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2001年8月

日本再生の鍵は、ベンチャー企業と地方分権

佐藤広典/松下政経塾第21期生

 ベンチャー企業の育成にとっての地域経済(コミニティ)の重要性と、地域の起業環境を整える産業政策の必要性について、自分の考えを述べてみたい。

失われた10年と繁栄の10年

 1990年代を称して「失われた10年」と言われる日本経済だが、その停滞は2000年になっても改善されず、ここ数カ月はより深刻さを増している。工業生産額の大幅な落ち込みと、4.8%(6月現在)にも上る失業率がその1つの指標といえる。GDP成長率も1%弱と、先進7カ国の中で最低である。また、新規株式会社設立数も低迷を続け、倒産件数だけが増えている。2000年の負債総額1千万以上の全国企業倒産件数は1万8769件で、前年比22%増、歴代順位では戦後5番目の多さである。負債総額は前年比75.3%増の23兆8850億3500万円、それまで戦後最悪だった1997年の14兆447億円を抜いて記録を更新した。
 この日本の状況に対し、アメリカ経済はまったく正反対の様相を呈していた。過去10年間で実質GDPは6兆7079億ドル(1990年)から8兆8480億ドル(1999年)に、個人消費は4兆4745億ドル(1990年)から6兆ドル(1999年)に増えている。また、1990年から1996年まで起業数は527万社から663万社に、個人事業者は1478万件から1666万件に増加している。この経済成長は、IT企業を始めとするベンチャー企業の成長が牽引役になったといわれている。それは、アメリカの全雇用に占めるフォーチュン(FORTUNE)500社の比率を見てもわかる。1968年には19%であったのが1995年には8%にまで下がり、総雇用に対する大企業の雇用比率が低下している。つまり、1970年〜1980年にかけて生み出された2000万人に及ぶ雇用のほとんどが、創立後まもない中小企業、ベンチャー企業によるものである。かつて1950、60年代は、大企業や政府が新規雇用の4分の3をまかなったが、70年代以降は中小企業のベンチャー企業がその役割を担っている。
 日米経済をこのように分析・比較すると、日本経済の再生にはベンチャー企業の起業・育成が不可欠なことがわかる。日本は、ベンチャー企業のもつ新規雇用創出能力を積極的に活用すべきである。

ベンチャー地域経済圏

 では、アメリカは、ベンチャー企業をどのように創出し、一大勢力にまで育て上げたのだろうか。アメリカでは、ベンチャーの育成に地域経済圏の果たす役割が非常に大きい。その役割は三つある。
 まず一つは、地域経済圏にはすでに大小さまざまな企業があり、「コラボレーションできる企業群」が形成されている点である。コラボレーションできる企業が集積しているため、地域の中で有益な情報交換が行われ、それが新しい展開、つまり雇用の流動化や共同プロジェクトを生み出している。さらに、こうした状況が起業家・ベンチャー企業・投資家を呼び寄せるという好循環を招いている。
 二つ目は、地域は「サポートする人材の供給地」であるという点である。起業するには、あるいはベンチャー企業が成長していくためには、ベンチャーキャピタル・エンジェルといった投資家から、メンターといわれる経営指導者、公認会計士や弁護士など、実にさまざまな人の支援が必要である。場合によっては、経営自体に外部の力を借りることもある。そのようなとき、地域はこうした人員を供給する母体となる。
 三番目は、地域が「インフラが整った環境」を提供することである。すでに、ある程度の経済圏を形成している地域であれば、ビジネスに必要なインフラは整備されている。このような場所では、企業単独で揃えるのが難しい設備や機器、インターネットのバックボーンなども、他企業とのシェアという形で利用できる。

▲図 アメリカの地域経済圏

 現在アメリカには代表的な8つの地域経済圏がある(図参照)。この三つの要素は、これらの経済圏のほとんどに当てはまる。では、こうした要素はどうすれば備えることができるのか、地域経済圏の一つ、グレーターワシントン地域(バージニア州、ワシントンD.C.、メリーランド州)を例に、さらに細かく見てみよう。ワシントン郊外のベンチャー地域圏であるグレーターワシントンは、近年のITブームと共に発展して来た地域である。以下のような特徴が挙げられる。
(1)ベンチャーを起す人材の供給地が身近に存在する
 首都ワシントンに近いため、大企業、政府、国防省などからスピンアウトした「エリート」が起業している。また、こうした人材とともに、技術が民間に移転され、新しいベンチャーを生み出している。

(2)優秀で豊富な労働力
 優秀な労働力の確保が容易である。バージニア州の労働人口は340万人を超え、教育水 準・進学率が高く、博士号を有する科学者や技師が多い。

(3)1日で全米人口の60%をカバーする交通と立地
 ワシントンD.C.の空の玄関であるダレス国際空港に近く、交通の便が良い。高速道路、港湾施設、河川港、鉄道も整備されている。バージニア州から1日で輸送できる範囲内に全米総人口の60%が入る。

(4)抜群の生活環境
 交通網の非常に発達した地域でありながら、自然が豊かで気候も温暖で生活しやすい。

(5)中央・地方政府が提供する数々の支援・インセンティブ(優遇措置)
〔中央政府〕
 中央政府は、進出する企業に対して、様々な助成プログラムを設けている。主なものだけでも種税額控除、産業開発債、道路・鉄道運用基金、従業員採用教育訓練支援等がある。

〔地方政府〕
 州としては、堅実な財政管理、低率で安定した税制、事業規則の弾力的な運用などを行っている。例えば、バージニア州では労働者の労組への加入が義務づけられていない(ユニオンショップ制の禁止)。そのため労働争議もほとんどなく、労使協調がとられている。
 税制は米国内で最も低い水準で安定している。 バージニア州の基本事業税率は、州法人所得税がバージニア州内で得た純益の6%、売上税が州税3.5%に地方税1%を加算した4.5%である。さらに、州内50カ所に設定された当該地域内に進出した企業に対し、10年間の税適融合措置を行っている。
 この他、各地域のコミュニティーカレッジを活用した従業員の教育訓練を支援する制度や事業資金を支援する制度、中小企業保証制度も採用している。
 以上が、グレーターワシントン地域経済圏の特徴である。他の地域経済圏の詳細な分析はまだだが、ここから見る限り「他と比べ成長しやすい地域」、「働くのに快適な環境」を創り出すことがベンチャー企業育成の鍵と考えられる。

起業家精神を育てる教育・社会風土

 前章では、地域経済圏の果たす役割を重視し、政策や労働環境などについてみたが、アメリカのベンチャービジネスを考えるとき忘れてならないのが「起業家精神」である。アメリカには「起業したい」という意欲を育て、それを支えようという明確な社会的合意がある。それは家庭における親の指導、ビジネススクールでの起業教育、地域での各種起業支援イベントなど、さまざまなところで具体的な形となって現われている。
 これらの中で、私は、グレーターワシントン経済地域で起業を促し、その手助けをするために開かれているいくつかのイベントやワークショップを覗いてみた。
 「今から起業したい」、「今経営している会社を大きくしたい」という人々を支援するスコアーという団体が開いた「起業するための方法」というワークショップに参加した。ワークショップには、飲食店の経営者という人から、データベースの会社、コンサルティング、そして、ケーブルテレビの導入工事会社を計画している人までさまざまな立場の人が参加していた。内容は、マーケティング、事業計画書、会計の基礎、企業の基礎知識、アメリカ中小企業庁(SBA)が債務保証している公的な補助金のとり方の大きく5つに分かれ、講師はボランティアである。実際にビジネスを計画しているという参加者に感想を聞くと、「気軽に参加できるし、ワークショップの後に個別にカウンセリングしてもらえるので非常に役立つ」ということだった。
 参加して一番驚いたのは、参加者にまったく気負いがないことである。言い換えれば、悲壮感がない。3年ほど前に、日本で同じような会に出席した時に受けた印象とは大違いである。何が違うのだろうか。
 参加者の一人に「不景気になる中で起業するのは恐くないですか」と尋ねてみた。すると「万が一、倒産して負債を作ったとしても、それを負う義務はないからね(だから、恐くない)」という答えが返ってきた。アメリカでは、資金を借りる際に多くの起業家が個人保証を行わない。一見無責任に思えるかもしれないが、完全に法人と経営者個人が区別されている。「日本では個人保証をしなければいけない」と話すと、「個人が法人の借金を払うなんて、何のための法人なのだ」と逆に聞き返されてしまった。
 アメリカはチャレンジする者に優しい。こういったルールがあるために、日本のように、失敗したら一生借金を背負っていかなければならないという不安がない。その一方でモラルハザードがおきないように、経営に厳しい監視の目が配られている。再チャレンジできるという選択肢が、確実に人々の「やる気」を後押ししている。

地域主導経済政策の必要性

 先に、ベンチャー企業を育てるには、「地域経済圏」が重要な役割を果たしていると述べた。したがって、日本は、地方に「自立的成長経済圏」、「コラボレーションできるコミュニティ」を数多く作ることが急務である。そのためには、東京一極集中型の社会構造から脱し、地方主導の「地域の経済政策」を作る必要がある。そうしなければ、各地域の特徴・メリットを生かした産業育成政策のモデル作りはできない。
 しかし、現状でそれを実行するのは法律・税・予算・規制などさまざまな要素が絡んで難しい。それゆえ、現状の地方における産業育成政策は、「補助金」、「債務保証」など、中小企業・零細企業の救済策にとどまっている。これは、地方に税制の決定権、規制緩和権などがないからである。「地域の自立的成長経済圏」を創造するには、同時に地方分権の推進が不可欠である。地方分権、地域経済圏の創造が行われれば、中央から地方に「情報」と「予算」が降ってくる従来の「車輪スポーク型経済社会(情報・人・権力・予算権が東京に集中し、東京が中心となり地方と結びついている経済社会)」が崩れ、地方自治体が自分で予算の主導権を握り、雇用と税収を確保するフラットな社会構造、「多極分散型経済社会(それぞれの自立的地域経済圏が相互に結びついた、クモの巣構造を形づくっている経済社会)」が実現する。その実現が日本再生の第一歩である。

<参考文献>
新田真三・坂本文 SRIC Report 「米国に学ぶ不況脱出の道」三和総合研究所 1998年 Vol.4 No.1 
米国バージニア州経済開発機構・日本事務所 Web-page
フェアファックス郡経済開発局(FCEDA)日本事務所Web-page
 
 
2001年8月執筆
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