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1995年度 地域から日本を変える1995年度 地域から日本を変える

インタビュー
1996年2月

新しいシステム
現代を問う(11)

Ravi Batra・文責:岡田邦彦/松下政経塾第1期生
岡田
 本日は到着されたばかりのところ、お時間をとっていただきありがとうございます。それでは、早速ですがいろいろとうかがいたいと思います。

 まず、先生が1978年に書かれた『資本主義と共産主義の崩壊』(原題The downfall of Capitalism & Commu-nism)ですが、この本にはたいへんショックを受けました。日本を含め、いわゆる先進国がとっている資本主義というシステムが終焉すると予測されており、非常に衝撃的でした。なんといっても、同じくあの本の中で予測された共産主義の崩壊はすでに現実のものとなりましたから。

 それで、こうしたことを予測された根拠は何なのか、ということをまずお聞きしたいのですが……。

バトラ
 過去の人類の歴史を見てみますと、人類は非常に興味深いパターンに従って歴史を重ねていることがわかります。そして、そのパターンに従って考えると、将来どのようなことが起きるのか、どういう変革が起きるのかということが自ずと見えてきます。

 このようにして、私はあの本の中に書いた、「共産主義は今世紀末までに崩壊するだろう」ということを予測し、それが現実のものとなったのです。

岡田
 そのパターンというのはどういうものですか。

バトラ
 社会は基本的には4つのタイプの人々によって構成されており、4つ、あるいは3つの周期を持っています。4つのタイプというのは、「武人・兵士」、「文人・知識人」、「富裕者・金持ち」、「貧者・労働者」です。そして、社会はこの4者によって順番に支配されています。

 これは、もともとはインドの哲学者、P・R・サーカー師の「社会循環の法則」という理論によるもので、私はこの法則をいろいろな国の歴史にあてはめて検証しました。それぞれの国は、それぞれの時代に、いろいろな変革を経験し、新しい階層、新しい階級の台頭を迎え、支配者の入れ替えが行われています。これは世界全体について言えることで、このような時代の交代、あるいは制度の変動は、ある一定のパターンに従って起きています。

 たとえば、ソ連を例に挙げますと、崩壊以前のソ連は、軍が支配する軍人の時代でした。人々は軍人の支配のもと、抑圧された状況にありました。そしていま、時代は有識者のそれへと変わっています。これが私の予測した共産主義の崩壊です。

 そして今度は資本主義のほうですが、その崩壊の兆しが、いま世界中のいたる所で見え始めています。資本主義下でも人々はやはり抑圧されていますから、自然と、それに取って代わる新しいシステムがこのパターンによって生まれようとしているのです。

 そこで、日本も含む世界中の資本主義が、近い将来終焉することになるだろうと予測しています。

岡田
 それはいつ頃になるのでしょう。

バトラ
 いままでのところアメリカは恐慌という状態にはなっていませんが、労働者層を見ますと、彼らはもう景気後退の影響を受け始めています。国そのものはそうでもありませんが、労働者層には影響が出始めています。

 ですから、正直なところ、アメリカはもういつ恐慌状態に見舞われても不思議ではありません。今年かもしれませんし、来年かもしれません。ほんとうにいつ来てもおかしくない。というのは、それは先のパターンによって図式が出来上がっているからです。

 では、逆にどうしてアメリカはまだ持ち堪えられているのかと言いますと、それはなんといってもアメリカは資本主義の中核だからです。何事につけ、中核というものは大抵最後に崩れるものですね。

岡田
 近い将来そういうことが起こるとして、そうしますと、次に迎える社会というのはどういうものになるとお考えですか。

バトラ
 それは本の中でも述べていますが、資本主義の後は「プラウト」と呼ばれる別のシステムに取って代わられると思います。

岡田
 それは具体的にはどのようなシステムですか。

バトラ
 どの時代でも世界中で共通している制度というものがあります。たとえばある一時期、無政府状態というものが全世界を覆っていた時代があります。いまなら、全世界とは言わないまでも、世界の多くの国々に共通してある制度として、民主主義というものが挙げられます。もっとも私が考えているこれからの社会が、この民主主義制度に変革をきたしたものだということではありません。

 では、何が変わるのかと言いますと、たとえば大統領というものを考えたとき、先進国の場合は大抵、経営者層か管理者層の出身、あるいは富裕者に支援されています。これが来るべき社会では軍隊の出身者になります。そういう意味で、欧米について言えば、いまのように大統領選挙や政治にお金はかからなくなるでしょう。

岡田
 なかなか面白い話ですね。昨年のコリン・パウエル氏のもてはやされぶりなどを考えますと……。


岡田
 すると次は軍人の時代ということですが、日本のように、自衛隊が合憲であるかどうかがいまだに議論され、軍備を持つことそのものに対してのコンセンサスがとれていない国で、軍人出身の首相を迎えるというような事態が起こるのでしょうか。

バトラ
 日本については軍人の首相が選ばれるとは予測していません。いまのところ日本はまだ富裕者の時代ですから、まだ軍人の時代がくるようなサイクル下にはありません。

 アメリカと日本が同じ富裕者の時代にあるといっても、その置かれている場所は全く異なっていて、時代の変遷を波形で表わすとしますと、日本はいままさに富裕者の時代という波のトップ、頂点にあり、一方アメリカはその波が終わりかけて、次の新しい波に移り変わろうとする底辺にいます。ですから、日本は一度それが衰退しないことには次の時代はやってきません。

 しかし、衰退して変革が起こるとしても、それは革命のようなものではありません。

 どうしてこのようなことがわかるのかと言いますと、論理的な根拠があるからです。それは日本の資本主義は、西洋諸国の資本主義に比べ、人間に重きを置く人道的な資本主義だということです。

 先ほど、資本主義に取って代わる制度として「プラウト」というシステムが出てくるとお話ししましたが、私が日本の歴史を勉強して驚いたのは、1950年〜75年にかけて、日本はなんと多くの「プラウト」理論を実践していたかということです。

 日本経済を考えたとき、2つの特徴が挙げられます。1つはまさにこの「プラウト」の経済方針とも言える「伝統を重んじる」ということ。もう1つは、非常にバランスのとれた経済状態に価値を置くということです。では、どういうときにつりあいのとれた経済が出てくるのかと言いますと、それは収支バランスのとれた国家予算と貿易収支、不平等の程度の低い分配、厳格な規制、農業や産業に対する強い保護、そういう社会のときにつりあいのとれた経済が生まれてきます。

 さらに付け加えますと、終身雇用制度、これも「プラウト」の経済制度の特徴のひとつです。ですから50年〜75年の25年間、日本は私が提唱している「プラウト」の経済政策の多くを実践しています。そしてその過程の中で、実に多くの経済上の奇跡を日本は成し遂げました。これは世界中のどの国も経験したことのないものです。

 ところが75年以降になるとどうしたわけか日本は、ひとつひとつ、この「プラウト」の経済政策を放棄していきました。それまでバランスのとれていた国家財政は赤字になり、貿易収支もプラス・マイナス・ゼロではなくて過剰、つまり大幅な黒字になった。それから、銀行に対しては厳しかった締めつけが緩められバブル経済を招いた。

 アメリカの経済についても同じことが言えます。この「プラウト」の経済政策の特徴がひとつひとつ放棄されて、いま言ったようにバランスが崩れた。これは様々な市場で起きています。そして、このバランスの崩れた状態はいまや頂点に達しています。

 以上が、私が「プラウト」の経済政策の基礎と呼んでいるものです。


岡田
 先生のお話は、現在、日本で議論されているものとは全く反対のものですね。まず、終身雇用制は完全に崩壊の一途をたどっていますし、規制緩和は日本経済の再活性化を図るにはどうしても必要だという論調になっています。その他の保護の問題も同じです。

バトラ
 先ほど、私は「保護」と言いましたが、これは国内での保護主義という意味ではなくて、外国との競争に対する保護主義という意味です。つまり「競争力のある保護主義」というものです。「競争力のある保護主義」というのは、国内市場では競争は非常に厳しいけれども、対外国においてはそれほど厳しくないというものです。外国との競争が激化してもいいものは2つだけです。技術分野における技術の移転と、金融上の投資、この2つだけです。私は、テレビをつくっているような家電業、つまり労働集約的な産業は低賃金化から保護すべきだと考えています。

 これに対して、保護主義は消費者のマイナスとなり、自由競争は消費者を助けるという論がありますが、そういう議論は政府を運営するのにお金がかからない、コストがかからないというときにのみ有効です。  わかりやすい例を挙げましょう。

 たとえば牛肉1キログラムを200円で輸入すると仮定します。ところが政府が輸入関税を50%掛けるので国内でそれを買おうとすると300円になります。ここで消費者は1キログラムの牛肉に対して300円支払い、そのうち100円を政府が歳入に入れます。

 そこでよく言われている議論は、自由貿易にして輸入品に関税を掛けなければ消費者は喜ぶ、消費者のプラスになるというものです。

 しかし、私の話を聞いていただければ、この論拠が間違っていることがすぐにわかるはずです。関税が廃止されたとしましょう。すると日本の消費者は1キログラムの牛肉を購入するのに200円を払います。したがって政府にはそれまでは入っていた100円の歳入が入ってこなくなります。政府は入ってこなくなった100円をどこからか調達しなければなりません。そこで国民に所得税あるいは何らかの形で税金を課し、徴収します。ですから、消費者のプラスになるというのは、政府の運営が無料、あるいは税金の形で徴収せず、ほかに何か財源を持つときに限っての話です。

 いまは関税を撤廃したらどういうことが起こるのかという視点で話しましたが、それはまた、政府が産業、たとえば農業を保護するのは少しも悪くないということでもあります。仮に政府が保護しなかった場合、何が起こるかと言いますと、農業に従事する人々はより貧しくなり、国は国庫助成金か、あるいは支援金といった形で、何らかの財政的援助をしなければならなくなります。するとそのお金はまた消費者からか、あるいはどこかの財源から税金という形で取ってこなければなりません。そして、そういう場合、必ずしわ寄せがくるのが消費者なのです。

 ですから消費者に利益をもたらすには、ある程度、政府による農業、産業の保護が必要です。いまのところ、日本はまだまだつりあいのとれている経済状態ですけれど、アメリカのほうは完全に崩壊しています。それで、そのバランスの崩れたアメリカで一体何が起こっているでしょう。貧富の差はますます激しくなり、ホームレスと呼ばれる人々が町中に溢れています。

 とにかく日本は、アメリカの経済学者の話を聞いたり、自由貿易提唱者の話を聞いたりせず、成功した自身の歴史を振り返って、それを再度、踏襲していくべきです。

岡田
 最近、日本では、自由貿易とか規制緩和というのが時代の潮流ですので、先生の理論はほんとうに新鮮です。とはいえ、現実はすでにそれとは反対の流れにあり、衣料品や食料品といった、いわゆる労働集約的な産業はほとんど海外で生産するか、あるいは海外からそのまま買うという形で日本人は生活しています。そしてこれはそのまま産業の空洞化につながり、有力企業はどんどん海外に出ています。

バトラ
 ええ、ですから私が強調しているのはまさにその点です。「日本よ、日本の国民よ目覚めよ」ということなのです。60年代にアメリカの経済学者が、国とアメリカの国民に対して同じことを約束しました。

 「自由貿易を導入し、米を輸入すれば、アメリカの生産性は上がり、人々は効率よく働けるようになり、物価は下がり、消費者はハッピーになる」。

 60年代のアメリカの経済学者はこのように言いました。確かにひとつを除いてすべて、彼らの言ったとおりになりました。それは何か。消費者はよりハッピーにはならなかった、のです。

 なぜ消費者はハッピーにならなかったのか。確かに物価は下がりました。しかし、物価が下がる以上に消費者の賃金は上昇しなかった。そういう意味で、関税もある程度下げられました。しかし、その分、所得税として徴収された。ですから消費者はハッピーにはならない。どうして物価が下がったのに実質賃金はそれ以上に増えなかったのかと言いますと、政府が製造業を保護しないために、外国との競争に負けてしまったからです。

 結局、国の経済バランスが取れていなければ、どんな成功物語も存在しません。


岡田
 先生は近い将来、アジアが優位になる時代がくるとおっしゃってますね。思想的な面でも文化的な面でも。富裕者の時代が終わるにつれて西洋の優位が終わるということですが、もう少し詳しく話していただけますか。

バトラ
 富裕者の時代の後にくるのは、思想的に非常に空虚な時期です。その思想的に空虚になったところにやってくるのが、アジアの思想です。たとえば、いまアメリカで非常に人気のあるカルチャーと言えばロックですけれど、これはまもなくアジアの非常に伝統に重きを置く、カルチャーに取って代わられることになると思います。

岡田
 アジアの考え方というのはこの「プラウト」の理論と近いですか。

バトラ
 ええ、非常に近いです。似ています。それは「プラウト」が伝統的なものに価値を置いているからです。「プラウト」の考え方、思想は伝統的価値に基づいています。

 たとえば、誰でも自分の家計は収支バランスがとれていることを望み、実際そうすると思います。国家レベルにおいても同じことが言えるでしょう。ところが、アメリカも日本も財政赤字になっている。これはアメリカから日本に輸入された、一種の西欧型の病気です。

 それから、日本のこれまでの繁栄を考えたとき、日本の採ってきた終身雇用制度というのは大きな意味をもっています。特にいまのように経済が悪化している状態では、政治的安定のためにも終身雇用制は採用されるべきです。それなのに、日本は自らつくり出してきた成功への秘訣を放棄し、アメリカに倣おうとしている。終身雇用というのはもともと日本の考え方です。「プラウト」はそれを導入したに過ぎません。これは経済の民主主義です。

岡田
 そうすると日本のシステムのほうが「プラウト」よりも前にあったということですか。

バトラ
 そうです。「プラウト」が誕生したのが59年。終身雇用が始まったのが確か55年だと思います。「プラウト」の経済政策は、いろいろな国の異なる経済制度を研究して、その中で最も優れたものを選んでつくっています。「プラウト」は実際にうまく機能したかどうか、経験的に実証された制度だけを採り入れています。意味のないもの、実際には機能していないものは採用していません。

岡田
 最後に日本の読者にメッセージをお願いします。

バトラ
 いま、あらゆるところで「日本の運命はもう決定されている」といった、日本終焉論的なことが言われています。しかしそういうことは全くありません。日本がこれまで歩んできた成功の道のりをモデルに、もう一度その道を歩めば、日本がかつて享受した繁栄は必ず取り戻せます。

岡田
 どうもありがとうございました。


『資本主義と共産主義の崩壊』

1978年にイギリスの出版社からでたラビ・バトラ氏の著書。今世紀末までに共産主義が崩壊すると予測し、2020年までには資本主義も崩壊すると予測。出版当時はほとんど世間の関心を集めなかったが、89年にベルリンの壁が崩壊し、マルクス主義体制が崩れるにいたり、90年に改訂版がアメリカの出版社から出るとベストセラーとなる。

 P・R・サーカー

ラビ・バトラ氏が師と仰ぐ人物。様々な面でラビ・バトラ氏の思想に大きな影響を与えた。数年前に死去。

 社会循環の法則

P・R・サーカー氏が提唱した社会周期理論。社会は「軍人」「有識者」「守銭奴」「労役者」の4つのタイプの人々で構成され、この4者により社会・政治システムが支配され、4つの異なる時代を順に変化していく。ただし、「労役者」が支配者となることはなく、支配階級が自己中心的、頽廃的になったとき、ある期間、労役者の時代を特徴づける無秩序の時代が訪れる。そのサイクルは、軍人の時代の次は有識者の時代、有識者の時代の次は守銭奴の時代、そして守銭奴の時代の次は労役者の時代と移り変わりながら続いていく。

 プラウト

Progressive Utilization The-oryの頭文字をとった略語。意味は「地球上のあらゆる資源を進歩の力によって効率よく役立たせるための理論」。

1996年2月執筆
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