論考

Thesis

日本の安全保障と隠れ蓑

昨年末から今年の初めにかけて、中国では各大新聞が一斉に日本批判を展開した。批判の的は日本の軍備増強である。2月8日付けの『解放軍報』は全版特集を組むほどの力の入れようだった。何が中国をいらだたせているのか。

■日米ガイドライン

 中国は、「日米安保ガイドライン指針の見直し、日米主導のTMD構想といった最近の日米政府の動きはアジア版NATO作りだ、東アジアで新たな冷戦を作り出そうとしている」と決めつけ、極めて厳しい口調で日本を批判している。もっとも中国のマスコミによる日本批判は今に始まったことではない。今回の批判もかなり時代錯誤に陥っていて、それほど新鮮味を感じない。しかし、先日私はある台湾人学者に「今、日本で行われている日米安保のガイドライン見直しは、実は台湾海峡を意識しているでしょう」と言われ、はっとした。私が「中台問題」を研究テーマにしてから2年が経つが、中国、台湾という対峙する双方の見解がこのように一致することは珍しいからである。
 日本でテレビの国会中継を見ていると、彼らの意見はいわれのない日本批判に思われる。何しろそこで展開されているのは北朝鮮とテポドンのオンパレードだからである。
 しかし、国会で行われている議論の表層だけを見ていてよいのか。ちょっと深く考えると、中国・台湾が主張している説はかなり説得力があることがわかる。

■北朝鮮は隠れ蓑

 「隠れ蓑」。今国会での与野党の議論を見ていて私はこの言葉を思い出した。日本のマスコミは今国会を久々の安保国会と呼んでいる。北朝鮮の脅威から日本の安全を守るために日米安保ガイドラインの関連法案の整備を急いでいるからである。予算審議もそこそこに、共産党まで議論に加わりテポドンや朝鮮有事を連発している。日本の政治家と米国の要人の行き来もいつになく頻繁である。
 しかし、少し注意して国会中継を見ていたら今行われている議論には根本的な欠陥があることに気づいた。自民党の議員は「北朝鮮の暴走を防ぐために日本は、米国との軍事同盟をより強固なものにしなければならない。日本の後方支援は北朝鮮に対して軍事抑止力的効果を果たす」と主張する。野党民主党もこの件については自民党以上に積極的である。しかし、私の考えでは、軍事抑止力とは、かつて米ソ間に行われた軍備競争のように軍事バランスを均衡させることによって相手の軍事行動を押しとどめることである。北朝鮮のケースはこれに当てはまらないのではないかと思う。今の日米韓三国対北朝鮮という構図はもう十分過ぎるほど軍事バランスを崩している。戦争になれば、北朝鮮の軍部も含めて恐らく誰もが米国の勝利を確信するであろう。にもかかわらず、北朝鮮が戦争を仕掛けるような行動にでるとすれば、それは「自国内の政治がいよいよ行き詰まり、自暴自棄の戦争だとしか考えられない」ということにほかならない。大方の専門家も同意見である。そうした時、いま日本で議論になっている日本の米軍に対する後方支援という約束は、どれだけの抑止力を持つのか、大きな疑問である。

 もう一つ、ミサイルが日本に飛んでくる場合も議論になっている。これは確かに大変なことである。そうなれば少なからぬ犠牲者が出ることは間違いない。しかし、その場合には日米安保の第5条が自動的に発動し、現行のシステムの中でも日本は米国と協力しながら自衛権を行使できる。
 つまり、北朝鮮のミサイル発射という問題は、安全保障の問題というよりも危機管理の問題なのである。そこで今必要なことは、そういう非常事態に際し、いかに迅速に対応し、被害を最小限に食い止めるための備えを確立しておけるかということである。それには日米安保の増強ではなく、非常事態法の立法が先決である。
 さらに、仮に武力衝突が生じたとしても、湾岸戦争で米国が見せた強さから考えれば、米軍は極めて短期間で勝負をつけられると予測できる。その過程の中で、水や食料を運搬するといった日本の後方支援がどれほどの必要性を持っているのか。さらに、なぜ、この日本経済が大変な時期にガイドラインの見直しを急がなければならないのか。非常に疑問である。
 そこで視線を南に転じて納得がいった。狙いは台湾海峡である。昨年、外務省北米局長の高野紀元氏が国会答弁の中で、関連法案の中の周辺有事は台湾海峡を含むという意味の発言をしたところ、たちまち更迭された。おそらく本当のことを言った責任を取らされたのだろう。ガイドラインの見直しの仮想敵は北朝鮮ではなく中国だと考えればこの騒ぎの真相は自然と見えてくる。中国は台湾に対して武力行使を放棄していない。しかも96年に米軍と台湾海峡を挟んで対峙した経験がある。最悪な事態になれば、米国は台湾海峡で中国と一戦を交えるかもしれない。それは朝鮮戦争やベトナム戦争のような長期戦になる可能性もある。そのとき日本の後方支援の諸項目は役に立つだろう。
 米国にとって何より大事なことは戦時中ではなく、平和時、中国に対して「日米一体」を示すことである。外交交渉のときにこれほど強いカードはない。あの突然出てきたTMD構想も全く同じことで、日本がお金を出して、米国が開発所有する。できるのは2007年。日本がメリットを得る前に、米国が対中国外交で台湾への売却をちらつかせ、優位に立つことができる。
 結局、米国も日本の政府も最初から中国を意識して、この審議を進めているのではないか。北朝鮮問題は、日本国民の目を釘付けにするための隠れ蓑に使われているのではないか。もし本当に北朝鮮だけを標的にしているのならば、北朝鮮限定の立法で用は足りる。

■ダチョウ政策

 中国との外交上の配慮からあえて台湾に言明しないのだという政治家がいる。この言い分を通すにはもっと中国と話し合いを重ねるべきである。理解を求める努力を十分しないで相手を標的とした立法を進めるのは、外交上の配慮もなにもないと言えよう。そして、中国はこの日米の真意を最初から百も承知だったのである。その証拠が中国の各新聞による日本非難である。また、こういう国民の生命財産に関わる大事な安全保障問題を外交上の策略として片付けるのは、あまりにも責任がなさ過ぎる。
 話を分かりやすくまとめよう。今、日本の国会で審議されているガイドラインの見直しとは、アジア太平洋地域における米国の権益を維持するための中国牽制であり、その目標達成のために日本は協力するかしないかという話である。
 これに協力すれば、日米安保は元より日米関係をさらに発展させることができるであろう。また、台湾の民主と安全を守ることに日本が貢献するというメリットもある。しかし、同時に、日中関係を停滞もしくは後退させ、さらに、いざという時、日本の米軍基地、あるいはその他の地域は中国の攻撃にさらされるかもしれないという覚悟もしなければならない。このような話が国会でなされないのは大変不思議である。

 「ダチョウ政策」という言葉がある。砂漠でダチョウが敵に遭遇すると、たちまち頭を砂の中に入れ、自分から敵が見えないから、おそらく敵にも自分の姿が見えないのだろうと考えるというものだが、今、日本政府が国会でしている「米軍は先制攻撃をしない、中国は台湾を攻めない、後方支援だから攻撃されることはない」という答弁を国民に信じさせようというのは、まさにこれである。極めて無責任である。国民にとって安全保障は一番重要な問題である。政府は、日本という国家が台湾海峡に介入すべきなのかどうか、日本国民は何を求めているのか、もっと利害関係をきちんと並べて説明し、国民の間で大いに議論を呼ぶのが務めである。

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矢板明夫の論考

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Akio Yaita

矢板明夫

第18期

矢板 明夫

やいた・あきお

産経新聞 台北支局長

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