「公園とか喫茶店、デパートが家なんです」。
俳優の天本英世(ルビ:あまもとひでよ)さん(68)は、ここ2年ほど、夜だけクリーニング店で寝泊まりするという半ばホームレスな生活を送っている。
天本さんは、かつては仮面ライダーの死神博士役、最近では人気テレビ番組「平成教育委員会」の回答者など、お茶の間でもおなじみの人気俳優だ。
毎朝7時頃にクリーニング店を出て、近くのドーナツ屋に「家」を移す。デパートなど大抵の店が開く10時頃になると、町へ繰り出していく。夜の仕事や用事がないときは、クリーニング店が閉まる7時頃に戻ってくる。朝は店主が店にやってくる6時半には起きなくてはならないため、仕事で夜遅くなるとホテルに泊まる。
「昼間、店に居てもいいんですが、働いているところには居にくいですからね」。食事は3食とも外食だ。
天本さんはいわゆるホームレスではなく、ちゃんと自分の家を持っている。しかし、屋根や床が腐って老朽化が激しく住める状態ではないのだ。昨年の9月に屋根を修理したが、家の建て直しに対してはあまり熱心ではない。
「家ってのは、結婚して、奥さんがいて、子供がいて、要するに家族がいての話でしょ。ひとりだったら家もへったくれもないわけですよ」。ホテルが好きな天本さんは、「日本のホテルが安ければ死ぬまでホテルに泊まっている」という。
長期の住宅ローンに追われても自分の家に住みたいという人が多い中で、彼の家への執着のなさは、年齢的なものもあるだろう。「長く生きても75歳までと思っている」天本さんにとって、この世の仮住まいよりも残された時間をどう過ごすかのほうが大切なようだ。
「70歳になったら仕事にケリをつけてね、スペインとかどこへでもしょっちゅう行こうと思ってます。もう、いつ死ぬかわかりませんからね。75歳まで困らないくらいの貯金はありますし……」。
ところで、このところ天本さんは、雑誌のインタビューや著書で日本人や日本社会に対する痛烈な批判を歯に衣着せず語っている。
「日本人は、自分ひとりの意見を持たない団体主義の鎖国民族ですね。表面は民主主義とかへったくれとか言っているけど、内面は戦争中と何にも変わっていないですよ」。人が触れたがらない天皇の存在についても、「人はみな平等」の社会における「最大の差別」と、自分の率直な考えを口にする。
「たかが俳優だから強いんです。作家の先生も言えないことを言いますもの。それで仕事が減りゃあスペイン行って死ぬだけですから。むははははは」。
「29歳のとき、乞食になろうと思って俳優になった」という天本さん。その思い通り、芸で糧を得て自分の身ひとつで生きるというジプシー的な、持たざる者の自由を獲得している。
■住みやすい国に住もう
ブロードキャスターのピーター・バラカンさん(43)は日本に住んで20年になるが、近頃の日本社会の変わり様を見ていて、これから先も日本にずっといるかどうか疑問に思っている。
「教育制度のせいだと思うんですが、最近の若い人たちは主体性がますますなくなっていて、それが一番気になるところかな。30年後にはいまの若者がこの国をリードするはずなのに、リーダーシップの素質を何も持ちあわせていないんじゃないかという心配があるんです。
その時代には、僕は日本にいたいとは思わないね。それまでにはどこか他の国へ行くかもしれません」。
また、「こうしちゃいけない」という規則だらけで融通のきかないところにも窮屈さを感じている。
いま最も魅力的な国はアメリカだという。治安に対する不安はあるが、「自由だからね。基本的に自分のしたいことができる」。あるいは、「政治的に自分が納得のいく国っていうのがあると思うんですね。たとえば、核を拒絶しているニュージーランド。そういうところで住みながら仕事ができればいいかもね」。バラカンさんにとって外国への移住はごく自然なことのようである。
ポーランド人を父に、ビルマ人とイギリス人のハーフを母に持つバラカンさんは、もともと、ひとつの国に対する思い入れは薄い。ロンドン生まれでイギリス国籍を持つが、イギリス人という感覚はないという。
「人間が帰属する場所というのは地域だと思うんですね。一応国単位のパスポートは持つんだけれどね。だから僕はイギリス人でもなければ、日本人でもない。文化的なロンドン人で生活観は良くも悪くも東京人だろうな」。
また、国や国民に対する偏見や先入観が比較的少ないことも、国の移動を簡単に考えられる要因だとバラカンさんは言う。「先入観がなければ自由に考えられるし、知らないものを拒絶しないでしょ」。ふたりの子供にも偏見を持ってもらいたくないため、人種や民族に関する話は一切しない。「何でも受け入れられ、自由な発想ができる子に育ってくれれば一番うれしいですね」。
異国での生活は、それまで住んでいた国や、自分を見つめ直す機会になるようだ。バラカンさんは、日本に来て、それまで持っていた偏見に気づいたという。
「どこの国にも、その国だけの文化や発想、ものの考え方があるけど、どれもみんな正しいわけですよね。
だけど、ひとつの国にしかいないとそれがわからない。自分の国のやり方が正しいと誰でも思い込みがちだけど、絶対そんなもんじゃない。そういうふうに思っている限り、根本的なところで世の中は仲良くなれない」。
■自分らしく生きる
自由な人生を取り戻すためには、内なる自己改革が必要なこともある。天本さんは俳優という仕事を選んだ時点で、バラカンさんはもともと生まれついた環境によって、「自由な人生」を歩き始めたと言える。
京都市山科(ルビ:やましな)区に住む味沢道明(:あじさわみちあき)さん(40)が「生きやすい自分」になれたのは、11年前の病気がきっかけである。仕事などに対するストレスを発散させるために飲んでいたお酒が原因で、A型肝炎になったのだった。
「これは死ぬかなと思っちゃったよね。その時に、こんな人生、あと何十年続いても無駄だと思ってね。あとはもうやりたいことをしようと割り切れちゃった」。
薬品会社で試験室業務に携わっていた道明さんは、育児や住宅ローンの返済にメドがほぼ立った7年前に、会社勤めを辞めた。いまは、週4回の料理教室、週1回の助産院での食事づくり、講演などで収入を得ている。
自然食料理を教えることは、「やりたいこと」の一段階に過ぎない。最終的に「やりたいこと」は、「まだ、恥ずかしくて言えない」とのことだが、環境や貧困など社会問題を意識した暮らし方に関心を持っているようだ。
妻の寿子(ひさこ)さん(41)も電気関係の会社にフルタイムで勤めていたが、道明さんが退職した1年後に会社を辞めた。仕事のために自分の生活や健康が振り回されるという本末転倒な状況に陥り、「何のために働いているんだろう。そこまでして働かなくちゃいけないのかな。ゆっくりしたいな」と思ったのだった。いまは、パートタイムで働き、時々校正のバイトをする。 収入はふたりあわせて月平均20〜23万円と、ふたりがフルタイムで働いていたときより少なくなった。貯蓄や旅行など大型の消費はできなくなったが、もともとそんなにお金を使うほうではなかったので、生活にそう支障はない。
何より大きく変わったのは、道明さんの精神面だ。「やりたいことをやって、たまたまお金が入ってくる感じ。人に命令されないので楽ですよ」と話す表情は生き生きしている。寿子さんも「社会との関係も持っているし、ほどほどに自分の時間もあるので、いいかなと思っています」と満足げだ。
ただ、「男は養わなくてはいけない」という面子に縛られていた道明さんが、その考えから自由になるには時間がかかった。辞めると決めた日の半年ぐらい前から寝つけなくなったという。
「男はアホですよね。できもしないのに支えるとか、ぐーっと肩に力が入っているでしょ。その分、逆に威張っている。稼ぐ金額が自分のプライドになっちゃってるわけです」。
「多少お金が少なくなろうと、地位や肩書きがなくなろうと、自分自身が豊かなものを持っていれば何も怖くない」と道明さん。先行きが不透明な時代だからこそ、「どうなってもいいように、自分を支える力を自分に養っておきたい」という。その力とは、家事などの生活術と、自分なりの豊かさ、そして困ったときに助け合える人間関係である。
「結局は自分らしく生きていいんだってことですよね。自分を大切にして、自分とまわりとの関係を大切にする。これさえできれば何とかなるんじゃないですか?」。
■遊牧民になろう
折しも、新年を迎えたばかり。「いまの自分」や「過去の自分」に定住せず、「捕らわれ」というくさびを抜いて、遊牧民になってみてはどうだろう。果てしなく続く大草原が眼前に広がっているかもしれない。



















