと挙げてみよう。日本居住者が経費支弁者になる場合を例にとると、学生本人の書類として、入学願書、履歴書、就学理由書、卒業証書、成績表、パスポートのコピー、健康診断書、経費支弁者の書類として、経費支弁誓約書、経費支弁者の職業証明書・所得証明書・印鑑登録証明書・住民票・預金残高証明書・出願者との関係証明書、そして日本語学校の入学認定書が必要になる。

 これだけそろえるのもかなり大変だが、中国に関してはさらに追加書類を要する。学歴公証書、日本語学習証明(日本語学習暦が必要)、在職証明書(出願者が社会人の場合)である。中国では、これらの書類を入手するには、中国人の平均月収に相当する費用がかかるという。

 日本でこれだけの書類をそろえるだけでも、1週間はかかるだろう。かなり煩雑である。ましてや、外国では、この何倍も時間がかかるにちがいない。

 こちらが意図する申請書類を一度に提出してくることはまずないし、これを日本語に翻訳する作業と、すべての書類のつじつまが合っているかどうかのチェックも行わねばならない。偽造書類が混じっていることもしばしばあるからだ。


日本語学校も不法入国の手段なのか

 特に、中国では最近、蛇頭(スネークヘッド)と呼ばれる組織的密航集団が暗躍しており、日本に2~300万円で日本への密入国を手配している。これに対して、日本政府や入管も取り締まりを強化している。

 日本語学校も、入国のひとつの手段として考えられても不思議ではない。財団法人アジア学生文化協会留学生日本語コースの白石事務長はいう。「入管の味方をするわけではないが、不法入国者を未然に防ぐためにも、入国窓口として責任を感じている。本当に勉強をする意志のある人に対しては、できる限りの手段を尽くしてその夢をかなえさせてあげたいが、そうじゃない人にはきちんとお断りする」と。


中国人の出願者急増

 今回、特徴的だったのが、中国人の出願者が急増したことである。ほかの日本語学校でも同じ現象が起きているという。

 定員が60名であるところに、中国からだけで100名もの申込みがあった。試験があるわけでもないので、この日本語コースで勉強するにたる資格があるか、また、ここでは主に大学進学希望者を指導しているので、大学に進学する意志があるかどうかを問うわけである。これらの基準をもとに選別していくと、全体でおよそ60名に絞られてくるそうだ。

 中国人については、結局、30名だけ選出した。70名に関しては、きちんとした理由のもとに丁重にお断りした。それにしても、給料1ヶ月分のお金を投じて公証書を作成して申込んでいるわけで、相手も必死である。理由をちゃんと説明しても、相手は食い下がってきてなかなか承知してくれない。人の人生がかかっているので、どちらも真剣にならざるを得ない。


学生選抜の基準とは

 では、何を基準にして30名を選抜したのであろうか。

 ひとことでいえば、「日本で勉強したいという思い入れの強さ」である。韓国、台湾、マレーシア、タイなどの国は、経費支弁の目処が立っていれば、ほとんど問題なく受け入れることができるし、入管もパスできる。

 しかし、中国に関しては、この日本語コースで厳しく審査をして、3分の1以下に絞っても、入管では9割しか許可されない。中国は、平均すると2~3割しか許可されないそうなので、この日本語コースはかなりの高確率であるが。

 これだけ厳密な審査するのは、提出書類が本物であるという証拠がないからである。実際に、わたしも偽造ではないかと思われる卒業証書を目にした。疑うときりがない。職業証明書も預金残高証明書もいくらでも偽造できるといわれている。親族関係でさえ、真実かどうか定かではない。

 だから、結局は純粋に日本で勉強したいという熱意があるかどうかということが、判断基準になってしまう。


心動かされた中国からの就学理由

 中国からの出願は、入管への申請書類を作成するのが煩雑なので、最初は敬遠した。しかし、その中には、就学理由書を読んでいると、もらい泣きしてしまうほど感動させられるものがある。周囲の協力が得られ、日本留学に人生をかけていることが明白なものがある。

 そうすると、会ったこともない相手にもかかわらず、どうにかして日本留学をかなえさせてあげたいという気持ちにさせられる。


 このような出会いが2つあった。

 ひとつは、3人姉妹の末っ子で、現在は建設会社勤務の26歳の女性。両親は知識人であったため、文化大革命の時に労働改造をうけ大変苦労して、それがもとで病気がちになり、2人ともすでに他界してしまっている。長女は日本留学をして現在も日本で働いており、次女はアメリカで勉強している。三女は日本留学の夢をあきらめて、父の看病をし最期を看取った。就職してからも一度はあきらめた日本留学の夢を捨てきれず、姉の協力をえて、思い切って夢にかけてみることにしたという。

 もうひとつは、大学で日本語を専攻している23歳の女性。彼女の伯父は、旧日本軍の通訳をしており、その罪で20代半ばの青年期に3年間も投獄された。彼女の日本語の先生は、教職を終えてからボランティアで日本語を教えていた男性で、彼が伯父の閉ざされた心の扉を開くきっかけになった。それまでは、暗い過去をひた隠しにしていたが、この日本人男性としばしば語り合うことから、ぽつりぽつりと昔話をするようになったそうだ。彼女は、伯父から「戦争の悲しさを日本語のせいにしてはいけない。お前は若いうちに、よく日本語を勉強して、立派な国際人になってくれ。わたしは、相当遅れたものだ」と激励され、日夜日本語の学習に励んでいる。


判断基準は留学への熱意しかない

 申請作業を通して、中国に関しての判断基準があいまいなことに疑問を感じていたが、「留学への熱意」を判断基準にすることは致し方ないのではないかという考えに至った。素志を貫徹しようという強い意志があれば、いかなる困難に出会っても、経済的に少々苦しくても、留学は成功するものである。


クローズアップされにくい日本語学校の受け入れシステム

 そして、お金と時間をかけてこれだけ煩雑な申請を行ってまでも、日本留学を希望する彼らの真摯な姿勢を知ることによって、留学生の前身である就学生(日本語を学習している学生)への理解が深まった。

 留学生に関しては、組織がしっかりしている高等教育機関が受け入れるので、クローズアップされやすい。それに対して、留学生の7割をしめる就学生に関しては、学校法人として認可されていない多くの日本語学校が受け皿となっているので、なかなか表面化されにくい。

 まして、どのようなプロセスを経て入国し、在留資格を得るのかについては日本国内であまり知らされていない。就学生の努力はもちろんのこと、受け入れ側の日本語学校も、かなりの時間と労力をかけて就学生を受け入れていることを実感した。


今後の課題

 今後の課題として、日本語学校のあり方(位置づけ)、高等教育機関との連携、学生の指導方法(主に進路)についても考察していこうと思う。

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高野靖子の論考

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Yasuko Takano

高野靖子

第17期

高野 靖子

たかの・やすこ

東京大学大学院法学政治学研究科 助手・留学生担当

Mission

留学生政策、入管政策、移民政策、 国際交流、夫婦別姓、ワークライフバランス

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