論考

Thesis

人間とは何か-人間にとって大切なこと-

松下幸之助塾主は人間というものを非常に大切にされた。「人間とは何か」は難しく永遠のテーマであるが、人間の真の姿・役割、今私たちが為すべきことをを探求する。

1.万物の王者たる人間

「人間がその偉大な本質を正しく発揮し、幸せを逐次高めていくためには、何よりも多くの人々の知恵を集めていかなければなりません。そして、そこに個々の知恵を越えた高い衆知、すなわちすぐれた知恵を生みだし、それによって正しい道を求めていくことが大切なのです。
 人間が偉大であるという特性を持っていることの真の意味は、まさにここにあるわけです。すべての人の知恵が集められ、融合調和させて高い叡智となる時、人間は自然の理法を解明し、すべての物事の善悪を正しく判断し、誤りなく、是非を定め、それによって王者として万物を支配活用して、調和ある繁栄を生みだすことができるのです。まさに、衆知こそ、人間の偉大さを発揮させる最大の力だといわなくてはなりません。」

 松下幸之助塾主は、人間には知恵を集めることができ、融合調和できた時、それは衆知となる。その衆知によって、正しい道を歩くことができ、故に人間は万物の王者であり、繁栄を生みだすことができるとおっしゃられた。

 実際に我々は、たとえば個人レベルで考えてみても、病気になれば、病気に詳しいお医者さんの力を借りることによって治そうとするし、農業であれ、工業であれ、会社員であれ、新しい道に入れば先輩たちの指導や蓄積された伝統・マニュアルによって、スタートの時点から一気に知恵を身に付け、力を発揮することができる。

 国家経営や、学問にしてもしかりである。歴史上の成功や失敗を研究しながら、その上に新たなものを築いていくことができる。文明の絶えざる発展や、寿命を伸ばし続けた社会、人口の増加や、人口の増加を可能にした食糧増産。

 人間は幸之助塾主のおっしゃるように衆知を集めつつ、万物の王者として繁栄を生みだしてきたのことは間違いない。

2.現代はより衆知を集めやすい

 人間の文明は加速度的に進歩している。その原因は何かと考えた場合、衆知が加速度的に集まりやすい社会になっているということがいえないだろうか。人間は元来、文字ができるまでは、口頭だけによりコミュニケーションをとり、伝承をしてきた。紀元前3500年にはメソポタミアで楔形文字が生まれた。そのことにより、人間はより正確でより遠くへ衆知を伝えることができるようになった。ルネサンス期には、活版技術が開発された。活版技術の開発は、衆知の大衆への普及と、海を越えた海外への伝達を可能にした。そして、近代における産業革命は蒸気機関の発明、また1876年の電話機の発明により、衆知の速報性と相互交換を可能にした。

 さて、現代である。現代における最大の発明はインターネットである。我々はインターネットを利用することにより、言語の壁を乗り越えさえすれば、世界中の、本だろうがニュースだろうが人々の考えであろうが、どんな情報にも、瞬時にアクセスすることができるようになった。また、個人の発信能力も飛躍的に進歩した。

 このような状況は一見すると、衆知を集めるのには格段に進歩した状況である。しかし、現状はどうであろうか。何も変わらないどころか、より難題を抱えている状況である。私が考えるに、衆知は飽和状態に入っているのではないか。人間が、計算能力等ある部分では人間を超越した能力を持ったコンピューターを発明した時点で、衆知を集めるというものは限界に達した。これからの人間に求められていることは、衆知を活かすということである。

 また、現代の日本は、かつてない状況を迎えている。それは人口減少である。人間の本能であり生まれながらの欲求であるはずの性欲は制御され、子孫を絶えないように残すという行為は、優先されなくなった。これまで、人間の質と量を高めることによって、進化し続けていた社会にとって、いまだかつてない出来事である。これは、人間そのものが変化したのか、あるいは、日本人が人間の本分を怠慢しているのか。この問題に対する衆知はなく、これから衆知を集めなければならない。

3.人間の本質は何か

 私は、人間は万物の王者であるとともに、その人間一人ひとりは非常に弱きものだと考えている。

 それは、1つ目には、人間は一人では決して生きられないからである。この世に生を受けてから、赤ちゃんの時は、もちろん、その生涯に至るまで誰かの助けを受けなくては、生きていけない。食べるものにしてもそう、着るものにしても、住むところにしても、今や、たくさんの人の協力なしでは生きられない存在になっているのだ。

 2つ目の理由としては、人間は色々なことを知りすぎてしまった故に、それが負の方向に向かうととんでもない結果を招いてしまうということである。たとえば、自分に自信がないと思ってしまえば、なにもせず引きこもりの状態に陥ってしまったり、生き方は知らずに殺し方だけを知っているが故に、特に理由もないのに殺人を犯したり、挙句の果てには、自ら命を絶ってしまうこともある。こんな生物が他にいるだろうか。

 私は決して、人間は非常に弱気ものであるからだめだということを言いたいのでがない。弱きものであるが故に、このような進歩を遂げられたのではないかということである。ゲーテは「ファウスト」の中で、「人間は努力する限り迷うものだ」と神に語らせている。迷うということこそ人間の本質だ、とゲーテは信じていた。

 人間は大きな二度の戦争をはじめ、たくさんの過ちを犯してきたように思う。しかし、その過ちを過ちとして認識できたからこそ、今日があると思う。我々一人ひとりの人生においてもそうである。崇高な目標への完璧な計画をもってしても、必ずそれは計画通りいくことはなく、挫折を味わう。しかし、その失意の中、落胆に耐え、悩みに悩み抜いて反省してこそ、更なる進歩がある。

 人間の本質は、万物の王者ではあるが、ただ王者としての資格が与えられているだけであり、全戦全勝で世界チャンピオンにまで辿りつくような存在ではなく、負けや挫折を繰り返しながらも、必ずチャンピオンになれるのだと思い続けたことで、反省し、衆知を活かしながら、協力することで、チャンピオンになれるということである。

 これは、塾主が提唱された「新しい人間観」に対する私なりの解釈である。塾主は、ややもすれば弱いものと考えられている人間を、偉大なる王者と認識することが大事とされた。私は人間は、一人ひとりだけでは弱い存在ではないかと今でも思う。しかし、人間同士が交じり合うことで、王者として生きていけるのではないかと思うのである。

4.人間が為すべきこと

 人間は今、王者として己の力を過信しているのではないだろうか。

 一つには食糧の問題が出てきている。人間はこれまで、自然からの恵みある食糧を得るために、その生産源である農地を開墾していき増やすことで、また、単位当たりの収穫量を飛躍的に大きくすることで、己の人口を増やしつつも養い続けてきた。

 しかしそれも、限界に達しつつある。単位当たりの収穫量は頭打ちを迎え、また人間が自ら引き起こした地球温暖化により、食糧を得ることができる面積は今後減少していくことが予想されている。しかし、人口はまだまだ増え続けている。これは食糧に限った問題ではない。石油であろうと、鉱物であろうとその資源は限界を迎えている。

 また、これまでの人間の王者としての蓄積により、たとえば日本では、教育を受けなくても、働かなくても、訓練を受けなくても、何もせずとも一生を生きていける人間が存在してきている。それはそれで幸せなことかもしれないが、果たしてそれが王者たる人間の振る舞いなのであろうか。

 色々な問題が起ころうと、しかし、最後は何とかなると考えている人間もいるだろう。果たして、それは何とかなるのであろうか。おそらく何とかなるであろう。何故なら私たちは王者たる人間の資格を持っているからである。

 しかし、どのくらい衆知を集め、活用し、王者たる人間を自分自身で認識し、振舞えるかでそれに至る道程は大きく違ったものになるであろう。

 私たち人間は何を為すべきか。それは次の一言であろう。
「人事を尽くして天命を待つ」

 私たち人間は、おそらく今後も人間全体で考えても、一人ひとりで考えても、多くの困難にぶつかるであろう。しかし、それでダメだと嘆くことなく、天命に任せ、そしてその天命は必ず素晴らしいものだと認識し、今できる精一杯のことをすることが大事ではないだろうか。

 最後に、塾主の考えを紹介したい。

「『人事を尽して天命を待つ』ということわざがある。これは全く至言で、私はいまも自分に時どきその言葉を言い聞かせている。日常いろいろめんどうな問題が起きる。だから迷いも起きるし、悲観もする。仕事にも力が入らないことがある。これは人間である以上避けられない。しかしその時私は、自分は是と信じてやっているのだから、あとは天命を待とう、成果は人に決めてもらおう……こういう考え方でやっている。小さな人間の知恵でいくら考えてみても、どうにもならぬ問題がたくさんありすぎる。だから迷うのは当たり前である。そこに私は一つの諦観が必要だと思うのである。」

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塔村俊介の論考

Thesis

Shunsuke Tomura

松下政経塾 本館

第27期

塔村 俊介

とうむら・しゅんすけ

奥出雲町教育委員会 教育長

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