論考

Thesis

日本のベンチャー育成は成功するか?

長引く日本経済の停滞に、新規産業の育成に注目が集まっている。官民挙げてベンチャービジネスが誕生しやすい環境作りに取り組んでいる。そうしたなか、起業家を育てようという新しい試みが始まった。

◆第3次ベンチャー・ブーム

 「社長をめざせ!」。こんなコピーをよく目にしないだろうか。ソフトバンクの孫正義社長やパソナグループの南部靖之社長など、ベンチャー企業の成功者が頻繁にマスコミに登場している。
 現在は第3次ベンチャー・ブームだと言う。しかし、この華やかなブームの裏には、米国産業の復活、アジア諸国の競争力アップなど、ベンチャーに期待をかけざるを得ない日本経済の厳しい現実がある。そのため政府も産業界も次世代を担う産業の創出に積極的である。

 通産省中小企業庁は、資金調達の円滑化を図って資金不足に悩むベンチャー企業と投資家の「お見合い」を奨励しているし、自治体の多くは債務保証、資金融資など支援事業を打ち出している。企業も新規事業を求めて企業内起業家育成に取り組んでいるし、大学も企業との共同研究という形で、ベンチャー企業支援に参加している。
 これらはいわば起業のための資金や場の提供であるが、一方で起業ノウハウを指導するセミナーも盛んである。VEC(ベンチャーエンタープライズセンター、通産省の肝煎りで設立されたベンチャー企業を支援する財団法人)や東京商工会議所、地方自治体、大学院 、社会人向けビジネススクールなどが全国規模でセミナーを開いている。40年間にわたって大企業の幹部を育成してきた財団法人社会経済生産性本部も、「起業家育成塾」という起業家育成事業に乗り出している。そこで、この起業家育成塾でベンチャー起業家育成の現場を探ってみた。

◆ベンチャー起業家育成の現場

 「我々は超弱者だ。金もない、信用もない。だからみんなで知恵を出し合わなければならない」。
 語気を強めてこう話すのは同塾のコーディネーターの奥村昭博さん。慶応義塾大学ビジネススクールの教授でもあり、その経営指導と豊富な実績が高く評価されるアントレプレナー(起業家)戦略の第一人者である。
 一方、「具体的に事業をいつまでに、どのようにするか、タイムテーブルの上でのプランを」とアドバイスするのは、(株)YBI代表取締役・法政大学大学院客員教授の横林寛さん。

 プログラムは基礎学習と実戦学習で構成されている。1カ月強でマーケティングと事業計画の作成などの基礎を学び、5カ月間で先の両コーディネーターの指導の下、立案した事業計画に基づいて、個人あるいはグループによるシミュレーションをする。この塾の基本理念は「真の教師は市場。体験を通して傷つきあるいは喜びを味わなければ事業は分からない」。そこで模擬経営を通じて、事業計画を修正・評価し、事業清算までの体験をする。参加費は60万円(受講料30万円、事業投資資金30万円)。

 「地域に新鮮な情報を流し、生きた地域流通コミュニケーションを創りたい」と参加者の一人が夢を語る。勤めていた会社の体質に疑問を抱いて退職。現在はホームページ作成の仕事をしながらチャンスを伺っている。
 「自分が食べるだけなら簡単。だが社会に自分で新しい価値を作り上げたい。自分が考え出したシステムで多くの人に喜んでもらいたい 。自分が起こした会社が成功すれば、それは自分の価値が世間で認めてもらえたということ。だから寝る間も惜しんで事業計画を考えている」。彼はアイデアを思いついたらいつでも書き留めておけるよう、ノートを手放さない。
 他の参加者たちも持ってきた事業計画を両コーディネーターと熱心に議論する。この事業計画のコンセプトは何か。優位性は何か。すでに他企業が進出していないか。そして利益はどう得るのか等々。

◆起業家育成は可能か

 今回のプログラムの仕掛け人の一人、村田市郎経営アカデミー専任部長は次のように語る。
 「起業家・経営者を育てられるか否かの議論は確かにある。天性もあるだろう。だが、かつて優れた経営者は有意の若者を見出し、時代を担う経営者を育ててきた。仕事の中かどこかで自然と伝えてきた。政治家もそうだった。今その習慣がなくなった以上、人工的にそうした環境を作るしかない。

 本来、起業は思いを持った人が勝手にする。しかし成功者は少ない。何故か。いい技術、ノウハウ、思いを持っていても財務・マーケティングといった経営を知らないために倒産する例が多い。黒字倒産も起きる。
 思いだけで突っ走る者を抑えて、彼らのコンセプト・事業計画が論理的整合性を持っているかどうかを確かめ、実際に市場でマーケティングすることを狙いとした。伝説的な経 営者は自分で参謀を見つけて乗り切ったが、我々は教育でその能力をある程度身につけさせたい」。

 学習で学んだことが実践で通用するかどうかは難しいところだが、ここで私が感じたのは起業にとって何より重要なのは「思い」ということである。なにがなんでも成功させるという「情熱」。確かにこれだけでは成功しないだろうが、これなくしては始まらない。
 起業家育成塾にはこの情熱が存在した。参加者たちは回を重ねる度に触発し合い、それは どんどん高められた。情熱は人と人が有機的に交流することで育てられる。そこに適切なノウハウが加われば、起業家育成は可能だろう。


(とよしまなるひこ1970年東京生まれ。 早稲田大学理工学部電気工学科卒業後、松下政経塾入塾。現在、ベンチャー支援政策を研究中)

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豊島成彦の論考

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Naruhiko Toyoshima

豊島成彦

第16期

豊島 成彦

とよしま・なるひこ

公認会計士・税理士

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