論考

Thesis

新社会構造と情報・環境・起業

新世紀にふさわしい日本の姿はどうしたら創造できるのか。情報社会と、それに対応する分散型ネットワーク社会というキーワードははずせない。無党派の風、NPOブーム、環境、ベンチャーなど現在出現してきた動きを明らかにし、これらの力の結集を通じて新しいメインストリームをつくる糸口を探った。

 

▲環境企業と社会活動を紹介するアースデイイベント会場。
休日の午後、多くの人が自然と集まった。
(2001年4月21日、東京・新宿)

 

「社会決定論」と「技術決定論」

 科学技術と社会の関係を論じる場合、社会システムが科学技術を選択・決定するという側面だけではなく、科学技術が社会システムを選択・決定する側面も存在することに注意しなくてはならない。アメリカの政治哲学者ラングドン・ウィナーはその著書『鯨と原子炉』(紀伊国屋書店 2000年)の中で、科学技術と社会システムの関係を、「社会決定論」と「技術決定論」という2つの見方から論じている。
 「社会決定論」とは、人間が技術を一方的にコントロールできるという前提のもと、われわれ自身が科学技術をどう扱うかを論ずる、一般的な考え方である。「技術決定論」とは、科学技術の設計のされ方により社会のあり方は自動的に決定し、人間にはその範囲内でしか選択権はないという考え方である。日本の未来の姿を構想していく場合、現実社会のなかに存在している技術決定論的な圧力をよく考える必要がある。

「権威主義・中央集権」から「民主主義・コミュニティの自立」へ

 技術決定論に基づいて最近の社会の動きを考えた場合、冷戦構造崩壊の意味を問うことは避けて通れない。権威主義的な冷戦構造を支えた核技術と、最近の民主主義的な潮流を支えている情報技術の持つ指向性の違いを押さえておくことは、将来ビジョンを描く上で決定的に重要である。
 冷戦構造を前提とした55年体制が、相対的に高度に組織化された社会システムとして作り上げられていた一因として、核技術の持つ指向性が挙げられる。核技術は権威主義的で中央集権的な社会システムを指向する技術である。なぜなら、危険物質である核燃料の厳重な管理のためには、核労働者、さらには一般市民をも日常的に厳重な管理をする必要があるからだ。しかも、ひとたび核物質がテロリストによる盗難と使用の危機に瀕した場合、市民の行動の監視、経歴調査、盗聴など、あらゆる非常手段が正当化の根拠を獲得し得る。
 冷戦後の社会が、地域からの主張や個々の主体の動きがより大きな影響力を持つ社会となりつつある一因として、情報技術、特にインターネット技術の持つ指向性が挙げられる。情報技術は、民主主義的で分散的な社会システムを指向する側面を持つ技術である。なぜなら、インターネットはそもそも、集中的な情報センターの破壊による全ネットワークの麻痺というリスクを回避するために考え出されたものであり、分散型ネットワークだからである。しかもその中で、社会システムの小さな部分、例えば個人が強い力を持ちうることは、東芝クレーム事件(注1)が如実に示した。

新しい社会層、新しい技術とその限界

 冷戦崩壊後、中央集権的な組織化から解き放たれた人々が、新しい社会層を形成しているように見える。政治的に表現すれば無党派層、行政的に表現すれば非政府組織(NGO)、経済的に表現すればプロ消費者(注2)である。しかし、彼らは明確なアイデンティティを持つに至っていない。「無」党派層、「非」政府組織と頭に否定の接頭語がついた形でしかいまだに定義されない弱さがある。また、情報技術は常に分散型ネットワーク社会を導くとは言いきれない。情報技術には力の集中と、人間性の貧困化を引き起こし得るという問題点がある。
 まず、情報技術は、分散ネットワーク型の指向性を持つ一方で、グローバル金融ネットワーク型社会という力の集中の指向性も持つ。世界規模でのネットワーク構築により、情報流通速度は限りなくスピードアップし、経済の実態を超越したマネーはものすごい勢いで世界を駆け巡っている。そして分散型どころか、巨大金融資本と、ネットワークを支える基本技術を握った少数者への富と力の集中が起こっている。ネットワークというキーワードは同じでも、全く正反対の指向性を内包しているのだ。
 さらに、どちらの指向性を持つにせよ、情報技術に決定的に欠けているのは生身の生命体としての皮膚感覚である。これにより人間性の貧困化、つまり受け取る情報形態の矮小化、他者を思いやる気持ちの欠如という二つの大問題が起きている。第一に、インターネットによって運ばれ、受容される情報は圧倒的に視覚情報、それも文字情報である。これに若干、音楽などの形で聴覚情報も加わるにしても、五感を開放して周囲の動きを受け止め、感じるのとでは圧倒的に偏りがある。第二に、さらに問題なのは、技術に向かい合ったときに人間はしばしば驚くほど傲慢になるということである。普段は温厚な友人が、フリーズしたコンピュータに向かって普通なら絶対に口にしないような汚い罵りの言葉を吐いている場面に、誰しも一度ならず出会ったことがあるはずである。あるいはコンピュータ画面と向かい合っているときの傲慢さと自己中心的な理屈をそのまま外に持ち出して犯罪に及んだ例のいくつかを思い出すことも容易であろう。

新しい社会システムを模索する動き

 科学技術と向かい合うために、その性質を正しく見定める必要をこれまでに明らかにしてきた。次の段階では、自分自身の理念を持つことと、理念を実現する手段を持つことが重要になってくる。情報技術を用いて新しいネットワーク構築を目指す動きのいくつかを紹介しよう。市民の持つ社会を変える力としては投票権と購買力が挙げられるが、まず、投票権をターゲットに「無党派層」と政治を結ぶ取り組みの例として、国会TVとVOTEジャパンの例を紹介する。次に、購買力をターゲットにプロ消費者を巻き込み、環境配慮方社会を目指す活動として、イースクエアを紹介する。
 国会TVは、委員会審議も含む国会審議を無編集、無解説で放送しているCS放送(スカイパーフェクTV)の放送局である。政治家が生出演する政治ホットラインという番組もあり、ここでは視聴者が電話で直接質問できる。出演予定がメールマガジンで通知されるほか、番組内容は国会TVのホームページ上でデータベース化される。公益性の高い活動であるが株式会社の形態をとっている。商社等が大株主になっているものの、活動趣旨に賛同した多くの個人が株主という形で支援をしている。
 VOTEジャパン株式会社は、インターネット上で時事問題に対する投票を一般の人々に呼びかけ、その結果を政府などの関係者に送る活動を展開している。記者クラブを通じて政府から情報を受け、流す従来のマスメディアとは逆の情報流通であり、「市民参加型メディア」と謳っている。
 国会TVとVOTEジャパンに共通するのは、有権者の持つ票をターゲットとして、55年体制的な組織化の外に置かれている「無党派層」と政治とを、情報技術によって結びつける試みである点である(図1参照)。
 

▲図1 無党派層と政治との新しい関係づくりの試み

また、㈱イースクエアは、エコシティ21という環境配慮型商品のみを扱うショッピングサイトを運営している。消費者が環境に良い商品を選ぶことを容易にすることで、社会のエコ化を促進している。これは、市民の購買力をターゲットにした経済面の例である。株主はすべて活動趣旨に賛同した個人である。エコシティ21は、環境という理念と、情報技術という道具を持ち、ビジネスという手段で社会変革を目指す活動である。 新しい社会システム形成を目指す動きの中で特に注目すべきは、このような新しいビジネスである。先ほど新しい社会層を「無」党派層、「非」政府組織、プロ消費者と表現したが、ここで経済的側面からのプロ消費者という定義のみが能動的にグループ化を成功させている。
 これまで見た3社はいずれも株式会社であるが、3社とも、その活動目的を利潤追求型から理念追求型へ、つまり金銭的な利益の追求だけを目指す活動から、より広範な社会的利益を追求する活動へと発展させている。その点で公益法人といってもよい3社が株式会社という形態をとる理由には、NPO関連法整備の遅れ、税制面での問題などもあるが、より積極的な理由もある。それは、ビジネスという手段が、持続性、自発性、生産性、そして提案型であるという4点で、新時代の手法としての適性を持っているからだ。事業であるからには、持続的に活動を続けるために必要な黒字を確保しなければならないし、これは自発的に始められるべきものである。会社の存在意義を証明するには生産性を示さなければならないし、魅力的な商品・サービスを提案することで支持を得なくてはならない。この4点こそ持続可能な分散的ネットワーク社会を考えたときに必要不可欠であり、逆にいうとこの4点さえきちんと満たせば法人格の形態はなんでも構わない。NGOと企業がお互いアレルギーを持ったりすることは、無意味である。

日本における新しい理念としての環境

 新しい社会に対応した理念追求の例としては、欧州における「第三の道」の議論がある。「第三の道」は、国ごとの文脈によりかなり違った解釈がされるが、簡単に言うと、従来の福祉国家の理念を保ちつつ、グローバリゼーションという現実に対応する試みであるといえよう。なかでも、ビジネスの積極的な位置付けと、権利の主張だけではなく、応分の義務の履行を求めている点が特徴的である。
 しかし、歴史と社会的文脈の異なる日本で「第三の道」の議論をそのまま適用するには無理があり、日本にあった独自の未来設計図を描く必要がある。日本で民主主義的な分散型ネットワークを目指す場合、最も有力な価値軸となりうるのが、環境配慮型、あるいは自然との共生という理念である。それは、環境配慮型の理念に、持続可能性、不公平の是正、多様性の容認、そして何よりも人間の尊重、自分を取り巻く事物の尊重といった概念が含まれるからである。つまり、人間の持つ温かさに注目して、それを伸ばしてゆく理念である。世界的なベストセラー、『メガ・トレンド』(三笠書房 1983年)の著者として有名なアメリカの未来予測学者のジョン・ネズビッツ氏も、最近の著書『ハイテク・ハイタッチ』(ダイヤモンド社 2001年)の中で人間らしさを持って社会に臨むことの重要性を強調している。
 「第三の道」と「環境」は、欧州社会民主主義においては同じ支持層を奪い合うという意味で対立した考え方であるが、状況の異なる日本では総合して考えることも可能であろう。しかも、日本人の価値観に照らし合わせたときに「自然との共生」は受容され易い。
 これまで見てきたように、これからの社会は分権的なネットワーク社会、個々の自立とコラボレーションを基調とする社会となっていくであろう。新しい社会システムは、新しい社会層のアイデンティティ形成過程を通じて出現する。無党派の不安定な「風」は、新しい社会層を本当に充足するシステムの不在を表している。新しい社会の創造とは、これまで見てきたような新しい動きを結集して、社会の主流にすることである。つまり、アンシャン・レジーム(旧体制)に対する否定の域を越え、本当に現実を見据えて責任を引き受ける活動へと、その質を発展させることである。

(注1)「東芝クレーム事件」
1999年6月、福岡市の会社員が、東芝製品の不具合について問い合わせをしたところ、担当者に暴言を浴びせられたとして、電話でのやりとりの音声も含んだ抗議のホームページを匿名で開設した。ホームページは大きな関心を呼び、最終的にアクセス数は300万件を超えた。東芝側は暴言があったことを認めて会社員に謝罪した。消費者は企業に対してインターネットを通じた抗議情報の発信という手段を手に入れた。企業もこのことに慎重な配慮を払わざるを得なくなった。
(注2)プロ消費者とは、自身の理念・志向に基づいて能動的に商品を選択(例、環境配慮型商品の選択)することによって社会的な影響を与え得ることを自覚する集団を指す。

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原田大の論考

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Dai Harada

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第21期

原田 大

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