論考

Thesis

介護保険の現場から その1

今回は、介護老人保健施設(以下、老健)・訪問リハビリテーション(以下、訪問リハ)などの介護保険を支える人たちの現場を見て、体験してきた。これら一連の研修を通して、介護保険について疑問に思ったこと、高齢社会に対して思ったことを書いてゆきたい。

 構成は、2部構成とする。内容は以下のとおり。
1部:研修体験として、老健での6日間の研修内容について
2部:研修を通して感じたことや、介護保険について疑問に思ったことについて

◆研修報告

1.介護老人保健施設エスペランサでの研修

 5月15日(水)~20日(月)までの6日間、宝塚にある介護老人保健施設「エスペランサ」にて 研修を行った。

(1)介護老人保健施設の説明

 介護保険制度において、提供される施設サービスのひとつ。利用者が自立した生活を営むことを支援し、家庭復帰をめざす施設である。4つの役割と機能を果たすことを目標とした施設である。

  • 総合的ケアサービスの提供施設
  • 家庭復帰の支援施設
  • 在宅ケア支援施設
  • 地域に開かれた施設

  • (社団法人 全国老人保健施設協会パンフレットより)

(2)エスペランサ概要

 1F:通所リハビリテーション(デイケア)、2~3F:入所施設(一般棟)、4F:入所施設(痴呆棟)、5F:利用者専用遊歩道となっている。
 定員は、1F:通所リハビリテーション(40名 うち痴呆10名)、2~4F:入所(140名 うち痴呆40名)となっている。老健施設で痴呆棟を持つ施設は多くないが、エスペランサでは痴呆棟を持っている。

 資料 エスペランサ データ(PDF版 54KB)

(3)研修概要

 6日間の研修の概要は以下のとおり、夜勤体験も行った。

 研修場所研修時間 
15(水)2F(一般棟)9:00~17:30 
16(木)4F(痴呆棟)9:00~18:00のちにケアマネ事例検討会参加
17(金)4F(痴呆棟)15:00~翌9:00夜勤体験
18(土4F(痴呆棟)~9:00 
19(日)4F(痴呆棟)9:00~17:30 
20(月)1F(通所リハ)9:00~15:0015:00~訪問リハに同行

(4)研修詳細

 3月末からホームヘルパー2級講座を受講しているが、まだこれといった介護技術を身に付けているわけではないので、簡単なことしか手伝えず、むしろ職員の足をひっぱったような気もしたが、自分の研修内容を書いてゆきたい(具体的な時間の流れについては添付資料参照)。

 資料 エスペランサ 研修タイムスケジュール(PDF版 126KB)

<一般棟での研修>


一日目:9:00~17:30

午前

 2F一般棟は、痴呆はないが、50人中の25人が車椅子、20人近くが杖や補助具を使えば歩行可能、何も使わないで歩くことができる利用者は1割くらいということで、車椅子をよく押していた。

 オリエンテーションの後、9:30から研修がスタートした。まずは朝の入浴で上がってくる利用者の髪を乾かし、水分補給のためポカリスウェットを飲んでいただくことを行った。上がってくる利用者一人一人の髪をドライヤーで髪を乾かしながら、ポカリスウェットを勧めていくのだが、中には飲むのを全く嫌がる利用者もいて、飲んでいただくことに苦戦した。

 終了後は食堂でくつろいでいる利用者と自己紹介をかねて話をした。その後は昼食準備ということで、部屋に戻った利用者を食堂に誘導し、オシボリとお茶を配った。利用者の食事は下のフロアから温蔵庫?車?に載ってやってくる。利用者ごとにおかずやご飯が分かれていて、ネームプレートが載っているので、そのネームプレートをもとに配膳を行った。

※糖尿病等の病気、さばや卵のアレルギー、噛むことができないのでペースト状と利用者の状態に応じて食事が分けられている。

 食事終了後の片付け時には、利用者ごとにごはんとおかずそれぞれどれだけ食べたかを10段階(10が完食)で点数をつけて食事量の管理している。老健施設において利用者の栄養保持は三度の食事のみであるため、食事量の管理をしっかりと行うのである。
 
午後

 午後からは生け花教室に参加してきた。利用者の中には昔、未生流で生け花を学んでいた方がいて、なつかしそうにその事実を語ってくれた。やはり女性は花が好きらしく、みんなうれしそうに思い思いに生け花を楽しんでいた(出来上がった花は、それぞれのフロアに持って上がって飾られる)。
 その後、2Fにまで誘導し、おやつの時間の手伝いをした。

 おやつの後は、利用者に教わりながら一緒にオシボリづくりを行った。「働かないとねー。」と語りながらオシボリをたたむ姿に、人は必ずしも一方的に支えられたいのではないのだなーと実感した。

 この間職員は、清拭タオルを持って利用者の排尿・排便チェックで動き回っているようだった。
 夕食の時間となったので、夕食準備を昼食と同様に行い、準備を整えたところで終了時間となった。

<痴呆棟での研修>

二日目:9:00~18:00


 2~5日目までは、4F痴呆棟での研修であった。2F一般棟と比べて大きな違いは、車椅子や杖もしくは補助具を使わなくても歩くことができる人が多いということだった。そういった理由でまずはフロアを歩き回っている利用者が目に付いた。

 この4F痴呆棟は、エレベーターも階段も番号ロックがついている。それは、痴呆の利用者が勝手に出て行ってしまわないようにそうなっている。利用者はどこかに行こうとしたいらしく、エレベーターのドアが開くと目の前に利用者の方が立っていたりして、驚かされることがあった。職員がしっかりと利用者につくことができれば、ロックする必要もないだろう。しかしそれができない現状があるので安全確保のためロックしている。

午前

 まず、場所に行くと、女性の利用者の一人が大声で童謡を歌っていて、にぎやかな感じだなーと思いながら研修がスタートした。

 一般棟と同様で、まずは入浴から上がってくる利用者の髪を乾かしながら、水分補給ということだった。途中でその歌を歌っている利用者を風呂場に誘導することになった。その利用者の方は入浴したがらず、寝巻きを着ていたので着替えましょうと入浴でないことを強調して連れて行ったが、途中で入浴とばれてしまい、かなり嫌がられながらどうにか風呂場まで連れて行った(入浴後は、その女性は気持ちよかったとご機嫌になっていたので、私は???だった)。

 昼食までの時間を食堂にいる利用者に自己紹介を兼ねながら声をかけて話をして過ごした。若い男性ということで「結婚しているのか?」という質問を各利用者に浴び、「独身」と答えるたびに、「早く嫁さんをもらいなさい」と言われ、頭を掻いて苦笑いを返すだけだった。

午後

 昼食の準備も同様に行い、その後は午後から着物着付教室に参加した。昼休み終了後、着物を着る予定の利用者を連れて1Fに下りていった。女性のみが着るので着替えの場所に誘導後は会場設営のため、椅子を運んで、並べていた。

 着物を着て、お化粧をして出てきた利用者は、みな少し興奮気味だった。話し掛けてみると、昔、着物を着ていたことをうれしそうに語り、中には手を叩いて喜んでいる人もいた。夫婦で入所している方もいて、奥さんが着物姿で旦那さんのところに近づくと普段は黙っているのに、奥さんが着物を着ておめかししているのが恥ずかしいらしく、近寄らないようにやっているのがかわいらしかった。私も仲良くなった着物を着ている利用者に旦那として一緒に歩いて欲しいといわれて、手を引いて歩いたりもした。その人は終わった後も「満足した。私はもう死んでいい」とうれしそうに手を叩いていた。

 見ている利用者もうらやましそうに眺めていて、非常に大盛況のうちに着付教室は終わった。こういった娯楽は大切だなーと思いながら、自分も眺めていた。

 その後は、昨日と同様におやつ、夕食とその間は利用者と話をして過ごしていた。職員はそうしている間もトイレ誘導やら、排便・排尿のチェック等で動き回っていた。

 リハビリということでラジオ体操を行った。なぜかラジオ体操第2というわけで、自分でもわからなかった。職員2人くらいで36人を相手するので、全員にきっちりとやってもらうことはできなかったが、どうにかやっていた。

 ラジオ体操の後で寝巻きに着替えるので、着替えの介助を行ったが、初めての着替え介助で相手が自分よりも大きく、目が見えない、ほとんどしゃべりもしないということで部屋に連れて行くのも着替えていただくのも本当に苦労して、その人一人で自分も疲れてしまった。私がその人一人に奮闘している間に、職員はどんどんと着替え介助を進めていて、改めて介護技術のなさを痛感した。

 夕食準備をしたところで、エスペランサのケアマネジャーの方にケアマネ事例検討会に連れて行ってもらえるので、この日の研修を終了した。

三・四日目:15:00~翌朝9:00

 この日は、痴呆棟での夜勤体験ということだった。本当は17:00出勤でよかったが、少しでも利用者の皆さんにも慣れたかったので、おやつの時間(15:00)に出勤した。

 夜勤は、看護1人、介護2人の3人勤務体制を採っている。私はその3人の職員の方と一緒に勤務ということだった。
 
午後

 昨日同様、おやつとリハビリ体操の後、着替え介助だったが、今回は自力でも十分できる人だったので部屋に誘導するだけで終わった。

 この日は、車椅子の女性の方が家に帰りたがっているので、その聞き役?として横に張り付いて話を聞いていた。昨日からの体験で分かってきたことだったが、どうもどこかの時点に記憶が戻っているらしく、その人は主婦時代に戻っているようで、家に小学校の息子を残してきているから心配だから自分は帰らないといけないから、返して欲しいとしきりに懇願してきた。私としては聴く以外に方法もなく、小学校の息子にはちゃんと面倒を見てくれる人をつけてあるから安心してください。まずは病気(実際に糖尿病)を治してから帰りましょうと居ることに納得してもらうように話をした。そういった話をして、一旦そうですかわかりましたとなっても、数分後には、また同じ理由で返して欲しいと懇願し、同じ方法で話をするというのを何回も繰り返し行った。

 夕食準備のときに、職員にオシボリを配るように言われて、配ったが間違えて冷たいオシボリを配ってしまい、利用者に怒られてしまう失敗を犯してしまった。夕食後にその指摘をしてくれた利用者に謝りに行って、どうにか許してもらった。

 夕食後、口腔ケアを行い(私は誘導するだけ)、就寝準備ということで、利用者を部屋に誘導していった。



 大体の利用者を部屋に戻したら、消灯をし、9時前くらいに食事を摂った。食事を摂って、4Fに戻ってくると、部屋を出て徘徊しだす利用者がチラホラといて、まだ夜ですよと注意して部屋に戻って眠ってもらうようなことが何回かあった。

 10時くらいから、夜の排尿チェックを行った。4F痴呆棟では、夜はトイレ誘導をしない方針を採っている。したがって、眠っている状態でオムツの交換をする(といっても起きてしまう人がいて、職員が「起こしてごめんなー」といいながらおむつ交換をしている場合もある)。3人の職員がそれぞれに分かれてオムツ交換を手早く行ない、私も交換後のオムツが入った袋を持たせてもらったが、とても重く、夜の排尿チェックの大変さを垣間見た気がした。

 その後、10時半から3時まで私は仮眠をとることになっていたが、はじめのうちは眠ることができなかったが、気が付いたら5時まで寝てしまっていた…



 5時に起きると、少しずつだが、利用者が起きだし、食堂へと出てくる。6時くらいには大半が起きていて、食堂に出てきて、朝刊を読んだり、話をしたり、塗り絵をしたりと思い思いに過ごしている。
 7時に朝食の準備に取り掛かり、7時半に朝食を食べ、9時前に仕事終了ということになった。

 仮眠は余分に取ってしまったが、それでもはじめての夜勤ということで精神的に疲れてしまった。その結果、帰りの電車の中で思い切り眠ってしまい、終点で降りるはずが、降りずに折り返してしまいそうになった。

五日目:9:00~18:00

 夜勤明けの翌日は勤務としては休みになっている。休んでもいいといわれていたが、たった6日間の研修なので日勤として研修を行った。

 この日は、日曜日ということもあって、割に多くの家族(私が知っている範囲では5・6家族程度、それ以外の日は2・3家族程度)が利用者に会いにきていた。息子夫婦や孫、妹などなど10人前後の人たちが午前・午後それぞれに面会にきていた。

 家族が帰った後に、家族がきていましたねーと声をかけると、うれしそうに返事をする人もいれば、首を振る人も居たりといろいろな反応が返ってきて、痴呆の度合いも影響しているんだろうが、どうしてそうなるのかまでは私にとっては皆目検討不可能だった。

 家族の面会が多いということ以外は、二日目と変わらない流れで研修を行った。

<通所リハでの研修>

六日目:9:00~15:00


 最終日は、通所リハで研修を行った。9:00のミーティングの後、3台の車に便乗して、通所の利用者を迎えにいくということで、私もその一台に便乗した。迎えに行くときに携帯で10~20分後で迎えに上がることを連絡していた。理由を聞くと、電話をしてあげないと準備の時間がとれなかったり、また利用者の中にはいつ来るのかと待ちわびている人もいるのでお知らせして安心してもらうためにも携帯で連絡をとるということだった。

 10時くらいに、その日の利用者が集まるので、まずはみんなでレクリエーション(以降、レク)をした。レク内容は職員が一生懸命考えてくるらしく、今回はトイレットペーパーの芯をつかい、相撲取りの形に切って色のついているボール紙を芯に貼って、相撲取りを作ってトントン相撲を行うということだった。ひとテーブル6人前後で3テーブルに分かれて、相撲甚句をかけながらトントン相撲を行った。
 すべての人を楽しませるレクというのはなかなか難しいようで、一生懸命やる利用者とまったくやりたがらない利用者に分かれて、多くの人たちでいっせいにやるレクの難しさを知ることができた。

 昼食は、入所と違い、一人一人お弁当を配ることになっている。通所リハということで要介護度の低い人が多いので、ほとんどが自分で食事を摂っていた。

 昼食後は、入浴ということで、私はこれまでと同じように、入浴後の髪のドライヤーがけと、水分補給にお茶を勧めることを手伝った。

 今回は、15:00~エスペランサ内にある訪問看護ステーション「ルシエール」の訪問リハに同行することになっていたので、研修終了となった。

2.在宅サービス見学

 5月20日(月)に宝塚の訪問看護ステーション「ルシエール」の理学療法士に同行し、訪問リハビリテーション(以降、訪問リハ)を見学した。

<訪問リハビリテーション見学>

 訪問リハビリテーションでお伺いした家庭は、母(80代)と息子(60歳前後)の二人暮しで、息子が、ホームヘルプサービスと週1回の訪問リハのサービスを活用しながら、母を介護している。母は手足に痺れがあり、基本的にはベットに寝たきりの状態になっている。

 先週の訪問リハの後、ヘルパーの体位変換がうまくいってなかったらしく、痺れが激しく、痛みで眠れないと泣きそうな声で、理学療法士と私に症状を訴えていた。理学療法士の方も先週からの変化に驚き、どこがどのように痛いのかを聞きながら、マッサージをしていた。私はその女性の手を握って、痛いというのを聞きながら、手を揉んであげるくらいで精一杯だった。

 いろいろとマッサージをしているうちに症状が和らいできたらしく、痛いとしか言わなかった女性もいろいろと話をし始め、笑顔も見えてきたので安心できた。

 症状が和らいだようなので、ベットの端で座る(端座位)練習をし、輪投げをすることで手を動かす練習をした。

 最後はとても落ち着いてくれたので、介護している息子も安心してくれて本当に良かったと思った。
 マッサージ中に、ホームヘルパーの日誌を読ませてもらった。一年前からサービスを利用しているが、一年前は、食事は半分も食べてなかったが、今ではいつも全部食べるように在宅サービスで回復してきているのがよく分かった。ただ、最近は新しいヘルパーばかりが入るらしく、なかなか信頼関係が築けず、それが体位変換のミスにつながったらしい。

◆研修を通して思ったこと・感じたこと

<痴呆って>

 私は、今回の研修で初めて痴呆の方達と触れ合った。そこで感じたことは大きく分けて以下の3つである。

  1. どこかの時点に戻っているor戻ったりする状態がある。
  2. 最近のことを覚えていないケースがある。
  3. 何をするんだろう。
1.どこかの時点に戻っているor戻ったりする状態

 どこかというのは人によって違うようだった。私が話した利用者の中には、お母さんの時代に戻っていて「小学校の長男を置いてきたから帰りたい」という人もいた。小学校の先生をしていた人は先生時代に戻っていて、私に「明日の5年生の遠足の準備は進んでいますか」とか「生徒が忘れ物をしたらしいから探してくれ」とか言われたりした。利用者によってはどこの時点なのかまったくわからない人もいた。

 私は基本的に話をあわせるようにしていた。私の時点では確かにありえない話だが、話をあわせるととても安心するらしく、納得しておとなしくなったりする(しかし、数分後にはまた同じことを言われることもしばしばあった)。

 痴呆の方だけではないかもしれないが、うまく接するには、その人の歴史とか家族構成とかを知ることが大切なんであろう。そうすればいきなりの会話にも余裕を持って接することができる。

2.最近のことを覚えていないケース

 常に最近のことを覚えていないわけではないようだが、忘れるときは忘れるというよりもまったくそんなものはないといった状態になるような気がした。

 私にとって一番困ったケースは、「食事を食べた、食べてない」ということだ。食事後に食べ終わったので食器を下げて、数分すると、「私はご飯を食べていない」といわれ、「さっき食べましたよー」と答えると「そんな、私は食べていないんだ。あなたは私を虐待するのか!」と詰め寄られ、たじたじになってしまった。じっくり話をして他の話に関心が向いたときにその話に引き込んでどうにか乗り越えることができた。

 他にも、10分前に会って、また会うと、「お久しぶりですねー、お元気でしたか?」と長い間あっていないようなことをいわれることもあった。

 自分が言われたことではないが、家族の面会の後に「息子さんが来てたんですかー」と聞くと「いいや、来ていない」と首を振って否定するようなこともあった。

 ただ、この出来事は常に起こっているわけではない。どんなときに起こるのかは私には全くわからないが、基本的には忘れたことを責めないことが大事なようだということを教わった。

3.何をするんだろう?

 痴呆棟でよく見かけたのは、施設内を歩き回っている(徘徊)風景だった。どこにいくというわけではないが歩き回っている感じで、一旦食堂に連れて行っても、気がついたらどこかに歩いていってしまう。別に部屋に戻るわけでもなく、ただ歩き回っている感じだった。

 利用者の中には食べ物以外のものを食べてしまう(異食行為)ケースもある。これはそのものが何であるかが分からないこと(失認)によって起こってしまうらしい。

 この徘徊や失認を見ていると、痴呆の方の介護というのは単なる介護だけでなく身の安全を十分に考えないといけない大変なものだと思った。

<家に帰りたい。家で死にたい。ここに置いて欲しい>

 今回の研修は家族とは何だろうかというのを突きつけられた研修だった。

 表題の言葉は利用者との話の中で出てきたものである。何人かは私が話し掛けると「家に帰して欲しい」と懇願され、私ではどうすることもできないので困ったこともある。「家で死にたい」というのは、普段は食堂で歌を歌ってご機嫌の方だったが、その日は朝から腹痛がはげしかったようで、心配して話し掛けると「このまま死ぬんやったら、家で死なせてくれ」と悲しそうな顔で哀願してきた。

 そういったケースもあれば、逆に「どうかここにずーーーと置いてください。よろしくお願いします」と手を握ってくるということもあった。

 他には、家に帰ることはもうないと達観している方もいた。「帰りたい」という利用者に対して、「帰ることなんかできない」と言っている姿を見かけた。

 これらの言葉を言った人たちに家族の事を聞くと対照的な答えが返ってきた。

 帰りたいという利用者は、自分の家族や家庭のことを一生懸命に語ってくれた。私に嫁さんの選び方指南をしてくれる人もいた。

 逆に置いて欲しいという人は、あまり家族や家庭のことを語りたがらず、入る前は大変だったんだということを語るばかりで家族の関係で大きく変わるものだと実感した。

 しかし、「帰りたい」といった人がすぐ帰ることができるわけではないのである。

「老健めぐり」という言葉がある。これは高齢者が、老健を3~6ヶ月単位で移転してゆき、最終的には特養に入ることを指す言葉だ。エスペランサの平成13年度1年間の入退所データを見せてもらう中で分かったことは、3分の2(66.6%)が病院と老健から入所し、そして4分の3(75.6%)が退所後も病院・老健・特養に入所するという事実である(図1・図2参照)。特に退所後特養に入所するケースが著しく増加しているとおり、「老健めぐり」という言葉は現実化している。

(図1:平成13年度入所内訳 総数174人)
家庭医療機関特養老健
52人78人6人38人
29.9%44.8%3.4%21.8%

(図2:平成13年度退所内訳 総数185人)
家庭医療機関特養老健死亡
44人82人30人28人1人
23.8%44.3%16.2%15.1%0.5%

 療養部長にも教えていただいたが、初めの3~6ヶ月以内に家族に在宅復帰を説得することができないと、「老健めぐり」になってしまうケースが多いということだった。家族も預けるうちに介護の大変さから解放され、居ない生活に慣れてしまうほど在宅復帰のパーセンテージが下がってしまうという話だった。

 実際には、利用者が「帰りたい」と願っても、利用者本人の意向よりも、家族側が自宅では見ることができないという意向が強く、家に帰ることができないのである。まさに家族関係のあり方が問われる一面である。介護保険は介護の社会化だけでなく、在宅介護を進めるためにも設けられた制度である。本当に在宅介護を進めるためには、在宅介護の利点や在宅介護を進める、もしくは補完する制度といったものがもっと必要なのであろう。

<表示上の3対1、現実の7対1!?>

 老健・特養ともに標準的な職員の人員配置は、利用者3人に対して職員が一人ということになっている。しかし、これには数字の落とし穴がある。たとえば90人の利用者に30人の職員という形なら3対1になっている。利用者は24時間生活しているが,職員は施設に24時間働くわけではない。8時間労働としたら1日3交代ということになる。したがって、夜は眠っている人が多いのでそんなに人がいらないということになるが、それでも日中は7対1くらいの構成になる。

 これがエレベーターや階段をロックさせることにつながっているのである。はたまた身体拘束といった問題にもつながっているのであろう。

 1人の職員で、7人の高齢者をお世話するのである。トイレに食事に着替えにといろいろお世話しなければならないことがある。リハビリについても7対1では効果的なリハビリをするのは困難である。

 リハビリなど良い生活を送るためのサービスを提供するにはもっと実質的な人員配備の手当てを行政は考え、講ずるべきではないだろうか?

 これは今回の高齢者施設にかぎらず、今まで研修で回ってきた障害者施設のときも思ったことである。単なる数字上の配備では職員が忙しく動き回って、利用者一人一人に本当に丁寧に接することができない。

 施設に行くとよく身体拘束ゼロというポスターを見かける。この身体拘束というのは、車椅子に体を拘束具で縛り付けること等をいう。この身体を拘束してはいけないことは、誰でも分かっていることである。しかし人員配備が現実的でないゆえに、しかたなく身体拘束を行うケースも十分に考えられる。職員が動き回っている姿を見ていると本当はダメだと分かっていても仕方がないと思うこともある。
 身体拘束ゼロのキャンペーンを行い、啓蒙することも大切であるが、行政としても本当に身体拘束をなくしたいのであるならば、施設職員の話を聞くだけではなく、人員配備についてもっと現場を見て考えるべきだろう。

 来月は特別養護老人ホーム研修報告を中心に、介護保険の現場で疑問に思ったことなどをさらに書いてゆきたい。

◆研修先

 今回のレポートを作成するに当たっての研修先は以下のとおり

  • 老人保健施設 エスペランサ(宝塚市)・・・老健&デイサービス研修
  • 訪問看護ステーション ルシエール(宝塚市)・・・訪問リハビリ同行
  • 指定居宅介護支援事業所ケアメイト(宝塚市)
  • 宝塚ケアマネサロン「事例検討会」(宝塚市)・・・検討会傍聴

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海老名健太朗の論考

Thesis

Kentaro Ebina

松下政経塾 本館

第22期

海老名 健太朗

えびな・けんたろう

大栄建設工業株式会社 新規事業準備室 室長

Mission

「ノーマライゼーション社会の実現」

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