論考

Thesis

2006年W杯北欧共催をもくろむスウェーデン

2002年サッカーワールドカップに対する韓国国民の思い入れのすごさは、在欧コリアンたちを見てもよくわかる。

 ストックホルムの韓国系商店、コリアンの自宅、車を問わずW杯誘致ステッカーがところ 構わずベタベタ貼っていたり横断幕がこれ見よがしにつりさげられたりと韓国系移民一人 一人がPRに余念が無く、同じ同胞と見れば必ずといっていいほどこの話題に花が咲き、相手が日本人と見ればはじめは婉曲にやがてあからさまに(あるいは挑戦的に)日本の身 分不相応な野心をこき下ろすことを忘れなかった。

 (不思議なことにそれに比して在欧日本人の反応はほとんど無関心に近く多くの人がW杯争奪に向けて日韓が死闘を演じていることさえ知らなかった。)

 だから6月1日のFIFAの日韓共催決定には韓国開催を信じて疑わない在欧コリアンの人でもかなりの人がモヤモヤとした後味の悪さをおぼえていたようだ。
 しかし、韓国も伝統的にサッカーが好きなお国柄とはいえこれほど今回の誘致合戦が盛り上がった背景はなんといっても競争相手が日本であるということが大きであろう。今でも韓国にとって「克日」のスローガンは余りまとまりが良いほうだとは決して言えない韓国 国民を束ねる最大の求心力なのである。

 しかしどんなに日韓双方の国民が共催に割り切れぬ重いを抱いたとしても今回のFIFAのこの決定はいくつか大きな意義を世界や日韓関係の将来にもたらすであろうことも否定できない。

 共催案を提示したのが2006年にW杯北欧共催をねらうスウェーデン出身のヨハンソン 副会長であったように今回の日韓共 催はこれからのW杯複数国開催に先鞭を図らずもつけ たのである。
 それは今回の日本、韓国の双方が誘致活動におのおの200億円もの大金を つぎこんでいることからもわかるように、W杯の誘致は現在ではかなりの経済的負担を伴 うものであり、経済力のない小国ではこれまでのFIFA規約どうり「一国開催」の原則なら ば誘致が事実上不可能であったのにたいして、複数国共催ならば誘致の目途がたつからである。

 ただスウェーデンが温めている将来のW杯北欧共催案と違い日韓関係はそれほど成熟してはいない。

 スウェーデンは戦後、ノルウェー、デンマーク、フィンランドなど周囲の北欧諸国との協 調を軸に外交はおろか国内制度も整備してきている。これら北欧諸国は歴史上何度も連合 国家になったりした上民族的にもフィンランドをのぞきそれ程差があるわけではなく、言 語に至っては方言程度の差異しかない。

 2006年のW杯共催を実現すれば今後欧州連合の下位の地域共同体としてますますこの 北欧共同体は注目されてくるであろう。

 19世紀後半から今日にいたるまでスカンジナビア半島の国境線も大きく変化している。 常に従属国であったという歴史からか、かつてアルフレッド・ノーベルが嘆いたほどスウ ェーデンとノルウェーの国民感情は最悪であったし、フィンランドにいたってはロシア革 命の余波によって独立を達成したものの国家としてはきわめて弱体であった。

 スウェーデンの外国人住民に対する手厚い権利の保護にはこの北欧共同体構想がその下地となっているのである。

 国境における査証の廃止、移住の自由、そして移住した北欧諸国の住民に対する社会保障 の自国民待遇などを基本に後に外国人法改正によりあらゆる移民に拡大される権利の原型 をこの北欧共同体においてまず実験していたといってもいいであろう。

 スウェーデンのこの北欧共同体への追究は戦後のスウェーデンの外交・安全保障政策を貫 く中立政策と60年~70年代の高度成長来における積極的な移民政策におうところが大 きいと言えよう。

 第二次大戦の終結とそれに続く冷戦の発生はバルト海におけるソ連のプレゼンスをかつてない多きものにした。

 大戦中ノルウェーに進撃するナチス・ドイツ軍が自国の領土を通過することさえ認めざる を得なかった弱小国家スウェーデンにとって戦後の安全保障政策の基本は中立を維持しう るだけの強い軍事力と米ソ両大国の影響の及ばない広範囲な中立地帯を北欧全体に築くこ とであった。
 しかしこの構想はフィンランドがソ連と相互安全保障条約を締結し、デンマ ーク、ノルウェーがNATOに加盟したことにより半ばで挫折を余儀なくされる。その後この 北欧共同体構想は主にデンマーク、ノルウェー、フィンランドから工業国スウェーデンへ の労働力の供給を柱とした経済共同体の性格を強く打ち出すようになるのである。

 高度経済成長期の移民の増加は定住した移民に対る社会保障制度の充実にとどまらず国政 への参加をのぞく公民権の付与を相互に認めあうことで一層の深化を生み出し、またそれ が非北欧出身の移民にまで拡大することでスウェーデン移民政策全体を欧州でももっとも 寛大なものにしているといえる。

具体的には、

  1. 移民の地方公務員就職権、
  2. 地方参政権、
  3. 国民投票権

 などが認められており、1995年1月の欧州連合加盟によって欧州議会選挙など加盟国市民には一段と公民権への参加が保証されてきている。

 現在、日本でも川崎市職員採用における国籍条項の問題が大きくクローズアップされているが、日本の自治省の言う外国人住民の公務員への採用は外国籍の人間が地方自治体職員 という「公権力を握る」立場にあることは望ましくないと主張し、これは「当然の法理」 であると言い切っている。

 また日本国内の外国人住民で最大規模の在日コリアンを例に上げて「韓国と日本は対等、 平等の関係にあり、二国間の関係にはレシプロシティ(相互主義)の原則が必要である。 」つまり韓国在住の日本人は韓国の自治体の職員になれないのだから在日のコリアンが日 本の自治体職員になれるのは、ずるいじゃないか、と言う主張である。
 過去の植民地支配によって約70万人という在日コリアンが存在するという歴史感覚の麻痺した、現実に多民族社会化している日本社会をどう融和させていくかといったビジョンはまったく持ち合わせない幼稚な議論ではあるが、確かに一定の理屈はあっている。それも一つの考え方で あろう。スウェーデンを研究のフィールドとする私としては、その「相互主義」に立って すみやかに日本在住のスウェーデン人に選挙権その他を認めることを切に願っている。

 この相互主義の主張も併せて、川崎などの真似をしないよう審議官名でご丁寧にも通達を 全自治体あてに出しているというから、笑える。よほど川崎市の今回の行動が他の自治体 に波及することを恐れているのだろう。
 だいたい職員の採用条件までいちいち中央政府に 細かく指示されなければ何もできない日本の地方自治にどれほどの「公権力」が存在する のか疑問ですらある。今後川崎市は陽に陰に自治省のいやがらせを受けることになるであ ろうが自治の信念に基づいて頑張って欲しいものである。

 川崎のお隣、横浜市も外国人住民が多い自治体であるが、ここの市議会の自民党市議団で は「国籍条項撤廃を阻止する」ための勉強会を開き理論武装に日々励んでいるそうで、なんとも熱気が伝わってくる話である。「いったい何をそんなに恐れているのかわからない 。」私の率直な感想である。

 私は日本よりもはるかに地方自治が進み、自治体の持つ「公権力」なるものも大きいスウェーデンで多くの外国籍の公務員や地方議員に会っているが、ただ国籍という一点に関し ては何の問題も存在していなかったように思える。皆自然にスウェーデン人であるかない かに関わらずその能力に応じて採用され昇進していく、また地方選挙においても住民は国 籍ではなくその人物が彼(彼女)の住む地域にどれだけ貢献できるかを基準に投票する。そこには人種的公正さという価値と同時に地方自治という公共サービスの場において仕事 となんの関もない「国籍」という“いいがかり”で有能な人間を排除し、その人物より能 力の劣る人物を採用昇進させることは納税者に不利益であるという考えが存在している。 自治省や自民系の市議たちが職員採用における国籍条項撤廃にヒステリックな難色を示す 背景には、この問題がやがて外国人住民の地方参政権問題に発展しかねない要素を腹んで いるからである。ここでも新たな競争者の出現におびえ、新たなる政治参加者を自己の利権への脅威とみなしてやまない地方自治の癌細胞たちの姿 にもはや怒りよりも哀れを禁じ得ない。

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平島廣志の論考

Thesis

Koji Hirashima

松下政経塾 本館

第15期

平島 廣志

ひらしま・こうじ

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