論考

Thesis

国家経営の本義 ~無税国家論と新国土創成論~

国家は「統治」ではなく「経営」でなければならない。国家経営に必要不可欠な理念こそ「国是」であり、それに基づいたビジョンこそ「国家百年の大計」である。塾主の国家百年の大計を考察することでみえてきた国家経営の本義とは。

1.国家のあり方

 繁栄、平和、幸福でありたいと願う心は今も昔も人類共通のものであり、この願いが家族という共同生活を作り、そして集落や地域という集団生活へと広がり、人知の進歩に従ってその範囲が広がっていった先にできた、秩序を共有する集団が国家であると塾主は定義している。そしてこのような国家の成り立ちを考えれば、国家の目的は、国民の繁栄、平和、幸福を増進し、人類の文化を向上せしめるところにあるといえる。つまり、国家とは、国民の繁栄のための手段であり、国民の繁栄を達成せしめるところに国家の使命があると塾主は捉えている。あくまで、国家の主体は国民ひとりひとりであるとしながらも、それぞれがより良い共同生活を送るために、調和ある幸せを実現するような国家を形づくる必要があると考えているのである。

 そして、国家を運営していくにあたっては、国家を共同体として捉え、事業体としてみていくことが必要であるとする。それを象徴するのが、「日本産業株式会社」という考え方である。総理大臣を社長として、官吏が社員、国民が株主であるとすれば、国会が株主総会となって、いかにして日本という国家が繁栄するかということを国民の全員が考えることになる。つまり、国家というものを「統治する」という観点からではなく、「経営する」という観点から捉えなければならないと考えているのである。

 更に、国家を経営するという「国家経営」の観点にたてば、何よりも重要なのは、国家の経営理念、つまり国是であると捉え、国家百年の大計に基づく国是を早急に確立しなければならないと強く訴えているのである。

 このような塾主の国家観は、人間の本質を捉え、天地自然の理法に基づいた発展のあり方とはいかなるものなのかということを熟慮した上に導き出された人間道の産物であり、決して経営の神様であるがゆえに、国家を経営として捉えたという短絡的なものではない。塾主は、いずれ更に人知が進歩したならば、この国家の概念が今の範囲を超えて世界へと広がり、世界連邦へと発展していくことが可能であると考えている。そして、そのためにはより一層の調和と大自然の意志に適った人間の本性に基づく秩序形成が大切であると説いているのである。

 塾主がこのような考え方を公表してから60年以上が経過した今も、残念ながら日本において国家経営がなされているようには思えない。古くて新しいこの塾主の国家観に今、真剣に向き合うことは、この混迷する日本や世界を次の繁栄のステージへと進めることに繋がるのではないかと考える。そこで、塾主の考えた国家百年の大計のいくつかを検証することにより、国家経営の行方を考察してみたい。

2.塾主の考えた国家百年の大計 -無税国家論-

 塾主は、国家予算の単年度制を廃止し、経営努力によって予算の余剰を生みだし、それを積み立て運用することで、その収益で国家を運営するという無税国家を目指した。現在でも、自治体が独自に減税を試みている例があるが、塾主の無税国家論に内包される本義をみていくと、単に大衆迎合的な政策としての税制を唱えているのではないことが分かる。

 そもそも、なぜ税金を納めるのか。それは、税金が国民生活の基盤を整え、社会的国家的な活動をするために必要な財政的基盤だからである。したがって、国民は税金を忠実に納めるという心構えとともに、その税金が国家国民の繁栄のために適正に用いられているかということに関心をもつことが当然の心構えである。そして、一方で、国としてもこのような心構えをもって正しく納税の義務を果たせるような税制を確立しなければいけない。つまり、国家繁栄のための有効な運用がなされる税金として、国民が喜んで納めるような税制のあり方が必要なのである。

 しかし日本は、他国と比べて税金が高い。それはなぜかといえば、税制が複雑で、納税側も徴税側も非常に労力とコストをかけているからだ。徴税にコストがかかる分、国費が膨らんでより多くの税金が必要になる。つまり、非効率な運営がなされていることが、国費をより多く必要とする由縁であって、国家経営の効率化を進めることがまず何よりも重要であると捉えているのである。

 そこで塾主は税制改革の策を何点か挙げている。

 一つは、課税最低限度を引き上げて納税人口を減らし、基礎物資税を導入するというものである。納税人口を減らすことで、国の徴税コストを下げると同時に企業の納税経理コストを下げて、日本全体での無駄なコストを大幅に削減し、効率化を図る。そして、それによって減った税収の代替として、鉄や石油などの原材料になる基礎物資に課税をする。基礎物資に課税をすることで、最終財を消費する国民に公平に課税できると同時に、基礎物資の生産会社に対する課税だけで済むことから、徴税コストも低く抑えられるということになる。

 もう一つは、個人所得税の税率を半減にし、人を雇う全ての団体に、従業員人数の人頭税を導入するというものである。個人所得税を半分にすることで、国民の重税感が緩和され、脱税や社用族が減り消費も高まる。その代替として、法人に従業員給与の一定額の徴税を課す分、そうすれば黒字企業と同じだけの社会インフラを使用しているはずの赤字の法人からも徴税が行われることとなり、税の公平性が高まると同時に、人材の効率的活用が高まることで企業のコストも削減されるというわけだ。

 つまり、税金にまつわるコストの削減分を原資として減税につなげるという、税制の改正による減税のあり方である。これは、納税に不満をもち、企業も個人も儲ける意欲を失うような税制のあり方が、ひいては国民精神の退廃を生むという観点から、税制が人心に基づくものでなくては、結果として真の繁栄がもたらされないということの示唆なのである。

 これが発展し、大きく国家の生産性や効率性を高めていくことによってなされる国家百年の計に基づく税制こそが無税国家である。もし明治から国費の1割を積み立てていたら500兆円の積立原資があり、5%で運用すれば国費の6割をまかなえる国家になっていたという考えからのものであるが、実際に試算してみても、年1兆円ずつ積み立てたとして、過去25年の年金の運用平均金利3.53%で複利運用すると、130年後には積立が2727兆円となり、金利収入は年間96兆円となって無税国家が理論上成立することになる。

 とはいえ、このシミュレーションが現実的かどうかの検証が重要なのではない。この無税国家論が示唆してくれるのは、長期的なビジョンをもって国家を運営することによって、人間の欲と同様に膨張し続ける財政に歯止めをかける、足るを知る適正な経営をしていかなければならないということである。現在の日本は、まさに国家百年の計を描けぬまま、毎年単年度使い切りの予算を続け、見事に財政は膨らみ続けて破綻寸前の状況である。この事実からも、国家経営においていかに長期ビジョンや国是が必要かといいうことを教えてくれる。

 更にもう一点大切なのは、経営の無駄を省き、効率性を高めた上で、限りある資源をいかに適正に分配して効率的に使うかという工夫をしていかなければならないということである。

 国家がなさねばならないことは多々あるが、本当にすべてをやらなければならないのか。民間の方が効率的にできることはないか。公平性の詭弁に陥り、あちこちに配慮をし過ぎて、複雑でコストのかかり過ぎる制度運営をしていないか。政治の生産性を高め、国民がお互いに協力し合って共に国家を創造し、繁栄させていくための知恵を出し合いながら、国家経営を考えることの大切さを教えてくれているのである。

3.塾主の考えた国家百年の大計 -新国土創成論-

 塾主の考えるもう一つの国家百年の大計に、新国土創成がある。これは、日本の可住国土面積が小さく、過疎や過密の問題が起きていることを憂慮し、有効可住国土を30%から50%まで引き上げるべく山岳森林地帯を開発整備するというものである。

 これまでも多くの都市で、山を切り崩したり、埋立地が造られたりと、国土の創成というものはなされてきたともいえる。しかし、それは非常に短期的な視野のもとに、経済的理由のみによって行われてきたといってよい。塾主の考える理想的な国土の創成とはいかなるものなのであろうか。

 まずは、25年間かけて調査研究を行い、自然の機能を壊さないような国土創成のあり方を計画する。その後、20年を1期として10期200年のスパンで創成事業を行うというものである。その際、山岳森林の中でも、山崩れや岩石落下の恐れがあったり、資源抽出を終えて放置された山や丘などの、取り除いた方が好ましいようなところから始め、効果や影響を逐一吟味確認しながら修正を加えて行っていくという、あくまで慎重な運用が求められると強調している。そして、そのようにして整備した際の土砂等を使って美観に富んだ埋立活用の国土創成を行っていき、順次国土として活用していくことで200年後には、可住国土が倍増しているということである。

 これについても、無税国家論同様に、単にこの国土創成計画のシミュレーションの実現性を評価することに価値があるのではない。
 ここでは、特に2つの意味があると考える。

 一つ目は、中長期的にみて起こるであろう問題に早くから対処することの大切さである。

 人口増加の問題やそれによって引き起こされる食糧問題という危機への先見性をしっかりともつと同時に、その問題の本質を見極め、その根本を解決するような策を、実際にその問題が表面化する前から計画し、実行していくということである。

 過疎過密の問題や、国民が私有地にかかるような交通網の整備を嫌がる等という問題についても、その根本には日本の有効可住国土が狭いという問題の本質があると見極めたのである。本来ならば、分かっていてもどうしようもできないことであると諦めるような事柄を、正面から向き合って何とか根本的な解決を図ろうとする塾主の姿は、我々にとって学ぶべきところが非常に大きい。そして、その問題に対して場当たりな対応を取るのではなく、じっくりと衆知を集めながら互いに知恵を出し合って国民の総意で進めていくという心構えこそ、為政者に求められるあり方であるように感じる。

 そしてもう一つは、天地自然の理に基づく、万物の活用という考え方である。

 一面に、国土創成を行うということは、天地自然の理法に反するようにも捉えられる。天の理法によって今の形となっている日本の山岳森林を切り崩し、決して人間では作ることのできない国土という自然を人工的に造ってしまう。八百万の神が存在し、山岳信仰も厚い日本において、そこに手をつけるのは決して侵してはならないことではないかという疑いをもってしまう。

 しかし塾主は、自然破壊と自然の活用の違いを天地自然の理から明確に捉えている。

 当然、自然は保護すべきものであって大切に守らねばならず、むやみに破壊してはならないが、そもそも人間生活や自然界の中にさえ、自然破壊がみられると指摘する。食物連鎖の姿は自然破壊であり、人間の衣食住全ても、自然に人為を加えているという点からみれば自然破壊であるということができる。つまりは、何をもって自然破壊とするかが問題であると考えている。食物連鎖によって自然が循環していることは天地自然の理である。同様に、人間の生活についても万物を生かし活用し、より良い社会や文明を築くことは、自然の活用という生成発展の姿であり、天地自然の理に適っている姿なのである。

 つまり、天地自然の理に背くことなく、人間に与えられた万物の王者としての責任を果たすべく万物を活用し、繁栄・発展をしていくような国家のあり方を常に模索しなければならないということを教えてくれている。

4.文化国家という国家のあり方

 塾主は、国家経営という観点から、未来永劫日本が繁栄をするために今から何をしておかなければならないかということを考え、国家百年の大計を描いた。しかし、税のあり方も、国土のあり方も、その一つにすぎない。国家経営を経て到達すべき国家のあり方として挙げられるのが、文化国家であり、国望・国徳国家である。

 つまりは、国民が徳を高めて、一方で物質的に豊かにしていきながら、同時に精神的な豊かさを追求して、そのバランスがとれて発展をしていくという物心一如の繁栄の姿こそ望むべき国家のあり方である。そのためにも、自由と秩序が不可分一体としてバランス良く成り立つことが大切であり、その二つが揃えば必ずやそこに生成発展がなされると塾主は考えているのである。まさに、国家国民総動員でこの国に長期的な繁栄をもたらすような国のあり方が求められているのである。

5.これからの国家百年の繁栄のために

 塾主が、無税国家論や新国土創成論を唱えていた頃は、右肩上がりの繁栄を終わらせることなく、長期的に繁栄させ、生成発展していくための方策であった。もしもその頃から国民の多くが賛同し、実行に移していたら違った現在の日本の姿があるのではないだろうかと嘆くことは一度忘れて、これからの百年の大計を今の世代がしっかりと創り上げていくことを塾主は望んでいるに違いない。塾主は不況また良しと言った。人を育てる余裕をもらったと考えたからだ。その意味でも、今のように経済も財政も行き詰まりをみせている状況においては、教育こそ、すぐにでも始めねばならない国家百年の大計であると考える。

 今の教育において本質的な問題は何なのか。

 私は、日本人魂とでもいうべき愛国心の低下と地域の役割の低下であると考えている。日本の伝統や文化を大切にする教育がなされなければならないし、地域という小さな社会の中で多くの世代と触れ合い、実践を学び、生きる力をつけていかなければならない。だからこそ、戦後においても一貫して静かにその心を守り継承され続けている武道や芸道といった「道教育」を初等教育の中で大きく取り扱い、地域にある道場や教室を使って教育を行えるような地域の教育外注システムを創り上げたいと考えている。

 塾主も一貫して教育の重要性を訴えてきた。そして、21世紀の日本の未来のあり方として、行政府から教育を独立させて教育府を創るという四権分立という社会を描いた。政治の流動性に左右されることなく、長期的な視野にたって教育行政を行っていくという強いメッセージである。

 私自身も、今描いている国家百年の大計を、徹底的に調査研究し、多くの衆知を集めながら修正を重ねて、これからの人生をかけて磨き上げていき、長期的な国家の繁栄に資する生成発展のあり方を常に模索し続けていきたいと考えている。

 今回、塾主の考えた国家百年の大計を考察することでみえてきた、塾主の求めたるところをしっかりと胆の中に落とし込み、これからの日本のあるべき繁栄、平和、幸福の姿を一生をかけて追求していきたい。

参考文献

松下幸之助『遺論 繁栄の哲学』 PHP研究所 1999年
松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』 PHP研究所 1994年
松下幸之助『PHPのことば』 PHP研究所 1975年
松下幸之助『新国土創成論』 PHP研究所 1976年
松下幸之助『危機日本への私の訴え』 PHP研究所 1975年
世界を考える京都座会『松下幸之助が描いた21世紀の日本』PHP研究所 2011年
佐藤悌二郎『松下幸之助塾主研究講義資料』 PHP研究所経営理念研究本部
松下政経塾『松下幸之助塾主政治理念研究会資料』 松下政経塾
松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたち』 松下政経塾 2010年

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杉島理一郎の論考

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Riichiro Sugishima

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杉島 理一郎

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埼玉県入間市長/無所属

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