今月は介護保険以降の介護労働力養成の実態とともに、超高齢社会における介護労働力の確保の問題について論じたい。介護保険の理念を真っ向から否定するという論ではなく、介護保険の補強論としてお読みいただければ、理解していただきやすいと思う。
■ 大いなるおばちゃん達とともに
この11月から神戸市にあるNPO法人COM総合福祉研究所において、ホームヘルパー3級を受講している。同期は私を含めて10名。私以外は皆、大いなるおばちゃん達(失礼!こころからの敬意を込めて!)である。
生命保険会社を退職し、ようやくおばちゃん達との縁ともおさらばしたかと思いきや、何の因果か逆戻りしたような気分だ。私はおばちゃんが好きなのだろうか。どちらかと言えば好きなのだろう。胸に手を当てて問うてみても、深い思考をしないように脳がストップをかける。
私がホームヘルパーを受講しようと思ったのはそもそも、どんな人達がホームヘルパーになろうと志しているのか、その人達はどんな動機でホームヘルプを学ぼうとしているのか、現状のホームヘルプでなく未来の高齢社会を現地現場で感じたかったからだ。
同期の皆さんの受講動機を聞くと勉強になる。
Aさんは「今まで離れて住んでいた母親がケガをして入院し、その看病をしながら母親を見て『いっぺんに歳をとってしまった』ように感じ、可愛そうになった。しかし、親は気兼ねする。しかし、私は世話をしてやりたい。こういう勉強をしたら何かの役に立てるだろうと思い受講しました。」と言う。
Bさんは「今の街に住んで13年になるが、スーパーに行っても退職者が多く、夫婦で買い物に来ている。新聞などを見ても介護の記事が多い。高齢化を切実に感じる。相手がしてほしいと思っていることを、どのようにすれば良いか。この『感じ』を学ぶ為に、受講しました。」と言う。
Cさんは「高齢者の看護をしたことがある。頑固なおじいちゃんに怒られても、あるがままの自分で誠意を持って一生懸命すれば、心を開いてくれた。最初の頃は高齢者が亡くなると、すぐ泣いていたが、それじゃあ、ずっと泣いていないとアカン時代になってしまうやんか。これを何とかするために受講しました。」と言う。
Dさんは「仕事を辞めて、お誘いがあったので来てみました。いざ勉強を始めてみると難しいので、『これは3級で止めよう。』(笑)と思いました。でも、『終わってみたら分かりませんが。』」と言う。
Eさんは「自分の両親と夫の母親3人をこれまで見てきたが、『もう他人の面倒まで見るのはイヤや。』という気持ちはあるのだけど...。」と言う。
動機や思いは様々であるが、皆、週1回集まって「非常に真面目に」勉強をしている。
受講費は教材費込みで3万3千円。皆、それなりの意思を持って参加していることは明白である。
COM総合福祉研究所の代表理事をされている土屋博子さん、スタッフの大塚恵美子さんによれば第一期38名、第2期36名、第3期32名、第4期20名の受講者があったそうだ。減少の原因は一律に言う事はできないが、大きな流れとして介護保険ブームが一段落していることに因ることもあろう。
そして意外に思われるかもしれないが、全国的に見ても昨今はこのホームヘルパー3級が衰退傾向にあるのである。
■ 介護保険施行後の介護労働力
介護保険コンセプトのうち最も大きなもののひとつは、「官から民への移行」である。
それまでは措置制度のもと、介護労働力、とりわけホームヘルパーの養成についても、行政の管轄のもと行われていた。その目標を数値で謳ったのがゴールドプランである。平成6年度からの新ゴールドプランにおけるホームヘルパーの目標値は17万人であった。
それが平成12年からのゴールドプラン21においては35万人、ほぼ倍増の数値目標が示された。この数値は各自治体の要介護高齢者需要に基づいた老人保健福祉計画を受けて計算されている。
周知のとおり介護保険は平成12年4月より施行されたから、このゴールドプラン21はそれを背景にコンセプト立てされているものだ。つまり今までのホームヘルパー人員については、行政の管轄下増員されてきたが、介護保険施行以降はそれを民間ベース、別の言い方をすれば「市場原理に基づいて」増やす方向に変わったのである。
具体的には、介護供給者に民間業者が参入できるようになり、それぞれの業者が独自でホームヘルパーを養成・採用していくようになったのである。行政は基本的にノータッチである。
この一連の流れの中で話題になったのが、大手訪問介護事業者であるコムスンの事業所大幅削減である。このような介護保険指定事業者の廃休業は、大手営利業者に限らずNPO法人や医療生協といった非営利民間団体にもあり、全国で散見される。
例えば大阪府の場合、平成12年9月1日までに届けられた廃休業事業所は全部で103事業所にものぼる。廃止の理由として最も多いのが事業所再編39事業所、続いて人員基準不適合5事業所、不採算3事業所、需要無し2事業所、その他2事業所となっている。
原因は様々であるが、最も大きな理由は身体介護サービスの需要が予想以上に少なく、儲からない家事援助サービスのほうの需要が多かったことにある。
もうひとつは、ケアマネージャー不足がある。ケアマネージャーの仕事は利用者のケアプランを作成するといった介護保険制度の根幹を担うものである。ケアマネージャーを呼ぶのは利用者にとっては無料であるため、日々東奔西走していて手が足りない状況だ。
神戸市内で活躍されているあるケアマネージャーの話しによれば、実際はケアマネージャー一人につきせいぜい20件が限度なのに、現在は40件も抱えておられるそうだ。それ以上抱えるのは困難であることと、ケアプラン作成報酬の低さに対応することが相まって、例え需要があっても効率を上げるため事業所の統廃合を余儀なくされてしまうのである。 そしてケアマネージャーの仕事に限界があれば、自ずと最前線のホームヘルパーの人員にも影響が出る。介護保険下における訪問介護事業は「ケアマネージャー」「事業所におけるコーディネーター」「ホームヘルパー」の3者が一体となって行われていくものだからだ。
このケアマネージャーについては各都道府県が試験を精力的に実施し、現在増員に努めているところであるが、その先にあるホームヘルパーについては、先述の「市場原理」に任せる様子が感じ取れる。
■ 3級ホームヘルパー養成研修減少の持つ意味
先述のとおり、3級ホームヘルパー養成研修が減少傾向にある。
ホームヘルパー資格は1級・2級・3級とあり、数が小さいほうが専門的で難易度も高い。受講時間は3級:全50時間(講義:25時間、実技講習:17時間、実習:8時間)、2級:全130時間(講義:58時間、実技講習:42時間、実習:30時間)である。2級と3級の違いは大まかなところでは、より専門性の高い「身体介護」が入ってくるとともに、事業サービスとしてのホームヘルパーのあり方という視点が重要視されるところにある。1級については2級資格者のみを対象としているところから、訪問介護事業におけるホームヘルパーのリーダー的な役割を担うことが期待される資格である。
実際に職業ホームヘルパーとして役に立つのは、身体介護のできる2級以上であると言われており、3級については高齢者介護における理念的なことと家事援助といった入門的な内容である。
とは言うものの、実際受講してみて(現在も受講中であるが)、介護サービスについてはもちろん、老人福祉制度論、障害者(児)福祉制度論、家事援助(高齢者向けの栄養学なども含む)、医学の基礎知識、心理面への援助方法、訪問介護現場体験などなど充実した内容であると思える。また、「介護は人間学という学問である。」と言われるように、受講生は皆、人間としての成長も楽しんでいる。昨今のホームヘルパー養成実施主体は3級を飛ばして、2級から受講させることが多くなっている。このことが3級養成研修減少の最たる理由である。それは先述の「市場原理」に委ねた結果であり、事業者は利益が出る身体介護サービスを提供できる即戦力が欲しいのである。
「福祉における市場原理」「介護の社会化」を否定しているわけでは全くないが、3級ホームヘルパーの養成を飛ばして、2級ホームヘルパーの養成に力を入れることは、高齢者介護における大衆性と専門性の乖離が進行している現象と見ることができ、これを懸念している。
■ ホームヘルパー3級の有用性
果たしてホームヘルパー3級は社会にとって有用ではないのだろうか。
私は全くそうは思わない。
まず職業ホームヘルパーにおいてであるが、2級は専門性が高いと言えど、即、質の向上につながるわけではない。
実際は、ダイレクトに2級の資格を取得して職業ホームヘルパーとして働いてみても、「やっぱりこの仕事は私には向かない。」といって辞めるケースも多々あるようだ。それを防ぎ基礎からホームヘルプをみっちり勉強してもらうと同時に、その間に自分の適応を判断してもらいたいと考えている事業者は僅かではあるが、3級から受講させている。実践経験を得てからの2級受講の方が、知識を実践に反映させやすいわけだ。
つまり、介護保険下の訪問介護事業においてもホームヘルパーの質の向上に貢献できるのである。「ホームヘルパーは宝くじのようだ。」(はずれが多く、当ると嬉しい)と言われる中で、質の向上は重要である。
ハローワークの紹介を介して2級・1級の資格を持った若年層がどんどん進出してくることそのものは結構なことであるが、基礎をしっかり学ばなければ、チーム内で3級家事援助を中心とする中高年のベテランホームヘルパーとの確執が起こるのは必至であり、また困るのは誰よりも利用者ではないだろうか。
また、家事援助の需要が多く、それに対応することが必要とされることも3級有用性のひとつだ。
職業ホームヘルパーが家政婦と全く違うのは、予防や自立支援の知識と実践力を持ったプロであることである。これこそ、介護保険の理念を徹底する上で、重要なことなのである。身体介護をするのみが介護保険の理念ではなく、それを予防することこそ大切なはずだ。そういう意味で、「家事を他人にさせる為に介護保険をつくったのではない。」という論は全くの見当違いと言わざるを得ない。
もうひとつは介護保険枠外サービス、ボランティアおよび家族介護も含めたインフォーマル介護において、3級の知識は有用なことである。
3級に限らずに2級にも言えることだが、例え職業ホームヘルパーにならなくても、地域や家庭でその知識や経験が活かせるはずだ。また介護する側ではなく、介護される側になった時にも、或いは要介護高齢者を抱え、ホームヘルパーにお願いする立場になった時にも、必ず役に立つはずだ。原則、職業ホームヘルパーになる予定であることを前提としている資格だが、実際は様々な人のニーズに対応したものであっても良いだろう。
総じて、公・民・私を併せた「地域全体の介護力」を高める為には、3級の受講時間程度で、市民に門戸を開けたものは有用であると思うのである。
自治体によってはホームヘルパー3級とは別に「入門編」のような形で、一般市民向けに数日間の講座を設けているところも多い。
しかし昨今のホームヘルパー養成の現状は、先述のとおり2級のみが脚光を浴び、3級は今後「消えるかもしれない」とさえ言われている。
私は、3級や市民向け講座を受講した小さな大勢が、日本の福祉を支える形となっていくことこそ望ましい姿ではないかと思うのだが。
■ ホームヘルパー3級養成研修テキスト批判
ここではテキストの一出版社独占形態の是非については問わないにしても、その内容についていくつか注文を付けたい。
まずこのテキストに限らず社会福祉全般に言えることだが、あまりにも外国からの思想流入が激しい。しかも、日本語において正しく解釈される表現方法も思いつかないままに、カタカナ標記でもって、冒頭部分から「社会福祉とは...クライアントの...ケースワークとして...」と外国の先生の主張を語り始めるのだ。
某代議士の鶴の一声により、ホームヘルパーが訪問介護員、ケアマネージャーが介護支援専門員と標記せざるをえなくなったこととは別にして、そもそもホームヘルパー3級を受講しようという人々の為には、もっと日本家庭の現状に即した社会福祉論を展開することが重要ではないか。
講師の先生の話しは長年実際に利用者の家庭において、ホームヘルプサービスを提供されてきた経験からのものなので、とても有益である。テキストを使って講義を進めるには、あまりにも現場と乖離したものである。ホームヘルパー養成のテキストであるのだから、ホームヘルパーを執筆陣に加える、もしくは意見を反映させるべきだろう。独占出版社の責任は大きい。
もうひとつは、テキストのコンセプトそのものの問題である。
ホームヘルパー3級の性質を踏まえ、職業ホームヘルパーとしての観点に限らず、ボランティア労働力として、或いは家庭内労働力としても活かせるような広い視野での研修テキストにしていくべきではないか。
■ 「一億総ホームヘルパー3級」論
先述のケアマネージャーの話しによれば、相談に呼ばれたもののうち約60%は家族介護で十分だそうだ。ゆえに残りの約40%にしかケアプランは作成しないそうだ。そのような事情で東奔西走されている姿をご想像いただきたい。
「介護保険料を払っているのだから、使わないと損。」その気持ちはよく分かる。しかし、現状の介護保険はその理念に反し、今は元気だが予防が大切といった層には優しいものではないのだ。
また、介護保険は皆が使えば使うほど、保険料が上がる仕組みである。元気に自立して健康増進に努める高齢者にとって、家族によって面倒をみている家庭にとって、安易な保険利用はいい迷惑だ。国民にとっては介護保険の仕組みを知ること以上に、ホームヘルプサービスの中身を知ることのほうが重要なのである。
長年ホームヘルパーをやってこられ、「これからは一億総ホームヘルパーの時代だ。」という理念を持っておられる訪問介護サービス「あじさいママ」の小川寿美子さんは言う。「高齢者が介護保険を使わないで、元気に地域で暮らせることこそ幸せ。そのためには、全ての人々が3級を取得して、自分の老後は自分で選ぶべき。」
介護保険の理念で謳われている「介護の社会化」であるが、実際はまだまだ障壁が多いのが現状である。
もっとも大きな障壁は@人様を家に入れる事に対する抵抗、A嫁(自分の嫁・息子の嫁)が見るのが当たり前という固定観念、である。その結果、介護保険はまだまだ浸透しきれていないことになる。良くも悪くも、とても日本的な理由である。
9月月例報告「高齢社会問題のリーダーに必要なもの」で述べたとおり、高齢社会問題は「社会の制度をどう変えていくか、それに伴い国民の意識をどのように持っていくか」の問題であり非常に重要なものである。そして、その背景には民意(国民の願い・良識)が反映されているべきであると考える。
昨今の民主主義に対する批判も同調も、「特定の概念を比較的強く持った一般市民」からの意見の吸い上げや、「信頼すべきかどうかも分からない世論」の尊重といった民主主義に対するものであると思う。
私は、そういう民主主義は信望しない。
果たして現在の介護保険は民意(国民の願い・良識)を十分に汲み取ったものであると言えるだろうか。国民は、これ以上保険料が上がることを望んでいるだろうか。100%の社会介護を歓迎しているだろうか。
市民とは国民であり、生活者であると思っている。また、国民の「権利の主張」より、国民の「良心から発せられる理想」を読みとって、汲み入れることこそ、真の民主主義だと思っている。民主主義の民とは、生活者の「声無き声」のことを言うのだと思う。日本の生活者は優秀である。が、しかし、政治「学」や経済「学」や社会「学」など、勉強していない、或いは日常使わないのが普通であるため、声に出せないのである。
声無き声を知りたい。
そのような思いをもったホームヘルパー3級の受講であったが、私の最大の師は受講生の皆さんであるように思う。「あまり難しいことは分からない。」「漠然とした不安を持っている。」「しかし、上手く声に出せない何らかの理想と願いを持っている。」
その声は、社会介護傾倒でもない、家族介護傾倒でもない、自主的に高齢社会へ立ち向かっていこうという勇気ある心意気だ。
そういう意味で何も分かっていないのは日本を引っ張る政治家達であり、専門家達である。
福祉国家(Welfare State)とは戦争国家(War State)に対して創られた言葉である。 日本がかつて戦争に突入し敗北したのは、国家と国民の在り方を見誤った権力者に原因があったのだろう。福祉においても戦争においても、政治家が国家と国民の在り方を見誤っては、良き国は創れない。それぐらい重要なことなのだ。
専門的見識によって高齢者介護の質を上げる事は今、重要なことである。しかし、もうひとつ大切なことを忘れてはいまいか。
私は、国民ひとりひとりが自分達の住む高齢社会について正しく認識を深め、それぞれが応分に活躍することは素晴らしいことであると思うし、国民の良心だと思う。
介護の辛さを知らないわけではない。嫁・姑の人間関係の問題を知らないわけではない。福祉産業による経済効果が期待されていることを知らないわけでもない。
これはボランティア強制論でも、家族介護強制論でも、社会介護否定論でもない。ただ単に高齢社会・高齢家庭に自主的に参加する機会の提供という提案である。
家庭・地域内介護労働力の質・量を増やすとともに、職業ホームヘルパーの質・量も上がるのではないか。小さな介護労働力に着目することによって、日本全体の福祉の質を底上げし、高齢者の衰弱を予防することになるのではないか。この案が「つかず離れず」の高齢者と家族の関係を支えはしまいか。それが「高福祉・中負担」の福祉国家と福祉家庭を築く道ではないか。
決して言い過ぎではない。ここに古くて新しい「一億総ホームヘルパー3級」論を主張しよう。
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