論考

Thesis

二大政党制に向かう台湾政治

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共同研究

1997/12/29

台湾の民主政治の現状と中台問題の行方を研究するため、昨年9月、台湾の立法院、台北市政府、民進党中央党部、行政院大陸委員会など多くの政治関連機関を訪問した。そこで目をひいたのが民進党の路線変更である。

台湾では、1949年に大陸からやってきた蒋介石率いる国民党が政権を掌握して以来、ずっと同党による権威主義的な体制が続いてきた。彼らは内戦に敗れ台湾へ逃れると、アメリカの支持を背景に中華人民共和国政府と対立し、圧倒的多数の本省人(台湾出身)を支配してきた。そこで両者の間に対立(省籍対立)が生れ、38年間に及ぶ戒厳令が敷かれた。この間、対立は頂点に達し、79年、大規模な民主化知識人弾圧事件(美麗島事件)を招いた。しかし、85年にレーガン大統領によって民主化勧告がなされると、台湾の政治は民主化へ向かい、翌年初めて反政府勢力による野党、民主進歩党(民進党)が結成された。私たちはまず、この民進党の許信良主席にインタビューした。

 「民進党はこれまで、国民党と対決するために台湾の独立を訴え続けてきました。しかし、今となっては多数の有権者が台湾の独立に大きな不安を抱いているという事実を認めざるを得ません。台湾の民主化が実現された現在、今までの路線を修正し、より多くの有権者に受け入れられる政党に変わる必要があります」。
 許主席のこの言葉に私たちは驚かされた。彼は、30年前から民主化と台湾の独立を訴え続け、美麗島事件で主犯として指名手配され、10数年に及ぶ海外逃亡生活を送っている。その彼の口から独立放棄とも取れる言葉が出たことに耳を疑った。しかも、91年に党主席に就任した時に第5回党大会で「台湾独立」を党の理念として綱領に明記している。

 「昨年と今年は世界的に選挙の年です。アメリカ、ロシア、日本、イギリスなど世界中の主だった国で国政選挙がありました。これらの選挙から一つの共通点が見えます。与党と野党の政策が変わらなくなっている。世界の流れは二大政党制に向いている。二大政党制はある意味で民主主義政党政治の理想です。我々民進党は台湾独立という党綱を掲げているため、有権者に敬遠されてきた。この事実を直視しなければなりません」。さらに「日本の社会党はずっと日米安全保障条約の破棄という非現実な政策を掲げたため、ついに政権を取る機会を失い、時代に淘汰された。民進党はこれを教訓にすべきです。条件さえ整えば、国民党と連立政権を組んでも良いと考えています」。長年闘ってきた宿敵と組むという柔軟な発想はますます私たちを驚かせた。
 許主席インタビューの後、台北市の陳水扁市長を訪問した。彼は美麗島事件で弁護士を務め、その後民進党のニューリーダーとして頭角を現し、3年前の選挙で国民党と新党の候補を破って台北市長になった。

 「国民党は台湾にきて50年になるが、常に大陸に帰ることばかり考えていて台湾の地方自治に目が向いていない。インフラ整備も不十分だし、治安も交通も遅れている。民進党には台湾を愛する気持ちが溢れており、建党10年という短い期間ながら地方自治の面で多くの業績を残した」。
 こう言うと彼は、自分が市長に就任してからの台北市の変貌ぶりを説明し、「民進党は必ず政権をとる」と決意を熱く語った。

 民進党は今、立法院と国民大会(衆参両院に相当)で各3分の1前後の議席を持ち、新党を押さえて、野党第一党の座を維持している。許主席と陳市長の話を聞いている限りでは、政権獲得のために思い切った路線変更を決断したように聞こえる。しかしその裏には台湾の独立運動の衰退という現実がある。一昨年行われた総統選挙で、台湾独立を公約にした民進党候補の彭明敏は21%の支持しか得られず、他の選挙での民進党の得票率を大きく下回った。また新聞各紙が行うアンケートでも、台湾独立に賛成する民意は10%未満と低迷している。これには次の3つが原因として考えられる。

  1. 民主化の実現によって省籍対立の緩和
     96年の総統直接選挙によって、台湾の民主化が完成したと考える人が増えた。さらに李登輝率いる国民党が外来政権ではなくなったため台湾民衆が反感を抱かなくなった。
  2. 両岸の経済交流の活発化により、経済相互依存度が増加
     中国の改革開放政策により、文化・人的交流とともに貿易も年々増え、81年に4億ドルだった両岸の貿易総額は96年には220億ドルに上った。また多くの台湾企業が中国に進出している。
  3. 中国の台湾統一に対する強い意欲
     一昨年の中国の台湾海峡での軍事演習は、中国の台湾に対する立場を再確認する形となり、独立に対する民衆の不安を増大させた。

 こうしたことから独立運動が後退している現在、民進党が路線変更をするのは当然の成り行きである。もちろん全ての党員が許主席のようにすんなりと現実路線に変更できるわけではない。民進党議員団総召集人の謝聡敏や幹事長陳定南にはまだ強く独立意志があるし、路線変更に反対する立法委員の中には民進党を飛び出し、建国党を創った者もいる。
 しかし一方で許主席は、美麗島事件の同志たちと民進党で政権を取り、対中国への三通を呼びかけ、中国を訪問したいとも言っている。彼にとって常に大切なことは台湾の利益であり、今回の路線転換もまさに台湾の利益を第一に考えた結果である。


我孫子洋昌石川武洋籠山裕二岸川健吾張佑如、趙允鴻、森本真治矢板明夫

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