はじめに
私は入塾後、塾生として塾主の哲学に触れ、また、震災奉仕活動や各種の研修等を通じて、多くの方々に出会う機会を得た。そうした中、あらためて抱くようになったのが、「人間とは何か?」という「問い」である。そこで、塾主が提唱した「新しい人間観」に基づきつつ、現段階における私なりの人間観について述べた上で、人間観を考える上での今後の課題を抽出してみたい。なお、以下の議論においては、議論の拡散を防ぐため、あえて、民族性や国民性という側面には言及せず、「人間」全般に共通する事項についてのみ言及している。
1 人間とは
塾主は、「新しい人間観の提唱」の中で、「宇宙に存在するすべてのものは、つねに生成し、たえず発展する。万物は日に新たであり、生成発展は自然の理法である」と説き、「人間には、この宇宙の動きに順応しつつ万物を支配する力が、その本性として与えられている」と記している。つまり、人間というものは、「生成発展」する存在であることが、その特性として挙げられているのである。また、「人間は、たえず生成発展する宇宙に君臨し、宇宙にひそむ偉大なる力を開発し、万物に与えられたるそれぞれの本質を見出しながら、これを活かし活用することによって、物心一如の真の繁栄を生み出すことができるのである」と説いており、この特性を、「自然の理法によって与えられた天命である」と述べている。つまり、人間を「物心一如の真の繁栄を生み出すことができる」存在として捉え、それを「天命」と位置付けているのである。
さて、ここで私の人間観を述べると、それは「人間は、強さと弱さの両面を持ち合わせており、その両者と真剣に向き合い、強き部分を伸ばし、弱き部分を克服することで、生涯成長し続けることが可能な存在である。」というものである。私は、人間は誰しも、強さと弱さを持っていると考えている。そして、もし、己の中の強さばかり意識してしまうと、過信や奢りが生まれてしまい、己の中の弱さばかり意識してしまうと、勇気や活力を失ってしまうと考えている。それゆえ、強さと弱さというものと、塾主の言う「素直な心」、すなわち「私心なくくもりのない心」「一つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心」を持って真剣に向き合い、それらを偏りなく認識することが、人間として成長する上で重要になると考えているのである。その上で、強き部分を如何に引き出し、弱き部分を如何に克服していくのかという点こそが、全ての人間にとって、最大にして最も難しい課題であるとも考えている。
まさに、その課題を乗り越え、実践していくことこそが、塾主の説く「生成発展」というものを実現する上で必要なことであり、人間が最も意識しなければならない点だと私は思っている。
2 「生成発展」のために重要なこととは
前項で述べたとおり、塾主は人間の特性として「生成発展」というものを挙げている。しかし、その一方で、「新しい人間観の提唱」の中で指摘しているとおり、「個々の利害得失や知恵才覚にとらわれて」不幸な歴史を繰り返してきたこともまた事実である。塾主はその様子を、「優れた特性を与えられた人間も、個々の現実の姿を見れば、必ずしも公正にして力強い存在とはいえない」とも表現している。
では、それを解決するためには何が必要なのであろうか。塾主は、「新しい人間観の提唱」の中で、「人間の偉大さは、個々の知恵、個々の力ではこれを十分に発揮することはできない」と指摘した上で、次のように説いている。「古今東西の先哲諸聖をはじめ幾多の人々の知恵が、自由に、何のさまたげも受けずして高められつつ融合されていくとき、その時々の総和の知恵は衆知となって天命を活かすのである」。つまり、「生成発展」を具現するためには、衆知を集めることこそが重要であると説いているのである。
さて、ここで私の人間観を述べると、己の持つ強さを伸ばし、弱さを克服するためには、二つの点が重要だと考えている。その第一は、自分自身を冷静に分析することである。真に成長を望むならば、己の長短を把握する必要がある。能力的な長短、性格的な長短、体力的な長短等、あらゆる角度から自己分析を行い、それらを把握してこそ、伸ばすべき強点と克服すべき弱点とを鮮明にすることができるのである。私は、この作業こそが、塾主の言う「生成発展」の基盤になると考えている。次に、その第二は、まさに、衆知を集めることである。己の強さと弱さを見出せたとしても、それを伸展または克服するには、自らの知恵や力に加え、多くの人々から知恵や力を集め、その良き部分を活用することがより効果的かつ効率的である。私は、この姿勢こそが、塾主の言う「生成発展」を導き出すものだと考えている。
3 今後の課題
「新しい人間観の提唱」の文末には、次のように記されている。「長久なる人間の使命は、この天命を自覚実践することにある。この使命の意義を明らかにし、その達成を期せんがため、ここに新しい人間観を提唱するものである」。「新しい人間観」を提唱した目的は、まさに、「生成発展」と「物心一如の真の繁栄を生み出すことができる」という人間の特性を「天命」として自覚させ、実践させようとしたところにあるのである。
それを踏まえたとき、私には二つの課題が残っている。その第一は、「物心一如の真の繁栄とは何か」という命題に対する定義付けである。特に、「心」の部分に関する「真の繁栄」という部分の定義付けについては、大いに考察を加えるべき点であると考えている。次に、その第二は、「塾主の言う『天命』を、如何に具体的な形で実践していくのか」という問題である。特に、具現化の根幹となる「物心一如の真の繁栄」を実現するための理念の探求については、今後特に注力すべき課題であると考えている。
おわりに
以上、人間観というものについて、塾主が提唱した「新しい人間観」に基づきつつ、現段階における私なりの人間観について述べ、その上で人間観を考える上での今後の課題を抽出してきた。今後も引き続き抽出した課題に留意しつつ、ありとあらゆる機会を捉えて、「人間とは何か?」という「問い」に対して自問自答を繰り返し、私なりの人間観を確立していく所存である。
参考文献
松下幸之助 『PHPのことば』(PHP研究所、1975年)
松下幸之助 『人間を考える』(PHP研究所、1995年)
松下幸之助 『君に志はあるか』(PHP研究所、1995年)
松下幸之助 『素直な心になるために』(PHP研究所、2004年)
松下幸之助 『松下幸之助の哲学』(PHP研究所、2009年)


































