論考

Thesis

政策論争による政治のために -デトロイト計画の戦略から

アメリカで、あるコマーシャルが話題になっている。そのコマーシャルは「ジョージ」という男性がSUVに給油するシーンで始まる。その後、「ジョージ」が彼の車に補給するガソリンの販売会社の重役が登場、次にその重役が石油を輸入している国々の地図が出てくる。その国々とは、イラクとサウジアラビア。そして、銃を高々と掲げるテロリストの映像。「ジョージ」がSUVに給油するたび、テロリストはこれらの国々から資金を受け取っているという。最後に字幕のメッセージが流れる。「オイル・マネーは恐ろしい事の支援をしている」「あなたのSUVの燃費はどう?」。

 このコマーシャルを流しているのは、Americans for Fuel Efficient Cars (AFEC)というNPOによる、「デトロイト計画」である(http://www.thedetroitproject.com)。上記のコマーシャルも、ウェブサイトから動画で見ることができる。ちなみに、デトロイト計画のコマーシャルにはもう一つ別のパターンのものもあり、これも同じサイトで見られる。

 デトロイト計画を始めたうちのひとりであるアリアナ・ハッフィントン氏によれば、目の前を走るSUVがアメリカ国旗をたなびかせているのを見たとき、本当の「愛国的な」行動とは、別な形のものではないのかと感じたのがこの運動を始めた動機の一つだそうである。そして、薬物の使用がテロリスト集団を支援することになるというブッシュ政権のコマーシャルにヒントを得て、全く同じ論法でこのコマーシャルをつくったそうである。

 この運動で面白いのは、第一に対テロ活動と脱石油活動がつながった点、第二にブッシュ流とは違った形での「愛国的な」あり方を示そうとしている点、第三にアメリカ人のライフスタイルそのものに問いを発し、分かりやすいターゲットを設定している点である。

 第一に、対テロ活動と脱石油活動がつながった点が面白い。ブッシュ政権のアフガニスタン、イラクでの行動に石油利権が絡んでいることはもはや衆目の一致するところである。しかしこれまでは、「テロ撲滅」という大義が戦争と石油支配のためにのみ使われてきた。それは、世界中から資源をかき集め、多量のエネルギー消費の上に成り立つアメリカ型繁栄とそのライフスタイルを守るということとを意味した。ブッシュ政権はこのアメリカ型繁栄を守るため、「アメリカ側につくか、さもなくばテロリスト側につくのか」といった単純な2項対立で高い支持率を得てきた。しかし、石油を大量消費するような体質こそテロリストの支援につながっているのだという主張がアメリカの中から出てきたのである。

 第二に、ブッシュ流とは違った形での「愛国的な」あり方を示そうとしている点で面白い。これまで、ブッシュのいうアメリカ型繁栄に対する批判は、平和運動グループからも環境保護グループからも当然寄せられてきた。しかし、これらの運動では、ブッシュはそもそも間違っているという前提に立つ場合が多いため、かえってブッシュ型を認める側にとって好都合にもなりかねない側面があった。つまり、ブッシュ支持側から見れば、「そういう考え方もある。しかし、われわれのような考え方もある。」という形で、全く別の考え方の一体系としてしまうことで、思考回路から切り捨てることが比較的容易だったのではなかろうか。しかし、デトロイト計画では、ブッシュ側の利用している「愛国的な」行動という論法をそのまま利用している。平和とか環境とか、貧困と紛争に苦しむ途上国の人たちを助けようとか、そういったものは少なくとも表向きには一切出てこない。こうしたタイプの運動の方が、起こされる側からすると嫌なものかもしれない。

 第三にアメリカ人のライフスタイルそのものに問いを発し、分かりやすいターゲットを設定している点で面白い。平和とか環境とか貧困削減といった大義は一切でてはこないが、結局こうしたグループと言っていることに共通点は出てくる。しかもターゲットが分かりやすい。平和とか環境とか言われても、何をすればいいのかが分かりづらいし、自分の行動がどのような成果につながっているのかも分かりにくい。しかしSUVに乗ることがテロリスト支援につながる、言い換えればSUVに乗らないことでテロリストに資金が流れないようにしようということは、単純明快である。もっとも、オサマ・ビンラディンをはじめ、テロ実行犯の多くがサウジアラビア出身であったこと、さらにサウジアラビアの王室からテロ実行犯に資金が流れていたことという前提があってのことであるが。多少「風が吹けば桶屋が儲かる」的な議論であったとしても、テロ事件を体験し、テロ=アラブ=石油というブッシュの描いた図式になれた人々にとっては、その程度はどうということもないのだろう。

 流れを変えようとする場合、相手の論法を乗っ取ってしまうのも一つのやり方である。例えば、従来型の公共事業体質に反対するのなら、公共事業そのものに反対するのではなく、行う事業を高速道路整備から都市の生活道路整備にしていくといった考え方もある。与野党の違いがますます分かりにくくなる中、どうせ極端な違いがないのなら、こうした同じ論法を用いて中身を代えていく対決もいいのではないだろうか。また、そうすることが本当の政策論争につながっていくのではないか。「抵抗勢力対構造改革」などという古い2項対立の図式は、わかりやすいが飽きやすいものである。

 

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原田大の論考

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