論考

Thesis

情報化時代の政治

今国会では、情報公開法の制定が見込まれている。先行する地方自治体の情報公開条例の現状について触れながら、これから迎える情報化時代の政治、行政について考える。

●行革先進県・三重

 昨年8月、三重県へ行ってきた。三重は、1995年に就任した北川正恭知事の強力なリーダー・シップの下に画期的な行政改革を進めている。そこで同県の行政改革の現状を見せてもらった。視察のポイントは、行政改革の方向性とその実態である。知事本人、県行政管理課長、県議会の行政改革調査特別委員長といった、行革を積極的に進めている立場にある人々はもちろんのこと、異なる立場にある人々からも話を聞くことができた。行革の実践者となる現場で働く県職員労働組合員や、その両者から距離を置き、客観的な立場でこの改革を見ている新聞記者などである。
 行政改革は、国、地方の各政府レベルで約20年前から重要な政治課題となっている。その内容は、時代に応じて変遷している。現在ならば、国レベルでは中央省庁の再編、規制緩和、地方分権などが主要課題であり、地方レベルでは人員削減、公共工事の見直しなどが中心テーマになっている。例を挙げると、1997年から長期間にわたって停滞している公共事業の見直しを検討する「時のアセスメント」を実施している北海道や、大幅な財政赤字を抱え、99年からの10年間に一般行政部門と教育部門を併せて合計7000人の削減を予定している大阪府などがある。そうした中、三重は行政改革を強力に推し進める先進自治体である。

 具体的に三重県で、どのような行政改革が行われているのか紹介しよう。
 まず、96年に「生活者起点の行政運営」を目標に掲げて、「さわやか運動」推進大綱を制定した。この大綱の核が、耳目を集めている「事務事業評価システム」の導入である。「さわやか運動」の「さわやか」とは、「サービス」、「わかりやすい」、「やる気」、「改革」の頭文字をつなげたものである。その内容は、いわゆる従来型の予算額や職員数の削減といった量的な面に重点を置いたものではなく、政策に対する評価を中心に質的な側面を重視したものである。とはいえ、機構面での改革をないがしろにしているわけではない。国レベルでの縦割り行政によって発じた弊害を、より住民、生活者に近い自治体で解消していこうと、「総合企画局」を設置し、総合行政を目指している。
 事務事業評価システムとは、いかに多様化する住民の意思を行政サービスに反映させ、サービスを向上させていくかということを目標に、約3200におよぶ事務事業を点検する制度である。具体的には、費用対効果の観点から、事務事業の一つ一つに対して目的と成果、またどれだけ自治体がその案件に関与すべきかという妥当性を測るなど、4つの点検項目が設けられている。そして、出された事務事業評価は全面公開される。評価の記述が概略的、一般の人々にはわかりにくい言葉が使われている、など批判もあるが、総じてマスコミは、知事は指導力を発揮しており、抜本的な取り組みだと評価している。一方、現場の声は厳しい。確かに現場の人間にとっては、慣れ親しんだシステムを変更し、それに順応していくのは大変なことである。話を聞いた労組の人の中には、「生き方までも変更を余儀なくされる一大事だ」という人もいた。

 また三重県では、オンブズマンやNPO活動など一般市民の活動が活発である。かつてのように一つの目標に向けて住民がみな同じ要望を抱えていた時代と異なり、要望そのものが多様化し、複雑化する現代にあっては、行政の対応にも限界がある。そこで、行政の仕事は住民の要望をかなえることと考える北川知事は、そのための一手段として、住民活動を支援するNPOなどの役割の重要性を唱えている。
 このように三重県では行政改革を推し進めているが、特筆すべきは、何と言っても「行政情報公開制度」の導入であろう。行政情報公開制度を設けただけでなく、ネットワーク化やデータベース化によって行政の情報化も進めている。そして、その原動力となっているのが、知事の「キーワードは情報革命であり、大事なのは情報公開です」という言葉である。

●市民意識覚醒のための「情報公開」

 日本で一番最初に情報公開条例が制定されたのは、1982年(昭和57年)3月、山形県金山町においてである。同年10月には神奈川県でも制定され、以後、地方自治体の情報公開制度制定率は年々向上し、増加している。98年4月1日時点で、全国の都道府県と市町村の17.6%にあたる580団体が、情報公開条例等(要綱等を含む)を制定している。地方自治体がこのように情報公開制度を導入していった背景には、60年代、70年代に顕在化した公害・環境問題、消費者問題がある。
 しかし、時代の移り変わりとともに「情報公開」という言葉の意味も変わってきた。もともと自治体は、今日のように「情報公開」とうるさく言われ始める前から、広報誌や行政資料を発行し、窓口での応対などで情報提供を行ってきた。しかし、最近言われている「情報公開」という言葉には、自治体レベルの食料費の不正支出、カラ出張、官官接待といった事件に端を発した、住民が行政を監視すること、そして自分の意見を行政に反映させることを目的とした、住民意識の覚醒といった意味が大きくなってきている。
 行政側が提供する情報は、ややもすると住民側が求める情報とは異なる。情報公開制度は、そうした住民と行政の齟齬をなくすために、住民が行政へ情報開示を要求する権利を認めると同時に、行政に対し情報開示することを義務づける制度である。より公正な行政を実施していくこと、そして、住民参加による行政を実現していくこと、住民と行政の信頼関係を強化していくことがその目的とされている。しかし、そうは言っても何でも公開すればいいのかというと、そんなことはない。個人のプライバシーが侵害されたり、法人や個人事業者が不当に不利益を被ったりすることのないように十分配慮しなければならない。
 また、どういった情報が公開されるべきかといった問題同様、どの機関の情報を公開すればいいのかという議論も忘れてはならない。つまり、行政の情報だけでなく、議会の情報はどうするのかということである。議会を対象実施機関としているのは、三重県のほか、山形県、神奈川県、福岡県がある。しかし、地方自治体、議会は、情報公開法の制定が見込まれている国会、政府レベルと権力構造が違うので、行政機関が定める情報公開制度の対象として議会まで含めることに問題がないわけではない。この点についても十分な検討が必要だが、宮城、秋田、奈良の三県は、議会自ら情報公開制度を採用している。

●深化する「情報革命」

 ここで「情報革命」ついて触れておこう。
 今日、「情報化時代」、「情報化時代」とよく言われるが、これから我々が生きて行く時代がどういう時代、どういう社会になるのか少し考えてみたい。情報化社会を先導しているアメリカでは、93年に民主党のゴア副大統領が「情報スーパーハイウェイ構想」を打ち出した。これは全米規模で高速マルティメディア対応のネットワークを整備しようという計画である。95年には共和党のギングリッチ下院議長が「サイバー(電脳)スペース」概念を打ち出した。サイバースペースとはコンピューターのネットワークによって形成される仮想的な空間のことで、この概念は「情報スーパーハイウェイ構想」が光ファイバー網というハード面を重視しているのに対し、ソフト面に焦点をあてている。彼はまた、その前年には「進歩自由財団」(PFP)というシンクタンクで「第三の波」(片岡孝夫 監訳 中公文庫)の作者として有名なアルビン・トフラーといった未来学者たちを動員して、情報化社会の指針となる「知識時代のマグナカルタ」を発表している。何か怪奇じみて聞こえるかもしれないが、これから迎える新しい社会を考える時、人々の意識形成という点で「サイバースペース」概念は重要である。

 そして、言うまでもなく、これからの情報化社会で決定的な役割を果たすのは、インターネットの普及と電子メールの活用である。
 「情報革命」について簡単に述べたが、こうした現状への対応から、イギリスではすでに「電子政府」なるものが、94年に始まっている。また韓国は、96年11月にアジア地域では初めて、情報公開法を制定し、98年1月に早々と施行している。さらに韓国では、国会、35省庁、74の特殊法人、広域自治体、裁判所の情報をデータベース化し横断的に検索できる「電子政府」をつくろうという動きがある。電子政府が実現すると、行政の仕事自体が簡素化・効率化されると同時に、行政運営の透明化が図られ行政の質自体が変わると、期待される。またこれは、利用者にとっては情報の検索が容易になり、民主主義の質の向上につながるだろう。これから情報公開法を制定し、21世紀の初頭に電子政府を目指すといっている日本は、完全に出遅れている。

●未来社会へのパスポート「情報公開法」

 何はともあれ日本では、今国会での情報公開法の制定が急務である。昨年9月に野党各党の共同修正案がまとめられたが、通常国会に続き、臨時国会でも政府、自民党案との折衝が当初、難航していた。しかし、制定が長引くことで生じる不利益に対する懸念から、与野党間で今国会で成立させる道程は合意されている。情報公開法の制定には、特に野党側の強い意気込みを感じる。その背景にあるのは、官僚が関係した背任、汚職が後を絶たないのは、裁量的な行政と情報の秘匿が大きな原因だとする考えである。実際、厚生省の薬害エイズ問題、特別養護老人ホームの認可問題、防衛庁の防衛装備品をめぐる問題など、官僚の汚職事件は枚挙にいとまがない。
 野党は、核燃料サイクル開発機構(旧動力炉・核燃料開発事業団)、水資源開発公団、国民生活センターなどの特殊法人もその対象にすべきだと訴えているが当然である。独立した組織である特殊法人に対し、情報公開を強制することは法理論的には厳しいものがあるが、政府出資や補助金などの税金が使われていることからも、国民生活の安全からも公開されてしかるべきである。
 その他、情報公開請求にあたっての手数料、訴訟の統括などの問題がある。
 しかし、最大の争点となるのは、いわゆる「知る権利」である。政府案は「憲法上の定説がない」という理由から明記しない方針であるが、野党側は明記すべきだと対立している。「知る権利」を明記するかどうかで何が変ってくるかといえば、情報の非開示措置の適用範囲がこれによって左右される。知る権利を明記すれば、公開に対する適用除外の対象となる非開示措置を最小限にとどめることができる。つまりこの文言のあるなしが、情報公開制度の適用範囲とそのレベルを決定する。98年12月時点で、情報公開条例を制定している47都道府県のうち、「知る権利」という表現を使っているのは北海道、大阪府、京都府、高知県、沖縄県の5団体だけという状態である。

 国会での情報公開法の制定、施行に、どれほどの時間が要されるかわからないが、この公開法が地方自治体の条例制定、改正に与える影響は大きい。地方自治体が情報公開制度について国に先行しているのは事実だが、都道府県、そして、市、町、村の順に制定率は低くなっている。地方分権を求める声の高まりから、今後、基礎自治体での情報公開制度の充実が求められてくるだろうが、同法の制定は必然的にその指針になってくるだろう。現に、公開法の制定の動きに合わせて条例を見直した自治体もある。
 以上、情報公開法の制定にあたっての論点を列記したが、情報公開法・条例の制定を含む情報公開制度の整備・充実が、これからの民主主義のあり方、そして新たに迎える社会のあり方を決定することは間違いない。

《参考文献》

右崎正博、田島泰彦、三宅弘-編『情報公開法』三省堂

矢崎善朗『地方自治体の情報公開制度』地方自治NO.610 平成10年9月号

岡部一明『インターネット市民革命』御茶の水書房

◆三重県の行政システム改革の概要

1.事務事業の見直し

規制緩和の推進による民間、住民の自立支援 民営化の推進 市町村への権限委譲条例による公平の確保 申請手続きの改善 事務事業評価システムの定着 等

2.組織の見直し

総合行政を展開するため各部を横断的に所管する部門(局)と、個別の行政サービスの提供を担当する部門(部)による組織のマトリックス体制の確立 等

3.外郭団体の整理縮小

外郭団体の存在意義と運営方法の再確認 県の関与の度合いの適正さを確認

4.定員および給与

業務量等に応じた定員適正化計画の策定と実施 等

5.人材の育成・確保

有能な職員育成のための研修予算の見直し 多様な人材の確保 等

6.行政サービスの向上

実施中の行政サービスの県民への公表 行政の情報化を推進(21世紀初頭に「電子県庁」の実現を目指す) 等

7.公正の確保と透明性の向上

情報公開の推進 広報・広聴機能の充実・強化 監査・検査システムの見直し 等

8.経費の節減・合理化など、財政の健全化

9.「ハコ」もの建設の抑制

10. 公共工事のコスト縮減

11. 地方分権の推進

三重県庁では、上記の項目にそって、職員の意識改革、事務事業評価表による事務事業の見直し、本格的な行政システム改革、という3段階で行革を推進している。97年度末時点で、96、97年度の2年間で764件の事業を廃止し、139億円の予算を削減した。その後も2002年までに77件、12億円の削減を予定している。

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関口博喜の論考

Thesis

Hiroki Sekiguchi

松下政経塾 本館

第17期

関口 博喜

せきぐち・ひろき

Mission

北東アジアの外交安全保障政策 行財政改革

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