論考

Thesis

インターネットは平成の黒船か?

今、世の中は空前のパソコンブームである。テレビをつければ、高倉健と倍賞千恵子が寄 り添ってパソコンをいじっているし、松方弘樹と菅原文太が居酒屋でインターネットを教 えるの教えないのと言っている。会社のパソコン講習会のかたわらではついていけない年 輩社員が「あわてない、あわてない」とカルピスを飲む。夫婦や家族の関係がしっくりい っていないお父さんやお母さん、会社で肩たたきの恐怖におびえるおじさんが、とにかく 買わなきゃという気になるのも無理からぬことだろう。

このブームの火付け役は、昨年末の『ウインドウズ95』の日本上陸であった。この『ウ インドウズ95』のメーカーである米国のマイクロソフト社の宣伝戦略が当たりに当たり 、上陸前から異常に期待感が高まって、バブル期のNTT株のような状態になったのであ る(もっとも株のように値段は上がったりしなかったが)。『ウインドウズ95』につい てはここでは詳しく触れないが、まあまあ使い勝手の良いマイクロソフト社の新製品とい うだけで、今やその熱は去った。一方、ますます社会に浸透してきているのが松方弘樹も 知っているという『インターネット』である。『インターネット』とは何かについてできるだけ分かりやすく説明してみよう。まず、コ ンピュータやワープロの文字や絵などのデータは、モデムという道具を使って電話回線を 通じて他のコンピュータやワープロに移すことができる。そこで多量のデータを扱える大 型コンピュータにデータを蓄積し、データを欲しい人がその大型コンピュータ(ホスト・ コンピュータ)に電話を繋ぎ、データを送ってもらうという便利なシステムが登場した。

これをコンピュータ・ネットワークという。このコンピュータ・ネットワークは、一つの 会社内だけで経理や人事データなどをやりとりする社内ネットワークから始まって、企業 グループ内のグループ・ネットワーク、同業者のネットワーク(不動産情報オンラインネ ットワークなど)へと発展した。一方、個人レベルでも、同好の士の意見交換から始まっ て新聞検索や通信販売などのサービスまでカバーするネットワークが多数存在し、「パソ コン通信」という名で呼ばれている(NEC系のPC-VAN、富士通系のNIFTY- SERVEが2大ネットで、ともに約10万人の会員を擁する)。

これらのコンピュータ・ネットワークに共通する特徴には、

     

  • 1)ネットワークごとに参加者(会員)が限られている 
  • 2)すべてのデータがホスト・コンピュータに蓄積されている 
  • 3)ネットワークの管理者がいて、ホスト・コンピュータ内で情報の品質等を管理して いる 
  • 4)情報提供者は、ネットワークのルール(ホスト・コンピュータのプログラム)に合 わせた形で情報提供しなければならない

等がある。

『インターネット』は、この異なるコンピュータ・ネットワークの間で、なんとかデータ を相互乗り入れできないかというところから誕生した。詳しい歴史的経緯は省くが、多く のネットワークに相互乗り入れさせるためには、すべてのホスト・コンピュータが対応出 来るような簡単なルール(プログラム)でデータのやり取りがされなければならない。と いうことは、裏を返せばこの簡単なプログラムを動かせさえすれば、この新しいネットワーク間のネットワークに参加できることになる。こうして従来のネットワークを包含する 形で急速に成長した新しいネットワーク『インターネット』は、すでに世界の1千万台の コンピュータと接続されており、現在もねずみ算式に増えている。

『インターネット』には従来のネットワークと異なる次のような特徴がある。

     

  • 1)各ネットワークや接続業者(プロバイダという)がそれぞれが決めたルールに基づ いて参加者(会員)を決めており、その数は無限に増えうる。 
  • 2)データは各コンピュータ端末に蓄積されており、データは各端末をリレー式に受け 渡されて伝達される。 
  • 3)各端末のアドレス(認識番号)を管理する任意団体があるだけで、情報の品質等を 管理する管理者はいない。 
  • 4)極めて単純なルール(プログラム)で情報の伝達が行なわれているので、ネットワ ークや端末のメーカーの違いを超えて情報伝達が可能である。

特に2)の特徴は重要で、各端末で自由に情報(データ)を発信することが出来るという ことを意味する。また伝達経路が無限にあるので一部に電話回線の障害があってもほかの 経路を通じてデータを伝えることができる。さらに、3)とあわせて考えると情報の検閲 等は不可能であり、公権力を超えて情報が世界中を自由に伝達されることになる。また、 4)より情報の正確性、安全性より、広範性と敏速性を重視したネットワークであるとい える。

もっとわかりやすく特徴を説明しよう。まずインターネットでは気軽に情報を全世界に発 信できる。その窓口はホームページと呼ばれるが、企業のみならず、個人でもホームページを開設できる。今や子供たちまでもが、日記代わりにホームページを使い始め、今日学 校でこんなことがあったんだよとお母さんでなく、世界中の人々に話しかけている。徳島 の農家の方は、自分の畑でとれた芋の写真を公開して直接注文を受け付けている。神戸の 震災では現地の状況を見聞きした人がすぐさまインターネットで世界中に情報発信した。 私の故郷埼玉県深谷市の姉妹都市であるフリモント市の市議会の議案は、議会の翌日には 深谷で見ることができる。いまや、風俗情報からNASAの最新宇宙情報までありとあら ゆる情報がインターネット上を駆け巡っている。

次にインターネット情報の中には不正確なものや危険なものがいっぱいある。日本でも無 修正のポルノ写真をインターネット上で公開していた会社員が逮捕されたが、海外から発 信されるその手の情報には、当局もお手上げである。ドイツではネオナチが海外からプロ パガンダ(宣伝)をインターネット上で行ない、社会問題となっている。情報発信者は無 限に近く、情報伝達経路も無限に近いインターネットは、各国の法制度を超えて情報を伝 える。それは同時に、仮にある国が独裁的な圧政を行なおうとし、マスコミを制圧下に収 めても、インターネットが瞬時にその事実を世界に伝えてしまうといったことにもつなが る。隠ぺいされそうな事実や抑圧されそうな少数意見をも世界に伝えうるという利点を合 せ持っているのである。

また、インターネットでは情報の安全性に問題があると指摘されてきた。銀行口座やクレ ジットカードの決済などにはデータが漏えいする危険性があるので不向きだとされていた のであるが、この方面での技術革新は目覚ましく、一部クレジットカードでの決済は実用 化されてきている。さて、こうした革命的な情報手段であるインターネットが、現代社会にどのような影響を 及ぼすのであろうか。

まず、情報の集中、独占より迅速な公開が社会的な潮流となる。とっておきの情報は、と っておくうちに世の中が変り、無用の長物になる。情報を迅速に公開し、それにより世の 中を変えていく方が得策となる。それに合わせて権力の集中した肥大化した組織、社会よ り、権力が分散しそれらが互いに自由にネットワークする組織、社会へと変化していくこ とになる。官僚型行政は崩壊し、政府は民間をコントロールするガバメントからコーディ ネーターへと変貌を余儀なくされる。企業もピラミッド型の組織を維持していくことが困 難となり、伸縮自在な業務担当グループに権限が委譲され、そのゆるやかなネットワーク の中心で経営陣は調整役に徹することになる。中小下請け企業は、系列を超えた取引が常 態化し、急速に成長できる機会が増える。問屋、農協等の中間流通業者、担当役員、部課 長等の中間管理職の相当数は淘汰される。地方主権、地域主権の必要性に迫られ、国はそ の調整役にすぎなくなる

また、個人、企業が自由に活動し、表現する社会となる。同時に、個々人の情報選択能力 が問われ、判断に自己責任が問われてくる。銀行によって利率が異なり、航空会社によっ て運賃は異なるようになるが、高い利率の銀行は倒産するかもしれないし、安い航空会社 の飛行機は落ちるかもしれない。しかし、それは選択した個人に責任が帰することとなる 。

さらに、情報がよりグローバル化、均一化されることにより、物理的、地理的条件を超え て、地域、国のありかたが問われる社会となる。日本政府のありかたが、米国民の生の声 で非難されるかもしれない。一地域の行政施策が、国には反対されながらも、世界的な称 賛をあびる可能性もある。こうした中、地球市民的発想が醸成されてくる。

また、あいまいなコンセンサスでも敏速な行動が好まれるようになる。震災やトンネル事 故などでは、完璧、公平な対応でも時間がかかれば意味がない。そこで行政よりもNGO、NPOの社会的役割が増大する。また細かい規制、法律は不要となり、簡潔でわかりや すく、自由度のある規則、法律が好まれるようになる。多少の法的不備より迅速な裁判、 判決が優先されることとなる。

かつて人類は農耕技術をもって集団や国家の形成を計り、蒸気機関を手にして企業や資本 の成長を計ったが、このコンピュータ・ネットワークからインターネットへと発展してき た情報技術は、同様の社会構造の変革をもたらすといってよい。すなわち、ピラミッド型 の上意下達的組織からネットワーク型の共生的組織への変革であり、組織従属型の個から 自主独立、自己責任型の個への確立である。こうした社会変化は是非もなく生じてくるの であろう。しかし、個人的には、この不安定で孤独な組織、個のあり方に現代人、特に現 代日本人が耐えうるのだろうかと心配になる。以前月例報告でも指摘したように、自然や 伝統というものを大切にし、その空間的、時間的『つながり』の中でその不安感、孤独感 をなだめることがひとつの智恵なのではないかと思うのである。

このようにインターネットのもたらす社会変化は、わが日本にとって「平成の黒船」とい ってもよいような劇的なものとなりうる。それは単に外国の情報が入ってくるということ に留まらず、お上意識が強く、長いものには巻かれろという日本人の意識に変革を迫るも のである。自分の意見を主張せず、責任の所在をはっきりさせない日本人に、自己主張の 場と自己責任の認識をもたらす。こうした意識変革を伴う意味では、幕末の黒船よりもイ ンパクトがあるのかもしれない。しかし、かつて吉田松陰が命懸けで黒船に乗り込もうと したほど、この「平成の黒船」に乗り込むのは困難ではない。船賃もさほど高くないし、 乗ってみると大変楽しいものである。どうぞご同乗なさりたい方は気軽に私にお尋ねくだ さいませ。密航の手引きをして差し上げます(後で勘定奉行に見つかって痛い目にあって も、当方はいっさい関知しませんのであしからず)。

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黒田達也の論考

Thesis

Tatsuya Kuroda

黒田達也

第14期

黒田 達也

くろだ・たつや

事業創造大学院大学副学長・教授

Mission

人工知能(AI)、地方創生、リベラルナショナリズム

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