論考

Thesis

あなたの地域は生き残れるか

「自立分散型国土の創築」へ向けた地方分権の推進。それは、自治体にとって自らの存亡 をかけたサバイバルゲームの始まりを意味している。この競争に生き残れる自治体の条件 とは何だろうか。

地方分権の進展は、各自治体に将来より多くの権限をもたらす。その結果、いくつかの 自治体が発展し成功を収め、より多くの自治体が衰退することになるだろう。地方分権の 時代とは、自己責任の時代、つまり発展するのも衰退するのも自分次第という時代である 。その時代へ向け、いま、多くの自治体が生き残るための道を模索している。

 生き残る自治体の条件とは何か。それは経営感覚を持っていることである。これを持た ない自治体は衰退するしかない。経営感覚を持つことは自治体間競争の時代を生き残るた めの必要条件である。

 こうした経営感覚を持っている町のひとつに熊本県の菊鹿町がある。菊鹿町は熊本の北端、福岡との県境に位置する人口約8000人、高齢化率22%、自主財源比率30%という、ご く普通の農村である。この町で「日本一の押し花の里造り」がすすめられている。中心と なって事業を展開しているのは第三セクターの菊鹿フラーワーバンク。施設はどこにでも 見かける地元産品の製造・実演販売所を観光用の公園として整備したようなものである。 特に立地条件が良いわけでもなく、一見したところでは経営も楽とは思えない。ところが 、ここは第三セクターとしては珍しく黒字経営である。この菊鹿フラーワーバンクに設立 から関わってきた森田典道さん(41歳)に話を聞いた。

 菊鹿フラーワーバンクの昨年度の年商は6200万円、内100万円の利益を計上している。
主力商品は「押し花」。材料は野草である。農家の人たちの手で農作業の行き帰りに集め られる。これによって、多いところでは年100万円の副収入を得ている。またわずかながら地域の雇用の創出にも役立っている。

 昨今、押し花は電報や名刺、団扇などの飾りとして多用されている。ジャムなどの商品 と異なり、それ自体は決して主役にならないという特徴がある。そのため他製品への応用 がきく。従来品にこれを付け加えることによって、商品の差別化が図れる。押し花は付加 価値添付型の商品として、多様なニーズに応えられる。

 押し花を選んだのには別な理由もある。公害を出さないという点である。地元の強い要 望が「自然にやさしい産業」だった。工場ができてまず起こるのが水質汚染。そこで水を 使わない、水を嫌う(乾燥させる)産業なら公害はでないだろうと考えた。そして生まれ たのが押し花産業である。しかも工場の運営は、原材料となる野草の育つ環境を維持しな ければ成り立たない。

 地域経済の振興を図るには人が必要である。そこでふたつのことが重要になる。地域と 外との直接交流、そして次世代を育てること。そのため菊鹿町では商品の地方発送は行わない。アンテナショップも出さない。日本全国で販売すれば利益は上がるが、菊鹿町に来 る人は減る。だから少人数でもそれを目当てに来てくれる人がいるほうを選んだ。人が来 ることで、いままで地元しか知らなかった人々が外の世界に触れ、違った視点で地元を見 ることができるようになる。また体験学習コーナーで押し花作品を作ることで、訪れた人 に地元のことを知ってもらえる。そして、子供たちに3Kと呼ばれる農業への抵抗をなくさせ、農業の良さを分からせるきっかけができる。森田さんは地域創りは「あくまでも人 とのふれあい、仲間づくりである」と言う。「自分たちの生き方を自分で考えられる」人 間を、これからの地域は創っていかなくてはならない。

 私は、地域経営には3つの柱があると考えている。「事業性」「環境保全」「教育」である。まず事業性だが、これから自治体が何かプロジェクトを起こすときには、必ず採算 性が問われるようになる。したがって、それに関連する部分で赤字を出さないこと、そし て地域全体から見てプラスになること、これが必須条件となる。

 環境保全も、従来のようにお金をかけて環境を守るやり方から、環境保全によって経済 的利益を生むやり方へと、質的転換が求められるだろう。 そして教育である。子供、大人の別なく、地域に理解をもち、親しみを感じ、愛着のあ る人材を育てる教育が求められる。地域のアイデンティティを保つには、継続性を持つこ とが重要であり、地域はそのように引き継がれていくなかで発展する。

 国連大学のプロジェクト「ゼロ・エミッション」のリーダー、グンター・パウリさんは 、これからの時代は企業や地域社会が一緒になって、自然界に存在する偉大な力を引き出 し、技術や知識だけでなく、知恵に立脚した社会、生態学的な思想に裏打ちされた社会の 実現を目指す時代だと主張している。次期五全総の基本的考え方でも、多自然居住地域を 「新たなライフスタイルの実現を可能とするためのフロンティア」と位置付けている。視点を変えれば、いままでマイナスの要素しかないと思われていた地域に、多くの宝が眠っ ていることに気付くはずである。

 地域の活性化は、少し地域間格差が出てきたところである。その差は大きくない。差が 広がるか、縮まるか。地域が生き残れるかどうか。それは地域が経営に目覚めるか否かに かかっている。

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栗田拓の論考

Thesis

Taku Kurita

栗田拓

第16期

栗田 拓

くりた・たく

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まちづくり 経営 人材育成

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