タイトルやメニューをスキップして、内容を表示

松下政経塾




サイトマップ

更新メールニュース登録

登録

2001年度 月例レポート2001年度 月例レポート

2002年1月

TBT船舶塗料条約にみる国際条約をめぐる状況

佐藤広典/松下政経塾第21期生

【1】はじめに

 ルールが変わり、旧来の経営手法が変革を迫られる。そういった瞬間こそが、新しいマーケット、ベンチャー企業が生まれる瞬間である。規制緩和が、その代表的な事例である。アメリカにおいても、AT&Tが解体され、地域のBaby bellが生まれた。そして、その隙間に、新しい電話会社が多く生まれたわけである。この様に、ルールの変更は新しいマーケットを生み出し、ベンチャー企業の誕生・躍進につながるといえる。

 こういった変革案を作成するには、実際のケースを検証する必要がある。今月は、その具体的事例として、実施に向けてすすみつつあるTBT塗料条約をめぐる状況を見ていきたいと思う。

【2】条約の内容と概要

 これまで、船舶の船底塗料としては、防汚塗料が使われてきた。これは、アオノリ等の海藻類やフジツボ等の貝類の船底への付着を防止し、船速や燃費効率を維持する為、船舶に一般的に使用されてきたものだ。この防汚塗料は、船舶に特有の塗料である。フジツボ等が船底に付着した場合、中東から日本へ航行するタンカーで1日〜2日は航行が遅れるという。つまり、運航日数が増え稼動率が低下するので、多額の経済的損失が発生するというわけだ。そこで、防汚塗料が使われてきたのである。また、この塗料は船の運航と同時に海中に溶ける性質を持っている。その特質から自己研磨型防汚塗料と呼ばれている。防汚塗料の中でも、錫を含むTBT塗料の性能は非常に良かった。TBT(トリブチル錫)塗料は、その防汚期間が5年にも及ぶと同時に、塗膜の表面が溶けて滑らかになる性質を持っていたからだ。しかし、錫などを含んだ成分が海中に溶けるため、錫が環境汚染を引き起こすとして問題になった。(※抜粋資料1参考)

 IMO(国際海事機関)では1999年11月の総会で2003年1月より錫含有塗料による塗装を禁止、2008年1月までに完全撤廃の条約が決議され、世界中で使用が全面的に禁止される見込みという。この内容によれば、2008年までにTBT塗料が使用されている船舶は、その塗料が海水中に溶け出さないよう処置をする義務が出てくる。

 国際航海に従事する、総トン数400トン以上の船舶は、条約に従いTBT塗料処理を行う必要があるという。

【3】先進国と発展途上国のギャップ

 現在、先進国においてはTBT塗料の使用・生産は中止されている。しかし、発展途上国においては、堂々と使用されているのが現実だという。発展途上国は人件費が安い。そのため、日本からも東南アジア各国の工場に船舶の工事が移っている事は広く知られている。また、環境への規制が甘い事もその一因になっている。日本においては禁止されている作業も、発展途上国各国では堂々と行われているわけだ。

 発展途上国は、雇用が増えるわけであるから、公害の事も目をつむっているのが現状である。発展途上国が先進国のゴミ捨て場に使われているとも言え兼ねない現状なのである。

【4】条約の批准に向けて

 この条約が実現されるには、各国の国会における批准が必要である。この条約が実効されるには、「25ヶ国以上の参加」かつ「世界における船腹量の25%以上の参加」が必要である。先進国の船腹量を合計しても、25%には満たない。

 というのも、船主が税金対策のために、パナマ・リベリア・ギリシャなどといった国に法人を設立し、船を保有しているからである。つまり、船籍をそれらの国に置いているので、先進国においてTBT塗料の自主規制をしようが関係ないというわけである。1996年〜2000年の間、日本の新造船建造比(Vessel)は世界の約4割を占めているが、日本の所有する船腹量は世界の7%しかない。この割合を見ると、外航船の多くは他国の船籍を持っている事がわかる。

 船の運航をめぐっては、「船主」−「オペレーター」−「荷主・チャーター主」という関係が存在する。船主は船のオーナーであり、オペレーターは、船主の依頼を受けて船を運航する事業者である。その双方を兼ねているのが、日本で言えば日本郵船であり、オペレーターのみを行っているのが川崎汽船である。荷主・チャーター主は、オペレーターに依頼し物流を行うわけである。船籍も各国で選べ、オペレーターも世界各国で活動しているので、事実上国籍に縛られない。国際移動する船は、船名の前に「World Wide」というタイトルをつけなければいけない。

 このような中で、荷主・チャーター主が「TBT塗料を除去してある個別の船」を選ぶという事は無理であるから「TBT塗料を除去したオペレーター」を選ぶという事になるであろうというのが、業界団体の方の見方である。つまり、オペレーターは荷主・チャーター主のために均一な船を用意する必要があり、そのためには全ての船からTBT塗料を除去しなければいけないという事である。

 IMOのWeb pageに、批准の状況が出ている。現在の時点は、批准国はゼロである。日本は、この問題に対してどういった取り組みをしているのか。国土交通省によれば、国際会議が行われた後、実施段階への移行がなされるのだが、批准するには各国の国会での手続きがあるため、早くても1年はかかるであろうとの事だ。会議があったのが昨年の10月なので、1年はたたないと批准国が出てこないと実務担当者は話している。

【5】TBT塗料禁止に対しての解決策

 では、条約に基づいて、TBT塗料をどう処置すればよいのか?それには以下の2つの選択肢がある。
  1. シーラコート
  2. 塗装剥離・再塗装
の2つである。このどちらを選ぶかという判断は、船主である企業が決め、造船所はその判断に従うのみだという。

 「シーラコート」は、現在TBT塗料が塗ってある鉄板の上にプライマー(塗料と鉄の接着剤であり、防錆効果もある)を塗り、無毒の塗料をひっつけ、TBT塗料が流れ出るのを防ぐ工法である。

 一方、「塗装剥離・再塗装」は、その名の通り、TBT塗料を剥離し、産業廃棄物として処分した上で、鉄板に新しい錫が含まれていない塗料を塗るという工法である。

【6】TBT塗料処理を実施する現場

 しかし、その作業を実施する現場において、本当に環境に配慮されているのであろうか。その作業現場で環境配備がなされていなければ、造船所が存在する沿海部の汚染が短期間で進む危険がある。

 その処理を実施する現場を見てみると、作業の過程には、「船主」−「造船所」−「下請け業者」という関係が存在している。修繕工事(※造船には、新規の船をつくる新造と、船の修理メンテナンスを行う修繕がある)を行う際、まず造船所が船主(または、オペレーション企業)に見積もりを出す。そこには、各作業に対しての見積もりが存在するわけだ。そして、その予算から造船所は利ざやを取って、各下請け業者(※社内子会社または、社外子会社)に、仕事を発注するのである。工法に関しては船主が決め、予算に関しては造船会社が決めるわけである。つまり、依頼をする船主と、依頼を受ける造船所、そして実際の作業を行う下請け業者が存在するわけだ。

【7】TBT塗料処理の作業方法

 TBT塗料規制に伴う、再塗装処理において問題となるのは、ここでの塗装剥離の作業である。現在の作業内容を検証してみたい。「塗装剥離・再塗装」をするには、3つの工法がある。砂ブラストと、水ブラスト、そして吸引法である。

1.砂ブラスト剥離法

 これは、砂を噴き出す機器を使用し、塗料を剥離する作業であり、多くが手作業である。これは、しかしただの砂ではない。銅の精錬の過程で出てくる粉を廉価で購入し、それを使用するわけである。つまり、剥離したTBT塗料だけでなく、使用後に残る砂も有害である。であるから、砂ブラストを行う業者は、潜水服のような服を来て、砂を吸い込まないようにする。また、塗料が剥げる程の勢いで砂を吹き付けるわけだから、ハクロウ病の危険もある。言ってみれば、典型的な3Kの仕事である。更に、造船所から飛んだ砂で公害が起きる可能性もあり、この作業を行う間は、他の作業をストップする必要もあるという。

 砂ブラストを回収する機器もあり、それは砂と塗料片を完全に回収できる。しかし、そのデメリットは、使用した砂の再利用(再び吹き付ける事)ができないため、使用する砂、使用後の砂を管理する必要がある。膨大な量の砂を管理するのは大変である。

 この砂を産業廃棄物として処理する場合、通常であれば1トンあたり1万5千円ほどかかるという。それを節約するため各社では、子会社を通じた再利用などを計っているが、それでも1トンあたり5千円以上かかっているという。これに、砂の購入コスト・運送コストがかかってくるわけである。手動性の砂ブラスト1台あたりの稼動力は、1日(8時間)で700〜800uであり、1台の砂ブラスト機器で約3tの砂を使うという。これだけの量の産業廃棄物の処理には、多くのエネルギーが必要である。

 また、更なるデメリットとして、砂の粒子が重いため、高い位置に砂を吹き付けるとどうしても勢いが弱くなり時間がかかるという。そのため、砂を送り出す機器と出てくるホースの口を一定以上の高さより高くしない必要があるという。

2.水ブラスト剥離法

 砂を利用した1.の砂ブラストに対して、これは水の水圧を利用して、塗装を剥離する工法である。これも多くが手作業である。ちょうど消防士のように、勢いよく出る水を船の外板に吹き付け塗料を剥離するのである。

 問題は、水が四方に飛散するという事である。しかも、塗料とともに飛散する状態であるというから始末が悪い。つまり、有毒な成分を含んだ水を完全に回収しなければ、それがドックから海岸に流れ出てしまうわけだ。ISOを取得しているある工場は、その基準を満たす必要があるため、使用した水を全てプールし、ポンプを使って汲み上げて、ろ過し、無害に処理した後、海に戻しているという。

 もう1つのデメリットは、戻り錆び(塗料を剥離した鉄板が、水分に触れ、塗膜を形成し、錆を引き起こす)を引き起こすという。また、砂ブラストと同じように、作業する人間は完全防備の格好をしているため、夏はひどく暑いという。

 手作業でなく、水ブラストを行う機器も存在する。おわん型の容器を船の外販に引っ付け、そこで水を吹き付け、その後使用した水を瞬時に回収し、有毒物質だけをろ過し水を再利用すると言う工法である。これであれば、ドックへの汚染水の流出もない。実際、環境配慮型の塗料剥離装置として実用されているのが、この形式だという。

 メリットとして大きいのが塗膜片の回収ができる事と、使用する水の量が限られている事である。

 逆に、デメリットとしては、コストとスピードである。コストとしては、現在日本で水ブラストのサービスを行っている業者への支払い金額を砂ブラスト業者と比較すると、約7倍以上もの開きがある。スピードとしても、現在使用されているものは、手作業の砂ブラストに比べ10倍以上遅い。これをどう解決するかが、問題である。

3.吸着剥離法

 この工法は、真空をつくり出す機器を使用し、塗料を剥離するという仕組みである。おわん型の容器が船の外壁に張り付き、真空状態をつくって、塗装を剥離するわけだ。メリットとしては、有害である塗料片を全て回収する事ができる。一方、デメリットとしては、吸盤を使って外板に吸着し、塗料を剥離するので剥離スピードも遅く、コストも高い。

 現在、多くの塗装下請け企業が、砂ブラストを実施している。水ブラストで作業を実施している企業は少なく、また行っているとしても、完全な環境配備を行った上で作業を実施している工場は少ない。
それは、以下の理由からである。
  1. 大企業からのコスト割り当てが決まっている
  2. 水であれば戻り錆が生じる
  3. 機器が安く、減価償却も終えている。
  4. 塗料マーケットは作業の海外転移に伴い先細っており、新規機器に初期投資をするほどの見通しが立たない
  5. 塗装の塗着率が落ちると考えられている
理由1.の状況:

大企業は、受け取り代金の3分の1で下請け業者に仕事を出すとの事である。つまり、2/3〜1/2を実務作業していない親会社に納めるわけである。下請け業者は、自分で仕事が取れないのでそれに甘んじている。しかも、コスト削減で利益が上がったようなら、容赦なく下請けの料金が下がるという。これは、どこの塗装業者にも共通する意見であった。利益を抑えられているため、下請け企業の内部留保は少ない。これは、日本の多重構造社会を象徴している。

理由2.の状況:

水ブラストは、手作業で行う場合、せっかく塗装を剥離して鉄板を剥き出しにしても、そこに水がかかってしまい、剥き出しになった鉄板に水の膜を形成し、戻り錆が生じてしまうわけである。そこで、水ブラスト用の機器は、水圧によって塗料を剥離した後、それを瞬時に回収し、周囲に飛散しないような設計になっているわけである。

理由3.の状況:

砂ブラストで作業を行う場合、砂を噴射させる機器の価格は300万円程度であり、20年程度使っている企業が多い。そのため減価償却も既に済んでおり、コストが安くなるわけである。

理由4.の状況:

現在、日本から海外への造船作業の移転が進んでいる。【4】で述べたように、新造船の建造高はある程度高いが、修繕作業に関しては、シンガポール・フィリピン・中国といった発展途上国に移っているという。そのため、修繕作業が少ないだけでなく、その中でも塗装に関する業務は非常に先細っており、下請け業者単独での新規投資は回収が見込めないという。

理由5.の状況:

塗装業者の間では、「水ブラストを使用した塗料剥離は、塗着率が落ちる」という意見が多い。それは、理由2.で述べたように、飛散した水が鉄板の上に水の塗膜を形成する事が1つと、防錆剤を鉄板の上に塗ったりする事で、それが界面活性剤の働きをして塗料の塗着を阻害してしまうという2つの理由である。

 以上のような状況から、日本において完全な環境配慮を行った水ブラストによる塗装剥離作業を実施しているのは、横須賀の米軍艦艇の補修工事をはじめ、ごくわずかである。米軍艦艇は、アメリカ国内においても、水ブラストによる塗装塗り替えを実施している。

 では、なぜ米軍艦艇にはできて、民間船主には環境配備工事が徹底しないのか?

 「船主」−「造船所」−「下請け業者」という関係が存在しているのが、その理由である。「造船所」「下請け業者」の言い分は、「自分達は船主に言われた工法で作業をするだけだ。」という意見である。一方、船主にしてみれば、「安い費用・早い納期で仕上げて欲しい」という要望を持っている。

 現在使用されている機器は、塗料片を完全に吸引するものの、「使用コストが高い・使用スピードが遅い」といった欠点を持っている。大型の船であれば、停泊日数が増えるだけで、多くの経済的損失が生まれる。わざわざ経済的損失をかけてまで環境配慮型工法を取ろうという船主は少ない。米軍の補修工事は、日本政府のいわゆる"思いやり予算"から出ているため、予算の超過が許容できるわけである。また、各造船所への省庁の監視・罰則規定がない事も、一因である。

 つまり、TBT塗料処理を廻る状況の問題点は、以下の2点に集約される。

1. 条約はできるであろうが、実際の業務を行う実施企業において、環境配備作業を徹底する設備がない。条約の締結と実施状況は非常に隔たりがある。また、環境配慮型設備を持っている企業も、処理速度・処理量・コストの点から、作業を実施したいという需要を満たし得ていない。

2. 船主は、汚染を防止するには関心はあるが、経済的な理由でそれが徹底していない。

【8】塗装剥離に関しての各省庁の対応

 では、環境配慮型の水ブラスト・システムに関しての開発・投資を急げばよいのではないかという結論になる。それに対して、施策を実施している省庁もある。それは、財務省の減税対策である。財務省は、この作業機器に関する投資について減税措置を決定した。「前倒し償却に対しての減税」(※参考資料2)を認めるというものである。この事は、この作業機器に対しての投資・開発を進める事につながるわけだ。

 また、経済産業省も産業再生特別措置法の指定業種として、船舶の修理業を指定している。(※参考資料3)

 しかし、いくら旗を振っても肝心の船主の意識、そして現場の対応体制ができなければ、作業はすすまない。

【9】現在の進行状況

 それでは現在、どれくらいの船主がTBT塗料を処理したのか?

 まず、最大手である日本郵船は、すでに50%以上の船舶についてTBT除去処理を行ったという。また、商船三井も対応を進めているという。

 こうした大手の動きを受けて、TBT塗料の処置を行う船主も出てきているが、多くの船主は、まだ様子見状態である。

 もともとのTBT塗料の使用実績は国土交通省も把握していないという。このTBT塗料は、海外にも輸出されていたため、日本国内での正確な使用実績は把握できていないという。

【10】条約が発効しなかった場合

 では、「条約は本当に発効するのか?」「発効しなかった場合はどうなるのか?」という点について、各意見を整理してみたいと思う。

 まず、「条約は本当に発効するのか?」という意見である。【4】で述べたように、パナマ・リベリアといった国々の船籍保有率は非常に高い。これらの国は、今回の規制条約には参加する意志がない様子だという。なぜなら、これらの国は船籍の保有国であると同時に、先進国で使用できないTBT塗料を使用した作業も行って、先進国から仕事を奪っている側面がある。今回の規制が行われる事で、自国の仕事が減ってしまうと考えているからだという。条約には、各国の国会での条約を批准作業が必要だが、パナマ・リベリアは、国会の手続きに進む様子もないという事だ。そのため、先進国の旗振りによって25ヶ国は集められるが、先進国の船籍だけでは25%以上の船腹量は集められないのではないかという見方を役所は持っていた。

 では、この場合、条約はどうなるのか?今回のTBT規制条約を進めているのは、アメリカ・EUであるという。この2ヶ国は、「早く条約を批准したい」という意志を持っており、日本はそれを受けて手続きを進めているという。

 条約が発効しなかった場合は、国内法によって、領海への入国拒否を行う事ができる。つまり、事実上の条約形成というわけだ。日本の見方では、アメリカとEUは、確実に行うであろうとの事である。そうすれば、アメリカ・EUなどに航行できない船になってしまうわけだ。【4】で述べたように、船によって「先進国に寄航できない」という事態になってしまっては、オペレーターとしても、荷主・チャーター主からの信頼を得る事は難しい。

 また、船が条約に反し、停船させられれば、そのオペレーターが責任を問われるだけでなく、積荷の荷主にも迷惑がかかるという。それを考えると、TBT塗料を処理した方が得策という事になるという意見である。

 船は一種の動産と言える。しかし、積荷がなければ商売にならないという。しかも、行きと帰りの両方積荷が必要になるわけだから、その両方の条件を満たすような船舶が必要であり、もちろん条件は高い方に設定する必要があるからだという。

 船は、国際間を行き来するものであり、船によってTBT塗料が使われているかどうかが不明な状況では、荷主・チャーター主がリスク回避するのではないかとの事だった。

 また、オペレーターは、「TBT 塗料処理済」というのを1つの競争力にする事ができるのではないかという意見だった。また、船をチャーターする場合でも、オペレーターに一任する場合が多いので、オペレーターが管理している船舶は、全て塗装に関して問題ない事が求められる。

 ただ、船主協会の方の意見によると、先進国のオペレーターの管理する船腹量だけで、25%以上を確保でき、条約を批准できるのではないかとの意見であった。

 いずれにせよ、以上のような状況から、条約の事実上の成立は決定的であるという事だ。

【11】条約の発効は日本にとってプラスか?

 役所としての見方は、この条約は日本にとってプラスだという。従来、日本は「TBT塗料の使用禁止」「TBT塗料の製造禁止」を打ち出してきたが、現状では世界の各国では、まだTBT塗料がおおっぴらに使われており、船主も先進国でTBT塗料を使えないため、他国(パナマ・リベリア)に行って、塗料を塗っているという。つまり、この状況は日本にとってマイナスの状況であり、この条約が発効する事で、初めてパナマ・リベリアなどと同じ土俵に立ち、ゼロから勝負でき、日本での修繕需要も見込め、経済効果もあるのではないかと考えているという。

【12】【11】への反論

 一方、船主協会の方の意見によると、TBT規制が行われ、発展途上国でのTBT塗料使用が禁止されたとしても、必ずしも、日本の売上が増える事に直結しないのではないかという。

 しかし、フィリピンや中国にある日本資本の造船会社に電話し、塗料の工程や問題点について聞いた所、彼らは「確かに賃金は安い。でも、塗料をはがしているうちに、スコールが降るので、剥き出しになった鉄板に雨が付着し、水の膜を形成し、戻り錆が生じてしまう。また、スコールの状況で、簡単に納期が遅れてしまう。現地の船主は了解しているが、日本人船主だと納期・錆に対して、厳しい目でチェックされる。」と話していた。

 【6】で書いたように、造船会社・船主は、塗料の塗着率・戻り錆に非常に神経質である。それは、早く塗料が剥げればそれだけ経済的損失が大きいからである。各塗料会社は、いつ塗った塗料がどれくらい塗着しているかを綿密に観察しているという。1隻あたりの塗料使用量は莫大な量になる。つまり、船主の負担も大きくなるわけであり、塗料会社の収入も増えるわけだ。それだけに、塗料の性能が悪ければ、収入がすぐ減ってしまう。

 以上のような状況を考慮し、コスト削減を進めれば、日本の造船所においての修繕作業も競争力を回復するのではないかと考える。現在の作業は、労働集約的であるが故に、機械化によるコストダウンの可能性も大きいのではないかと考えるわけだ。

【13】EU・アメリカ・日本を廻る状況

 TBT塗料の規制については、世界の中で日本が一番早く取り入れた。抜粋資料1にもあるように、1990年7月に船体外板の船底平坦部に使用自粛、1990年10月に船体外板の垂直部も使用自粛され、錫含有塗料は国内で建造される新造船および修繕船禁止に至り、1997年には、国内でのTBT塗料の生産も打ち切られた。しかし、今回の規制条約の牽引役はEUである。なぜか?EU・アメリカともに、船腹量は大きいが、そのほとんどは自国内の内航船である。つまり、両国ともある程度の資源を持ち、また生産国・消費国としての立場を兼ね備えているので、自国内の航行量が大きいのだ。そして、両国は、TBT塗料によって内海が汚染される事に懸念を示しているのである。実際に、ベルギー沖ではTBT塗料を使った船舶が停止させられた。この事は、船主にとっては衝撃だったという。

 アメリカで話を聞く限り、環境に強い配慮を示す意見は見当たらない。もともとアメリカは、環境問題には熱心ではない。実際、アメリカはこの案件においても余り積極的でないという。アメリカは内航線が多く、国際的に運航している船は少ない。先ほど書いたように、自国の領海での汚染に注意しているわけだ。アメリカでは、船舶業界も軍需を支える存在である面が強いという。アメリカ海軍は、日本においても水ブラストを実施している事は知られているが、アメリカ海軍が支払う金額は、民間企業の3倍以上にのぼるという。戦闘用の船であるだけに、ポリキシ樹脂をはじめとする特殊コートにてコーティングされていると言う事情もあるからだという。

 では、なぜEUでは今回の規制条約を強く推進しているのか?それは、EU議会のメンバーは、どこの政党から出ているかという事が答えになるという。EU議会では、ドイツ・フランスの影響力が強い。それは、両国が欧州委員会に代表を2人ずつ出している事でもわかる。そして、そのドイツ・フランスでは、環境党が与党に加わっている。また、ベルギー・スウェーデンでも与党に参加し、ベルギーでは大臣のポストを得ているなど、EUでは全体的に環境政党が力を持っている。

 つまり、今回の条約は、単に環境への配慮をEUが示しただけではなく、ドイツ・フランスをはじめとしたEUの意向が、国際的により反映される仕組みが出来上がった事を証明する事例でもある。つまり、ドイツの与党の一部としてドイツの影響力を使い、EUの中心的意見を形成し、主張した意見がEUの意見ともなれば大きな国際的影響力を持つわけである。国際社会において、アメリカを巻き込めば日本も付随してくるので、主な先進国の合意を得る事ができ、結果として国際ルールを形成できると言うプロセスである。もちろん、今回の件に関して言えば、EU全体において環境配慮政策が重きをなされている事も大きな理由である。

 これまでは、アメリカがイギリス・NATO・国連等を動かして国際世論・ルールを動かす事が多かったが、ヨーロッパ発の国際ルール形成と言うのはそれほど多くなかった。これが、双方向になったという事は、非常に画期的であるとともに、相対的に日本のさらなる凋落を意味する。

【14】これからの国際条約について

 「常にルールをつくる立場」、少なくとも「ルール形成に影響力を行使できる」にいなければ、ゲームに負けてしまう。自己資本比率をめぐるバーゼル合意に関しての日本の状況はそれを物語っている。橋本政権は、金融自由化を決めた。政策の内容は正しかったかもしれまいが、タイミングは最悪だった。もし、日本がルールを決める立場にいたならば、そう少し違った対応をしていただろう。

 アメリカと日本の関係において、「日本に有利な条件であり、アメリカに不利益な条件」が通った事は過去を通じてほとんどないのではないか。アメリカの国益にメリットがあり、その事が結果として日本のメリットとなる場合はある。つまり、日米関係に基づいてアメリカを動かし、国際ルールを形成するのは、不可能である。ここでは、双方のメリットとなる事を追求し、日本の国益を追及するしかない。

 では、日本は、どうすれば国際ルールを形成できる影響力を持つ事ができるのか?船舶会社の例で分かるように、日本企業は、資産の多くを海外にて保有しているケースが多い。まず、EU・アメリカは自国がマーケットであるのに対し、日本は、マーケットとは分離された立場である。その事を自覚する必要がある。つまり、それだけ弱い立場だと言う事だ。

 日本の中には、「国連を使って、国際ルール形成に関わるべきだ」という意見がある。しかし、現在の状況を見れば明らかなように国連は、機能していない。EUの統合が示すように、国際的意志決定に力を及ぼしうるのは、経済的軍事的結合を持った同盟体であり、それがつくるパワーでしかない。経済的・政治的ブロック化は今後に顕著になるであろう。

 上記の小選挙区制の話ではないが、まず、マジョリティを形成する事が必要である。それは、数的なものではなく、影響力においてのマジョリティである。日本は軍隊を持たない。これは、良くも悪くも影響力の要素が1つない事を意味する。では何が、他の選択肢となりうるか。それは、日本が経済関係に基づいた協力関係を構築するしかない。

 日本は、現在アジア諸国の中で経済力はあるが、政策的影響力は高くない。だが、アジア各国を通じて政策合意を行えば、アジアで通った事は、世界の中でも一定の影響力があるのではないか。しかし、アジアには、中国台湾問題・北朝鮮問題・中国の政治思想問題が存在している。そこには、アメリカ軍のプレゼンスが存在しており、また東南アジア各国の通貨はドルにペッグされている。だからこそ、日本・中国・台湾がそれぞれ、数千億ドルを超えるアメリカ国債を保有しているわけだ。つまり、アメリカがアジアにおいてのプレゼンスを確保しており、日本がアメリカに代わる地位を築くのは困難である。日本がそこで地位を築こうとすればするほど、アメリカの国益と反するからである。ASEANはそういった関係を築く良い機会であったが、アメリカの横槍が入ってしまった。

 10年後、中国の経済規模は日本の約半分になると予測されている。中国はアメリカと話をしている。それは、言ってみれば社員と話をするより、社長と話をした方が確実だし早いからだ。EUのユーロ通貨流通、中国のWTO加盟で両国が台頭を見せる中、日本は通貨・国債・株安のトリプル安で経済危機に直面しようとしている。まず、この経済状況を回復する事なしに、国際社会での影響力拡大もない。

◆参考文献
・IMO(International Maritime Organization)Web Page
http://www.imo.org/index.htm
・Green Peace Web Page
http://www.greenpeace.org/~toxics/reports/tbtfactsheet.html
・Office of Operating and Environmental Standards Web Page
http://www.uscg.mil/hq/g-m/mso/mso4/afssu.htm
・International Coatings Limited Web Page
http://www.international-marine.com/news/pdf_propellerdirect/PD_012000.pdf(*PDF)
・WWF Web Page
http://www.worldwildlife.org/toxics/whatsnew/
・国土公通省 Web page
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha01/10/101009_.html
・株式会社 商船三井 Web page
http://www.mol.co.jp/kankyo01/kankyo_txt12.html
・川崎汽船株式会社Web page
http://www.kline.co.jp/corp/env_our.html
・三井住友海上 Web page
http://www.ms-ins.com/hull/news/kaison/w/1.html

◆参考資料1 「株式会社 商船三井Web-pageより抜粋」
 TBT(有機錫)塗料は、アオノリ等の海藻類やフジツボ等の貝類の船底への付着を防止し船速や燃費効率を維持する為、船舶に一般的に使用されてきました。しかし、船底塗料から海水中に溶け出した錫を、人間が魚介類を通して摂取し、これが環境ホルモンや発ガン性物質などとして人体に悪影響を及ぼす疑いが強いことが近年判ってきました。TBT塗料の規制については、世界の中で日本が一番早く取り入れ、1990年7月に船体外板の船底平坦部に使用自粛、1990年10月に船体外板の垂直部も使用自粛され、錫含有塗料は国内で建造される新造船および修繕船には、使用されなくなりました。さらに、IMO(国際海事機関)では1999年11月の総会で2003年1月より錫含有塗料による塗装を禁止、2008年1月までに完全撤廃の条約が決議され、世界中で使用が全面的に禁止される見込みです。
 日本国内でのTBT塗料使用規制を契機に、日本国内塗料メーカー各社は錫含有塗料と同等の性能を有し、かつ悪影響を及ぼさないTF(Tin Free)塗料の開発を進めています。

◆参考資料2 「平成13年3月30日づけ 官報」
「財務省告示第九十三号」
 租税特別措置法施行例(昭和三十二年政令第四十三号)第五条の十一第一項及び第二十八条の七第二項の規定に基づき、租税特別措置法(昭和三十二年法律第二十六号)第十一条の三第一項及び第四十四条の四第一項の規定の適用を受ける機械その他の減価償却資産を指定する件(平成七年三月大蔵省告示第七十五号)の一部を次のように改正し、平成十三年四月一日から適用する。ただし、改正前の告示の別表に掲げる機械その他の減価償却資産で同日前に取得又は製作をしたものについては、なお従前の例による。
平成十三年三月三十日
「48」超高圧ウォータージェット式剥離装置(水を噴射する事により塗料その他表面付着物を剥離するもの『船舶の修繕に用いられるものに限る』のうち、ノズルの先端における吐出圧力が二百メガパスカル以上のものに限る。)

◆参考資料3 「平成13年3月30日づけ 官報」
「経済産業省告示第一号」
 産業活力再生特別措置法施行規則第二十八条の主務大臣が共同で指定する業種を定める告示の一部を改正する告示を次のように定める。
平成十三年三月三十日
百九十七 船舶の製造又は修理
この告示は、平成十三年四月一日から施行する。

2002年1月執筆
ページトップへ