論考

Thesis

日本財政の課題とエイジフリー社会の実現へ向けて

危機的な状況にあるわが国の財政。今回は社会保障、とりわけ高齢者というところに焦点をあてて論じていく。

1 はじめに

 「社会保障というものは、さきにも述べたように、国として大いに推進していかなければならない聖なる仕事であるが、それはあくまでもその国の実情というか、国としての実力に適応したものであることが大事ではないか」(*1)
 松下幸之助塾主は社会保障に関して、こう述べた。人間が相寄って国家をつくり、社会生活を営んでいくとき、高齢者や障害者、重病患者など、どこの国でも働きたくても働けない境遇の人は一定程度いる。社会保障制度を充実することは非常に意義のあることである。しかしながら、その内容は国や時代によって変化すべきだとするのが松下塾主の考え方である。
 また、松下塾主はこうも言う。
「老後の生活を保障するからといって、ただ単に一応の生活ができるお金を支給すればよいかというと、決してそれだけでは十分ではない。(中略)その人が健康でまだ働けるのであれば、毎日遊んでいることに、かえって空虚な感じを抱くことにもなりかねない。まだ働きたいという人には、高齢者に適した仕事につく機会も保障しなければならない。そしてそこに働く喜びを感じてもらうというか、日々を過ごしていくための心の張りというものを得てもらうようにしなければならない。それが人情に即したほんとうの意味での社会保障といえる」(*2)。
 社会保障問題を考える上で、生きがいということに焦点をあてることが必要だとする松下塾主の考え方である。

2 わが国の財政の今

 そこで、わが国の財政事情を概観してみたい。2011年度わが国の一般会計予算は92.4兆円という金額であった。内訳は社会保障関係費が28.7兆円で31.1%、国債費が21.5兆円で23.3%、地方交付税交付金等が16.8兆円で18.2%の順となっている。これに対し、税収は40.9兆円。税収で賄っているのが44.3%という状況である。
 以上が単年度の話であるが、当然のことながら累積の政府債務も拡大している。2010年に国と地方を合わせた政府債務残高がついに1000兆円の大台に乗り、現在は1122兆円(2012年度推計値)である。過去に例を見ないほどの財政状況になっているのが現状である。

 こうした状況下の2011年8月、アメリカの格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービス社は、日本国債の格付けを21段階のうちの上から3番目「Aa2」から、中国などと同じ上から4番目「Aa3」へ1段階引き下げた。日本の財政破綻を懸念する声が海外でめっきり増えてきたことの証左であろう。国債残高の対GDP比(2011年度)は229.61%と2位のギリシアの165.41%を大きく離しての1位。財政破綻したギリシアよりも大きい数字ということが問題の大きさを表している。しかし、ギリシアのように評価が悪くならない理由が2つある。第一は日本国債の保有者の96%が国内の投資家である点、第二は日本の貯蓄は1400兆円もあり、国債発行残高943兆円はその範囲内に収まる点である。これを根拠に楽観視する議論も存在するが、この2点も揺らいでいるのが現状だ。国債残高が増えている現在、1400兆円を超えるのは時間の問題と言える。また、当の国民貯蓄も、増え幅はバブル崩壊以降減少を続け、2009年に遂にマイナスに転落した。今後もマイナスで推移することが予測されている。

3 増える社会保障費と少子高齢化問題

 以上、日本の財政の概況を見てきたが、問題の本質は、最大の支出項目であり、歳出の約3割の28.7兆円を占めている社会保障関係費であろう。社会保障関係費は国債費や地方交付税交付金といった国が自由にできない支出項目を除いた一般歳出ベースでは5割以上をも占めている。これに対し、マスコミに頻繁に取り上げられる公共事業費は約5兆円、防衛関係費も4.8兆円に過ぎない。国の財政を考える際、社会保障は切っても切れない関係にある。

 また、社会保障に関する費用は近年になって急速に増え続けている。保険料と国と地方の公費負担を合わせた社会保障給付費の推移を見てみると1970年に僅か3.5兆円だが、1980年には24.8兆円、1990年に47.2兆円、2000年に78.1兆円、2010年には103.5兆円にも増大している。そして、この傾向は今後も続くことが予想されている。毎年の社会保障関係費の伸び幅は1.3兆円、消費税で0.5%分に相当する。こうしたことを考えると、日本の財政の最大の問題点は端的に言って、増大する社会保障関係費に税収が追い付いていないという点にあるのではないだろうか。

 この原因は様々なことが論じられているが、最大の要因は少子高齢化であると私は考える。65歳以上の高齢者が占める割合は1950年では5%に満たなかったが、1970年に7%(高齢化社会*3)を超え、1994年位は14%(高齢社会*3)を超え、2007年に21%(超高齢社会*3)を超えた。2010年には23%になっている。また、生産年齢人口は1995年の8700万人をピークに減少しており、この傾向は今後も続いていく。国立社会保障人口問題研究所によると2050年には4人に1人が75歳以上、3人に1人が70歳以上、5人に2人が65歳以上、総人口は9700万人という社会になり、15歳から65歳までの生産年齢人口は2010年度比で6割になるという衝撃的な数字まで出ている。わが国の社会保障は年金も介護保険も医療保険も高齢者が使う費用をその時の若い世代が負担する財政方式になっている。このままでは社会保障は早晩成り立たなくなってくるであろう。

 日本における平均寿命にも触れておきたい。1950年には男性58.0歳、女性61.5歳だったが年々伸び、2011年には男性79.44歳、女性85.90歳になり現在わが国は世界一の長寿国である。人生が60年で終わる時代ならいざ知らず、政府が20年間弱の生活を全て保障するというのは不可能ではないだろうか。財政事情を圧迫しているのはこうしたことも影響している。我々はこの事実を直視しなければならない。私は早晩、年金などの受給年齢の引き上げを行なう必要があると感じる。しかしながら、受給年齢の引き上げを実施するには現在の社会は余りにも対応できていない。財政問題の突破口として社会環境を整備しなければならないと私は考えている。

4 生きがいのある高齢社会に向けて~エイジフリー社会の実現

 日本の財政問題を論じる際、国民全員が満足する解はない。
しかしながら、その一つの解として、私はエイジフリー社会があると考えている。

 私がこのことを考えるようになったのは他でもない松下幸之助塾主の生き方を見てのことである。松下政経塾を設立したのが84歳、晩年まで一貫して精神的な若々しさを維持し続けた姿にただただ感服するのみである。松下塾主はアメリカの詩人サムエル・ウルマンの詩「Youth~青春とは~」に非常に感銘を受けたという。原詩は長いのでPHPの研究会で以下のようにコンパクトにまとめ、これを揮毫して飾っていたという程である。私もこの詩に感銘を受けた一人である。ここで紹介したい。
「青春とは心の若さである。
信念と希望にあふれ、勇気にみちて日に新たな活動をつづけるかぎり、
青春は永遠にその人のものである」

 要は何かをするにあたって年齢は関係ないということである。私自身、3浪して大学に入学した。まわりから見れば大きな回り道をして入学したと思うことがあるであろう。しかしながら、大学で学ぶにあたり、年齢的なことがハンデになったことは何もない。何かを始めることに関して決して遅すぎるということはないのである。

 しかしながら、現代の日本人は必要以上に年齢というものを気にしすぎているのではないだろうか。もちろん、体力的な面や適齢期があり、それを逃したらできないことがあることは否定しない。しかしながら、65歳を過ぎても出来ることは日本人が想像するより多いのではないだろうか。

 松下塾主は以下のような発言も残している。
「今はだいたい五十五歳から六十歳ぐらいが定年になっていますね。これはこれで一つの歴史的背景があってそうなっているでしょうから、一応是とするとしても、今日では、かりに六十歳の定年でも、それからさらに平均して十数年生きるということになりますね。その十数年というものを、かりに経済的にゆとりがあるとしても、ただなんとなく老いを養うというか、老人としての境遇を無為に過ごすということが、一般の常識になってはいけないと思います。それでは、その人たちの生きがいも薄いでしょうし、社会としても損失ですね。やはり五十五歳なり、六十歳を一つの転機として、いわゆる第二の人生を始めるという考え方を、個人としても、また社会としても生み出していくことが大切だと思います」(*4)
 平均寿命が80歳の時代、今や65歳というのは、人生の一つの通過点に過ぎない。これを第二の人生のスタートラインにし、高齢者が今まで培った知識や経験を生かし社会に還元できれば、より良い社会をつくることは可能ではないだろうか。65歳を過ぎても新たにチャレンジできることが重要なのである。しかし、現実、わが国はそういった社会になっていない。これは大きな損失である。高齢者でも働ける環境をつくることは工夫次第で生み出せると私は考えている。

5 事例研究

 全国的に高齢者の経験を生かす取り組みはある。その事例を今回は紹介したい。

(1)徳島県上勝町における「葉っぱビジネス」

 徳島県上勝町は四国山脈の中に位置する小さな町である。昭和30年に6,300人いた人口は毎年減少し、現在では2,100人程度。高齢化率も50%を超えた典型的な過疎の町である。町へのアクセスも困難だ。平成14年に町内のタクシー会社が休業に追い込まれ、徳島バスによるバス路線も不採算を理由に平成16年に廃止となった。現在、上勝町に公共交通によるアクセス手段はない。大変困難な状況を余儀なくされているのが現状なのである。

 しかし、この町には全国的に有名なビジネスがある。それは、年間販売額2億6000万円に育った「いろどり事業」である。私は上勝町には2010年に訪れた。「いろどり事業」は都会の高級料理店でツマモノとして使われる「葉っぱ」を扱ったビジネスである。野山に普通に落ちている「葉っぱ」を情報ネットワークで結んでビジネスにしたのである。

 しかし、このビジネスがすごいのはそのことではない。ビジネスの担い手が高齢者である点である。パソコンやタブレット端末を使い、注文を受け、市場をチェック、また、売上高もわかるというITの導入により、年収1000万円の所得者もおり、本来であれば年金受給年にある方が、税金をきちんと納めている。忙しくて、病院に行く時間すらないという事で、同町は医療費が徳島県で最も少ない町である。また、高齢者が介護施設に入る人がいないので、町では介護施設をなくした程だという。

 ポイントは高齢者のパソコンの操作だ。入力デバイスをトラックボールと数字のテンキーだけを抜き出したキーボードに改良、その上で頻繁なユーザー講習会で対応したことが功を奏した。ネットワーク上でも工夫が凝らしてある。激励メッセージやニュースを毎日更新して頻繁なログインへの動機付けを行ない、自分の今の売上高が上勝町中何位なのかを表示するようにした。順位が分かると、今度はそれを上げたくなるのが人間だ。高齢者の方々が生き生きと仕事をしている姿が大変印象的であった。「仕事自体がおもしろい」、「生きているうちはずっと仕事をしていたい」など従事されている方々のモチベーションは非常に高い。仕事をすることが生きがいになっているのである。

(2)岐阜県中津川市・サラダコスモ株式会社における事業

 岐阜県中津川市にサラダコスモという会社がある。昭和30年にもやしの生産を始めて以来、野菜作り事業(もやし、スプラウト、チコリなど)を行なっている会社である。その中で、「ちこり村」というプロジェクトがある。チコリとは西洋の高級野菜である。その根が捨てられていることを勿体なく思った中田智洋社長がこれを何とか生かせないかと考えだし、チコリの根から焼酎をつくった。これが「ちこり村」の始まりである。チコリの栽培から販売まで、全ての工程をここで行なっている。

 私は中田社長とはアルゼンチンの旅行で出会い、それ以来親しくさせていただいている。そして、サラダコスモには2008年と2010年に訪れたことがある。中津川市は高齢者が3割を超える地方都市。そうした中、サラダコスモの中田社長がこだわるのは地域の活性化であった。私が訪れたときも熱く志を語ってくれた。「都会からどんどん人が来てもらって、地元産のものを買ってほしい」と言う。そこでサラダコスモは「ちこり村」のプロジェクトを「60歳以上優先」で働く人を募集した。現在でも現役を一端退いた人が十数名働いている。「ここを始める前は逆の発想で、昼夜操業して若い人を使って、戦う会社として1時間でいくら稼ぐかとか、そんなことばかり考えていた。ちこり村はそういう生き方の疑問や反省から生まれた」と中田社長。高齢者は若者と比べると生産性は劣るし、安全面での問題もある。しかしながら、高齢者がちこり生産や焼酎造り、見学ツアーのガイドなどで生き生きと働いている姿に地域や社内も刺激され活性化しているという。

 サラダコスモにはレストランもある。その名は「バーバーズカフェ」。名前の由来を聞いたところ、「婆婆」だそうだ。その名の通り、孫がいるような年齢の方々が元気に働いている。農家の手作りの家庭の味が評判で、週末には1 時間待ちになることもあるほどの盛況ぶりだ。地域活性化と高齢化への取り組み、そんな情熱を感じた。

6 エイジフリー社会に向けて

 以上のような取り組みを全国的に広めていきたいと私は考えている。しかし、年金などの受給年齢の引き上げ、高齢者の労働などと後ろめたいことばかり考えるのは止めにしたい。仕事を生き生きとするのは大きな喜びにも繋がる。松下塾主の言う「人間の幸福とは自らの天分を生かしきることにある」。まさにこのことが言えるのではないだろうか。

<注>

(*1)PHP総合研究所「松下幸之助発言集」編纂室編『松下幸之助発言集40』(PHP研究所、1992年)208頁
(*2)PHP総合研究所「松下幸之助発言集」編纂室編『松下幸之助発言集40』(PHP研究所、1992年)211頁
(*3)国際連合分類によると、全人口に対する65歳以上の人口(高齢化率)が7%以上14%未満が高齢化社会、14%以上21%未満が高齢社会、21%以上が超高齢社会
(*4)PHP総合研究所「松下幸之助発言集」編纂室編『松下幸之助発言集41』(PHP研究所、1992年)296頁

<参考図書>

鈴木亘著『財政危機と社会保障』(講談社現代新書、2010年)
小笠原泰、渡辺智之著『2050老人大国の現実』(東洋経済新報社、2012年)
北康利著『同行二人松下幸之助と歩む旅』(PHP研究所、2008年)
PHP総合研究所「松下幸之助発言集」編纂室編『松下幸之助発言集40』(PHP研究所、1992年)
PHP総合研究所「松下幸之助発言集」編纂室編『松下幸之助発言集41』(PHP研究所、1992年)

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江口元気の論考

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Genki Eguchi

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