論考

Thesis

信頼構築が国家の繁栄を導く

日本はアジアの一員でありながら、他のアジア諸国から十分な信頼を得ているとは言い難い。このことは日本の国益を大きく損ねている。「21世紀はアジアの世紀」と言われるのに、このままでは、日本はそのアジアからはじき出されかねない。早急にアジア諸国と信頼関係を構築する必要がある。その信頼関係構築の一手段として、自由貿易協定(FTA)を利用したアジア太平洋経済圏構想を強く提案する。

信頼されない国・日本

 21世紀は「アジアの世紀」と言われるようになって久しい。実際、1980、90年代を通じてアジアは世界中から注目されるようになってきた。もちろんこの「アジア」には日本も含まれる。しかし、韓国をはじめ他のアジア諸国の日本を見る眼には厳しいものがある。それは一言で言えば「不信」である。日本は他のアジア諸国からあまり信頼されていない。その原因が、太平洋戦争とその後の日本の対応にあることは言うまでもない。韓国で日系企業に勤める人に話を聞くと、交渉がスムーズに進まず、猜疑心に満ちて交渉に臨んでくる韓国人が多いという。日本に対する不信感が態度となって現われているのだろう。
 こうした日本に対する不信感、言い換えれば信頼感の欠如は、日本企業の経済活動、ひいては日本の国益、国家イメージを大きく損ね、日本が経済大国としての地位を維持し続けるのを困難にしている。そういう意味で、日本は他のアジア諸国と早急に相互信頼関係を築く必要がある。相互信頼関係を構築することによって、日本企業のアジア諸国での活動が容易になり、経営効率を上げるだけでなく、日本という国のイメージの向上にもつながるだろう。

経済交流を信頼関係構築の土台に

 私の考える信頼構築とは、お互いに先入観を持たず相手に接し、ありのままを受け入れることである。残念なことに、このような関係が日本とアジア諸国の間にこれまで築かれてきたかと言えば、否と言わざるをえない。実際、韓国で生活していると、日本が再軍備化し攻めてくるといったおよそ日本人には思いもよらない誤解や、日本人には人情がないといった偏見を耳にする。このような誤解や偏見をなくすために、日本とアジア諸国はもっと交流を深める必要がある。その方法として、これまで文化交流やスポーツ交流などが行われてきた。しかし、こうした交流はそれなりの効果を上げるが、イベント中心のため一過性のものにとどまり、継続的な交流とならないことが多い。そこで私は、経済交流によって相互理解を深め、信頼関係を構築する方法を提案したい。経済交流は継続性があり、経済活動や商品を通じて相手国を知る機会が増え、それを通じてさらに相手国への興味が増し、交流が密になるという二次的効果も期待できると考えるからである。
 具体的には、二国間の自由貿易協定(以下、FTA略)を足がかりにして、そこで築いた信頼関係を基にアジア太平洋FTAを形成することを提案したい(注1)。そこで、話の前提として、現在日本が協定を結ぼうとしているシンガポールの事例を見ることにする。

国を支えるのは自由貿易

 シンガポールは、マレー半島の先にある国土面積650平方キロメートル(淡路島とほぼ同じ)、人口300万人の都市国家である。小国で天然資源もないため、外部依存型経済構造となっている。この国が今、注目を集めている。それは、FTAを強力に推進しているからである。近年、FTAは一種のブームと言ってよいほど世界各国に採用されている。現在までに、WTOに届け出、発効しているFTAは約120を数える。その背景には、1999年のWTO閣僚会議での決裂によって多国間通商システムを見直そうという動きが出てきたことがある。
 シンガポールがFTAを積極的に進める最大の理由は中国の存在である。冷戦構造の崩壊により、世界の目は次第に中国に移っている。中国がWTOに加盟することになればその流れは一層加速するだろう。シンガポールはその流れを食い止め、FTAを通じて他国と信頼関係を築き、相手国を自分の元に引き留めておきたいのである。
 これまでシンガポールは、1999年9月のニュージーランドとの交渉を皮切りに、日本、カナダ、メキシコ、チリ、オーストラリア、アメリカ、インド、EUと積極的にFTA交渉を進めてきた。ニュージーランドとは2000年11月に交渉が終了し、今年の1月1日から発動している。日本とは、98年の首脳会談でシンガポール側が日本に持ちかけた。現在2回目の本交渉中で、年内締結を目指している。なぜ日本を相手国に選んだのか。その理由は、まず一つは日本には締結しそれを遵守できる政治的安定性があること、次に日本を拠点としてその背後に控える中国・韓国市場を視野に入れた戦略が期待できること、三番目に中国市場へ流れる日本企業を自国に繋ぎ止めておきたい、という三点がある。
 では、このシンガポール-日本のFTAが実現したときの効果はどうであろうか。現在、両国間には関税障壁・非関税障壁はほとんど存在しない。日本経済研究センターの調査(1999年)によれば、協定によって得られる直接的な効果は、日本が対実質GDP比で0%、シンガポールは0.57%という。共にFTAからの効果はないに等しい。しかし、両国の官僚は、動態的効果、つまり協定から派生して得られる効果は大きいと見ている。それは日韓FTAの場合と同様、巨大市場の出現、新産業創設の可能性、人的交流である。

広い視野で国益を考える

 私は、まずこの協定を結び、その上で北東アジアと東南アジアを結ぶネットワークを構築し、その後アジア太平洋経済圏を形成することを考えている。ASEANの中心国シンガポールと北東アジアの日本が協定を結ぶことは、アジアにおけるネットワーク構築の礎となる。シンガポールはすでにオーストラリア・ニュージーランドなどと関係を深めている。これらの国々と結んだFTAを連結すれば、北東アジア・東南アジア・太平洋全体を一つのネットワークに結ぶことが可能となる。そうすると、例えば技術小国は日本のような工業国と提携することで先端技術を獲得し、地域圏全体のレベルを底上げすることができる。そうなれば「アジア太平洋経済圏」という巨大市場の誕生も夢ではない。
 ここで一言断っておくが、アジア太平洋経済圏は決して他地域を排除し、ブロック化しようというものではない。その目的は、世界経済、特にアジア経済の繁栄・安定である。 その意味で、日本はもっと積極的にアジア太平洋の発展に貢献し、アジア太平洋経済圏の実現に努力すべきである。経済的安定は政治的・軍事的安定につながる。それは日本の国益にもかなう。巨大市場の誕生は、日本企業にとっては大きな利益を得る機会を提供することになり、経済交流によってアジアの人々に日本への理解を深めてもらう機会となる。翻ってそれはアジア諸国と日本の信頼構築にも役立つ。
 しかし、政治家や官僚の対応を見る限り、その理解は低いと言わざるをえない。日韓FTAやシンガポールFTAに対し、日本は積極性に欠ける。事実、経済産業省の官僚と話をすると、日本はただ相手国からの申し出に応じてきただけだという。つまり全て受身な態度でこれらの交渉をスタートさせてきた。さらに、アジアにおいて日本が積極的に働きかけてFTA構想をめざすべきではないかという問いに対しては、日本が先導するとアジア諸国から反発を招く恐れがあるという。確かにそういう危険はある。官僚も認識しているようにアジア諸国の日本に対する不信は依然として大きい。しかし、そこで仕方がないと断念しては日本の将来は暗い。近い将来、高齢社会によって消費が低下し日本経済が衰えていくことは明らかである。その時になってアジア諸国と友好を深めようとしても足元を見られ、日本への拒否感を増大させるだけになるだろう。今すぐ行動を起こすべきである。
 日本は今、アジアでただ経済活動を行うのではなく、将来の日本をどう作っていくのか、アジア諸国とどのような関係を築き、それをどう発展させていくのか、広い視野にたって考えるべきところにきている。いずれにせよ、日本がアジア諸国との関係改善に尽力すべきことははっきりしている。そのとき日本が対等な立場で交渉に臨むのは言うまでもない。
 最後に、本稿で言うアジア太平洋地域は、ASEAN諸国、中国、韓国、日本、オーストラリア、ニュージーランドを指し、アメリカを含んでいない。それは決してアメリカを排除しようという意図からではない。この地域におけるアメリカの軍事的プレゼンスの重要性は十分に認識している。ただ、経済問題においては、地域の問題は地域で対応するという「自助努力」の姿勢が重要だと考えるのである。

 

◆出典:「『外交フォーラム』154号29頁(2001年)都市出版株式会社」をもとに作成

(注1)FTAとは、関税の撤廃や輸出入の手続きを簡素化して貿易拡大を目指す国際間の取り決めをいう。

<参考文献>
・畠山陽二郎『自由貿易協定をめぐる最近の動き』日本貿易会月報 2000年12月号
・「大東亜厚底共栄圏」『日経ビジネス』日経BP社 2001年1-15日号
・エドワード・リンカーン「『自由貿易圏』の大きな落とし穴」『ニューズウイーク日本版』4月4日号
・「なぜ、日本・シンガポールFTA構想なのか」『外交フォーラム』都市出版 5月号

 

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五味吉夫の論考

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Yoshio Gomi

五味吉夫

第20期

五味 吉夫

ごみ・よしお

三得利(上海)投資有限公司 飲料事業部 事業企画部

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