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1997年12月

銀行は郵貯とのATM提携を
大串正樹/卒塾生

 予想通りのコースをたどって、橋本行革は失速しつつある。その中で、最も象徴的であったのは郵政事業の民営化問題であろう。本稿では郵貯民営化論争を概観しながら、本来の行革がどうあるべきかについて触れてみたい。

 
◆郵貯民営化論の背景

 少子・高齢化社会を迎え、膨れる財政負担と昨今の景気低迷を考えれば財政再建 と行政改革は喫緊の政治課題である。その中で、なぜ郵貯は民営化を迫られるのか。 その根本には肥大化が問題視される財政投融資(財投)がある。財投は、国民から広 く集められた資金、すなわち郵貯の預託金や年金の積立金などの公的資金を運用する 金融的手法による財政政策である。財投の資金は有償資金、つまり「借金」であり、 問題は借金を返済する財投機関(各種特殊法人や事業特別会計)の経営効率と、それ らが抱える不良債権にある。そして、システムとして財投の改革を考えた場合、当然 、資金出口である財投機関だけでなく入口である郵貯も改革の対象となる。郵貯民営 化とは、この肥大化した財投への資金流入を断つという意味を持つ。

◆利用者不在の議論

 郵貯民営化の論点として、もう一点忘れてならないのが、民間金融機関が言う「 民業圧迫」である。郵貯の資金は個人預金を中心に、220兆円を超え、世界最大の資 金量を誇る東京三菱銀行の4倍を上回るまでに肥大化している。しかし、なぜ郵貯に そこまで個人預金が集中しているのか。ここで民業圧迫にまつわる論点を見てみる。

(1)あまねく公平なサービス:郵便局の配置は全国あまねく過疎地にまで及んでい るが、民間金融機関は町の中心部にしかない。したがって利用者にとっては明らかに 郵便局の方が利便性が高い。しかし、町村単位でみれば、民間金融機関の配置されて いない地域はわずか9村にすぎない。これをあえて「市場の失敗」と位置付けて、官 業維持の必要性を訴えるのは無理がある。結局、国民が行政にどこまでサービスを求 めるかという問題に帰着する。

(2)郵貯の優遇措置:郵貯は、不採算地域の局舎設置義務を負う代わりに各種の税 制上の優遇措置を受けている。経営努力は行うとしても、昨今の状況からこれらの優 遇措置は受けるべきではない。少なくとも自主運用で大きく利益を上げている以上、 民間と同じ土俵に立つべきである。

(3)金利・手数料の問題:郵貯の優位性として、低い振込手数料や通常預金の高い 金利設定などが挙げられる。これは、金融自由化の中で民間と郵貯が競争すべき点で 、いまさら郵貯の優位性を民間のレベルに落とすべきではない。また、郵貯の全預金 の9割近い定額貯金に関しては、リスクが高く民間では扱えないというイメージがあ るが、実績を積んで段階的な金利設定を行えば、十分採算のとれる商品である。

(4)三事業の兼営:郵便局という店舗で、郵貯は簡易保険(簡保)という異なる貯 蓄商品を(郵便と併せて)三事業兼営という形で持つ。銀行と異なり一つの店舗で他 事業を兼営することは、商品の多様化という意味で経営上大きなメリットがある。し かし、これは自由化が進み金融事業と保険の相互参入が実現すれば、自ずと解決する 問題である。

 以上をみると、民業圧迫とは確かに郵貯側にも問題があることがわかる。しかし 、多くは個人預金者を軽んじてきた民間の側の問題である。バブルや超低金利の中、 高い利益を上げてきた民間金融機関。その結果が昨今の金融不祥事である。利用者の 利益を考えれば、改革すべきは郵貯だけでなく、民間金融機関の経営姿勢も含めた大 蔵省の金融行政であろう。

◆銀行は郵貯とのATM提携を

 それでは具体的に利用者の立場を考えた改革を考えてみる。利用者にとっては、 郵貯が国営であれ民営であれ、関係ない。問題はサービスの質に他ならない。金利や 手数料の自由化は、今後、進められるものと考えれば、今、積極的に行う改革の一つ として民間金融機関と郵貯とのATM(現金自動預払機)提携が考えられる。利用者に すれば一枚のカードでどこでも預貯金の預入れや引出しができれば、明らかに便利で ある。郵政省がこのATM提携に積極的なのに対し、民間側は「さらなる郵貯の肥大化 をもたらす」と反対の姿勢をとっている。しかし、先に触れたように郵貯の「あまね く全国に配置」された優位性を考えれば、民間もこのメリットを享受すべきである。 「国民の資産である郵便局の利便性を民間にも開放すべきである」というのが正論で あって、個人預金の郵貯シフトを恐れるのでは経営に対し消極的すぎる。民間金融機 関は、サービスの質で競争すべきである。これこそまさに金融ビッグバンの思想に他 ならない。

◆本来の行革とは

 改革とは、より高い利便性を利用者に提供する形で進められるべきであって、低 いところにレベルを合せるようでは改革とは言えない。そのためには、できもしない 大きな看板を掲げるのではなく、実効性のある小さな改革を着実に進めること が肝要である。その積み重ねこそが、本来の行革と言えるのではないだろうか。十分 な議論を欠いた、単なるパフォーマンスが許されるほど、日本が置かれた状況は甘く ないことを政治家はもっと認識すべきである。


(おおぐしまさき 1966年兵庫県西宮市生まれ。東北大学大学院工学研究科修了後、 石川島播磨重工業(株)勤務を経て、松下政経塾に入塾。現在、北陸先端科学技術 大学院大学の研究員として、知の行政システムについて研究中。)


1997年12月 執筆
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