論考

Thesis

ホテル住いの王子様

自然の中での生活で、本当の姿を取り戻していく子どもたち。登校拒否の子どもたちが何を求めているのか。それを知ることが、一人でも多くの子どもを幸せにする学校のあり方を教えてくれるのではないだろうか。

埼玉県狭山市にある開善塾教育相談研究所(所長金澤純三)での研修も4年目に入った。ここで私は児童生徒だけでなく、登校拒否から高校を中退し、家にひきこもり続ける元登校拒否の青年たちまで、彼らの抱える様々な問題に関わっている。
 昨年の文部省学校基本調査による登校拒否児童生徒の数は、全国で8万人を超える。
 また、登校拒否をきっかけに、家にひきこもる若者の数は数十万人とも言われている。

 開善塾では、設立以来17年間、保護者から依頼された登校拒否児童を中心に教育相談を行っている。訪問相談にのった家庭からは、ほぼ100%に当る600人余りの生徒たちが学校に戻っていった。とはいえ、なにがなんでも「学校に戻すこと」を目標としているわけではない。学校に行かなくても人生を切り開いていける子どもたちがいることは十分承知している。しかし、登校拒否をきっかけに、家にこもきりになり、社会とのつながりが切れてしまった子どもたちはやはり大勢いる。そんな子どもたちにとって、学校に戻り、その場の生活に適応することは、本来の自分を取り戻し生きていくのに必要な過程である。そして、一人の子どもが学校に帰っていく過程の中で、教育現場の様々な問題点が見えてきた。
 そこで学校のあり方を現場から見たいと考えた私は、昨年より本格的に教育相談について学ぶことにした。開善塾では、家庭と学校への訪問相談、自然の中での合宿生活、教育相談分野の教員研修(昨年11月号で紹介)の企画運営、この3点に重点を置いている。今回はこの中から合宿生活研修について報告したい。

 「自然の中での合宿」は、公的相談機関でも採用され、長期休暇の際など全国で行われている。合宿の体験を経て、学校に戻った登校拒否の児童生徒の例が多数報告されており、その有効性が認められているからである。
 開善塾では、長期休暇だけでなく、生活のリズムを崩しがちな5月の連休や、通常の週末にも子どもの状態にあわせて合宿を行っている。合宿先は、人口約2600人の鯉のぼりと鮎の里で有名な群馬県万場町である。元分教場を合宿所としている。小さな校庭には五衛門風呂ならぬドラム缶風呂が置かれ、台所、宿直室、職員室、卓球台のある教室、そして映画「学校の怪談」に登場しそうな立派な汲み取り式便所、おまけに天井裏には家主のモモンガまで住んでいる。

 合宿生活は、日頃の便利な生活から一変して、時間と手間がかかる作業の連続だ。しかし、家事手伝いなどほとんどしたことのない子どもも、初めは悪戦苦闘しているが次第に様々な仕事ができるようになっていく。ドラム缶風呂を湧かす、ご飯が焚けると言えば、もう合宿の上級者だ。家で無気力に過ごしていた子どもたちが、青空の下で、大声を出し、生き生きと動くようになるその変容には目を見張る。この姿こそ、子どもたちの本当の姿なのである。

 ひきこもっていた子どもたちは、用意周到に何度も繰り返される訪問相談によって次第に心を開き、合宿への参加を受け入れるようになってくる。その過程の難しさは大変なものである。しかし、合宿への参加は親からの自立の第一歩となる。そして、人間関係に自信のなかった子どもが人との出会い、作業を通じて仲間となっていく。
 自然の中での生活は、それこそ人を自然に結び付け、助け合って生きることを教えてくれる。大人も子どもも共に作業をしていくなかで、子どもたちは、人にできることは自分にもできるという自信をもてるようになる。「目玉焼きがうまくひっくり返せたから」と言って、学校に戻っていった子どもがいた。大人が子どもから知らず知らずの内に取り上げてしまった大切なものに、私自身気付かされた。

 現代の便利な生活と少子化で、親の目はますます自分の子どもに注がれるようになってきた。それは時として子どもをホテル住いの王子様にしている。
 教育相談の現場最先端で感じることは、一人の子どもが学校に戻り、自分の足で歩けるようになるまで、どれだけ多くの時間と労力が必要かということである。今日もたくさんの子どもが家にひきこもり、長い一日を送っている。子どもの幸せを実現する学校づくりを本気で考え、実行すること、それなしには日本の未来はない。


(ふじさきいくこ 神奈川県出身。明治大学卒業後、韓国観光公社を経て、松下政経塾入塾。現在、開善塾教育相談所で登校拒否生徒指導を通じて、学校教育の現場のあり方を研究中。)

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藤崎育子の論考

Thesis

Ikuko Fujisaki

藤崎育子

第14期

藤崎 育子

ふじさき・いくこ

開善塾教育相談研究所長

Mission

不登校・ひきこもり・いじめ問題 アウトリーチ(家庭や学校への訪問相談)

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