論考

Thesis

「夢のある21世紀」を

一向に元気にならない経済を反映して、日本の将来予測はどれも暗い。きわめて悲観的な数字がならび、世界の中で孤立する日本の姿を予測する識者もいる。だが、はたしてそうなのだろうか。未来は予測するものでなく創造していくものではないか。創設者・松下幸之助塾主は「現状への小さな悲観と、将来への大きな楽観」が大切だと考えていた。現状がどんなに困難でも、夢を与えることこそがリーダーの役割である。塾主はどのような指導者像を思い描いていたのか。渡部弘道・松下政経塾副塾長に聞く。

日本経済新聞社が「日経2020年委員会」をつくり、3冊の本をまとめているが、このシリーズで示された「2020年の日本」は暗い。この本ではあえて警鐘として、暗い日本をシミュレーションで示しているようにも見える。
 松下幸之助塾主が1977年に出版した『21世紀の日本』(副題『西暦2010年の日本』PHP研究所)には、当時から数えて30年後の日本がまとめられている。この本で示された「2010年の日本」は「世界の理想の日本」である。「理想の日本」はどのような姿であるべきかを建設的な視点で語り、描いている。そしてその基本には松下塾主の人間観がある。この世の中を動かしている自然の理法を、「宇宙全体、万物ことごとく常に動いているが、その動きは衰退に向かっているのでなく生成発展に向かっている」と見る。そしてそこに人間の努力の意義があるとする。たとえ現状がどんなに困難であっても、すべては生成発展に向かっていると考えるならば、がんばろうという気になる。松下塾主の思想には「大いなる楽観」を感じるし、その言葉に触れると、勇気が湧いてくる。

 塾主は、1980年4月、松下政経塾の開塾にあたって、21世紀のための人材育成について、その熱い思いを語っている。そして「指導者の条件」を3つ挙げている。第一は、指導者はお互いに人間のもつ普遍的な特質を正しく把握すること。いわば正しい人間観に立つこと。第二は、普遍的な人間観に立って、その時々刻々の変化を的確につかむこと。つまり柔軟な時代感覚をもっていること。第三は、多くの人の上に立つことのできる人間として、高い徳性、識見、あるいは勇気なり実行力といった、いわゆるリーダー的資質を備えていること。この3つが松下塾主の「指導者の条件」であった。素直な心の持ち主。私心にとらわれず、なすべきことを断固なす人。物事の実相を見て、正しい判断ができる人などもあげている。また、一国のリーダーたる人物は、いわゆる公の怒り=「公憤」をもつことが大切であると述べている。

 松下政経塾はこの4月に第19期生を新しく迎えた。1980年4月の開塾から19年目に入った。その中で、開塾から89年4月までは、松下塾主が直接塾生に語り、指導した。いわば「面授」の時期である。私はこの期間を松下政経塾の第一期と考える。現在までに160名余りの卒塾生を送り出し、国会議員を始め39名の政治家が誕生している。また塾員は、政治、経営、研究、マスコミなどの分野で幅広く活躍している。塾主が亡くなった89年からを第二期と考えたい。2000年4月に開塾20周年を迎え、塾主が求めた「21世紀の人材」が日本をよくするため、社会をよくするため、世界の平和、幸福、繁栄のために、期待される真の働きを示す時がきていると思う。これからの時代は、松下政経塾にとっていわば第三期であろう。塾員が各分野で活躍することと、その評価が直接的に大事になってくる。一方では、塾において指導者をめざす人材を継続的に養成する。塾員と塾生、この両面から相乗的効果を発揮させていかなければならないと思う。塾主の思想、理念をしっかりと継承し、発展させていかなければならない。それは松下塾主から直接教えを受けた弟子や孫弟子たち塾員、塾生、松下政経塾の使命でもある。
 強い憂国の思いのなかに、大きな夢と希望を与えることが指導者に求められていると思う。松下塾主の求めた「指導者の条件」に思いをいたし、新たに「夢のある21世紀」を考えてみたい。

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甲斐信好の論考

Thesis

Nobuyoshi Kai

甲斐信好

第3期

甲斐 信好

かい・のぶよし

拓殖大学副学長/国際学部教授

Mission

民主化と経済発展 タイ政治史 アフリカの紛争

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