論考

Thesis

何のための、教育か?

4月は、今年度の研究を進める第一歩として、人脈づくり及び研究の場の開拓を中心に活動しました。そのため、初対面の人を相手に自己紹介する機会も多く、そのたびに、戸惑いと迷いがありました。
 その理由。まず、「教育をやっている人」に対する一般的なイメージに抵抗があり、できるだけそれを払拭するように自分を演出しようとしたこと。そして、大学時代のアルバイト以外、教育と名のつくようなことをした経験もほとんどないのに、教育について研究しています、と言うことのつらさを常に感じていたこと。
 そして、何よりも、「教育とは、こうあるべきだ」、という、自分の目指すべき確固たる概念が、まだ見つからないゆえの迷いです。
 前者2つは、なんとか解決のしようがある、と思っていますが、後者の問題に関しては、まず、「何のために、教育をするのか?」という難問にぶちあたり、なかなか答えがみつからずに悶々としているのが現状です。
 フェロー最初の月例報告では、この研究にあたる上で最も根本になると考えられる理念について、自分なりに考えてきた過程をご報告したいと思います。同期、先輩諸氏のご助言をいただければ幸いです。

 現在、PHP研究所の「6、3、3制を考える」という名の研究会に委員として参加させていただいている。要するに、現在の学校制度を根本から考え直そう、という研究会である。
 ここで、制度改革を考える上で、必ず問題になるのが、「学校教育において、最も重視すべき価値は何か」ということである。研究会はもう既に4回開かれているが、いつもそこで話が止まってしまい、先に進まない。
 委員である個々の学者の考え方に、そう隔たりがあるわけではない。
 日本の学校教育において、一般的に目指されている価値の中に、相対立する価値がありすぎるのである。
 自由と規律。学校の選抜機能の肯定と、学歴社会の打破。個人の多様な価値観の尊重と、社会の統合機能の保全。多様な専門能力養成の必要性と、学問的エリート養成の必要性、、。
 これらのバランスをどうとるのか。
 まず、この結論が出ないと、制度改革の方向性も、定まらない。それを置き去りにしたままで、必要と思われることから少しずつ改革しても、結局は逆効果だった、ということになりかねない。

 これらの問題の中でも、私が最も悩むのは、根本的に、人間は何のために教育をするのか、ということである。国家、というある種のフィクション的存在が、それを人々に強要するからには、何らかの大きな価値を生みださねばなるまい。
 生物としての生存のため、種の保存のため、という理由であれば、話は簡単だ。読み書き算盤さえも抜きにして、生きるための最小限の技術をたたきこめばいい。

 しかし、複雑な感情、言葉、をもち、複雑な社会の中に生まれてしまった日本人の教育は、それだけでは済まなくなってしまった。私たちは、生物として生きるための技術を身に着けた上に、社会化された人間として生きるための高度な技術を身に着け、その上さらに、人格を向上させ、自らの個性の伸長を図らなければならないのだ。学校教育は、それら全てを包含しているが、一体、何のために、こんな大変なことを、子どもたちに強いるのか?

   私は、政経塾に入塾したときから、個人の幸せの追求を可能にするシステムづくり、ということを大きなテーマにしてきた。教育においても、それが最も重要だと考えている。
一人一人の生を幸せなものにするための教育であるはずだ。
 しかし、それ以前の問題として、改めて言うまでもなく、種の保存というのは、人間存在の大前提である。
 そして、糸川英夫博士、J. リフキンらも指摘したように、高度に文明化された社会は却って地球環境を破壊し、人間の存在を危うくする方向に進んでおり、それを考えると、社会が人間の生存のための手段としてつくりだされたとは考えにくいのだが、それにしても、現代のように既に高度に社会化された環境の中に個人個人が生まれ落ちてくる状況においては、社会の維持なくして個人の生存、そして幸せはありえない。
 教育の目指すべき価値を考えるとき、個人の幸せ、種の保存、社会の利益、といった価値が対立する場面は、必ずある。そのとき、どの価値を優先するのか。どこで折り合いをつけるのか。

 過日、糸川博士を訪問した際に、この質問をぶつけてみた。
 「本当に難しい問題ですが、その答えを出すことが、これからの日本人にとっての、課題なんです。」

 私は、一人一人の人格形成に多大な影響を与える教育というものは、たとえ一人でも、犠牲者、とりこぼしを生むことを前提としてはならないと考えている。少しでも現状を改善するために、「小学校の選択の自由の創設」というテーマを設定した。
 一年間、制度研究を進めるとともに、「人間とは、人間の教育とは」という理念についても、並行して考えつづけようと思う。
 そして、一年後には、ある程度の仮説を提示できるようになりたい。

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白井智子の論考

Thesis

Tomoko Shirai

白井智子

第16期

白井 智子

しらい・ともこ

NPO法人新公益連盟代表理事

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教育・ソーシャルセクター

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