論考

Thesis

塾主の政治理念と北欧スウェーデンを比較する

塾主は昭和44年5月号の『PHP』で北海道の現状とスウェーデンを比較して、なぜ同様の発展がなされないのか疑問を抱かれた。それから40年の時を経て、疑問が未だ光彩を放つのはなぜか?

<はじめに>

 塾主の政治理念を考察するこのレポートであるが、私は今回、北欧諸国、特にスウェーデンに注目していこうと考えている。なぜなら塾主の著を読んでいく中で、次の文章に着目したからである。

―もし北海道が日本の一地方ではなく、完全に独立した国家であったとしたらどうであったか。スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、あるいはデンマークといった北欧の国々は、今日、それぞれに相当の発展をしている。それらの国は緯度からいうと北海道よりもっと北にあり、四季を通じての気候風土も決してよいとはいえない。また人口はどうかというと、いずれも3、4百万人から7、8百万人で5百万人の北海道と大差がない。昭和42年度の一人あたりの国民所得を見ても、スウェーデンはアメリカに次いで第2位にある。(中略)もし北海道が独立国であったならば、今日の日本、さらには北欧諸国をもしのぐような繁栄、発展を遂げるということも決して考えられないことはない。そう私は感じたのだった。―
~北海道で感じたこと~『PHP』昭和44年5月号

 塾主がこの文章を書かれたのはすでに40年近い前のことであるが、現在も全く同様のことが言えるのではないだろうかと、あらためて塾主の卓越した見識に驚いた。夕張市に代表されるように北海道の状況は悪化の一方で、スウェーデンをはじめEU諸国の政治経済はすこぶる順調である。ややもすると塾主の理想とした政治理念は、言い換えれば我々が目指すべき国家像は、このスウェーデンやその他の北欧諸国にヒントが隠されてはいないだろうか。それが今回のレポートの趣旨である。

<塾主の政治理念の整理>

 考察に先立って、塾主の政治理念を今一度整理したい。私なりに日本の現状を分析した上で今必要な政治理念を解釈すれば以下のようになる。

1、高い生産性を持った政治であること
2、国是(国家経営の基本方針)をきちんと定めること
3、民間でなしうることは、できるかぎりみずからこれを行うこと(小さな政府)
4、政府は国民の遵法精神の高揚を図り、秩序を高めること
5、政治家は党利党略に惑わされず、高い見識と力強い実行力、責任感の3つを持つこと
6、「置州簡県」で地方に独立性を持たせ、過疎過密のない国土をつくること7、大学偏重の学歴教育から、職能重視と道徳重視の教育へ

 中でも塾主の想いが最も強くあらわれていると認識するのが最初に挙げた「高い生産性を持った政治」である。

 なぜなら、たとえば3の民間ができるかぎりのことを行うことは、最近の「官から民へ」の言葉どおり効率性の高い民間へ官の業務を委託することで大幅なコストカットを図るものであるから、これは生産性の高い政治ということができる。また4の国民の遵法精神の高揚が図れれば、犯罪も少なくなり、現職の警察官を大幅に減らすことが可能である。つまり少ない人数で治安を維持できるのであるから、これも生産性の高い政治となる。他にも6も過密地のムダを無くそうというものであるし、7の大学についても塾主は「東京大学は1兆円の価値があり、それを運用にまわせばどれだけの人が無税の恩恵を受けるか」と考えられており、同様のことがいえる。すなわち「高い生産性の政治」こそ、塾主が考える理想の政治であり、「政治は経営、国家経営である」とするのは実にここからきていると思われるのである。今回は、スウェーデンと日本の政治の比較として、

  • 地方分権
  • 政治家
  • 選挙制度
  • 選挙
  • 議会
  • 教育

の6つから塾主の政治理念について考えたいと思う。スウェーデンはすでに「福祉国家」という国是があるため、上記の2について今回は触れない。

<スウェーデンと日本の政治比較>

(地方分権)

 スウェーデンでは地方分権が徹底している。国は外交・防衛・経済など必要最小限を担当、医療は県、教育・福祉・保育などは自治体(市町村)に多くが任されている。地方分権の理念は、「行政の決定は、できるだけ住民の身近で行われるべきだ」というものであるから、スウェーデンは福祉国家に代表されるように「大きな政府」に思えるが、実は「小さな中央政府と大きな地方自治体」である。

 日本では2000年に施行された地方分権一括法で機関委任事務が廃止され、国家と地方公共団体が名目上では対等な関係となった。しかし中央政府主導で基礎自治体を合併させるなど、上から強制する姿勢で、「地方自治」と相容れない現象も起きている。小泉政権は、「三位一体改革」による地方分権を進めたが、地方への財源と権限の保障はまだまだ曖昧なままである。

 塾主は「置州簡県」によって大きな地方自治体を理想としていることからも、スウェーデンは日本に比べ塾主の理想に近いといえるだろう。

(政治家)

 スウェーデンの地方政治家のほとんどが「政治家」とは別にそれぞれの職業をもっている。つまり、兼業議員が多い(国会議員は半分がフルタイムで働く)。政治家としての給料は、公的な会議へ出席した時間で計算される。市議会は月に1度、各委員会の会議が毎週あるとしても、政治家だけの給料ではとても生活できない。しかし彼らは「政治家はそれぞれの職業に従事する人たちの声を政治に反映させることが大きな役割」であるとし、そのためには、「政治家も現場で一緒に汗を流していなくてはならない」と考えている。

 日本では三権分立の観点からも政治家は兼業することは許されないが、連日マスコミなどに取り上げられているように政務調査費の不透明性や財政難のなかでの歳費、交通費など国民は一般に政治家は高給取りだという印象が強い。(実際には選挙等で大変なのだが)

 これは政治家と国民の意思疎通の観点からもスウェーデンに分があるように思われる。また塾主の政治の生産性という見地からみても、政治家が少ない歳費で政治ができることは非常に良いといえるだろう。

(選挙制度)

 スウェーデンでは、国政、地方とも小選挙区制は採用していない。政党に投票する比例代表選挙のみである。比例代表選挙では、贈り物を配ったり、有権者に頭を下げて頼んだり、候補者の名前をスピーカーで連呼するというような「投票お願い合戦」にはならない。きわめて静かな政策選挙である。福祉現場の人が簡単に比例代表リストに載り、政治家になる。各政党の比例代表リストには、福祉、教育、医療などの現場代表、高齢者、障害者、女性、学生、移民代表など、さまざまな顔ぶれが並ぶ。政治家の主役は40代。50代の政治家は少し高齢というイメージがある。65歳以上の国会議員は2%しかいない。スウェーデンでは、退職年齢に達すれば、政治家も引退し、後進に道を譲るのが一般的である。

 また1976年選挙から、スウェーデン在住の外国人にも、地方議会選挙での選挙権・被選挙権が与えられることになった。住民投票への参加も原則としてできることになった。

 一方日本では小選挙区制と比例代表制を並立しているが、小選挙区制の比重が極めて高い。小選挙区制と比例代表制の議論をここですることは避けるが、比例代表制が小選挙区制に比べ、選挙違反を起こしにくく、カネがかからないという点は誰もが認めるところだろう。もちろん在住外国人の参政権はない。

 塾主は選挙制度のあり方について、年齢のバランス(青年30%、壮年40%、老年30%)や厳しすぎる公職選挙法の改正を考えておられる。また国会議員は地域、団体や利益の代弁者であってはならず、国民全体の繁栄を考えるべきであるとも説いている。その観点でいくとスウェーデンには学ぶところが大きいといわねばならない。

(選挙)

 スウェーデンでは3年ごとに国政選挙と地方選挙が同日に行われる。その結果、「地方政治の国政からの独立は一層高まった」といわれる。

 日本では、4年に1度の統一地方選挙の争点が、たとえばある党の不祥事や政策に対する不満など、とかく国政選挙と地方選挙の争点を混同してしまう。同日選挙はこれを避けることができる。たとえば、「国政選挙には経済政策に力をいれるという党に」、「地方選挙には福祉サービスの充実に熱心な党に」投票するというように、国政と地方で政策を分けて選択・投票をすることができる。

 各政党は男女比、年齢、職業などができるだけ均等に割り振られるように候補者を比例代表名簿に載せる。若者票を獲得するために、各政党はその青年部のリーダーを名簿に載せることが重要な選挙戦略となる。

 選挙キャンペーンでは、政策論争を中心にした物静かな討論、対話集会が一般的である。それでも投票率は高く、いずれも85%から90%前後を記録する。

 比べて日本はどうであろうか。投票率は高くても6、70%台、補欠選挙では30%台である。国民の主権者意識が総じて低く、民主主義の立派な花が咲いていないことを塾主は嘆いておられる。

(議会)

 スウェーデンの市議会には決まった役人席はない。スウェーデンでは議員対議員のディスカッションがメインである。役人はまず出席しない。議会とは、議員同士が議論をする場である。だから議会はシナリオもなく、よくエキサイトして、反論の応酬になることもある。終了時刻は決まっていない。

 女性議員が多い、それに服装がカラフルでラフ。女性が多いだけでも、議場の雰囲気が日本と全然違う。日本のような背広姿の議員は少なく、ポロシャツやジーンズの人が多い。勤め帰りに議会に出席するからである。「役人は選挙で選ばれていない。だから、役人が多くの権限を持ちすぎることは、民主主義に反する」というのが、スウェーデンの民主主義の理念。議員同士が議論して、市の政治方向を決めることがあたりまえになっている。

 塾主は現在の日本の議会(特に国会)は、裏工作に気を取られ、官僚の作った原稿を棒読みし、罵詈雑言を浴びせるシーンがテレビで放映される。また国民は各政党や議員の意見を全く知らず、正邪の判定をする資料がない。これでは社会は良くならないのは当然だと痛烈に批判している。

(教育)

 今回は教育と政治との関連で述べるにとどめる。スウェーデンの学生は政治への関心が非常に高い。議会には毎回中学生や高校生が傍聴に来ている。スウェーデンでは、政治教育、民主主義教育が、教育のなかでも重視されている。市議会傍聴という宿題を出されている高校生の姿がたくさん目につく。候補者が学校で行う政策討論会を踏まえて、「模擬選挙」が校内で行われる。実物の投票用紙を使って、図書館で投票する。選挙の立会人も学生。翌日には、模擬選挙の結果が掲示される。日本と違って、スウェーデンの教育では、選挙そのものが生きた社会教育。スウェーデンでは「政治は大切なもの。住み良い社会をつくるには、政治参加が必要」という若者たちのコンセンサスが形成されている。塾主の考える「生きた教育」がスウェーデンでは当然のように実施されているのである。

 一方日本では「公民」という授業があるものの、中学生や高校生は政治とは縁遠い。実に知識教育のなかで日本の子供たちは民主主義の現場を知ることなく、選挙民になっていく。

<さいごに>

 これまで塾主の政治理念に近い国としてスウェーデンを取り上げてきたのであるが、この政治の「生産性の高さ」が、北海道、ひいては日本との差を生んでいることはほぼ明確なのではないだろうか。もちろん塾主は「日本型民主主義」の確立を望まれており、スウェーデンのすべてを取り入れることは望まれていない。あくまでこの日本と日本人という「主座を保ちつつ」、「衆知を集めて」いくことの必要性を唱えられており、北海道を訪れたときにふと感じられたことを、今回私が考えてみただけに過ぎない。

 日本は今、財政難と少子高齢化にあって大変な岐路に立たされており、必ず大きく変革すると思われる。私は塾主の想いを胸に今後一層の研修と、実現のための努力を重ね、日本をよくしていく一人としてこの身を尽くしたいという想いをただただ強くするだけである。

以上

(参考文献)

『スウェーデンの政治~デモクラシーの実験室』:岡沢・奥島編 早稲田大学出版部
『遺論 繁栄の哲学』:松下幸之助 PHP研究所
『政治を見直そう~日本をよくするために』:松下幸之助 松下政経塾
『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』:松下幸之助 PHP文庫

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井桁幹人の論考

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Mikito Igeta

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第27期

井桁 幹人

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