1989年6月に中国で起きた「天安門事件」は、97年に中国に返還されることになっている香港に大きな衝撃を与えた。
前年8・3%あった香港の経済成長率は、翌年には2・8%にダウンした。香港の将来に対する不安は、香港脱出という形で現れ、90年には前年比48%増の6万2千人の香港人が出国している。
そのような状況の中、天安門事件の翌年、経営するグループ企業の総本部と私財も含めた約230億円の資金を携えて香港へ移住した日本人がいる。静岡県や東南アジアを拠点にグローバルなスーパーマーケットのチェーン展開をみせる「国際流通グループ・ヤオハン」代表・和田一夫(65)氏である。
「国際流通グループ・ヤオハン」の前身は、静岡県熱海市の八百屋「八百半」である。
60年代、ダイエー、イトーヨーカ堂といった大手が着々と全国規模のチェーン展開を進めていく中、八百半も70年頃までには、静岡県内で数店舗を数えるスーパーマーケットチェーンに成長していた。
そこで、そのまま地域スーパーにとどまり地域密着型でいくのか、全国展開をめざすのか、その後の経営方針の決断を迫られた八百半は、後発で大手企業と伍して全国展開をめざすには不利な点が多いと、海外進出を決断した。いち早く海外市場を抑え、しかるのちに日本市場へUターンしようという目論見である。
しかし、最初の進出国ブラジルは失敗に終わる。だが、この体験を教訓として、その後進出したアメリカ、カナダ、イギリス、コスタリカ、シンガポール、香港、マレーシア、タイなど世界15の国・地域ではすべて成功を修めた。
「国際流通グループ・ヤオハン」は、いまや国際的な流通コングロマリットとして飛躍を続ける大企業である。
■恩ある国・中国への恩返し
多くの人々が、和田氏の香港移転に対して「なぜこんなクレージーなことを」と驚いたのは言うまでもない。いったい、和田氏は、どのような考えがあってこのような行動にでたのだろう。
「中国への思い入れというか、ご恩返しということがあります。中国は日本との戦争で、あれだけ大変な目に遭ったのに日本を分割統治することに反対し、いっさいの対日賠償を要求しなかった。一番被害を被った国が賠償を放棄してくれたおかげで、戦後の日本は繁栄できました。だからこのご恩はくれぐれも忘れてはいけません。
ですから、私は、その恩ある国が困っているのを見て、私にできることはないだろうか、中国のご恩に報いる道はないだろうかと考えて、香港への移住を決意したのです」。
これは、和田氏が長年にわたって信仰する「生長の家」の谷口雅春氏の教えによるものである。
和田氏は「生長の家」の聖典をヤオハンの社是にも取り入れ、公私ともども活動の支柱としている。「生命の実相哲学の正しい把握とたゆまざる実践を通して、全世界人類に貢献するための経営理念を確立する」。ヤオハンの社是である。
65年、ヤオハンが、発祥の地である熱海にまだ1店舗しかなかった時代に創ったものであるが、今日までずっと引き継がれている。新しい店舗の開店には、必ず「生長の家」のお祈りを社員とともに行う。お祈りには、ヤオハンという企業の経営に対する和田氏の理念が込められている。
「ヤオハンの店舗を、地域づくり、町づくりの核として、地域の発展に貢献させてください」。
香港にグループ本部を移して4年。中国大陸への展開にも弾みがつき、95年には、上海で世界最大級クラスの百貨店(新世紀八百伴)を開店することになっている。
これに先駆けて、今年同じく上海にスーパー1号店を開店させた。これは「中国・2010年スーパーマーケット1千店舗計画」の第一歩である。
和田氏は、こうした経済面だけでなく、文化面でも中国に貢献しようと努めている。中国で一番人気のあるスポーツはバレーボールである。そこで、中国の人々に喜んでもらおうとバレーボールのプロチームを創った。
昨年12月、北京でデビュー戦を行い、テレビで放映された。約8億人の中国人が観たという。もっとも放映の間中「ヤオハン」の名前が画面に映し出されていたというが。
「香港の中国返還後、中国政府が私たちの全財産を没収することになっても、私は喜んで差し上げるつもりです。私たちは中国の発展と中国人の幸せのためにお役に立ちたいと思っていますから」。
中国を語る和田代表の眼差しは熱い。
■いかに消費者を喜ばせられるか
とはいえ、やはり商売人である。
「中国全土に1千店のスーパーを出店できるということは、逆に言えば中国産の商品を中国全土から仕入れることができるということです。そうなれば、中国産の安い品物を商社を通さずに日本で販売することができます。
ですからそれを売るスーパーを日本全国に展開すること、これが私の最終的な目標です。そうなれば中国人にも、日本人にも貢献できることになります」。
その準備として「NEXTAGE」という、ヤオハンの海外展開でのノウハウを活かした新しいコンセプトの百貨店を愛知県に展開している。90年9月に半田市に出店しており、そして今年は知立に出店することになっている。また、関西新空港に隣接する、国の輸入促進地域の指定を受けている「りんくうタウン」にも出店の予定である。
和田氏の言うように、中国という生産拠点をバックに日本への逆上陸が実現すれば、閉鎖的と言われる日本の流通体系に与える影響は大きなものが期待できる。
この逆上陸は、すでにファーストフードの分野では実現している。
中国でウナギを養殖し、それを使って日本で「うな丼」チェーン店を展開しようというものである。中国で加工まで手掛けることで、うな丼並580円、うな重特上980円という低価格商品の提供を可能にした。今年6月に東京都内に4店舗オープンした。この秋にはりんくうタウンに大阪本部店を出す。「2000年までには500店に」と和田代表は大きな目標を掲げる。
一方、上海では新世紀八百伴の完成に先駆けて、今年12月にヤオハンの上海本部としての機能も併せ持った卸売物流センター(上海IMM)をオープンさせる。
「いい商品をどうやって安く売るかという流通業にとって最大の命題に応えるには、卸しを抑えることが不可欠です」。
97年7月の香港返還時、香港に籍を置くヤオハンは、自動的に中国籍の企業となる。和田氏は、香港島最高峰のビクトリアピークに位置する旧香港上海銀行会長宅を改装し、執務室を現在の香港コンベンション・アンド・エキシビションセンターから移すなど、中国大陸への新しい展開に向け着々と準備を進めている。
「中国へのご恩返しのあとは、日本の消費者のために安くていい商品を全国で売りたい」。
窓から覗く、遥か彼方まで続く中国大陸を背に、和田氏は大きな夢を語ってくれた。



















