私は今年1月にインドを訪ね、世俗と神秘の間で未来への希望を実践する、ダライラマ14世とマザーテレサに直接会う機会を得た。インドは、ノーベル平和賞に輝く異国から来た「生きている聖者」たちを、ガンジス川がインドのすべてを抱擁するかように、静かにその胸に抱き込んでいる。
■本当に強いものは柔らかいものから生じる
まず、インドのニューデリーの北方650キロにあるダラムシャラに向かった。ここはチベット亡命政府の置かれているところだ。チベット問題は我々にとって、海外の出来事としか感じられないものかもしれない。しかし1949年中国のチベットに対する無断占領以降、チベットの独立を主張してそのために犠牲になった人の数は約120万人(チベット亡命政府調査)にものぼっている。
このような弾圧が国際社会に知られるきっかけとなったのが、89年にラサで勃発した大規模な民衆蜂起事件であった。死亡したチベット人は約8千人にのぼり、約100人がいまだに政治犯として牢屋に入っている。去年からチベットで行われている弾圧の事例の中で最も重要なものは、ダライラマの肖像を掛けたり所持することを禁じる特別法律である。彼の影響力はそれほど大きいのだ。
ダラムシャラはインドヒマラヤの2500メートルのところに位置する。ダライラマが住んでいる宮廷は3階の建物だ。大門の周辺には軍人10名が完全武装している。連絡がいくという警護秘書のメモだけで、どのようにして会えるかに関しては全然知らせてくれない。身辺の安全に関わる問題だからそうだ。
ダラムシャラに到着して1週間たった日、ホテルのボーイが走ってきて「聖なる方(His Holiness)がお呼びです」と伝えた。早速宮廷まで走り、どこかに座ったことまでは覚えているが、その後のことはよく思い出せない。チベット仏教の生き神に会えたという興奮と緊張のためにまともな状態ではなかったのだろう。
ダライラマ(以下D) チベットの問題に関心を持ってくれたことに感謝します。チベットは現在戒厳令下にあります。1月28日にチベットのコンガル地域でチベット人6名が中国安全員に連れて行かれた後、いまだに連絡がないそうです。罪名は「チベットはチベット人に」というポスターを貼ろうとした嫌疑です。
1月初め、ラサではチベット対策の秘密会議が開かれました。それ以降、チベット人に対する監視と統制が一層厳しくなっています。今年に入り2月5日までに連れて行かれたチベット人の数は約45名と推定されています。
◆ 具体的に最近中国政府との対話はどの程度まで行われていますか。
D 私は心から中国政府との交渉を希望しています。しかし、残念ながら去年8月以降中国側とはいかなる接触もしていません。我々が接触の提案をすると、中国側は常に2つの前提条件を要求してきます。第1にチベット独立運動を中止すること、第2に私が北京に居住しなければならないということです。こうした条件を押しつけることは、協商したくないと言うことと同じではないでしょうか。
◆ 中国のチベット政策に今後どのような変化が起こると予想していますか。
D 分離独立を願っていたチェチェンに対する軍事的報復を見て、中国政府は辺境政策に関してモデルを見い出したでしょう。チベットに対する弾圧が深刻になりつつあることも我々はそのような観点から理解しています。
◆ 法王は亡命以降チベットの独立問題を非暴力によって行うべきとおっしゃって世界の人々の共感を引き起こしました。しかし、中国政府の弾圧が深刻になる状況下で、新しい独立戦略も必要であるという話もありますが……。
D 我々にはひとりの軍人もいません。宮廷を守っている軍人もインド政府から派遣されています。我々が武力で対応すれば、1週間以内にすべてを失うことになるでしょう。正義は力で行われるものではなく、愛によって得られるものであることを我々はよく知っています。本当に強いものとは、柔らかいものから生じます。対話と協商を通じた非暴力路線はこれからも続けられるでしょう。
■愛されることよりも愛することを
非凡は平凡から生まれると言われる。ダライラマがそうであったように、マザーテレサに会ったときも、どこにでもいるお婆さんを感じた。
1950年マザーテレサはカルカッタに博愛修道院を建てた。世の中で最も貧しい人々のために働く決心を実践に移したのである。それ以降85歳の今日まで、カルカッタの母として、世界の友として、神に対する愛を実践し続けてきた。
2月8日、マザー・ハウスと呼ばれる建物に向かった。高齢であるにも関わらず、マザーはとても忙しい。修道院を訪れるシスターたちのための祝福の祈り、世界各国から彼女の説教を聴きに来るお客さん、各種の推薦状と紹介状をもらいに来る学生との約束、食事時間に会わせた感謝の祈り。まるで1秒を争うかのように、85歳のマザーは狭い廊下を走り回っていた。
◆ 日本か韓国を訪問する計画はありますか。
マザーテレサ(以下M) 私を必要とするところへはどこにでも行きます。でも日本や韓国の場合は、私が行かなくてもいいほどすでに生活の条件が整っています。近いうちに訪問したい国はベトナムです。そこはいま私を必要としているからです。
曲がった背中に声も年寄った感じを持っていたが、私を眺めている彼女の表情は天真爛漫な子供だった。
◆ いまカルカッタで必要なものは何ですか。
M 愛です。自分の周囲にいる隣人に対する愛です。愛があれば、貧困も不幸も絶望もすべてが希望と喜びに変わります。
◆ 外国からの援助は多いですか。
M 多いです。特にヨーロッパと日本からのボランティアが多くて、とても役に立っています。愛とは頭でやることもできますが、ハートとからだでやったほうがもっと身近に感じることができます。
もっといろいろなことを話したかったが、マザーはあまりにも忙しかった。イタリアから15名のシスターが訪れてきたのである。「God bless you」と言いながら、ひとりひとりに対して頭に手をつけ、神の祝福を伝えている手は軽く震えていた。神の愛をきちんと伝えようとする心構えのためだったろう。
人間が人間らしくなったとき、最も美しくなると思う。短い時間だったとはいえ、マザーと会った時間は、人間がどこまで美しくなれるかを感じるには十分なものであった。
最後に、マザーが残してくれた聖フランシスコの祈りを持ってこの文章を締めくくりたい。
Grant that I may seek rather
to comfort than to be comforted,
to understand than to be understood
to love than to be loved.
◆ 癒されるよりも癒すことを、理解されるよりも理解することを、愛されることよりも愛することを許し給え。



















