- ●緑あふれるワシントン・平山康樹
- ワシントンに着くまでは、東京のようなごみごみとした大都会を想像していた。しかし実際に見てみると、緑が多く、町中でリスの姿を見かけたのには驚いた。川もきれいで周囲には緑が溢れ、夜になると蛍が飛んでいた。建物の景観も素晴らしく、町並みはレンガ造りで統一されて落ち着いた雰囲気だった。
現地のテレビや新聞で日本人の生活の様子が報道されているのを見た。そこに映し出されていたのは狭いアパートで暮す日本人の姿で、日本人はこれで本当に幸せなのか、と我が事ながら不安になってきた。生活の豊かさとは、魅力のある都市づくりとは何かを考えさせられた。 - ●国旗と誇りと・五味吉夫
- 建国からまだ200年余りしか経っていない国だが、町並みからは十分にその歴史を感じた。日本の場合、200年も経過している家はほとんど見ることがない。米国には至るところに200年近いという家が存在していた。地震が少ないため建て替えの必要がなかったためとも言われるが、歴史博物館のような街にしばしば出くわした。また、米国人は自分の国に誇りを持っているのも強く感じた。国旗が至る所に存り、祝日でもないのに玄関に国旗を掲げているのを見て驚いた。韓国でも空港に降りたってすぐに国旗が50本ぐらい立っているのを見たが、両国民とも自国に対する誇りの強さを感じた。
- ●沖縄から見た米国・喜友名智子
- ワシントンで出会った人たちの前向きな生き方に触発されたが、安全保障に関係するレクチャーを受けた後はとても神経質な気分になった。私の故郷・沖縄では米軍と米国に対して複雑な感情がある。1995年に米兵による少女暴行事件が起きた時には基地反対集会に8万人が集まった。その一方で、沖縄にとって非常に大きな意味を持つ安全保障政策は米国のほんの少数の日本専門家によって決められていたということを知った。このことを知って、沖縄の小さな力で何かを訴えるということにどれほどの意味があるのだろうかと何度も考えさせられた。何かを主張したところで、結局米国の都合が変わらない限り何も変わらないのではないか。しかし、環境が変わらない状況の中でも、新しい道を開くことができる何かがきっとあるはずだ。沖縄のプラスになり、かつ日本・アジア・世界のプラスになるような環境をつくるにはどうしたらいいか。問題意識を沖縄だけでなく、日本全体、アジア、世界へと広げていく視点を持つことの大切さと難しさを再認識した。
- ●個性主義とロビイスト・鈴木烈
- 米国に行って驚かされたのは「ロビイスト」と呼ばれる人々の地位の高さである。民意と政治を結ぶコンサルタント的な役割を果たす、大企業を顧客に抱えるロビイストは、日本の大企業の顧問弁護士よりも高い社会的地位を獲得している。日本で「ロビイスト」というと規制産業の利益団体、あるいは陳情屋のようなイメージだが、実際は経済の最前線で戦うビジネスマンなどの要求を政策という形にし、情報提供を兼ねて議員に提案する、重要な政策立案者の一人である。米国は単に個人主義の国というだけでなく、さまざまな人間の知恵や理性、能力が、個人単位でさまざまな分野で発揮されている「個性主義」の国だということを実感した。
- ●ワシントンという「山」・森岡洋一郎
- ワシントンは米国、そして世界の政治の中心という山である。その山の頂上にはステージがあって、政治家や政策リーダーたちが活躍している。また、そこを目指すハングリーな若者が世界中から集まってきて登山をしている。ロビイストの事務所を訪れ、インタビューする機会を得た。カーター政権以来の民主党の政策決定や選挙に関わってきた人だ。一番驚いたのは時給4万円というその給料である。人間1人の1時間の活動にそんな値段がつけられているということが信じられなかった。
今回知り合った友人の一人に、オハイオ出身の21歳の学生マットがいる。彼はミシガン大学をこの春に3年でしかも学位を2つをとって卒業した。将来は下院議員を目指しており、毎夏休み、ワシントンに来ては様々な政治関係の団体でインターンとして働いている。朝6時半に起きてインターンに行く。夕方、大学のサマークラスで経済学の授業を受け、帰ってきてから夜2時まで勉強する。休日もほぼ終日勉強に費やす。世界のリーダーは米国だと米国人が自負する根拠と、苛烈な競争社会の中を生き抜くハングリー精神を彼の中に見た。 - ●自由と責任と・田中百合子
- 自由な国・米国。アメリカンドリーム。米国を語る時、色々な形容詞がそこにはある。大らかな人間性と広大な大地からは人間の無限の可能性を感じるが、その反面、如何に自己責任が大きい国であるかということも認識を新たにした。社会保障局で米国の社会保障体系についての講義を受けたが、米国の社会的弱者というのは想像以上に厳しいものだった。こういう人々にはアメリカンドリームなど全く縁がない。敗者復活など夢物語だ。病気になったからといって国が生活を保障してくれることなどない。万一に備え自己責任で保険加入や貯金をしなければならない。もちろん被雇用者には、企業もそれなりに保障してくれるが、被雇用者となるかならないかも自分の責任である。ここまで徹底して自由が尊重されていたことは驚きだった。しかし、それ以上に驚いたのは国民がこういう社会を受け入れていることだった。自分のこれまでの既成概念ではこのような社会はなかなか受け入れ難い。ただ、米国がそういう国であるということだけは理解できた。
- ●米国という「合衆国」・畠中光成
- 米国人に「米国の特長はなんだ」と聞くと、ほぼ100%「自由」という言葉が返ってきた。開拓者精神を重んじ、州の独立性が高い合衆国、米国。その培ってきた自由の真の意味を理解しなければ、米国型「自由主義」は語れない。私が見た米国は「合衆国」だった。たくさんの人種が住んでいる。貧富の差が非常に大きいのも事実だ。当たり前かもしれないが、もっとも日本と違う点であり強い印象が残った。これこそ、「自由」の公平性と厳しさがもたらしたものだろう。今回の体験からこのことを認識できたのは大きな成果だった。
- ●感謝協力と自主自立・奥健一郎
- 米国の長所を日本に取り入れ活かそうとすると、米国のどの長所を日本のどのへあてはめるかがポイントになる。日本人は「集団では強いが個人では弱い」といわれる。「集団が強い」ということは悪いことでない。後は、弱い個人の部分を強くして、「個人で強く、集団でも益々強い日本人」にすればいい。
米国人は「個」というものを非常に大切にしている。松下幸之助塾主は政経塾の塾是の中で「感謝協力」の必要性を説くと同時に「自主自立」を謳っている。一見矛盾するように見えるこの二つだが、実は全く矛盾していない。自主自立とは「自らの足で歩いてこそ知恵も力も集まって、良き成果がもたらされる」ことであり、この「知恵も力も集まった」段階で初めて「感謝協力」が必要となってくるからである。実際、自分は一人でも何とかやっていける自信がある」という意識を持てるということがまず先にあって、次に「いくら一人でもやれるといっても、実際周りに人がいた方が物事は進めやすいな。こうやって仕事ができるということ自体本当に有り難いことだ。これからも、これに甘んじることなく、もっともっと自分を磨いていかなくては…」ということになる。私は日本においてはこれが最適だと考えた。





















