論考

Thesis

新しい宇宙観から新しい人間観へ

現代を見ると、自然に対する怖れを忘れてしまっているように思える。また、お金や目に見えるものが全てという価値観が蔓延し、直感より合理性を重んじる風潮がある。人間は他の生物と同様であるという謙虚さをもつこと、正法眼蔵(心の眼)をもつこと、第六感(直感)を目覚めさせることも大切である。

1.はじめに

 松下幸之助塾主の提唱した「新しい人間観」の特徴は、人間は「万物の王者」であると主張し、宇宙の中で偉大な存在と位置づけた点にあると私は考える。なぜ人間は偉大な存在であるのか。それは宇宙の法則や自然の理法を知り、そこから生成発展の道を探りだせる能力を有するのは人間のみであるからである。そして、偉大な存在であるからこそ、人間は重大な責任があるということを認識して、人類の繁栄・幸福と世界の平和に寄与していかなくてはならないと説いているのである。この塾主の提唱した「新しい人間観」について、私はその一言一句に全て同意する。

 塾主が「新しい人間観」を提唱したのが、1972年(昭和47年)5月だった。それから35年が経とうとしている。塾主はその当時の宇宙理論と人間に対する深い洞察により、「新しい人間観」を提唱したが、その主張は35年経った今も色あせることはない。しかし、この間、科学の発展により、宇宙について新しいことがわかってきた。また、社会状況や人間の価値観も大きく変化した。私たちは少しずつだが、1972年当時と比べて「生成発展」しているのである。

 そこで本レポートでは、塾主の「新しい人間観」に、この35年間で「生成発展」した宇宙論や人間の価値観の部分をつけ加えて論じてみたい。近年の新しい宇宙論と、新しい価値観を基に、「新しい人間観」に新しい解釈をつけることを試みるのである。未熟な私自身の新しい人間観を発するより、塾主の人間観にもとづいて自分自身の人間観を少し膨らませることが、塾主のいう「生成発展」の道にかなうと考えるのである。

 まずは、次章において最近の宇宙理論を整理し、人間観の基となる宇宙というものについて考えてみる。

2.新しい宇宙観のための宇宙論の補足

 塾主は著書『人間を考える』の中で、「われわれは、宇宙とはいかなるものかという、正しい宇宙観をもたなければならないと思います。それにもとづいた人間観であって、はじめて真に人間の本質を明らかにしたものであるといえましょう」と述べている。すなわち「新しい人間観」を考えるには、まずは宇宙に関する認識を深めなければならないのである。そこで、私が興味をもった3つの新しい宇宙論について以下にまとめ、新しい宇宙観を少し広げてみたい。

2.1.宇宙は1つではなく無限にある

 「無」から宇宙が生まれるという話はまだ確実ではないという。しかし、宇宙から宇宙が生まれるという話は確実であるという。すなわち、私たちのいるこの宇宙があるということは、この宇宙が生む「子宇宙」や「孫宇宙」が存在し、それら「子」と「孫」も宇宙をつぎつぎに生んでいるというのである。

 このことは、この宇宙とこの宇宙にいる人間は特別ではないが特別であるということを教えてくれる。宇宙はたくさん存在するが、私たちの宇宙のように十分発達せずに消滅したり、後述するが別の次元をもった宇宙に発達しているかもしれないという。このように形態のちがう宇宙がつぎつぎと生まれたり消えたりしているのだそうだ。もちろん私たちと同じ宇宙が存在している可能性もあるが、他の宇宙を知ることは、この宇宙にいるかぎり私たちにはできない。

 結局は私たちの知りえる宇宙は、この宇宙唯一つである。このような意味では、この宇宙に住む私たちは特別な存在であるといえる。しかし、様々な宇宙が無限に存在し、知的生命体がそれぞれの宇宙に存在し、私たちと同様に宇宙の真理を探究しようとしているかもしれないという点では、私たち人類は特別ではないともいえる。

 塾主のいうように、私たち人類は特別であるという点で、その自覚と責任を認識する必要がある。その反対に、私たちは特別ではないという謙虚な気持ちも必要と思われる。この責任と謙虚さのバランスをとることが宇宙の真理にかなうと思われる。

2.2.見えないものが宇宙の大半を占めている

 宇宙には様々な銀河や恒星が輝いている。私たちはそれを見上げて感動している。しかし、それらの見える物質量を計算して密度を求めると「0.01」にしかならないという。理論値は「1」であるということなので、見えない物質の量の方がはるかに大きいのである。また、空っぽと思われていた真空では、電子と陽電子、陽子と反陽子がパッと生まれては消えているということがわかっているという。何もないと思われていた真空も何かで満たされているのである。

 これらの事実は、見えないものが宇宙の大半を占めており、それを見なければ宇宙の真実を知ることができないということを教えてくれる。また、一見何もないと思われていた空間には、物質と反物資が存在し、それらが出現と消滅を繰り返しているのである。私たちは見えないものや無の存在に対して深い洞察をもたなければ、宇宙の真理や自然の摂理を知りえないのである。

2.3.11次元の世界が本来の世界?

 私たちが普段認識している世界は、1次元の時間と3次元の空間である。しかし、「超ひも理論」によると、宇宙は本来、1次元の時間と10次元の空間から始まったという仮説が導かれるのだそうだ。宇宙の創成期に10次元の空間のうち、私たちの今いる3次元だけが大きくなり、他の七次元の空間は大きくならなかったか、あるいは巻き込まれて私たちには見えない空間になってしまったという。3次元に住んでいる私たちは低い次元、1次元である点や2次元である面は理解できるが、残念なことに3次元より高い次元を知ることはできない。よって、4次元がどんな空間なのか、11次元とはどういう状態をいうのかをはっきりと説明できない。

 「超ひも理論」による仮説が本当であるならば、この宇宙において、成長しなかった空間、または巻き込まれてしまった空間も、自分自身を規定する何らかの要素になっている可能性はある。これら目に見えない7次元空間は、人間の五感を越えた察知能力を使わなければとらえることができないであろう。五感以上の感性、いわゆる第六感を働かせることによって、宇宙の中での自分の位置や進むべき方向をより正確に認識できるようになるのではないだろうか。

 塾主は宇宙の真理を観察し、「生成発展」が宇宙の本質であるとした。そして、その宇宙に住む人間は、その宇宙の本質にしたがって、日に新たな進歩をとげなければならないと説いたのであった。この「生成発展」が宇宙の本質であるという新しい宇宙観の「幹」に加えて、以上に論じたような3つの「枝」をつけた。それは、我々の宇宙は(1)特別ではないが特別な存在であり、(2)見えないものが大半を占めている。そして、(3)感性を磨く以外にとらえることのできない世界があるということである。これが本レポートで「生成発展」させた「新しい宇宙観」である。次章ではこの3つの枝から導きだされる人間が果たすべき行動を導きだしてみようと思う。

3.「新しい宇宙観」から導かれる人間の行動

3.1.人間は他の生物と同様であるという謙虚さをもつこと

 冒頭で述べたように、塾主は人間を「万物の王者」と規定し、王者としての責任と行動をとるようにと訴えている。塾主は経営者の立場からこのように人間をとらえたのであると思われる。経営者は会社全体を知りえる。そして部下に対する責任が生じ、経営者として自らを律した行動をとらなければならないと考えたのだ。塾主は人間を宇宙の経営者とみなしたのではなかろうか。

 塾主は優れた経営者であった。傲慢でなく、素直という言葉を自分にいい聞かせて、ものごとを謙虚に受け止める姿勢が常にあった。そのことは、「人間は万物の王者である」といいながらも、著書の中で、「人間が万物を支配活用するにあたっては、人間みずからの意欲をほしいままにして、好き勝手にやればよいというものではありません。やはり、自然の理法にしたがってこれを行うということが大切です」(『人間を考える』)と説き、人間は謙虚さをもって行動しなければならないと訴えていることからもわかる。

 現在、人間は傲慢になってきたのではなかろうか。塾主のように「人間は万物の王者」であるといいながら、謙虚で素直な気持ちをもち続けることは私たち凡人には難しい。IT長者の発言や地球環境問題を見るたびに、そのように私は感じるのである。このような世の中で、「人間は万物の王者」ということを声高々に主張することは、この人間の傲慢さを助長させやしないかと、とても心配である。そこで、宇宙は特別ではないが特別な存在であるということと同じで、人間が「万物の王者」という特別な存在であると同時に、「他の生物と同じ生物」であり地球の自然の枠内でしか生きることのできない儚い存在であるということを、「新しい人間観」に補足としてつけ加えたい。「人間も他の生物と同じ」ということを、「万物の王者」と同様に主張して、この2つの考え方を「新しい人間観」の車の両輪のごとく扱うのがよいのではないかと思う。

3.2.正法眼蔵(心の眼)をもつこと

 目に見えないものを見、言葉にはならないものを理解することが、人間が宇宙を理解し、自然の理法を知るために欠かせない。前章で言及した通り宇宙の中は、目に見えるものはわずかであり、大半は目に見えない物質(ダークマター)で満たされている。また真空は空っぽではなく、常に物質と反物質の生成と消滅が繰り返され、一見何もないようだが、実はミクロの世界でダイナミックな活動が繰り返されている。これらの宇宙論が示すように、目に見えないものに対してそれを見ようという気持ちをもたなければ、宇宙の法則や自然の理法を理解し、生成発展の道を探ることはできないのである。

 人間は自然の理法を認識できる能力をもっていると塾主はいっているが、この能力を引きだしやすくするためには、日本の茶道や禅の教えが役に立つであろう。茶道は本来自然光の下で行われる。そして自然と明るい所と暗い影の所ができる。その暗所にあるものを見るためには、心の眼を使って、ものの本質を感じるようにと教えるのである。例えば茶杓と棗の拝見の時に、どうしてもそれらの茶器が体の陰に隠れて見え難いことがある。そのような場合は、あえて目で見ようとせずに、心の眼を使って、それらの茶器の相(すがた)を想像するのである。その心の眼で見た後に、光がある所に茶器をもっていって、今度は本当に茶器の姿を目で見る。この2つの行為が重なって、その茶器を真にとらえたことになるのである。

 現代人はこの目に見えないものに対して、心の眼で見るということを忘れがちである。この“眼”を磨かないと宇宙の真理から導きだされる人間観を得ることはできない。このような「心の眼」と、禅の教えにある「正法眼蔵」とは同義語になると思われる。釈迦の教えを言語化した8万4千の教巻を収める蔵のことを「正法の蔵」という。しかし、言葉になっていない教えを理解する「心の眼」というもう1つの人間の中にある蔵、すなわち「正法眼蔵」が、釈迦の説いた教えを真に理解するために必要なのである。心の眼を開き、目に見えないものを見ようとしなければ、宇宙の真理を知り、人間の天命を全うすることはできないのである。

3.3.第六感(直感)を目覚めさせること

 人間の五感以外の感覚を信じられるか。直感に頼れるか。この直感というか第六感を働かせないと、十分に成長しなかった7次元の空間から得る何かを受けとることができない。何か霊的に感じられるかもしれないが、宇宙が本当に11次元であるならば、今の私たちのいる3次元の空間と1次元の時間のみでは、自分の位置が本当には定まらないことになる。他の7次元からの要素を加えて、11次元の情報が全て整うことで真の自分の位置が決まるのである。そこが決まれば、その人は本当に宇宙の根源が規定する人間の道(天命)を歩くことができるのではないだろうか。

 裏千家の町田宗隆先生は今日庵の兜門に立った時に、「ここが私の来るべき所だ」と直感し、そのまま入門してしまったという。茶道を全くやったことがないにもかかわらず、どうしてそこまで自分の直感を信じられたのか。町田先生は茶道の世界に入る前は声楽をやっていた。町田先生がいうには、バチカンで歌った際に何ともいえない感動に包まれたそうだ。楽譜を見て歌っているのではなく、何か見えない作用が働いて歌わされている感覚になったという。それは人間のつくったハーモニーではなく、何かがそうさせた素晴らしいハーモニーであり、歌いながら感動して涙が自然に溢れでてきたのだそうだ。その時以来先生は変わったという。直感とか天命というものを信じるようになったのである。町田先生の第六感の能力(直観力)が格段に引き上げられたのだ。そして自分の直感を信じた結果、裏千家の教授方として、現在天職に就いている。宇宙の中での自分の位置をしっかり決められている。

4.まとめ

 現代を見ると、人間の傲慢さを感じる。自然に対する怖れや人間も生物の一種であるということを忘れてしまっているように思える。また、お金や目に見えるものが全てという価値観が蔓延し、直感より合理性を重んじる風潮がある。このような世の中では、塾主の主張する「新しい人間観」に加えて、人間は他の生物と同様であるという謙虚さをもつこと、正法眼蔵(心の眼)をもつこと、第六感(直感)を目覚めさせることも大切である。

 本来、素直な心で宇宙の真理や自然の理法を眺めると、これら私の主張したことは当たり前であって、塾主もこのことはよく理解していると考える。しかし、人々が傲慢になってしまっている今日において、「人間は万物の王者」という言葉が独り歩きして、傲慢さを助長したり、誤解を与えてしまったりする恐れがあると考えた。そこで、補足として「人間は特別ではない」「心の眼をもつ」そして「直感を信じる」ということを取り上げた。人間主義、優勝劣敗主義、物質主義、拝金主義、合理主義にあまりにも振れすぎている私たちの人間観の振れを中庸に戻し、バランスのとれた歩みを続けていきたい。

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黄川田仁志の論考

Thesis

Hitoshi Kikawada

黄川田仁志

第27期

黄川田 仁志

きかわだ・ひとし

衆議院議員/埼玉3区/自民党

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「自立と誇りある日本をつくる」

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