論考

Thesis

23歳、2度目の小学生生活(2)

真に「生きて働く力」を育む教育システムとは何か。これを求めて、現実の小学校でどのような教育が行われているのかを調査している。前号に引き続き、千葉市のオープンスクールでの体験を報告する。

◆子どもを信頼する教師たち

 前号にも書いたが、2年前に開校した千葉市立打瀬小学校は、いろいろな面で独自の取り組みをしている。建物の形態を生かし、複数の教師がチームを組んでクラスの枠を超えて授業を行う。授業参観も2日間丸ごと学校を地域住民に開放する。また、国内外から絶えず訪れる見学者にはいつでも学校を開放する。教師に自信がなければできないやり方である。
 こうした様子を見ていると、たとえ素人でも外部の目が入ることがどれだけ教師に 緊張感と向上心を植え付けられるか、ということを実感する。以前から担任を絶対的存在にしすぎないように、担任以外の「大人」を教室に入れるべきだと考えてきたが、この学校を見てその意を強くした。
 「先生、学校にリュックサックを持ってきてもいいですか?」
 「自分で判断してください」。
 こういう答えを日本の公立小学校の教師の口から聞かされたことに新鮮な驚きを覚えた。理不尽な規則をつくらない、目的意識のない叱り方をしない、教師の価値観を押し付けない。常に子どもの立場に立った指導が行われている。この学校の教師は千葉市の各学校から希望者を募り面接で選考したという。

◆自由と規律

 自由で明るい雰囲気の裏で教師たちが悩んでいるのが、「自由とデタラメは違う」という点である。自由と規律の線引きをどこでするのか。
 この学校にはチャイムがない。その代わり腕時計をつけるのは自由で「生徒は自分たちで時間のけじめをつけている」ことになっている。
 しかし、実際のところ「次の授業は何時から?」と聞いて答えられる子は少ない。なんとなくバラバラと集まってきていつの間にか授業が始まる。
 教師の多くも「この学校で教育を受けた子どもたちと他の学校の子どもたち、将来どういう違いがでるか……」と悩む。とはいえ、目的意識もないまま規則で縛るのは、自分で判断できない子どもをつくりだすだけだ。そこでできる限り規則をつくらない中で最低限のけじめをつけさせようと、「けじめ集会」を企画するなど奮闘している。

◆コミュニティの中で教育を

 この学校は、学校側から地域を巻き込もうと積極的に活動している。毎週金曜日には、フレンド活動と称して、学年ごとの横割りではなく住居区域の棟による縦割りで一緒に給食を食べ、休み時間を過ごす。
「大切なのは子どもたちに複数の場をつくってあげること 」と校長。
 運動会にあたる「ウタスポ」は、生徒に自主運営させるとともに、地域住民に開放して参加してもらう。1学期に1度ほど、陶芸、音楽などを教える地元の人にボランティアで来てもらい「地域の学校」を開催する。学区内の全戸に学校便りを配り、こうした活動を理解してもらう。

 一方で驚いたのが、私が教室に行くと子どもたちが体に巻き付いて離れないことである。「2学期から他の学校に行く」と言えば、泣き出さんばかりに「行かないで~」と駄々をこねる。
 元玉川大学講師の長谷川義縁氏によれば、私のような先生と生徒の中間的な存在は、生徒を評価しない、全てを受け入れる、という点で好まれるのではないかということである。確かに親とも教師とも兄弟姉妹とも違う大人の存在が子どもたちの周りから減ってきている。改めてコミュニティの中での教育の必要性を感じた。
 私が通ったシドニーの小学校では、学区を単位としたコミュニティが徹底して学校運営に関わっていた。コミュニティの委員会が公募で校長を選ぶ。学校運営の資金も父母会がバザーで稼ぎ出す。複数の大人の手が必要な授業は都合のつく父兄がボランティアで協力する。こうした活動を通じて学校を核としたコミュニティが自然発生的に形成されていた。
 日本との大きな違いは、徹底した地方分権体制の下で、地域の特性に合わせた学校運営が可能な行政システムが組まれていることである。

◆一にも二にも指導者次第

 毎日行われる職員会議は緊張感に溢れている。
 「本校の教育目標は? ベテランの山本先生ならわかりますね」。
 「私の好みの学年便りは、5年生のもののように、筋道が立っていてしかもすっきりしているものです。3年生はがんばって」。
 容赦なく檄を飛ばす校長に、それを受け入れついていく教師たち。臨教審の委員でもあった溜昭代校長のリーダーシップは強力だ。
 「いいリーダーの下では、物事が進むのが速い」とある教師。
 恵まれた施設も有効に活用できるか否かはひとえに使う側の能力にかかっている。打瀬小学校がうまくいっているのは溜校長あってのことと言っても過言ではないだろう。
 「学校が楽しいところだったら、登校拒否やいじめはなくなるんです。他の小学校を見せてもらう度に、『もっと光を!』って思うのよ」。
 他校の覇気のない子どもたちを見るにつけ、彼女の言葉の重みを実感する。
 この学校に来て何より驚いたのは、私が抱いていた日本の小学校のイメージとはまったく異なり、むしろシドニーの学校のイメージに近いことだった。希望の持てるモデル校の一つになるものと感じる。
 溜校長は来年度で定年退職となる。その後どうなっていくかが勝負だ。追跡調査をして、その変化をまたお知らせしたい。


(しらいともこ 1972年生まれ。4~8歳まで豪・シドニーで過ごす。95年東京大学法学部卒業後、松下政経塾入塾。小学校教育の改革をテーマに研究中。)

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白井智子の論考

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Tomoko Shirai

白井智子

第16期

白井 智子

しらい・ともこ

NPO法人新公益連盟 代表理事

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