論考

Thesis

今、教師に求められるもの

今や大きな社会問題となった「登校拒否」と「いじめ」。特に「登校拒否」は「いじめ」が統計上減っているのに対し増え続けており、深刻な状況にある。子供たちの声に耳を傾け、彼らが何を欲しているのか、解決の糸口を探る。

今年8月に文部省が発表した学校基本調査によれば、登校拒否児童生徒数は昨年の7万5000人から8万2000人へと増えている。登校拒否の原因は様々あるが、そうしたところへ教師の「熱心」という名の指導が加わわり、さらに子どもを追い詰めるということも起きている。

 文部省や地方自治体は事態を解決するため、学校現場へ臨床心理士などの専門家を派遣している。こうした対応は閉鎖的な学校社会にとって意義ある変化である。しかし、一番身近な所から指導できるのはやはり教師である。そこで教師も心理療法などのカウンセリング技術を身につけ、子どもの気持ちに立った指導ができるようになる必要がある。

 登校拒否には「学校に行きたいけれども行けない」というケースが多く、その場合、子ども自身も登校拒否を続ければ、教科学習が遅れ、友人関係にも問題が生じるという程度の認識は持っている。そこで教師は、生徒の気持ちの理解に努め、「先生が付いているぞ」という安心感を与え、子どもが自ら問題に立ち向かえるように指導することを第一目標とすべきだろう。教師は、その目標に向かって、悩む保護者を精神的に支え、クラスや学校全体で受け入れる体勢を整え、環境整備に努める必要がある。さらに再登校後はそれを持続できるように様々な面から、生徒を支えなければならない。

 この過程をカウンセリングとすると、教えることとはまた違った役割が、教師に求められていることがわかる。しかもこの間、特に担任教師は、実質的には一人で問題にあたらなければならず、自分の生活やストレスにどう対処するかという自分自身の問題も抱えることになる。そのため教師はあらゆる問題に柔軟に対処できるよう社会適応能力を高めなければならない。

 今年の8月23日から3日間にわたって、代々木オリンピックセンターで、教育相談実技研修会が行われた。これは登校拒否児童生徒についての相談、援助、指導を行っている民間の教育機関、開善塾教育相談研究所が主宰したものである。内容は、文部省中学校課長によるいじめの現状報告に始まり、催眠療法、自律訓練法、箱庭療法、エゴグラムといった心理療法を学ぶものだった。北海道から九州まで100名以上の教師が参加した。研修3日目の最終日は、栃木県の現職教師によるロールプレイが行われた。題材は「いじめ」である。まず、3人がかりで1人の生徒を抑え、その頭をトイレの水洗便器の水で、トイレ用洗剤をシャンプー代りにして洗うところから始まった。劇とは言え、あまりに衝撃的な場面に会場は静まり返った。しかし、これは現実に行われているいじめのほんの一例である。

その後、いじめられた生徒は登校拒否となり、進級が危ぶまれる状態で話は終る。このプログラムの面白さは、実際に会場の教師にロールプレイに参加してもらうことである。はりきって舞台に上がった教師が言う。

 「いじめられているんだって。もう心配するな。先生が守ってやるから。今度の職員会議でだな……」。

 「先生何で、職員会議なの?」
 なぜそこで職員会議が出てくるのか。素朴な生徒役の問いかけに会場は沸くが、心の中でははっとさせられる。教師自身、自分一人の力で問題に立ち向かおうとしていない逃げの姿勢に気づくのである。

 「共感的理解」という言葉がある。幼稚園からA子とB子が一緒に帰宅している。途中でA子が誤って穴に落ちる。B子は家に帰るなり、母親に告げる。

B子:「帰り道でね、A子ちゃんが高い穴に落っこちちゃったんだよ」。
母親:「高い穴じゃなくて深い穴でしょう」。
B子:「違うよ。高い穴だよ」。

 幼稚園児のA子にとって、落ちた穴の出口は頭上の高い所にある。その高さをB子はA子の気持ちになって、母親に話したのである。これが共感的理解である。これがなければ生徒の気持ちを理解することは難しい。しかし指導する立場の教師はとかく母親の立場に陥りやすい。

 前述したロールプレイでも、生徒は眼の前にいる教師に助けを求めているのであって、その他のものにではない。職員会議は、助けを求められた教師が教師間でどう対応するかを相談する場でしかない。

 登校拒否やいじめの解決には、何よりも、教師の生徒に対する高い共感的理解が必要である。一人でも多くの教師がこうした能力を身につけることが要求される。それには能力や活力を養える研修の場を増やし、教師自身の教育に力を入れることが必要不可欠である。

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藤崎育子の論考

Thesis

Ikuko Fujisaki

藤崎育子

第14期

藤崎 育子

ふじさき・いくこ

開善塾教育相談研究 所長

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不登校・ひきこもり・いじめ問題 アウトリーチ(家庭や学校への訪問相談)

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