論考

Thesis

素志レポート ~未来の日本に個性豊かな地域を残したい~

私の故郷は茨城県。茨城県のイメージは「ダサイ」「田舎者」「言葉の訛りがきつい」、もしくは「印象がない」という感想もあるかもしれない。茨城県のブランド力は、その実力に比べて余りにも低すぎる!独自の資産を活かした地域ブランドの強化から茨城県の活性化を実現したい!

<入塾の動機>

 私の生まれ故郷は茨城県ひたちなか市だ。18歳まで同市で暮らし、その後東京、宮城、そしてまた東京に拠点を移して生活してきた。仕事は13年間、広告マンとして様々な企業のブランド戦略や広告、販促戦略の仕事に携ってきた。宮城県仙台市での4年間では地方自治体の仕事にも携った。その時の経験として、地方都市には素晴らしい資産が沢山あるのにうまく活かせていない、という思いを強くした。

 東京に戻った2004年、両親が病に倒れ看病のため約2年半、毎週のように故郷に通ったのが故郷茨城を見直すきっかけとなった。そして2006年、両親共に他界した。もともとあった気持ちだが特にこの時、両親や先祖が眠る茨城のために貢献したいと強く考えるようになった。

 故郷はもちろん、個性豊かな地域独自の文化が日本の面白さであり、これからの日本の力になりえるとの思いが強くある。自分のこれまでの経験も活かし、故郷のために力を使いたいという思いで松下政経塾に入塾した。

<故郷について>

 茨城は関東の東北、南北に長い県である。人口297万人で全国11位。面積は全国24位の広さだが、全体に平坦な土地で可住地面積では全国8位となる。そのため人口も分散しており、水戸の26万人、つくばの20万人、以下20万を超す市町村はない。そして住宅敷地面積では全国1位の広さを誇る。耕地面積割合も高く、穏やかな気候で農業が盛んだ。農業産出額は全国3位。メロン、レンコン、栗等が生産額全国1位。海産物も豊かで、はまぐり、サバの水揚げ高が全国1位。また、工場も多く製造品出荷額は全国8位となっている。約190キロに及ぶ海岸線は風光明媚な観光資源となっている。北茨城の五浦海岸は、その風景にほれ込んだ日本画の巨匠・横山大観らが日本美術院をその地に移し、仲間らと創作活動に打ち込んだ場所でもある。

 こんな魅力的な県ではあるが、不安な部分もある。人口の流出、高齢者比率など、世代が分断され、文化の継承が困難になっている地域が多く存在する。「南北格差」と言われる問題で、東京のベットタウン県南地区はつくばエキスプレスの開通で人口の流入が多く活気があるものの、県央、県北からの人口流出、産業は衰退している。経済成長率は全国44位。茨城の44市町村のうち、23市町村が建設業を一番の産業としてあげている。公共事業の減少、また大規模プロジェクトでは東京の大手ゼネコンに資金が流れる。倒産件数も年々増加し、その35%が建設業となっている。

 これらの問題は、文化の担い手が地域に留まることが困難な状況にあるということだ。かつての産業が廃れ、働く場所がない、経済的に地域に留まることが困難という理由が挙げられる。働く場の創出の他、小さいながらもその地域で暮らしていける継続的な経済的基盤の再構築が必要となっている。

 そうした中、県央、県北地域で人口の流出を食い止め、微増している数少ない都市がひたちなか市だ。人口約16万人は県内4番目の規模。隣接都市には県庁所在地の水戸市がある。豊かな農水産業がある一方、日立製作所関連の工場もある。昨年開港のひたちなか港と、そこから伸びる北関東自動車道路、常磐自動車道路が茨城と東京、栃木、群馬、首都圏から東北地方までを広域でつないでいる。ロックフェスやスポーツイベント、海水浴等のレジャーでは多くの若者が県内外各地から集まる。まだ伸びシロが期待できるひたちなか市が県南と県北を経済的につなぐ役割として今後ますます重要となると思っている。

 個性豊かな地方・地域文化が残る日本を未来に残して行きたい。その中で、故郷・茨城の豊かな地域文化を守り、育み、受け継いでいきたい。茨城は地理的環境、気候、資源、に恵まれ大きな可能性を持っている。この故郷を受け継ぎ、発展させ、守って行きたい。今後の地方分権、人口減少社会などを考えたとき、茨城の経済、産業の見直しと、強みを活かした経済活性化の推進が必要だ。茨城には沢山の魅力があるのにその知名度は低く、資産を活かしきれていないことが問題である。

<研修テーマと取り組み内容>

 松下政経塾では地域が存続できる前提となる「地域主導の地域経済活性化」を研修テーマとして取り組んでいる。茨城の経済活性化のポイントは色々あるが、その柱となるのは「地域ブランドの強化」だと思っている。地域ブランド化とは「地域発の商品、サービスのブランド化と、地域イメージのブランド化を結びつけ好循環を生み出し、地域外の資金、人材を呼び込むという持続的な地域経済の活性化を図ること」と経済産業省では定義している。そもそも茨城のブランド力は、その実力と比較して余りにも低すぎる。ある企業の調査によると、市の魅力度ランキングで上位50位には茨城の市町村は一つも入らない。86位につくば市、105位に水戸市。茨城のイメージ調査でも「ダサイ」「田舎」「納豆」「訛り」などのキーワードが並ぶ。しかし、食の安全がさけばれる中、ロハスや環境に関心の高い人たちへ「安全健康な食の宝庫」「自然豊かな田舎」「つくば学園都市の知的空間」へのリ・ブランディングは可能なのではないかと思う。そして興味、関心を持ってもらうための情報を発信していく必要もある。また、豊かな農水産物も生産量だけではない「質」のアピールや、新たな「付加価値作り」、「ストーリー作り」でフラッグシップとなる商品開発も強化するべきである。「地域ブランド化」は様々な地域で取り組んでおり、茨城でも同様である。しかしなかなかうまく行かないのは(1)消費者視点、(2)ブランド構築、管理する組織創り、(3)チャレンジしたい人々の参入機会への障害、等の問題に起因していると思われる。このあたりは私の広告会社での経験も生かせ、より実践的な取り組みができるのではないかと思う。

 また、こうした志を実現する上で、その土台になるのが自身の人間力である。人間的魅力・見識が備わっていなければ人はついてこない。さらに、リーダーとしての判断・決断のミスが多くの人を誤った方向へと導いてしまう。局面に立たされたとき、どう判断し、どう決断し、どう行動するのか、その責任は重大なものとなる。自修自得で多く書物や人から衆知を集め、日本の伝統精神の上に自らの歴史観・国家観・政治経営理念・人間観・を育んでいきたい。心身を鍛えなおし、強くしなやかな意志を確立したい。

 そして、茨城活性化のための具体的なアイディア&アクションプラン立案を地域住民とともに実施していきたい。それは自分ひとりではなく、地域の人々を巻き込み、協力を得ながら実施することで、志のために一緒に参加してくれる仲間づくりを行っていきたいと思っている。地域活性化の肝は、地域資源活用・産業育成など様々あるが、私は“人”だと考える。その“人”を自らの手で集め、助け合い、互いの強みを活かしながら、地域活性化の起爆剤となれる仲間を創りたい。

 卒塾後は、志を実現する第一歩として、政策決定に声を挙げられるポジションと活動フィールドを目指す。そしてまずは茨城県の経済活性化実現にじっくり腰をすえて取り組む覚悟だ。さらにはその環を全国の地域に広げていきたいと思っている。

<おわりに>

 この1年間、企業の経営者や企業を支援する多くの人に会う中で、塾主の有名な言葉を思い出すことが多かった。何度も書物を通して学んだその言葉の重みをあらためて噛み締めている。
「私は、ずっと以前でしたが、当時の年若き社員に、得意先から『松下電器は何をつくるところか』と尋ねられたならば『松下電器は人をつくるところでございます。あわせて電気商品もつくっております』とこういうことを申せと言ったことがあります。その当時、私は事業は人にあり、人をまず養成しなければならない、人間として成長しない人を持つ事業は成功するものではない、ということを感じており、ついそういう言葉が出たわけですが、そういう空気は当時の社員に浸透し、それが技術、資力、信用の貧弱さにもかかわらず、どこよりも会社を力強く進展させる大きな原動力となったと思うのです。」

 現在、それぞれの地域において様々な取り組みがなされている。しかし、それを突き詰めてみると一番の根っこはまさに塾主が指摘した“人間”の問題ではないだろうか。一人ひとりがどれだけ働くことや企業を営むことへの思いを持っているかということであろう。

 ひたちなか市の企業の多くは、長年にわたり日立製作所に大きく依存し受注を受ける側であった。また農水産物も売り手市場であった。これらの企業において「何のために働いているのか?」との問いに対し「生活のため」と第一声、答える方が多かったのではないだろうか。しかし、その第一声が「社会のため」となるとどうだろう。きっと今まで考えなかったことを思い巡らすようになる。「もっと工夫してみよう。こんな商品があれば喜ばれるんじゃないか」と思うようになる。人はまさに“生成発展”し、そう考えることが生きがいとなり、つらくても楽しむものなのではないだろうか。

 そんな一人ひとりの思いが、もし「生まれ育った故郷を元気にしたい」という一つの方向に向くならばどうだろうか。「みんなで頑張っていこう」と思い、強い志へと昇華し、新しいものを生み出す大きな原動力になっていくと思うのだ。そうした共通のビジョンをいかに作っていくかということも重要であろう。

 最近書店のビジネスコーナーで、ある一冊の本を目にした。「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司著)だ。そこで登場する5つの会社は、不景気になっても業績を伸ばし続けている会社ばかり。しかし共通するのはそればかりではない。会社の存在意義をしっかり持ち、それを社員がきちんと共有している。

 さらに、その会社の存在意義の中には、「地域」「社会」に対し、会社としてどう貢献したいのかが、当たり前のようにあるのだ。「CSR、CSR」と、まるで一手法のように“導入”しなければと騒がれる以前から、自然に生まれているのである。

 一人ひとりの社員にとっても、仕事とはお金のためでもあるが、生き方につながるものでもある。「仕事を通じ、自分は地域や社会の役に立っているんだ、地域に住む誰かを喜ばせているんだ」という思いを持つことが、ノウハウ上の手助けと同じくらい、あるいはそれ以上に大切なことではないか。素志研修を通じて私が出会った人たちはこうした思いが強い人だが、まだ地域ではごく一部の限られた人という印象だ。その和を広げていくことも今、地域で取り組めていない課題なのだ。そうした動きが、脆弱なブランドではなく、本当の強い地域ブランドを築いていくのではないか。

 塾主はこうも話している。「一人ひとりの力が伸びずに社会全体の力が伸びるということはないと思うのです。仕事というものは、人びとに喜びを与え、世の向上、発展を約束するものだと考えれば、勇気凜々として進めることができると思います。たとえば、麻雀の道具をつくっている会社の人が、麻雀をするのはよくないことだ、と思っていたら、その会社の経営はうまくいかないでしょう。昼のあいだ一生懸命働いている人にとって、晩にする一時間の麻雀は気分転換になり、喜びになるだろう、その喜びのためにわれわれは麻雀の道具をつくって売っているのだと思ってこそ、堂々とその仕事をやっていけるわけです。そしてその上に、一人ひとりが喜びをもって仕事を進めていけば、会社は自然に成功するはずだと思います。」

 仕事とは何か。働くとは何か。そうした根本的な問いに「人のため、社会のため、地域のため」と堂々と自信を持って答えられる経営者がいて、自分のこととして語れる社員がいる会社。そうした心ある会社をこの地域に増やすことが、「急がばまわれ」、地道ではあるが、地域にエネルギーを生み、そこに住む人たちが輝く一番の近道なのではないだろうか。

<参考文献>
PHP総合研究所研究本部「松下幸之助発言集」編纂室 『松下幸之助発言集 全45巻』
PHP研究所 1993年
坂本光司 『日本でいちばん大切にしたい会社』あさ出版 2008年

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大谷明の論考

Thesis

Akira Ohtani

大谷明

第29期

大谷 明

おおたに・あきら

茨城県ひたちなか市長/無所属

Mission

地域主導による地域経済の活性化

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