論考

Thesis

掃除と松下幸之助の経営観

「またふつう、経営というと企業の経営だけがそうみなされるようだが、さらに考えれば、経営には単にそうした企業の経営だけでなく、お互い個々人の人生経営、あるいはいろいろな団体の経営、さらには一国の国家経営というものまであると言えよう」*1 塾主は上記のように経営に関して述べている。

はじめに

 松下政経塾に入塾して9カ月が経過した。入塾してから毎朝行っているのが早朝研修の掃除である。夏は朝6時から。冬は朝6時半から。なぜ、松下政経塾で掃除を行うことを塾主は塾生に課したのか。塾主は下記のように塾生に述べている。

「掃除ひとつできないような人間だったら、何もできない。皆さんは、“そんなことはもう、三つ子の時分から知っている”と思うかもしれないが、ほんとうは掃除を完全にするということは、一大事業です。」*2

松下商学院に関しても、松下政経塾に関しても塾主は掃除を非常に重要視した。それは上記にもあるように、まず何かやるにあたっては掃除が大事であり、それをきちんとやることが経営をしていく上での第一歩であると考えたからではないだろうか。

 実際に塾主の経営観に照らし合わせて自分の行ってきた掃除での学びを書くこととする。

理念を確立すること

「事業運営においては、たとえば技術力も大事、販売力も大事、資金力も大事、また人も大事といったように大切なものは個々にはいろいろあるが、いちばん根本になるのは、正しい経営理念である。それが根底にあってこそ、人も技術も資金もはじめて真に生かされてくるし、また一面それらはそうした正しい経営理念のあるところから生まれてきやすいともいえる。」*3

松下幸之助塾主は上記のように理念の重要性については様々なところで述べている。経営をする上でも上記のように述べており、理念が重要なことはいうまでもないだろう。

 では理念とは目標のことなのか。日々の掃除の中で、目標が変化していく。塾主は理念とは普遍的なものであり、変わらないものだと言っている。では理念とはなんなのか。

それは掃除で例えると、何のために掃除をするのか、掃除とはなんなのか、という根本的な変わらない目標が理念なのである。掃除とは何か。掃除の語源はもともと神仏の場所を清めるという意味がある。

掃除とは誰かをお迎えする時の用意であり、場を清めて大切な方をお迎えするということに意味があるのではないだろうか。

それが掃除の意味であり、理念であると考える。

 ではそれに対して日々、状況が変わることに対しての目標が変わることは悪いことなのであろうか。それについては次の節で述べることとする。

時代の変化に適応すること

「この社会はあらゆる面で絶えず変化し、移り変わっていく。だから、その中で発展していくには、企業も社会の変化に適応し、むしろ一歩先んじていかなくてはならない。」*4

 理念は普遍的なものに対して、変化に適応する毎日の目標も必要である。塾主は上記で書かれているように変化していく時代に対して一歩先んじて変化に対応しなければならないと述べている。掃除も同じではないだろうか。

 季節によって葉っぱの量も変わる。日によって風の吹き方や天候も変わり、お客様も変わる。

4週間に一度、週当番1という掃除のリーダーの役割がまわってくる。このリーダーの主な役割はその日の掃除の目標をうちたて、それに基づいて人と時間を配分し、掃除を進めていくのである。お客様はその日は誰が来られて、どこを通られて、見学されるのか。また、昼食は召し上がるのか召し上がらないのか。何度目にいらっしゃるお客様なのか。朝5時の時点で想像しながら予定を組み立てる。

 なぜ掃除をするのか、という確固たる理念を根底に置きつつ、その日の変化に対応した具体的な目標を出すことが非常に重要であると感じる。

経営は創造であること

「経営は生きた総合芸術である。そういう経営の高い価値をしっかり認識し、その価値ある仕事に携わっている誇りをもち、それに値するよう最大の努力をしていくことが経営者にとって求められているのである。」*5

無から有を生み出すような掃除をしなければならない。

人によってはまさに「清める」という表現が適切な掃除をする人がいる。

よくそんな時、「神様が通ったあとみたいだな」と感じることがある。

掃除一つとっても恐らく、そのくらい徹底しなければいけない。

私たちは掃除のプロではないが、研修のプロになる必要がある。素晴らしい仕事をしている人から学び、自分も同じようにできるように盗みとり、できるようにならなくてはいけない。それを仕事にできるくらいにならなくてはいけないのではないかと感じる。

専業に徹すること

「つまり、それぞれの企業がそのもてる経営力、技術力、資金力というものの範囲で経営を行っていくという場合に、そうした力を一番効果的に生かすにはどうしたらいいかというと、その力を分散させるよりも集中的に使った方が、より大きな成果を生むことができるのである」*6

掃除を組み立てる際に迷うことがどこまでやるか、ということである。お客様がいらっしゃるという時には広く完ぺきに掃除をこなしたくなってしまう。しかし、終わってみるとどこも中途半端ということになっていることがある。やっていて感じることが、優先順位と人の配分と時間を考えて、どこに力を集中させるかということを考えなければならないということである。また、それぞれの人の特性を見極め、得意なところを集中して生かしていくことが非常に重要である。

自主責任経営

「だから、なにもいちがいに他力の活用を否定したり排斥するものではないが、しかし、基本は自力による自主経営でなくてはならない。他力の活用もときに必要であり、そのほうが効率的な場合もあるが、やはり人間はそういう状態が続くと、知らず識らずのうちに安易感が生じ、なすべきことを十分に果たせなくなってくるものである。」*7

自分がすべてやるという意識を持たなくてはいけない。まかせてまかさず。

掃除の支持をリーダーとして出す時に、先輩に指示をしなければならない。「この人は私なんかよりもできるから、お願いしたからきちんとやってくれるだろう。見回らなくていいかな」と思い、ついつい最終チェックをせずに掃除を終えてしまうことがある。その結果、ゴミの取り忘れがあったり、掃除を思った場所をしていなかったりということが起こってくる。

 経営であればなおさらであろう。

まかせるということはその任せたことにも責任があるということである。最後の最後まで自分がリーダーであればチェックをして、できていないところはやらなくてはならない。

自然の理法に従うこと

「限りなき生成発展というのが、この大自然の理法なのである。だから、それに従った行き方というのは、おのずと生成発展の道だといえよう。それを人間の小さな知恵、才覚だけで考えてやったのでは、かえって自然の理にもとり、失敗してしまう。」*8

 経営は自然の理法に従えば必ずうまくいくと塾主は述べられている。

掃除をしていると雨の降る日や風の強い日、葉っぱの多い日、葉っぱの少ない日、桜の花びらが多い日、松の葉っぱの多い日・・・など、さまざまな条件が日によって違うのである。

 風に向かって掃いて行けば葉っぱは飛び散って散らかっていき、二度手間になる。葉っぱがたくさん落ちていれば時間をいつもよりも多く取らなければ、時間が足りなくなって葉っぱを取りきることができずに掃除が終わってしまう。

毎日の掃除の中で大切なことは当たり前の自然の理法を知り、それに従って予定を組み立てていくことである。

素直な心になること

「経営者にこの素直な心があってはじめて、これまで述べてきたことが生きてくるのであり、素直な心を欠いた経営者は決して長きにわたって発展していくことはできない。」*9

「今日は寒いから早く終わりたいな」とか「こういう目標を立てたらどういう風に思うかな」とか、「この人をここにしたら怒るかな」とかリーダーをやる際は頭をよぎってしまう。確固たる理念は何のか、常に頭になければ指示も目標も行動もブレてしまう。何のために掃除を行うのか、素直な心でありのままに見て、判断できる能力を身につけなければならない。何より、自分のために何かをしている段階では素直にはなれないのではないだろうか。誰かのために、何かのために、自分の欲や感情の外に素直な心というものはあると感じる。

おわりに

 理念を確立すること、時代の変化に適応すること、経営は創造であること、専業に徹すること、自主責任経営、自然の理法に従うこと、素直な心になることの7つから塾主の経営観を掃除に照らし合わせてレポートを書いた。

 研修で出会った経営者の方のこと、前の会社のこと、日本にある様々な会社のこと。最初は何を書こうか迷った。しかし、自分は経営者ではない。「経営のコツつかんだなら百万両の価値ここにあり」という本を塾主は出しているが、その中にも経営学は教えられても経営のコツは自分でつかむしかないと書いている。

たかが掃除であるが、私の中で行っているコツのつかみきれない経営の貴重な研修である。

 松下政経塾の入ってわかったことは、自分自身の経営(自己管理)がまずできてから経営をすることができるのである。

 塾主の経営観に向き合い、何を大切にすべきか整理するきっかけとなった。

今後も向き合い続け、自分の中で経営のコツをつかめるようになりたい。

<引用文献>

*1松下幸之助『実践経営哲学』 PHP研究所 2001年 p18

*2『松下幸之助発言集44』 PHP研究所 1993年 p120

*3松下幸之助『実践経営哲学』 PHP研究所 2001年 p12

*4松下幸之助『実践経営哲学』 PHP研究所 2001年 p148

*5松下幸之助『実践経営哲学』 PHP研究所 2001年 p139

*6松下幸之助『実践経営哲学』 PHP研究所 2001年 p108

*7松下幸之助『実践経営哲学』 PHP研究所 2001年 p89

*8松下幸之助『実践経営哲学』 PHP研究所 2001年 p45

*9松下幸之助『実践経営哲学』 PHP研究所 2001年 p160

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松本彩の論考

Thesis

Aya Matsumoto

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第34期

松本 彩

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