塾報 一覧へ戻る
Report
1998年7月

苦悩する草原の国モンゴル -後編-
大串正樹/卒塾生

 悲願の民主化を達成し、めまぐるしい勢いで市場化を目指すモンゴル。そこにはどんな未来があるのか。先月号に引き続き、塾生有志で訪れたモンゴルレポートの後編として、苦悩するモンゴルの経済政策について報告する。

 
●IMFは正義か

 「もっと支援をお願いします」。
 日本のODA(政府開発援助)で作られたバス会社、第一バス公社の社長が我々に言ったこの言葉は、どこの途上国に行ってもよく耳にする言葉である。しかし、その意図するところには二種類ある。一つは発展・成長していくための投資を求める積極的なもの、もう一方は当座の資金不足を穴埋めする消極的な支援願いである。残念ながら、今回我々が耳にした言葉は後者の意味だったようである。

 民主化を達成し、目下、猛烈な勢いで市場経済への移行を進めているモンゴル。しかし、そこにはまだ「市場」という概念が十分に根付いていない。もっと言うならば、「貨幣」の概念さえ理解されているのかどうか疑問に思えるほどである。

 そんなモンゴルに今、改革のデファクト・スタンダード(事実上の業界標準)であるIMF(国際通貨基金)プログラムが導入され、大掛かりな改革が進められている。財政構造改革・金融引き締めによるインフレ抑制策、加えて一省庁あたり100人にも満たない政府をさらにスリム化しようという強引な行政改革である。確かにこうした手法は、統計上の数字を見れば貿易収支の改善やインフレ抑制に対し、一定の効果を上げている。これが改革の盛夏であるかどうか見極めるにはもっと時間が必要だが。とはいえ、我々の出会ったモンゴルの官僚や政治家たちは皆、この改革プログラムに自信を持っているようだった。
 本当に、IMF・世銀によるアメリカ流の改革プログラムはモンゴルにふさわしいのだろうか。

●市場経済、それでも遊牧民の気質

 モンゴルという国は世界にも類を見ない遊牧民国家である。確かに近年は都市に定住する「市民」も増えてはきているが、一歩町の外に出ると、荒涼たる草原に点々と生活する遊牧民たちの姿がある。羊、牛などを放牧し、牧草がなくなると新しい牧草を求めて移動する生活である。

 ここにモンゴルの抱える重要な問題点がある。遊牧民たちは、自然に生えてくる草を飼料とする畜産業を営むばかりで、自ら土を耕し、飼料となる草を育てる牧畜を知らない。つまり、資本主義の根幹である資金を投じてより大きな利益を得る「投資」という概念がここには存在しないのである。また、田舎では今でも物々交換が存在し、大方は自給自足の生活である。こうした現実を見ると、投資の概念以前に「貨幣」の概念が希薄であることにうなづける。
 さらに、貧しくとも食べることに事欠かないこの国では、どんなにひどくても餓死することはない。それゆえ国民は、政治や自国の社会が抱える問題にあまり深刻になり得ない。
 このような社会においては、海外からの援助も「あるもの」をもらえるという感覚でしかないようで、そこから新しいものを生み出すという発想は生まれてこない。冒頭に記した第一バス公社の社長の言葉はそんな遊牧民の気質からきている。

 今のモンゴル、すなわち社会主義体制から民主化を経て、市場経済に移行する過程にある国においては、まずこのような意識を改革していくことが重要ではないだろうか。IMFのような改革プログラムは、日本のようにあらゆる産業が成熟して、社会自体にさらなる効率化を求める国にとっては有効であろうが、国際的な競争に耐えうる輸出産業もなく、かつ資本主義の概念すら国民に根付いていないモンゴルのような国にとっては劇薬以外の何ものでもない。このままでは国家そのものの解体につながりかねない。モンゴルにはモンゴルにふさわしい改革の方法とスピードがあるはずである。先述の意識改革を進めて、しっかりとした財政基盤を作っていくことこそ、今のモンゴルに最も必要なことではないだろうか。

 そこで重要となってくるのは、政治のリーダーシップである。しかし現実には、政治家にも、またそれを選ぶ国民にも、「自国の発展」をより高い位置から長期的なビジョンを持って捉らえる視点が欠けている。政権が人民革命党(旧共産党)と民主連合の間を行ったり来たりするところにも、国民の不安と動揺が現れている。取材の過程で、我々が取材した政治家たちの中にも国営企業の民営化にあたり、これを自分の私企業にしようと腐心している人がいる、という非難の声を耳にした。国家の利益と国民の幸せを最優先に考えるべき政治家、しかも民主化のリーダーたちですら目先の利益しか考えていない……。遊牧民の気質に因るのだろうか。

●モンゴルの進むべき道

 モンゴルの地図を見てまず気づくのは、ロシアと中国に挟まれた港のない国ということである。これは産業発展に対して大きな足かせとなることは自明である。特にモンゴルの場合は、主たる輸出品が銅、金、モリブデンといった鉱物資源だけに、この問題は深刻である。現在は鉄道による輸送に頼っているが、今後人件費が高騰(ちなみに現在の平均月収は20ドル程度)していけば、国際競争力が維持できなくなるのは必至である。そこで必要になってくるのは、これら鉱物資源をそのまま原料として輸出するのではなく、何らかの加工を施し付加価値をつける金属加工産業を育成することである。しかし前にも述べたが、モンゴルには産業育成という概念そのものが乏しい。そこにある資源を単に採って売るという遊牧民的発想を、投資を行って育てるという資本主義の発想に転換する必要がある。もちろん、これらの資源以外にも観光や食肉産業、カシミア等を生かした繊維産業など新たなビジネスの可能性はいくつもある。
 これら産業育成の根本となる教育の問題も深刻である。これまで社会主義体制の恩恵で識字率は97%を越えている。しかし、先月号でも報告したように、急激な民主化に伴う貧富の差の拡大は教育を受けない子供たちを大量に生み出す大きな要因になっている。このままストリートチルドレンのような社会問題を放置しておけば、この子たちが大人になる頃には手遅れになってしまうだろう。将来を見据えて、産業育成に必要な技術者を育てるような教育に力を入れることも重要な政策と言えよう。

 また、モンゴルは財源のほとんどをエルデネット鉱山(銅)とゴビ工場(カシミヤ)という二つの国営企業の収益に頼っている。これらの企業が、今のペースで早い時期に民営化されれば、税収の伸びが追いつかず、深刻な財源不足に陥る恐れがある。しかし、今のモンゴルには国家の財政赤字を支えるほどのストックはない。貨幣の概念すら薄い国である。「市場」はおろか「貯蓄」という概念にも乏しい。現在、モンゴルの貯蓄率は都市部で1%、地方は0.1%にしかすぎない。したがって、まだまだ未整備のインフラ事情や、今後の産業育成を考えると、ストックを増やすことは重要である。そのためにも、一刻も早い通貨の安定が望まれる。
 もちろん、累計で全援助額の約3割を占める日本からのODAも無視できない。財源としても大きな部分を占めている。したがって援助を受ける側のモンゴルにも、その援助の内容を見直して行く必要がある。

 今のIMF・世銀体制によるモンゴルの改革のやり方をみている限りでは、その国の文化や歴史的背景を理解した上での改革プログラムが実施されているとは言い難い。今後は、ビジョンを持った政治家たちを中心に、モンゴル人自身が自国にふさわしい内容とスピードで改革を進め、発展していくことを期待したい。(モンゴル研究グループ:稲富修二大串正樹 尾関健治平島廣志)

1998年7月 執筆
ページの先頭へ